uno

※ヒロインが変態?
※いいえ、ただ本能に従っているだけ。






夏から秋へと移り変わり始めた、ある日。



暗殺チームの一員である名前は、こそこそと廊下を歩いていた。



「大丈夫……みんないないし」


激しく鳴り響く鼓動を落ち着かせるように、ぽつりと呟く。



ちなみに、彼女以外は夕方にもかかわらず、飲みに行ったばかりである。


名前ももちろん誘われたのだが、≪ある目的≫を達成させるために泣く泣く留守番を買って出たのだ。



――だって、仕事のとき以外って、なかなかチャンスないもんね。


うんうんと頷いた少女は、目の前にそびえ立つ扉を見上げ、静かにそれを押した。



「……お邪魔しまーす。あ、予想通り質素」


生活感のない部屋。


だが、それもまた彼らしい。



彼女が足を踏み入れたのは、プロシュートの部屋だった。


「んーっと、アレはどこかな〜」



きょろきょろと周りを見回す名前。


ベッドの下――も気になるところなのだが、今回の目的の物はそこにはおそらくない。



――まあ、プロシュートも男なんだから持ってるんだろうけど……ペッシに見つかったらさすがに……ね。


面目丸つぶれ――とまではいかなくても、微妙なムードになるに違いない。



その場に自分がいないことを願いながら、彼女はがらりとクローゼットを開け――





「あ……あった」


彼が仕事時にいつも着る、特徴的な柄のジャケットを手に取った。


ふわりと鼻を掠める甘く優しい香り。




騒がしくなる心臓に歯止めをかけようとしつつ、少女は静かにハンガーから服を外す。






そして――



「……んー……香水、なのかなあ?」


顔をそっと近づけ、嗅いでみるものの正体がわからない。


名前の目的――それは、プロシュートのジャケットから漂う香りを確かめることだった。



しかし、簡単だと思われたこの個人的任務が、なかなか完遂できない。



「えー!? 部屋に香水も置いてないし、たばこも……違うなあ」


なぜかは本人もわかっていないが、少女はペッシの次にプロシュートとともにいることが多い。



というより、彼女の行く先々に彼が立っていて、エスコートを名乗り出てくれるのだから不思議である。


もちろん、そんなさりげない優しさを見せる男に恋愛経験の少ない名前が惚れないはずもなく――




――プロシュートっていい匂いする……。どんな香水使ってるんだろう?





高いかも――いや、絶対に高価なものだろうけど、気になる。


好きな相手の香りを自分もこっそり購入し、纏ってみようかと、ふと思い至ったのである。




「……」




だが、部屋に訪れたのはまずかったかもしれない。





――この香り……やっぱりドキドキ、する。






夜空の色をそのまま映したかのようなジャケット。


それをじっと見下ろす名前の顔は、これでもかと言うほど赤い。






「ちょっとだけ……なら、いいよね?」




一度でいい。



彼の――プロシュートの纏う香りに包まれたなら、それで――



刹那、恋慕という感情に引き寄せられるがまま、彼女はジャケットを抱き込んだ。



「……ん、ッ……」



押し当てた鼻に届く、翻弄されてしまいそうな匂い。


煩かったはずの心臓が、先程以上に大きな音を立てる。





くらり。


脳が熱で浮かされ始めるのを感じながら――もう少し、もう少しだけ堪能しよう――と、名前が息を深く吸ったそのときだった。









キシッ



「!」


「……へえ」


床の軋む音とともに届く、よく聞きなれた声。



ジャケットを手に、勢いよく振り返れば――こちらを面白そうに見つめる蒼い瞳と目があった。




「ッ、ぷ、プロシュート……!」


「どうした、名前? ずいぶん、大事そうに人のジャケットを抱えてるじゃあねえか」



ドアに背を預け、くつくつと喉を鳴らす男。


一方、この世の終わりとでも言うような表情をした少女は、無駄とわかっていながらも手にあるものを急いで後ろへ隠した。



「ち、ちが! これは……そのっ」


「くく、何一人慌ててんだよ。別にオレは、何も咎めちゃいねえぞ? それとも……なんだ?」


言えねえことでもしてたのか?


