uno

※最初はほぼ無理矢理に近い。
※でも、愛はありますよ!










その日、名前は一人館内を走り回っていた。



「えっと、次はこれで…………はあああ、ダメだ。全然終わらない」


これもすべて、テレンス様のせいだ。


廊下をすたすたと歩きつつ、資料をぱらぱらと捲る彼女の脳内には、自分の先輩の言葉。




「名前」


「はい、テレンス様、なんでしょう……って、これは?」


「今日中に頼みますよ」


「は? え、ちょっと!」


名前が制止したにもかかわらず、テレンスは立ち去ってしまったのである。


残されたのは、明らかに一日ではできないであろう資料の山。






「〜〜もう! 思い出しただけで腹が立ってきた……でも、放棄するわけにもいかないし」


とりあえず、順を追って片づけていくしかない。


今日は徹夜だ――と心の中で呟き、自分を叱咤激励していたそのとき。




「名前」


「? あ、DIO様……!」



目の前に広げていた資料越しに映る、男の影。


その正体が自分の上司と悟った瞬間、名前は己の身体がピシリと固まるのを感じた。


「……クク」


――まったく、いつまで経っても愛い奴よ。


一方、相変わらず緊張している彼女を目にして、深い笑みを湛えるDIO。



「名前、そう固くなるな。私は貴様を食糧にする気はない」


「! す、すみません! DIO様に圧倒されてしまい……」


名前が彼と出会った当初、それはもう怯えまくりだった。


男が口を開けば、ガクブル。

安心させようと近づけば、ビクブル。



いまだに、恐怖と不安で押しつぶされそうになってはいるが。


これでも、成長した方なのである。




「フン、そう言われて嫌な気はしないが……どうだ、名前。今からこのDIOの部屋に来ぬか?」


「え? DIO様のお部屋、ですか?」


「そうだ。ともにワインでも楽しもうではないか」



DIOはよく知っていた。


この目の前にいる名前が、ワインと口にすれば喜んでついてくることを。


もちろん、それは一つの建前だ。


――クク、食糧にはせぬが……名前を独占するのはいいかもしれない。



要するに、下心があるうえに構ってほしかったのである。



「ごめんなさいッ!」


「そうか、ではすぐに私の部屋へ……なにィ?」


しかし、ほくそ笑んでいたDIOの耳に、予想もせぬ返事が届いた。


名前の腰へと伸びた左手が、ぴたりと止まる。


「実は、テレンス様から仕事を授かっておりまして……ごめんなさい!」


「テレンスゥ? あ、オイ、名前ッッ!」



走り去ってしまった少女。


その背中を見つめながら、DIOは己の心にひしめく≪敗北感≫を感じ取っていた。



「ヌウウ、私が……このDIOが仕事に負けた、だとォ?」


すでに、名前の姿は視界にはない。


だが、自分に残された悔しさをただ受け入れるという選択肢など、DIOの頭には微塵もなかったのだ。


「……クク、クククク。名前よ、待っているがいい……私を選ばなかったこと、後悔させてやろう」


ひとしきり笑った男は、自信に満ちた笑みを浮かべて館に広がる闇へと消えていった。












「はあ、この部屋に来るの今日で何度目なんだろう……」


その頃、書庫へと足を運んでいた名前は、きょろきょろと部屋の中を見渡していた。


室内を照らすのは、数本の蝋燭のみ。


――消えたら、真っ暗だ。


それが彼女の恐怖心を煽っていたが、ここへ来ないことには仕事は終わらない。


「……はあああ」


深いため息。

静かに吐き出しながら思うのは、先程誘いをかけてくれたDIOのこと。


――怒っていらっしゃるかなあ……でも、仕事しないとテレンス様にお仕置きされるし。


二人を天秤にかけることはしないが、どちらも恐ろしいものは恐ろしい。


ブンブンと首を横に振った名前は、仕事に集中しようと本棚へ手を伸ばした。





次の瞬間。


部屋を覆う暗闇。



「え……っ!?」


彼女にとって、もっともなってほしくない状態になってしまった。


そう、すべての蝋燭が≪自ら≫消えたのである。



「や、どうしよう!」


何も見えない。


とりあえず、記憶を頼りにして扉を探そうと一歩踏み出した、が。



「……名前」


目前から届いた低いボイス。


――DIOだ。


「ひっ、ディ、DIO様……」


いつからそこに――口ではそう言いつつも、恐怖ゆえか後ろへ下がろうとしたそのとき。






「逃がすと思うか?」


「! いッ」



バサバサバサッ

大きな音を立てて、少女の手から落ちる資料。


気が付けば、背中に激痛が走っている。


『世界』の能力を使われたらしい。


両手首を掴まれ、おそらくだが本棚へと押し付けられていた。


名前は、わけがわからずただ狼狽えるばかり。



「ぁ、DIO様……何を」


「名前。貴様の主人は誰だ?」


左耳を吐息が掠めていく。


それにビクリと肩を震わせながら、彼女は唇を開いた。


「っ……DIO、さまです」


「フン、そうだ。では、この私を最優先にすべきであることは……わかるな?」


優しく甘い声色。


その中にある、意図を悟り――名前が精一杯頷く。


「名前よ。貴様はそれをわかっていながら……テレンスに頼まれた仕事をしようとしたのだな?」


「そ、それは……」


「≪仕事だから≫などという言い訳は聞かぬぞ」



投げかけられる理不尽な言葉。


しかし、まさに名前が彼の誘いを断ったのは、その理由なのだ。



暗闇の中で、泣きそうになっている部下を見て、DIOは口角を上げる。



「どうやら……私よりテレンスの言葉を優先させた名前には、≪罰≫を与えてやらねばならないようだ」


「! ぇ……ぁ、やあっ」


刹那、男らしい大きな手に腰から脇腹にかけてを撫で回され――身体を震わす名前。



どこからその手が伸びてくるかわからない。


ある種目隠し状態の中で、彼女は必死に堪えなければならなかった。


「あっ、DIOさ、ま……おやめ、くださ……ッ!」


「ククッ、この私に命令するのか?」



弄られる感覚と予想もできない快感。


DIOは、荒らくなり始めている名前の吐息に、ただただ胸を躍らせた。




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