※最初はほぼ無理矢理に近い。
※でも、愛はありますよ!
その日、名前は一人館内を走り回っていた。
「えっと、次はこれで…………はあああ、ダメだ。全然終わらない」
これもすべて、テレンス様のせいだ。
廊下をすたすたと歩きつつ、資料をぱらぱらと捲る彼女の脳内には、自分の先輩の言葉。
「名前」
「はい、テレンス様、なんでしょう……って、これは?」
「今日中に頼みますよ」
「は? え、ちょっと!」
名前が制止したにもかかわらず、テレンスは立ち去ってしまったのである。
残されたのは、明らかに一日ではできないであろう資料の山。
「〜〜もう! 思い出しただけで腹が立ってきた……でも、放棄するわけにもいかないし」
とりあえず、順を追って片づけていくしかない。
今日は徹夜だ――と心の中で呟き、自分を叱咤激励していたそのとき。
「名前」
「? あ、DIO様……!」
目の前に広げていた資料越しに映る、男の影。
その正体が自分の上司と悟った瞬間、名前は己の身体がピシリと固まるのを感じた。
「……クク」
――まったく、いつまで経っても愛い奴よ。
一方、相変わらず緊張している彼女を目にして、深い笑みを湛えるDIO。
「名前、そう固くなるな。私は貴様を食糧にする気はない」
「! す、すみません! DIO様に圧倒されてしまい……」
名前が彼と出会った当初、それはもう怯えまくりだった。
男が口を開けば、ガクブル。
安心させようと近づけば、ビクブル。
いまだに、恐怖と不安で押しつぶされそうになってはいるが。
これでも、成長した方なのである。
「フン、そう言われて嫌な気はしないが……どうだ、名前。今からこのDIOの部屋に来ぬか?」
「え? DIO様のお部屋、ですか?」
「そうだ。ともにワインでも楽しもうではないか」
DIOはよく知っていた。
この目の前にいる名前が、ワインと口にすれば喜んでついてくることを。
もちろん、それは一つの建前だ。
――クク、食糧にはせぬが……名前を独占するのはいいかもしれない。
要するに、下心があるうえに構ってほしかったのである。
「ごめんなさいッ!」
「そうか、ではすぐに私の部屋へ……なにィ?」
しかし、ほくそ笑んでいたDIOの耳に、予想もせぬ返事が届いた。
名前の腰へと伸びた左手が、ぴたりと止まる。
「実は、テレンス様から仕事を授かっておりまして……ごめんなさい!」
「テレンスゥ? あ、オイ、名前ッッ!」
走り去ってしまった少女。
その背中を見つめながら、DIOは己の心にひしめく≪敗北感≫を感じ取っていた。
「ヌウウ、私が……このDIOが仕事に負けた、だとォ?」
すでに、名前の姿は視界にはない。
だが、自分に残された悔しさをただ受け入れるという選択肢など、DIOの頭には微塵もなかったのだ。
「……クク、クククク。名前よ、待っているがいい……私を選ばなかったこと、後悔させてやろう」
ひとしきり笑った男は、自信に満ちた笑みを浮かべて館に広がる闇へと消えていった。
「はあ、この部屋に来るの今日で何度目なんだろう……」
その頃、書庫へと足を運んでいた名前は、きょろきょろと部屋の中を見渡していた。
室内を照らすのは、数本の蝋燭のみ。
――消えたら、真っ暗だ。
それが彼女の恐怖心を煽っていたが、ここへ来ないことには仕事は終わらない。
「……はあああ」
深いため息。
静かに吐き出しながら思うのは、先程誘いをかけてくれたDIOのこと。
――怒っていらっしゃるかなあ……でも、仕事しないとテレンス様にお仕置きされるし。
二人を天秤にかけることはしないが、どちらも恐ろしいものは恐ろしい。
ブンブンと首を横に振った名前は、仕事に集中しようと本棚へ手を伸ばした。
次の瞬間。
部屋を覆う暗闇。
「え……っ!?」
彼女にとって、もっともなってほしくない状態になってしまった。
そう、すべての蝋燭が≪自ら≫消えたのである。
「や、どうしよう!」
何も見えない。
とりあえず、記憶を頼りにして扉を探そうと一歩踏み出した、が。
「……名前」
目前から届いた低いボイス。
――DIOだ。
「ひっ、ディ、DIO様……」
いつからそこに――口ではそう言いつつも、恐怖ゆえか後ろへ下がろうとしたそのとき。
「逃がすと思うか?」
「! いッ」
バサバサバサッ
大きな音を立てて、少女の手から落ちる資料。
気が付けば、背中に激痛が走っている。
『世界』の能力を使われたらしい。
両手首を掴まれ、おそらくだが本棚へと押し付けられていた。
名前は、わけがわからずただ狼狽えるばかり。
「ぁ、DIO様……何を」
「名前。貴様の主人は誰だ?」
左耳を吐息が掠めていく。
それにビクリと肩を震わせながら、彼女は唇を開いた。
「っ……DIO、さまです」
「フン、そうだ。では、この私を最優先にすべきであることは……わかるな?」
優しく甘い声色。
その中にある、意図を悟り――名前が精一杯頷く。
「名前よ。貴様はそれをわかっていながら……テレンスに頼まれた仕事をしようとしたのだな?」
「そ、それは……」
「≪仕事だから≫などという言い訳は聞かぬぞ」
投げかけられる理不尽な言葉。
しかし、まさに名前が彼の誘いを断ったのは、その理由なのだ。
暗闇の中で、泣きそうになっている部下を見て、DIOは口角を上げる。
「どうやら……私よりテレンスの言葉を優先させた名前には、≪罰≫を与えてやらねばならないようだ」
「! ぇ……ぁ、やあっ」
刹那、男らしい大きな手に腰から脇腹にかけてを撫で回され――身体を震わす名前。
どこからその手が伸びてくるかわからない。
ある種目隠し状態の中で、彼女は必死に堪えなければならなかった。
「あっ、DIOさ、ま……おやめ、くださ……ッ!」
「ククッ、この私に命令するのか?」
弄られる感覚と予想もできない快感。
DIOは、荒らくなり始めている名前の吐息に、ただただ胸を躍らせた。
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