〜ギアッチョ〜
極寒の中から帰ってきたギアッチョは、やいのやいのと騒ぐリビングに小さく舌打ちをした。
「チッ……クソ寒いっつーのに、何バカ騒ぎしてんだよ」
早くコーヒーか、ココアが飲みたい――現実逃避としてそんな想いを抱きながら、彼がドアを勢いよく開けると、困り顔でソファに座った名前と目が合う。
その潤んだ深紅の瞳に、男は自然と口を開いていた。
「オイ、じじいと変態とネガティブ野郎が何ガン飛ばしあってんだ、あアッ?」
「ぎ、ギアッチョ……今は兄貴を刺激しない方が」
「ハン! そういうオメーはちゃんと買ってきたのかァ?」
挑発とも言えるその呼び名にギョッとしたペッシがギアッチョに駆け寄ったのも虚しく、すぐさま鋭い眼光を向けてくるプロシュート。
一方、おろおろとしつつも名前は「止めなければ」と二人の間に入ろうとする。
しかし、それは彼女の肩を掴んだホルマジオによってあえなく阻まれてしまった。
「名前! 頼むからやめとけ……あいつらに挟まれるなんてよォ、自殺行為だぜ?」
「で、でも……っ」
「はアッ!? 買うって何がだよ! ワケわかんねえこと言ってんじゃあねえぞ、ボケがッ!」
「……ハッ、ガキが。忘れたのか? 今日はヴァレンティーノだぜ?」
「ヴァレン、ティーノオオオ?」
ヴァレンティーノ、それはイタリアでは恋人が互いの愛を確認し合う日である。
世界では、女性が告白するやら、感謝の気持ちを表すといった変な国もあるとは聞いていたが――
「……、そもそもよオ」
――ヴァレンティーノって、ヴァレンチヌスとかいう司教が殉教した日だよなアアア!? それと関係すんのか? それともしねえのか? はっきりしやがれッ! オレを舐めてんのか!? そもそも死んだ日に、愛を確かめ合うってどういう了見だよ、クソッ! クソがッ!
「これって納得いくか――――ッ!?」
「はい出ました、今日のギアッチョ。でもさ、前に伝えたじゃん。今年は名前にあげようぜって」
「は? ……」
絶叫が、突然止まった。
これでもかと言うほどギアッチョが顔をしかめたまま、ソファにちょこんと座る少女に視線を向ける。
するとテーブルには、確かに高そうな箱とブーケが置いてあった。
「…………」
「ぎ……ギアッチョ、さん?」
じっとこちらを睨む眼鏡越しの瞳が、かなり怖い。
「……」
「あの……」
「まあ、大体予想はついてるけどさ……今まで忘れてたんでしょ? あんたらしいぜ」
そう、癪ではあるが、メローネの言う通りだ。
彼は完全にその存在を忘れていた。
今日のことを提案されたとき、素っ気ない態度を取ったものの、名前には何かは渡そうと考えていたのである。
「〜〜ッ」
しかし、残念ながら贈れそうなモノなど何もない。
かと言って、このまま手ぶらで横切れば、メローネだけでなくプロシュートもからかって来るに違いない。
「(なんかねえか? もしかすると、ポケットに……って、たかがヴァレンティーノになんでこんな必死になんねえといけねんだよ……ッ!)」
「ギアッチョ。正直に言えよ、忘れたってな」
――うるっせえ!
すでに薄笑いを浮かべ始めたプロシュートに対し心の中だけで暴言を吐き、ギアッチョはズボンのポケットに両手を差し入れた。
ガサガサ
ガサガサ
「!」
刹那、指先が感じた≪あるもの≫の感触。
――見つけた。
自然と口端を吊り上げていることには気付かずに、男はこちらを見上げる少女の前に立つ。
「ほらよ」
そして、ぶっきらぼうに一つの≪フルーツキャンディー≫を彼女の手へと握らせた。
「あ、ありがとうございます!」
「……おう」
≪これが計画通り≫というわけではないことは、明らかだ。
それにも関わらず、にこにこと嬉しそうにしながらリボン状に包まれたそれを見つめる名前に、ギアッチョは慌てて顔を背ける。
――……コイツの手柔らけえ……って、何考えてんだオレはアアアアアッ!
「ねえねえ、あれ絶対忘れてたよね? 忘れてたよな、ギアッチョの奴――」
「ホワイト・アルバム!」
コソコソと話す変態を凍らせつつ、「そうだ、来年は――」と、意外と几帳面の彼は早くも計画し始めるのだった。
「あ、そうでした。ギアッチョさんもハッピーバレンタインです」
「……お前の母国だったのかよ、噂の変な国って」
「?」
不器用なヴァレンティーノ
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