〜メローネ〜
「いやあ、出れた出れた」
それから、ようやく鏡から出ることを許可されたメローネは、爽やかな笑顔で名前の隣を陣取っていた。
当然、近付くだけで男たちは慌てふためくが、彼はまだバレンタインの贈り物をしていないのである。
「あー、一生名前とこうして会えないのかと思ったよ……ディ・モールト焦った」
「お、お疲れ様です……?」
「Grazie。そうだ、この疲弊しきった身体を名前に慰めて――違うッ!」
息を吸うより簡単にいつものセクハラを始めようとした男が、突然何かを思い出したのか叫ぶ。
その大音量に彼女が目を丸くしていると、おもむろにメローネはソファから立ち上がった。
さらに、何を言うでもなくリビングを出て行ってしまう。
「?(メローネさん、どうされたんだろう……)」
だが数分後。
現れた彼の姿に少女だけでなく、全員が唖然とすることになる。
「おっ待たせ〜!」
「あ、おかえりなさ――え?」
目の前には、理由はわからないがなぜか胴体に赤いリボンを結んだ男が。
「「「「……」」」」
――コイツ、今からとんでもないことを言い出すに違いない。
長年の付き合いから、そう察知する仲間たち(むしろ、服を着ていること自体が奇跡である)。
すると、メローネは開放感に満ち溢れた笑顔で両腕をバッと広げた。
「さあ名前! ヴァレンティーノのプレゼント……≪オレ≫を受け取ってくれッ!」
「えっ!?」
「「「「「(やっぱり……)」」」」」
いくつもの口から漏れるため息。
しかし、それらを気に止める質なはずもなく、彼の暴走は続く。
「ハアッ……オレ、考えたんだ! 名前が喜ぶものをあげたいってね! そうやって突き詰めていったら≪自分が欲しいものをあげればいい≫ということになって、結果こうなったわけさッ!」
「は、はあ……」
困惑を極めた名前の生返事が響いた。
彼女は、とにかく目の前に迫って来る男に対する戸惑いで、目をぐるぐると回すことしかできない。
それを見て、ますます調子に乗るメローネ。
「ハアハア……というわけで名前! オレに、命令をちょうだい! 今オレは君のものだからなんでもするよ!? そうだな……ハアハアッ、オレがオススメなのは≪ロデオマシーンになること≫、かな。現在絶賛稼働中だぜ! ハア、ハア、名前がオレの上で腰を振る……ベネ!」
「ひ……っ」
「ああっ、イイね今の表情! ベリッシモイイよ……!」
正直に言おう――とても怖い。
だが、少女の怯えは彼の暴動を助長させるばかり。
「〜〜ッああもう、どうしてそんなに可愛いんだい!? オレ、これから名前のペットになろうかな? うん、なるぞッ! ペットだったら何をしてもいいよね? 君のその赤く染まった可愛いほっぺたをペロペロ舐めても――」
「グレイトフル・デッドォオ!」
次の瞬間、ようやく≪老いる≫という名の天罰が下った。
腰を激しく左右に振りながら進んでいた男に、嫌そうな顔で≪直≫を食らわせたプロシュートは、「ハン」と蔑むように床に伏せた変態を見下ろす。
その眼差しはまさに、養豚場の豚を見るような目だ。
「ううッ……でもベネ……ッ」
「名前、こっちに来とけ。また変態が来るぞ」
「あ、えと……はい」
うつ伏せになるメローネをチラチラと気にする名前だが、さすがに今回はフォローできない。
ごめんなさい――心の中で頭を下げ、彼女がプロシュートについていこうとすると、不意に声が届いた。
「名前……こ、れ……」
「! メローネさん……っ」
そちらを振り向けば、震える手で≪本当のプレゼント≫を差し出す彼がいたのである。
先程のことも忘れ、慌てて駆け寄る。
すると、男の顔に浮かぶ柔らかい笑み。
「ふふ……ちょっと悪ふざけが過ぎたみたいだね……名前、Buon San Valentino」
「あ、ありがとうございますっ」
「……(最初からこうしとけよ)」
仕方ない――人知れずため息を吐いたプロシュートが、ギアッチョを一瞥した。
その視線に、響く舌打ち。
「チッ、……ホワイト・アルバム」
「!」
刹那、元に戻ったメローネ。
少女がその身体を纏う太いリボンを解けば、彼がグラッツェと小さく呟く。
そして、まるで自分のことのように喜ぶ目の前の彼女に、ある頼みごとをすることにした。
「ねえ、名前」
「はい」
「今、開けてみてくれない? それ」
すぐさま頷く名前。
先程もらったキーホルダーと同じように、丁寧に包装紙を外す。
食べ物とは思えない代物。
少女は少なからず幼心に戻った気分で、その箱を開けて――
「!?」
眼前の鮮やかな≪深紅≫に、大きく瞠目した。
「ん? ハハッ、どうしたんだよ驚いた顔して……、ゲッ」
後ろを通りかかったホルマジオが、頬を引きつらせる。
そう、箱の中には≪上下の下着≫が。
しかも、名前がいつも身に着けるモノとは程遠い――いわゆるセクシーなものだった。
「……」
「どう? 実際に下着屋に行って吟味したから、絶対似合うぜ……!」
相変わらず床に寝そべったままの彼から飛んでくる、期待の眼差し。
それから視線を外すこともできず、彼女が男と手にある下着を交互に見つめた刹那、
「メタリカ」
「グゥッ!?」
「! リゾットさん……!」
メローネが再び倒れたと同時に、現れたのは私服姿のリゾット。
真顔の彼はスタスタと少女に歩み寄ったかと思えば、その手にある箱を没収し、ぎゅうと逞しい両腕で抱きしめてしまった。
そこで、リビングに集まっていた男たちは、ようやく≪なぜリーダーが今までいなかったのか≫という疑問にぶつかる。
「おい、リゾット。お前、今までどこに行ってたんだよ」
「ん? ……行くも何も、オレは今日一歩も外へ出ていないが」
「はあ!?」
「え、名前。リーダーにヴァレンティーノは?」
「リゾットさんには……ありませんよ?」
「「「「「「は?」」」」」」
どよめく仲間たち。
実は、リゾットと名前は一足先にヴァレンティーノを満喫していたのである。
変態男とヴァレンティーノ
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