※連載「Uno croce nera...」番外編
※3部の時代となります
「……はあ」
桜色の唇からこぼれるため息。
日光を避けた部屋に浮かぶ物憂げな表情。
この世界へ来て、漫画で目にした男と出合い頭に吸血鬼へと変えられてから――どのくらいの時間が経ったのだろうか。
「(吸血衝動には、慣れてきたけど……)」
誰の趣味かはわからないが、常日頃から薄紫色のワンピース型でもはや下着に近いベビードールを身に付けている少女、名前。
彼女はひらひらとそれを揺らしながら、覚束無い足取りで窓際へと歩み寄る。
少し――いや、かなり透け感のある服しか与えられていないせいで寒いだけでなく、ひどく恥ずかしい。
しかし、今この場にはいないDIOへ文句を言うわけにも行かず。
「……」
自然と、白く細い指は眼前の豪華な布を掴んでいた。
このカーテン越しにあるのは、≪太陽の光≫。
それを浴びれば――自分は跡形もなく消えてしまう。
「ッ」
胸を占める衝撃と哀しみ。
だが、命を断つ気はさらさらなかった。
自分を覆う≪帰ることはできないだろう≫という真実に動揺しつつ、少女はこの世界で起こる奇妙な日々をなんとか過ごしている。
とは言え、頻繁にセクハラを仕掛けてくるこの館の主や、忠誠を誓った男だけでなく自分にまで血を捧げようとする部下(約1名)を振り切ることは、無意識のうちにため息を吐き出してしまうほど大変なようだ。
「……考えても仕方ない、よね」
いまだ謎めいたことも多いが、楽しいこともなくはない。
吸血衝動もなんとかしなきゃ。誰かの血をもらうわけにはいかないし――と決意を新たに、琥珀色から深紅へと変じた瞳を名前が煌めかせた。
そのときだった。
カタン、と背後から響いた小さな音が鼓膜を揺さぶる。
「!」
DIOが戻ってきたのだろうか。
ところが、慌てて振り返ってみても誰もいない。
「……?」
頭上に浮かぶはてなマーク。
微動だにしていない重々しい扉に彼女は首をかしげながらも、気のせいだったのだろうかと自己完結し、窓辺からベッドへと戻った。
すると、視界を掠めた鏡台上の≪あるモノ≫に少女の双眸は大きく見開かれる。
「あれ? どうしてここにクローバーが……」
先程このふかふかな寝台に身を預けていたときには、なかったはず。
そう結論付けた名前はますます不思議そうな顔で、小さな手に乗せた四つ葉のシロツメクサをじっと見つめるのだった。
それからというもの、気が付けば毎日珍しいであろう四つ葉のクローバーは、彼女が一人のときに限って置かれるようになった。
しかも、一日一つと決まっているわけではなく、二つ三つとその存在を示すことも多い。
「あ、今日もある。でも一体どこから……?」
まるで自分には見えない、何かが動いているような――
「! ……もしかして」
原作に対してある、ぼんやりとした記憶。
刹那、脳内を過ぎった≪スタンド≫という存在。
それを思い浮かべた瞬間、ハッとした少女は弾かれたように駆け出していた。
コンコンコン
「ん? ……誰じゃ」
「あ、あの……」
しばらくして、辿り着いたのはある知識人の部屋。
ノック後、ドアを開いた途端押し寄せた雰囲気に気圧されそうになりながらも室内へ足を踏み入れる名前に、中央で座っていた女性――エンヤ婆は驚く。
「おお、名前様! どうかされましたかの?」
一歩、また一歩と彼女との距離を縮めた少女は、おずおずと言葉を紡ぎ出した。
「実は……一つお願いがあって来たんです」
数分後、広々とした廊下を、彼女は少しばかり軽い足取りで進む。
その振動で揺れる、首から掲げられた翡翠色のクロス。
世界に馴染むために、少女は矢によってスタンド能力を発動させたのだ。
「あ……」
自室の前へ着くと、そこには少しだけ開いた荘厳な扉が。
もしかして――音を立てないよう恐る恐る開ければ、≪いた≫。
「……」
「(え……ザ・ワールド、さん?)」
ベッドのそばに立っているのは、意外な人物(?)ザ・ワールド。
何をしているのだろう。思わず小首をかしげたが、ふと見えた無骨な指先が優しく掴む、小さな小さな四つ葉のクローバー。
次の瞬間、頭の中ですべてのパズルがぴったりと合わさる。
名前は今まで息を殺していたことも忘れ、彼の元へ駆け寄っていた。
「!」
「あのっ……貴方が、これを持って来てくださったんですか?」
「……」
交わる視線。
じっと彼女の紅い眼を見下ろしていたザ・ワールドは、真顔のまま静かに頷く。
そうだったんだ――心を満たす喜びに、少女はパッと花が咲いたような笑顔を見せ、彼のシロツメクサを持っていない左手をそっと両手で包み込んだ。
「……!」
「えへへ、ありがとうございます……栞にさせていただきますね?」
吸血鬼となったはずなのに、名前の手はひどく温かい。
本体とは違う仕草をする姿が不思議でたまらないのか、ザ・ワールドは人間をもう一度見つめた。
「(じー)」
「? あ、そうだ! DIOさんが戻ってくるまで、その……お話を、しませんか?」
「……(コク)」
しかし、嫌な気はしない。
むしろ彼女といると、心地がいい。
館の周りにあるという、この四つ葉を探してよかった――少しだけぽかぽかとした胸の奥を彼は疑問に思いながら、善は急げとベッドの脇へ座る少女の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「ん?」
それから、しばらくして部屋へ戻ってきたDIOは、視界を覆った光景に唖然とする。
「あ……おかえり、なさい」
「……」
「…………名前、ザ・ワールド。貴様ら一体何をしている」
最近呼んでも来ないときがあると思えば、こういうことか。
両指に紐をかけて遊んでいる名前と自分のスタンドに、なぜか引きつる頬。
それを知ってか知らずか、表情に色がない彼に対して彼女は控えめに微笑みかけた。
「ふふ、あやとりです。ザ・ワールドさんが紐を持ってきてくれたので、少しだけ遊んでいました」
「……ほう」
どこから持ってきた、とはあえて聞かずにベッド上で座り込む二人へ近付いた男は、少女の手からするりと紐を奪ってしまう。
「なるほど、な」
「あっ」
「名前、そのアヤトリとやら、このDIOにも教えてみろ」
狐につままれたような顔をする名前。
ようやく垣間見えた歩み寄りが、珍しくて仕方がないらしい。
今更だが、妙にむず痒い気分に陥った彼は「早くしろ」と柄にもなく彼女を急かしていた。
その接近が良かったのか、DIOと少女の関係は徐々に変わっていった、が。
「名前! その下着ではさぞかし暑かろう! ヴァニラ・アイスに新しいモノを買わせたッ! 今すぐ着てみるがいい!」
「〜〜そんな布の面積が小さいのは着たくありませんっ……あ、ザ・ワールドさん! た、助けてください……!」
「……(スッと後ろに隠し)」
「ザ・ワールドォォオ……」
自分のスタンドにも関わらず、ザ・ワールドがなぜか決まって名前の味方をすることだけには、DIOは腑に落ちないといった顔をするのであった。
交信3
への字から、少しだけ変わった彼の口元。
〜おまけ〜
「うりぃ……なぜザ・ワールドにはくっついておきながら、私にあれほど警戒するのか解せん」
「DIO様、名前様はおそらくDIO様の隣に立つことを恥じらっておいでなのです。ああ、なんて可愛らしい御方でしょうか……!」
「(違うと思いますけどねえ)」
三時のティータイム。
眉根を寄せ考え込むDIOのそばで、ヴァニラが目をぎらつかせながら力説している。
その説を内心でバッサリと切ったテレンスが、主の前にティーカップをそっと置いた。
「わからぬ。名前め、何が気に入らないと言うのだ」
どこまでも不満げな表情。
いつの間にか名前に対する感情が、興味から執心へ変わっていることには気付かぬまま、募っていくのは少女にとって理不尽な恨み言。
「ククッ、憐れな小娘だ……このDIOが勧めた下着を拒んだこと、後悔させてやろう……クク、クククク」
「…………ちなみに、どのようなモノを購入されたのですか?」
「フン、≪いんたーねっと≫とやらのツーハンで買わせたものだ。どうだ?」
「……なるほど。Tバックとはずいぶん奮発されましたね、DIO様。(名前さん、拒んで当然だと思います)」
異様に興奮するヴァニラと、したり顔をする男を横目に、テレンスは静かに日頃の苦労をため息に乗せて吐き出すのだった。
終わり
というわけで、交信シリーズ第3弾でした。
ザ・ワールドさんとヒロインちゃんが関われたらな、とずっと考えていたので、今回書くことができて満足しております(笑)。
このスタンドとの話を、というご意見がもしあればぜひお聞きしたいです……!
お読みいただきありがとうございました!
感想など、何かございましたらよろしくお願いいたします……!
polka
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