「!?」



そう口にし、ニヒルに笑ったプロシュートは、視線をそらすことなくこちらへと歩み寄ってくる。




逃げ場がない。


彼女がそう悟ったのは、自分の背に固いもの――壁を感じてからのことだった。


「……っ」


「おい、名前。オレの目を見ろよ」



俯こうとすれば、顎を指で押し上げられてしまう。



――ど、どうしよう……幻滅された、かな。




その、絶望と困惑が織り交じった名前の顔に、プロシュートは己の心臓がこれまでにないほど高ぶるのを感じていた。







ことは数分前に戻る。



メンバーで酒を飲んでいたものの、やはり彼女がいなければ物足りない。


「悪い。オレ、先帰るわ」


「? 兄貴、体調でも悪いんすか?」


「いや、大丈夫だ。ペッシ、お前はここに残って楽しめ」



自分を本気で心配してくれる弟分に申し訳ないと思いつつ、下心に従うことにした男。



――今日はどこに連れてってやろうか。



アジトで飲むのもイイが、きっと邪魔が入る。


そろそろチームメイトから、別のモノへの昇格を狙っていた彼は、上機嫌で帰途についた、が。




「……名前?」


リビングにも、部屋にもいない。



もしかして、浴室だろうか――と自分の部屋を横切った次の瞬間。





見てしまったのだ。


チームの中でもかなり男気のある名前が頬を赤く染めて、自分のジャケットを抱き寄せている姿を。



もちろん、それを見過ごすことなどプロシュートにできるはずもなく――






「なあ、名前。オレのジャケット……匂い嗅いじまうほど気に入ったのか?」


「あ、う……/////」


他のメンバーには見せたことがないであろう珍しい表情に優越感を抱きつつ、ぐいぐいと壁際へと追いつめていく。



「どうなんだ?」


「……っ、プロシュート、いつもいい匂いする、から」


観念したらしい。


ぽつりぽつり、と語られていく事実。



「香水か、たばこなのかな……って思って」


「……なるほど、な」



もう解放してほしい。


名前が視線で必死に訴えかけてくる。




しかし、彼女はそれが自分の加虐心を刺激するとは知らないのだ。



「つまりお前は、オレの匂いが気になって部屋に忍び込んだってわけか」


「ちが……っ、違わない、です」



よく考えれば、彼に嘘が通用したことはない。


がくりと項垂れた少女の額に、もう一度笑った男がデコピンをする。



「痛ッ……え? えっ、あの」


突然走った痛みに、非難しようと顔を上げる名前。





だが次の瞬間――彼女はプロシュートの腕の中に納まっていた。


身体を包む温かさとともに大好きな香りが鼻を擽ったが、恥ずかしさゆえか少女が小さく身を捩る。




「ちょ、プロシュート! 何して――」


「ったく、お前もバカだな」


「答えて……って、ん? どうしてそんな話になるのッ!」









「ジャケットじゃなくて、本人を呼べばいいじゃねえか」


「!」


「……いや、これからは遠慮せずにオレを呼べよ、名前」



いつでも抱きしめてやるから。


直接脳に響く、彼の声。



そのあまりにも優しいそれに、先程までしていたはずの抵抗も忘れて、名前は思わず首を縦に振ってしまうのだった。










不可欠なのは
香水でもたばこでもなく、彼なのです。






〜おまけ〜



「……ッ」


「……(上機嫌)」


「……あの、プロシュート」


「? なんだよ」


「そろそろ離してくれると嬉しいなあ、なんて。みんなも、帰ってきちゃうかもしれないし……っ」


「断る」


「!? な、なん――」


「名前はオレの匂いを纏いてえんだろ? なら、もう少しの間抱きしめさせろよ。な?」


「//////」



その後、香りを口実にして名前を抱きしめるプロシュートの姿が、毎日目撃されたとか。











初兄貴夢でした!
ちょっと? いや、かなり変態チックかもしれませんが、許してください。
男前な兄貴が書けるよう、精進致します。


感想などございましたら、clapまで!
読んでいただき、ありがとうございました!
polka





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