ビギナーヴァレンティーノ

〜ペッシ〜






「ん? オメーら、ペッシは一緒じゃねえのか」



今日は皆それぞれが、ヴァレンティーノとして何かを用意してくれているらしい。

ホルマジオから聞かされた事実に、名前が表情に申し訳なさと照れ臭さを交えていると、ちょうどそのときリビングに足を踏み入れたプロシュートがぽつりと呟く。


「え? オレは知らないよ?」


「オレも」



確かにリビングにいるのは、メローネとイルーゾォとホルマジオ、そしてプロシュートだけだった。

口々に≪居所は知らない≫と紡ぐ男たちに、兄貴である彼は苛立つ。


すると、不安になった彼女がおもむろにソファから立ち上がった。



「ペッシさん……大丈夫でしょうか?」


「……名前、心配すんな。あいつだってアジトがわかんねえほどマンモーニじゃねえ」


「そ、そうですけど……」



と言いながらも、男の足はひどく揺すられている。

やはり弟分のことが心配なようだ。


少女も同じく、連絡が一切ないペッシの帰りをどこか忙しなげに待っていた。


そのとき。




「た……ただいま戻りやした!」


聞き慣れた声。

そして、ドタドタと慌てた様子の足音が響き、勢いよくリビングの扉が開かれる。


当然、まるで娘の朝帰りを叱る父親のように――般若の顔で立ち塞がる兄貴ことプロシュート。



「ペッシィ! どこほっつき歩いてたんだ! 携帯は日頃から持っとけって言ってんだろうがッ!」


「ヒィッ、すいやせん兄貴! 携帯、持ってはいたんですけど、電源が切れちまって……」



しゅんと項垂れるペッシ。

パイナップルのような髪でさえ頭を垂れる姿に、名前は慌ててフォローを入れた。



「ぷ、プロシュートさん落ち着いてください……! ペッシさんがご無事でよかったということで、ね?」


「……はあ」


「! 名前……」


「?」



次の瞬間、プロシュートの口からため息が溢れる。

静まったオーラに彼女が安堵していると、ふとペッシが顔を真っ赤にしつつ自分を凝視していることに気が付いた。


一方で母親が息子を擁護するといった光景を見て、そんな険しい旅に出したわけでもなかろうに――とメローネが半笑いで傍観していたのは言うまでもない。



「あの、ペッシさん……どうされたですか?」


「あ、いやっ、えーっと……実は」



しばらく言い淀む男。

だが、心が決まったのだろう。


少女がコテンと首をかしげた刹那、その鼻腔を甘い香りが掠めた。

後ろから届く、男たちの感嘆が入り混じった声。



「おー、ペッシやるねえ」


そう。

目を丸くする名前の眼前には、色とりどりの花が差し出されているのである。



「ぺ、ペッシさん……?」


「名前……ッ、ブォンサン、ヴァレンティーノっす!」


「!」


彼の大きな両手に収まった、薄いピンクの包装紙。

微かな風でふわりと揺れるオレンジや白といった美しい花々に、彼女の心はときめく。


花束を贈ってもらえるとは――少なからず予想外ではあったが、優しく破顔した少女がそれを受け取ろうと手を伸ばした矢先、



「ん? でもさ、これ……花束というよりは結婚とかで使うブーケだよな?」


「なんだってッ!?」



ぽつりと呟かれたイルーゾォの言葉に、ガタッと反応するメローネと、そして張本人であるペッシが肩を揺らした。


言われてみれば確かに、縦長というイメージのある花束というよりは、投げられるよう短く切り揃えられたブーケに近いものがある。



「いいいいいや! これはッ、その……!」


「ほォ、確かにこりゃブーケだなァ」


「ペッシ……明らかに無害そうな顔しておきながら、あんたも名前を狙ってたのかい!?」



名前の後ろからその代物を覗き、考えを紡ぐホルマジオ。

するとさらに、目をカッと見開くメローネ。


思わぬ敵対心。

このままではベイビィ・フェイスでバラバラにされた挙句、兄貴とリーダーにも――瞬く間に青ざめたペッシは、慌てて事実を告げることにした。



「ち、違うんです! 誤解っす!」









「ただ、花束とブーケを間違えちまっただけなんですって……!」



刹那、一気に広がる静寂。

その雰囲気にウッと息を詰まらせながらも、彼は言葉を連ねていく。


「実は……花屋なんて初めてに近くて……店員に聞かれるがまま、ブーケを選んでたというか……」



相変わらず漂う沈黙。

もしかすると、兄貴にまた≪マンモーニ≫と言われるかもしれない。


押し寄せる羞恥と自責に、視線を落としたペッシが奥歯を噛み締めていると――




「……ふふ」


「!」


自分の手から、花束――もといブーケの重みが消えた。

おもむろに顔を上げれば、嬉しそうに頬を赤く染める名前が。



「ありがとうございます、ペッシさん。こんなに素敵なプレゼント……大事に飾らせていただきますね?」


「……ふっ、昔はナンパもできなかったマンモーニが、好きな女に贈り物か……ペッシ、オレはお前の成長を誇りに思うぜ」


「ッ、名前……兄貴……」



心に広がっていく安堵。

そしてひどく甘い――決して嫌悪感のない恥ずかしさ。


とにかくホッとしたのか、思わず零れてしまいそうな≪水≫をペッシが抑えていると、左手にブーケを抱えた彼女が右手で可愛らしい袋を差し出してくる。



「それと、私からもバレンタインです」


次の瞬間、足元から顔へせり上がってきたのは、身を焦がしてしまうほどの熱。

慌てたペッシは「お、美味しそう……!」とかなり裏返った声で喜びを表しながら、動揺を精一杯隠そうと試みたのだった。






「でもブーケトスって、確かに憧れちゃうな……(女の子のお友達がいつかできたら、その子が結婚する時に投げてもらって……ふふ、楽しそう)」


「「「(ガタガタッ)」」」









ビギナーヴァレンティーノ




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