tre




「もしもし。交通会社の者ですが」


「……え?」




どうして――聞き覚えのない声が受話器から届いた瞬間、わけがわからなかった。


でも、次の言葉で私はすべてを理解した。




……ねえ、プロシュート。


貴方って本当、優しい大ウソつきだね。








私、いまだに全部思い出せるんだよ?



出逢ったときのことも。


いつもピシッと決めてる分、ギャップのある光を纏った髪が肩にハラリと落ちる瞬間も。

低血圧なのか、やけに不機嫌な寝起きも。

何かを隠すような甘く貴方らしい――婀娜やかな香水も。


……異常に足癖の悪い貴方を私が怒ったこともあったっけ。


それに、身体を重ねるときはますます艶っぽくなる吐息も。

弟君(?)がダメダメだって言いながら顔をしかめるくせに、話し続けている貴方の目はとても楽しそうに輝いていた。


あと、まずいって顔をしたから追及はしなかったけど、私が階段から落ちそうになったときも、貴方がどうにかして助けてくれたんだよね?



「よっ、名前。ずいぶん重そうなモン持ってんじゃあねえか……手伝うぜ」。


そう言いながらジャケットを脱いで、半袖から露わになる意外に逞しい二の腕も。

どんなときでも私の手を、頬を、肩を、背を、腰を包んでくれた無骨に見えて繊細で大きな手も。




すべて、すべて思い出せるのに――




仕事のことを尋ねたときの貴方の顔と雰囲気だけは、思い出せないの。




ううん、ほんとは思い出したくないだけ。





「プロシュート、あんたって携帯持ってないの?」


「あ? なんだよ、藪から棒に……持ってねえわけねえだろ」


「じゃあ、なんで直接会いに来てくれるの? プロシュートだって忙しいのに……それに、たまには電話越しに貴方の声を聞いてみたいよ」


「……悪い。これは仕事専用って決めてんだ」


「…………そっか、ならしょうがないね!」





生活感が全然なくて、仕事の話になると黙り込んで、ときどき視線に深く暗い闇を帯びて、どこまでも完璧な貴方。


だからこそ、覚悟はしていた。

貴方にはたくさんの――私より遥かに美しくて、素敵な恋人がいるんだろうって。




それなのに――




それなのに、どうして?





「唯一残っていた履歴が、貴方の電話番号だったんですよ」


どうして、貴方は私の番号を知っていたの?


「こちらも身元を調べてはいるんですが……もしかしたらと思い、お電話させていただいたんです」


仕事専用って、あんなに苦しそうに呟いていたじゃない。


「……もしもし?」



こんなときだけ特別扱いして、ずるいよ。


そもそも、≪御機嫌よう≫なんて貴方らしくない。




「あの、もしもし?」


「……どこ、ですか?」


「え?」


「遺体安置所の場所、教えてください……ッ私の、私の大切な人なんです……!」




ねえ、プロシュート。


貴方はたぶん、≪忘れろ≫って意味を込めて私にシオンの花を贈ったんでしょ?



だったら、忘れてあげない。



それに、完璧主義な貴方のことだから、本当は知っているはずだよ。


シオンの花言葉には――










≪君を忘れない≫って意味があることも。





だから――いつか。


いつか、私が貴方を忘れそうになったら、








ちゃんと、迎えに来てね?











Sionと共に眠る
――それが、私の幸せだから。







色とりどりの花に囲まれた庭の中で、キイキイと年季の入ったロッキングチェアーが音を立てる。



「――おばあちゃーん! どこ、行っちゃたのー!?」


それに重なるのは少し甲高い子どもの声。


眠り込んでいたのだろう。

うっすらと閉じていた瞼を上げた老婦は、視界を覆う暗い影に小さく口元を緩めた。





「……孫が呼んでるぜ、≪おばあちゃん≫」


「ふふ、ほんとだ。でも……私の目の前にいる≪色男≫が行かせてくれそうにないかな……迎えに来るの、ずいぶん遅かったね」


「おいおい。お前がオレのことをなかなか忘れねえからだろうが」



顔を上げれば――数十年前と一切変わっていない恋人が、不敵な笑みでこちらを見下ろしている。

そんな彼に対して込み上げるのは、嬉しさと一抹の切なさ。



「忘れるはずないよ。最初で最後の恋人だもの」


「……しっかし、まさかオレも≪おじいちゃん≫とはな……驚かないわけにはいかねえな」


「あれ、知ってたんだ……来てくれたときに倒れちゃうぐらい驚かせようと思ってたのに」


「ハン! 詰めが甘えよ。言っとくが、オレはずっと見てたんだからな」



少しだけ近くなった可愛い孫の声。

今、隣に立っている彼との間にできていた息子の、息子。


「あの子ね、びっくりするぐらい貴方にそっくりなの。生まれ変わりかなって思っちゃうぐらい……将来、かっこよくなるだろうなあ」


「……オレには及ばねえよ」


「ん? もしかして……嫉妬してる? 昔から、貴方って意外にヤキモチ妬きだったけれど、実の孫にまで妬いちゃうのはどうなの?」


「あ? 何言ってやがる」


「だって、いつもは澄ました顔で赤いバラを渡してくるくせに、あのときは仏頂面で黄色いバラを押し付けてきたじゃない……ふふ、今その顔を思い出しても笑っちゃう……!」


「……おい。まさか、子どもにそんな話までしてねえだろうな……」


「さて、どうでしょう? ……ずっと見ていてくれたんだよね?」


「…………チッ」



居心地が悪そうに眉をひそめ、そっぽを向いてしまうプロシュート。

その、相変わらずしゃんとした背筋に、彼を見上げていた彼女は自分を一瞥して苦笑を漏らした。



「……プロシュートは変わらないね。私は……私だけ、おばあちゃんになっちゃった」


「そうだな。一瞬、誰かわからなかったぜ」



瞳がかち合わないまま、言葉が紡がれる。

やっぱり――そう思い、俯いたそのときだった。



スッ


「!」


すっかり白へと変わってしまった髪に添えられる、紫のシオン。

見開かれた目を覗き込みながら、プロシュートはにっと口端を吊り上げ、決して変わりはしない想いを放つ。



「けど――オレの選んだ花が似合う最高の女。それは名前、お前しかいねえよ」


「ッ、もう……すぐ調子に乗るんだから……っ」


「ハン、何を今更」


「でも……そんなところも好き」



刹那、少しだけ面食らったような顔をした彼は、再び笑みを浮かべて、彼女――名前の手を取った。




「じゃあ、行くか」


「……うん」


「せっかくだ。オレの仲間も紹介してやるよ……かなり個性的だから覚悟しといた方がいいぜ」


「ほんと? ふふ、楽しみだなあ……私のことも、ちゃんと奥さんって紹介してね」


「ふっ、当然だろ」



静かに首を縦に振れば、ゆっくりと近付くプロシュートの端正な顔。



冷たくも温かくもない。

固くも柔らかくもない。

乾いても湿ってもいない。



それでも、久しぶりに彼と交わしたキスは、とても懐かしく甘い気がした。




終わり









はい、初の死ネタでした。
原作を読み直し、その衝動で書いた結果がこれだよ!
考えが甘いのかもしれませんが、読むたびにみんなどうにかして生き延びてほしかったなあ……と思ってしまいます。
まあ、生きてほしいと願うがために、長編を書いていると言えばそうなのですが。


感想などがあればぜひお願いします!
読んでいただきありがとうございました!
polka



prev

3/3
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -