「おはよー……ござい、ます」
「あ、名前おはよう……って、大丈夫!?」
丁寧に磨いていたビーチ・ボーイから顔を上げた瞬間、ペッシは勢いよく立ち上がった。
その叫びに、リビングに居た男全員が彼女を凝視する。
「え……?」
「オイ、顔真っ白だぞ」
「大丈夫? 体調悪いんなら、ベッドに戻った方がいいよ?」
きょとんとする名前に対して、ギアッチョとイルーゾォがそれぞれに口を開く。
しかし、彼女はゆっくりと首を横に振るばかり。
「ふふ……大丈夫です……いつもの、ことですから……」
「いつも? ……ハッ! 名前、生理ならオレが温めて――グホァッ」
「お前は黙っとけ。だがよォ、俺も休むべきだとは思うぜ?」
いつになくふらふらしている少女に、ホルマジオまでもが眉をひそめる。
だが、返ってくる答えはNOだ。
「いいんです……それに、リゾットさんのお仕事……邪魔できないし……んっ」
小さく呟き、ソファに腰を下ろす名前。
腹痛もあるのか、眉をひそめる様子はどうも痛々しい。
そして、リーダーがリビングに居ないかと思えば、どうやら部屋で仕事をしていたようだ。
彼女の隣に座ったプロシュートは、こういったことに関しては鈍感であろう男を思い浮かべて、あからさまにため息をついた。
「はあ。わーった……とりあえずはここで休んでろ」
「プロシュート!」
「本人が希望してんだ。それに、名前の体調を把握すんのは本人にしかできねえだろうが……イルーゾォ、お前は湯たんぽになりそうなもんでも探してやれ。ペッシは温かい料理だ」
「わかったよ、兄貴!」
すぐさまキッチンへ走って行ったペッシに対し、イルーゾォはしばらく不満げにしていたが、少女の顔を一瞥してリビングを後にした。
「あの……なんだか、ごめんなさい……痛っ」
「んなこと気にしてんじゃあねえよ。もし、また謝ろうとしたら拳骨だからな」
「……はい」
右手の握り拳を見せたプロシュートに、名前は大人しく彼らの厚意に甘えることにした。
おずおずと頷いた彼女に口元を緩め、そっとお腹へと手を伸ばす男。
「? えっ、と……?」
「少しでも、こうしといた方がマシだろ?」
なでなで。
ほんわりと温まる身体に、少女が微笑みながら頷く。
「クソッ、安心しきった顔しやがって」
「まあ、よかったじゃあねェか」
訪れた平穏。
うとうととし始めた名前の姿に少なからず安堵した周りの彼らは、それぞれしようとしていたことに戻ろうと足を踏み出した。
しかし、そこで問題は発生する。
男たちは忘れていた。
こんな事態だからこそ起こり得そうな、少女の特性を――
「……(すんすん)」
「? どうした」
いぶかしげなプロシュートの声に振り返れば、彼の首筋に鼻を近付けている名前がいた。
トロンとした深紅の瞳は――うっすらと浮き上がる脈に向いている。
自然と漏れ出す吐息。
そのいつもの彼女からは想像もつかない色っぽさに、その場にいた全員が青ざめた。
「ん……っぷろしゅーと、さんの……血のかおり……」
「おい、名前……!?」
ヤバい。
皆が思った。
それは、八重歯をちらつかせる少女に、血を吸われそうだからではない。
むしろ危ないのは、名前だ。
なんだかんだ言って、アジトにいるのは男であり、男は捕食者なのである。
もちろん、彼女の隣にいるプロシュートも含めて――
「ストーーーーップ!!!」
「グッ」
「? あれ、私……ひゃっ」
「名前、頼むからベッドへ戻れ!」
「へ? ホルマジオさん……あの、どうして――」
「行くぞッ!」
なぜかプロシュートから離され、抱き上げられてしまった名前。
そして、ソファで倒れ込んだ彼や赤面したギアッチョを見て首をかしげながら、少女は走り出したホルマジオに連れて行かれたのだった。
バンッ
「邪魔すんぜッ、リーダー!!」
「? 珍しいな、ホルマジオか。いったい――名前!?」
「おっと、メタリカはやめてくれよォ……?」
扉の方を振り向いて、リゾットは目を大きく見開いた。
視線の先――ホルマジオの腕の中にはぐったりとした少女。
燃え上がる怒りと嫉妬の念。
しかし、それに構っている暇はないと言うかのように、男は名前をベッドへと下ろす。
彼女が眠る態勢に入ったのを確認してから、ホルマジオは呆然としているリゾットを部屋の外へ呼んだ。
「リーダー……名前は女の子なんだし、もっとこういうときは気遣ってやれよ。仕事をリビングでするとか、な?」
「こういうとき? すまない、話がよくわからないんだが」
「あーッ、そこは察しようぜ!? ほら、女の子には1ヶ月に一回、あるだろ!?」
後頭部を掻き、必死に単語を出して説明する。
そんな努力の結晶に対ししばらく考え込んでいたものの、ようやく彼も理解できたらしい。
黒目がちの瞳が、なぜか輝いたのは気のせいだと信じたい。
「……そうか。名前は今生理中、すなわちここから計算すれば、妊娠可能な――グハッ!?」
「この、デリカシーなさ男がァァッ!」
ホルマジオのアッパーと一喝により、リゾットは自分の部屋にも関わらず、夜まで立ち入り禁止を処せられたとか。
その夜、体調が幾分かよくなった名前は一人シャワーを浴びていた。
「はあ……皆さんに、迷惑かけちゃった」
いまだにズクリと鈍い痛みを放つ下腹。
何年経っても慣れないこれに、ため息しか出てこない。
――そういえば。
リゾットはどうしたのだろうか。
晩御飯を持ってきてくれたイルーゾォに聞いても、彼はただ苦笑して頭をなでてくれただけだったのである。
「仕事の邪魔、しちゃったかな……」
しゅん。
項垂れながら、シャワーを止める。
ちゃんと謝らなきゃ――白いタオルを手に、シャワーカーテンを開けた刹那、名前は仰天した。
「!?!?」
「どうした、名前。そんな目を見開いて」
「え? あの、リゾットさん……これって驚く私がおかしいんですか……?」
目の前には服を脱いだ状態のリゾット。
つまり、彼はいつの間にか浴室に入っていたのである。
「あ、えと、とりあえず! 私こっちに行くので、リゾットさんが浴槽へ入ってください!」
短いタオルで必死に身体を隠しながら、羞恥に負けてしまいそうな彼女は縁から右足を出した、が。
「……あれ……?」
引いていく血の気。
ガクリ、と重力に逆らえぬまま、名前が崩れ落ちそうになった瞬間――
「名前!」
しっかりと支えられた、自分の身体。
見上げれば、ホッとした様子で口元を緩めるリゾットがいた。
「あ、ごめんなさい……私、ちょっと貧血気味で」
ありがとうございます。
しかし、どれほど彼女が微笑みを浮かべても、男は腕を離そうとはしない。
「?」
一方、肌と肌が触れ合っている感覚。
自分を抱く、逞しい腕。
そして人工の光が照らす彼の裸に、名前が赤面しないはずもなく。
「り、リゾットさん……っ////」
慌てて抜け出そうとする彼女の耳に、彼は唇をそっと寄せた。
「名前、頼むから無理はするな」
「え? ……ひゃっ」
刹那、壁に背中を押しつけられ、シャーッと鋭い音を立てて閉じられるシャワーカーテン。
二人だけの世界になってしまったような気がして――少女はますます頬を赤らめ、視線を落とすばかり。
その初々しい様子に、リゾットは温かい気持ちを抱きながら、自分の舌を傷付けた。
「!」
「……我慢しなくていい」
「あ、そんな……、んっ……ふ、ぁ」
脳髄を揺さぶる血の香り。
浴室に響く、唾液の絡み合う音。
彼の深く淫靡なキスを受け入れつつ、名前は意識の遠くでシャワーが再び出されたことを不思議に思っていた。
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