※ギャグ甘
いつもと変わらない朝。
「すー……すー……」
「……オイ」
それは、私のケータイ――ギアッチョ君の少しだけイラついた声で始まる。
「んっ……すー」
「……」
ブチッ
「テメー……名前ッ! さっさと起きやがれエエエ!!」
「……痛っ!?」
布団ごと引っ張られたかと思えば、床へと落ちる自分の身体。
全身に走った衝撃と痛みに、私の目は一気に覚めた。
「いたたた……ねえ、もうちょっとさあ……優しく起こしてくれない? あと、声デカい……」
「ケッ、なんで俺がテメーに優しくしてやんなきゃならねーんだ。それに、うるせえって言うならよオオオ……さっさと≪マナーモード≫にしやがれッ!」
「え? マナーモードは最低限しないよ? ギアッチョの声聞きたいしー」
「! は、はは早く着替えろ! クソがッ」
自分の後頭部をなでつつ顔をおもむろに上げれば、そっぽを向いたギアッチョがいる。
ふふ、赤い耳で照れているのがバレバレだよ?
「ッ、何笑ってんだアアアア!」
「痛い!?」
その後、プンスカと怒る彼に急かされながらも、出かける準備をした私。
でも――
「うーん……髪が決まらない……」
何を施しても、鏡に映るのは跳ねる横髪。
そんな私を見かねたギアッチョ君が、指をトントンと鳴らしつつ叫んだ。
「オイ名前! どんだけ見つめても、テメーのその腑抜けた顔は変わらねーぞ!」
「! デリカシーがないなあ……もう」
「あア?」
「……いえ、なんでもないです」
今すぐにでも玄関から飛び出しそうな男。
携帯だけ、家から出るなんてありえないよ……。
心の中だけで小さな愚痴をこぼし、鏡を一瞥した私は、おもむろに立ち上がりながらスカートの埃を払った。
私のケータイであるギアッチョ君は、いわゆるガラケー。
≪スマホ≫などが世間では流行っているにもかかわらず、彼は上がホワイト、下が白黒の縦縞といった折り畳み式。
アクセントとしての赤色の受話口(メガネ)とか、水色のアンテナ(髪)とか結構可愛いデザインなんだよね。
ちなみに、アラーム機能やゲーム、辞書機能が優れたタイプらしいんだけど――
「ギアッチョ……ずっと気になってたこと聞いていい?」
「……ンだよ」
「どうして、電車内ではいつも以上に目つきが鋭くなるの?」
「……チッ。俺はなア……人ゴミの多いところが一番嫌いなんだよ!」
なぜか秘密主義だ。
明らかにメガネ越しの目が泳いでいるのに、満員電車で周りを睨む理由は絶対に教えてくれない。
「ふーん……まあ、私も好きで乗ってるわけじゃないけどさ」
「じゃあイイじゃねえか。もう黙ってろ」
「はーい(なんか怪しいなあ)」
気にならない、と言えば嘘になる。
でも、深く追求したら拳骨が飛んでくるので、仕方なく私は口を閉ざした。
「……(痴漢阻止してるなんて、誰が言うかよ……!)」
彼の行動が、優しさでできているとは知らずに――
他にも、私が辞書を使うときのギアッチョ君の反応は面白い――というよりうるさい?
「んー……へえ、これってそういう意味なんだ」
「オイ、この≪歯に衣着せぬ≫ってなんだよ……歯がどうやって服を着るって言うんだアア? これって納得いかねえよなアアアアアッ!?」
「あのー、ギアッチョさん? そろそろ、ページを変えてもらっても――」
「あアん!?」
ギロリ
「……ううん、なんでもない。好きなだけ矛盾に対する議論をしてください……あそこの発砲スチロールなら割ってもいいから。片付けはちゃんとしてね」
一つ訂正。
うるさいだけじゃなく怖かった。
「うおりゃアッ!! 俺を、俺をなめんじゃあねエエエエ!」
――でも、同時にとてつもなく可愛いんだよねえ。
バキッ、ボロッ
崩れていく哀れな白い塊を横目で見つつ、ふとある日の出来事を思い浮かべる。
あれは確か、私が偶然だけど携帯屋さんの前を通りかかったときのこと。
「わあ、最近はこんなに薄くなってるんだねえ……」
「……」
「あ、ギアッチョと同じタイプの白黒で≪横縞≫があるよ! 上の部分はブラックだし、なんだか威圧感があるけど…………あれっ、ギアッチョ?」
「……」
返事がない。
まさか、充電切れた?
