一日早いヴァレンティーノ

〜リゾット〜
※微裏注意







ヴァレンティーノの前日こと、2月13日。

名前はキッチンにて、一人忙しなくお菓子作りに励んでいた。


「えっと……次は……」



今回作ろうと考えているのは、ガトーショコラ。

作業自体はまったく苦ではない。


だが、今回ばかりは≪気付かれないこと≫が彼女にとってもっとも重要だった。



「砂糖を入れて、泡立てる」


今取り掛かっているのは、ケーキのポイントであるメレンゲ。

卵白と砂糖だったそれらは、今や真っ白で柔らかいホイップになろうとしている。



「(皆さん、喜んでくれるといいな……)」



しっかりとした手つきで泡立てながら、顔を綻ばせる少女。

そして、しばらくしてツノが立つようになった雪景色に、別の動作に移ろうとボウルを持ったまま一歩踏み出した。



――が。





ツルンッ




「きゃっ!?」



頭に降りかかる白いもの。

ゴン、という音と共に近くに転がったボウル。

さらに腰から走った鋭い衝撃。


名前は、足を滑らせて尻餅をついてしまったのである。




「名前ッ!」


次の瞬間、ダッとキッチンに駆け込んでくるリゾット。

その姿は白シャツに銀縁メガネ――どうやら、部屋でデスクワークをしていたらしい。


ちなみに彼の部屋、ましてや扉を閉じた状態でキッチンの悲鳴が聞こえることはほぼ≪ありえない≫のだが。



「大丈夫か!? 一体どうし――」



やはり自分が一緒に居ればよかった――絶対に来ないでくださいという言葉を忠実に守った自分を叱り付けながら、足を踏み入れた男は視界に広がる衝撃に目を見張った。


「り……リゾットさん……」


「名前……?」



黒髪、白い頬、スッと通った鼻に飛び散る≪何か≫。

転けたことが恥ずかしいのか、顔を赤く染めた名前。

加えて、黒い修道服の鎖骨あたりから胸元には、これまた微妙な量が零れ落ちている。


それを≪あるもの≫と見紛うのは、仕方のないことだろう。



「ッ……け、怪我はないか?」


「あ、ありません」


「火傷はどうなんだ? あと、腰も打ち付けたんだ……どこか違和感はないか?」


「どちらも大丈夫です。これはメレンゲですから……っただ」



ベトベトになっちゃいました。

眼前でしゃがみこんだ自分に彼女が微笑んだ刹那、リゾットは体内からもたらされる昂ぶりを必死に抑えていた。


いわゆる生理現象である。


「……」


「ううっ……少しいつもより早いけどシャワーを浴びに行こうかな……、リゾットさん?」


「! ……名前」



どうしたんですか?

と言いたげな少女の視線。


それをじっと見つめ返したまま、自然と彼は顔を寄せ――


ペロッ




「!? えっ、あの……ひゃんっ」


「まずは、オレが舐めとってやるからな」



名前の頬に舌を這わせた。


それから、大型犬のように飼い主を包み込み、丹念にメレンゲの落ちた箇所をねぶっていく男。



「んっ、ぁ……や、リゾットさ……はずかし、っぁ」


「恥ずかしがる必要はない……ん、甘い……」


「そ、れは、っひぅ……砂糖、入ってますし……ぁんっ!」



違う。

これは砂糖じゃない――愛してやまない彼女の甘みだ。


ぴちゃり、ぴちゃりと舌が肌と触れ合う音が、少女の鼓膜を直接犯す。



「っふ、ぁっ……りぞ、とさ、ぁ……っ」


「……んッ」



薄らと脈の通う皮膚から、消えた白。

ようやく顔を離したリゾットは、名前の胸元のメレンゲを指で掬い、おもむろに口に放り込んでしまった。



「! 〜〜っ//////」


その彼独特の色っぽさに紅潮した頬を悟られないよう、彼女が視線をあらぬ方へ移した――瞬間。



「きゃ……っ」


「よし、浴室に行くぞ」


「え!?」



あっという間に、抱き上げられてしまう。

ジタバタと暴れようとしても、こちらを見下ろす赤に「うっ」と詰まる少女。



「名前」


「しゃ、シャワーだけですからね……!?」



首に回された細い腕。

鼻を擽った甘い香りに口元を緩ませつつ、男は少しばかり膨らんだ名前の頬に口付けをして、進み始めた。


当然、男女二人、≪シャワー≫だけになるはずがないのだが――









「……もう、明日に間に合わないかと思っちゃいましたよっ」



数時間後、キッチンにはぷすぷすと怒りを呟く名前と、その後ろ姿をテーブル越しから微笑ましそうに見つめるリゾットがいた。


だが、ガトーショコラを切り分けている彼女に、ふと疑問に思った彼はゆっくりと口を開く。



「名前、明日何かあるのか?」


「……え?」


「ん?」


「リゾットさん……明日はバレンタインです」



そうだ。バレンタインであることは把握している。

だからこそ、≪彼女が動いていること≫が理解できない。


すると、自分たちの間にあるギャップを悟った少女は、包丁を持つ手を止め、にこりと微笑みながら振り返る。



「日本のバレンタインは、女の子が男の子に何かお菓子を贈ることが多いんですよ?」


「……不思議な国だな」


「ふふ、よく言われます」



そう言って一つのお皿を手にした名前。

ガトーショコラに生クリームの乗ったそれは、男の前に差し出された。



「リゾットさん、ハッピーバレンタインです」


「名前……」


「は、恥ずかしくてあまり伝えられていませんけど……、……大好き、ですからね?」


「ッ!」



刹那、彼女の身体を温かな体温が包む。

しばらく目をぱちくりとさせていた少女は、どうしたのかと自分を抱きすくめた張本人――リゾットをおずおずと見上げた。


重なる紅と赤。



「……教えてくれないか?」


「え?」


「名前が欲しいものを、オレに教えてほしい」



喜んでくれるもの――それを考えれば考えるほど、わからなくなってしまう。

≪オレの悪い癖だな≫と彼が苦笑を漏らしていると、不意に頬を小さな手のひらで挟まれた。


「んぐ」


「リゾットさん。私はもういっぱい頂いているから、いいです」


「?」






「この幸せな≪時間≫を――いつもありがとうございます」


温もり。

幸せ。

灯。



意外に柔らかな頬から手を離し、もう一度背中に手を回せば、男も強く抱きしめ返してくれる。



「……まったく、名前には敵わないな」


「えっ……それ本気で仰ってるんですか?」



敵わないのは自分だ――互いの思考を悟った二人。

小さく微笑み合いながら、リゾットと名前は今あるすべてを噛み締めるように、二つの身体をそっと寄せ合っていた。










一日早いヴァレンティーノ










ま、間に合った……!
というわけで、暗チで多種多様のValentinoでした!
一日で七つというやっつけ仕事に近いこともあり、また細かな修正があると思われますが、彼らの個性を感じていただければ幸いです^^


感想などがございましたら、お願いいたします。
お読みいただき、ありがとうございました!
polka



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