充電器あったっけ――そんなことを考えながら、ショーウィンドウから視線を外したそのとき。
「わっ!?」
突然、視界が真っ暗になった。
私の目を覆うそのやけに冷たい手の正体は――たぶんギアッチョ君だ。
けど、どうして?
ただただ闇に包まれたまま、そっと彼の腕に右手を置けば――
「何、ちげー奴見てだらしねえ顔してんだよ」
「!」
「クソ……なんか無性にむかっ腹が立つぜエ……ア? そもそも≪むかっ腹≫ってよオ……」
矛盾スイッチが入ったのか、緩む手のひら。
日差しが少しだけ痛いけど――私はそれどころじゃない。
これって、そういうことだよね? ね?
どうしよう。すごく舞い上がっちゃう。
「ふふ、ギアーッチョ!」
「あア? って、なんでテメー笑っ――」
ギアッチョ君の細そうに見えてしっかりした腕に抱きつく。
彼が引き離そうとしているけど、絶対に離してあげないんだから!
「安心して? 私には、ギアッチョだけだよ!」
「!」
「だからね? これからもよろし――わっ」
首筋に埋められる顔。
ちらちらとこちらに向けられる視線に、今度は私が慌て始める。
けれども、離そうと肩を押せば押すほど、なぜかギアッチョ君は腕の力を強めるばかり。
「ぎ、ギアッチョ?」
「……て、ろ」
「え?」
「……黙って、こうされてろ」
そう彼が言葉を紡ぎ出したとき、ちらりと見えたのは真っ赤な耳。
当然だけど、離してほしい――なんて考えは一瞬にして消えてしまった。
「ふふ……しょうがないから、大人しくしておきます」
「ケッ、最初からそうしろよな」
叩かれる憎まれ口。
だが、その少しだけ身長の高い男が私を解放することは、着信が来るまで決してなかった――
「――オイ。……オイ名前ッ!」
「ハッ!」
いけない。あまりにも嬉しすぎて追憶の旅に出ていたみたい。
自分を叱咤しながら顔を上げると、ギアッチョ君がこれでもかと言うほど眉間にしわを寄せていた。
「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてて……どうかした?」
「…………今日、デリバリーにするんだろ? アレのおかげでスカッとしたからな……ウマそうなモン、探してやる」
珍しく小声で呟かれた言葉に、私はガタッと立ち上がる。
目の前に居座る彼の後ろには、粉々の発泡スチロールが入ったゴミ袋が。
「え? ほんと!?」
「こんなくだらねえ嘘ついてどうすんだよッ!」
「やったー! ありがとうっ、ギアッチョ大好き!」
「!!!」
その瞬間、沸騰したかのように赤くなったギアッチョ君は、強く握った拳で私を弱めに殴るのだった。
ガラパゴスもなんのその
手放す? そんなこと絶対にありえない!
〜おまけ〜
ピロリン
「ん? あ、ミスタ先輩からだ。どうしたんだろ……って、えっ!?」
メールを開こうとした途端、画面には≪消去しました≫の文字。
勢いよく彼を見上げれば、素知らぬ顔でゲームをしているではないか。
「ちょ、どうして消しちゃったの!? 大事な用だったのかもしれないのに……」
「ケッ、あのワキガ野郎がそんなメール送るかよ!」
「……もう」
怒声を上げ、舌打ちをしたギアッチョ君が再びゲームを始めてしまう。
――今度、会えたときは謝ろう。
そのことを胸に誓いながら、私は小さくため息をついて作業に戻ることにした。
「……クソッ!(≪名前、デートしようぜ≫だとオオ? グイード・ミスタ……今度会ったら容赦しねエエエエッ!)」
だから、私がミスタ先輩と会えたときは、彼の命が危険なときだなんて――思いもしなかったのである。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1609_w.gif)
はい、やってしまいました。この擬人化!
他の管理人様がすでに書いていらしたらどうしよう……と、びくびくしながら書きました(笑)。
もし本当にあったらごめんなさい!
悪意はありません。あるのは好意と妄想のみです。
感想などがあれば、ぜひお願いします!
お読みいただきありがとうございました!!
polka
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