03
※童話『おやゆび姫』パロ
※改変あり

おやゆび姫:連載ヒロイン
育ての親:リゾット
カエルの兄貴:プロシュート
カエルの弟分:ペッシ
魚:ギアッチョ
コガネムシ:メローネ
野ネズミ:ドッピオ
モグラ:ボス
ツバメ:イルーゾォ
王子:ホルマジオ





むかしむかし、ひとりぼっちの女性がいました。

彼女は誰もいない家の庭でスコップを持ちながら、趣味のガーデニングを続けます。


そして、寂しさのあまりでしょうか。ふと、異様に逞しい腕を止め、積年の想いをこぼしました。



「はあ……可愛い娘がほしい。どんなに小さくても構わないから、オレの目の前に現れてくれはしないだろうか……」


空気に深い息が滲む中、しばらくぼんやりとしていた女性は、自分を内心で鼓舞してから手の動きを再開させます。


ザクザクと土の耕される音。

ですがこのとき、彼女は知る由もありませんでした。




その発言が、いわゆるフラグであることを。



「……はああ(もし娘がいたら、色々な話をして、可愛い服を着せて、一緒に料理を作って……嫁には出せないな、絶対に)」


まるで屋台で作られるわたあめのように、膨らむ妄想。

ですが、現実はそう甘くありません。

肌を劈く冷風にもう一度ため息を吐き出しつつ、女性は一粒の種を植木鉢の土へと優しい手つきで蒔きます。



――すると、どうしたことでしょう。

今埋めたはずの種からはたちまち芽が出て、さらには美しい赤のつぼみが現れたのです。



「!? ……何が起きたのかわからないが、とても綺麗なチューリップだ」


花開くのが今から楽しみだな――穏やかな笑みを浮かべ、赤い花弁へそっとキスを贈った瞬間。

なんと今度は、彼女の想い通りに花びらが開き、



「……あっ……は、初めまして」


「!(な……な……ッ、なんて可愛いんだ!)」



その中には、小さな小さな女の子が座っていました。


強いて言うならば親指ほどの大きさでしょうか。危害を加えてしまわないよう恐る恐る掬い上げ、たなびく黒髪を指先で撫でれば、その子は擽ったそうにはにかみます。

女性は、己の胸がひどく高鳴るのを感じながら、少女の仕草一つ一つをじっと眺めました。



「初めまして。君の名前は≪おやゆび姫≫だ」


つい今しがた与えられた名を呟いているのか、何度も微かに動く唇。

しばらくして、チューリップから生まれた娘は大きく頷き、顔を綻ばせた母の人差し指へぎゅっと抱きついたのでした。








それからと言うもの、女性は小さなそのプリンセスへ毎日キスを贈り、おやゆび姫をわが子のように蝶よ花よと育てました。



「お母様! 私……カスミ草でお花の冠を作ったんです! その、お母様に……付けてほしいなって思って……」


「(きゅーんッ)おやゆび姫……ありがとう。指輪として使わせてもらう」


「えへへ……はい/////」


母親のことをただひたすらに想う、心優しい少女。

おやゆび姫は、水の張ったお皿や葉っぱの船で遊び、夜になるとクルミの殻でできたベッドに身体を預けて眠ります。

彼女を包む布団は、花びらでした。





そんなある晩のことです。


窓際で眠るおやゆび姫のそばに、影が現れました。



「ん……?」


その正体は、ずいぶん眉目秀麗なカエル。

すやすやと寝息を立てる可憐な少女を開いた窓から見つめ、彼はにやりと口元を歪めます。



「……可愛いじゃあねえか。人間のとこに置いておくのはもったいねえ」


「すー……すー……」


どれほど近寄っても、目を覚ますことなく熟睡しているおやゆび姫。


彼女のあまりの愛らしさに、家の住人もこの子を溺愛しているであろうことが予想できます。

そうだ――ある考えが男の脳内を過ぎりました。



「ハン、せっかくだ。弟分の嫁にしちまおう」


――あいつと結婚したら、三人暮らしだ。ククッ、早く可愛いこいつを≪食っちまいてえ≫な。

と、意外にあくどいことを考えながら、ひょいっとクルミごとおやゆび姫を抱え上げて、そのまま外へ連れ出してしまいました。





「んっ……、あれ?」


瞼越しに届く光。

目覚めた少女を待っていたのは、見知らぬ水の世界でした。


ぷかぷかと川の上に浮かぶスイレンの葉。くるみのベッドから身動きできない状態に、おやゆび姫は慌ててきょろきょろと周りを見渡します。



「こ、ここはどこ……?」


「よお。目ェ覚めたか、バンビーナ」


「!」


突如聞こえたテノール。勢いよく振り返れば、口端を吊り上げたカエルが自分を凝視していました。



「Buon giorno。オレはカエルだ。小さな嬢ちゃん、オメーの名前は?」


「あ……えっと、私は……おやゆび姫、です」



今更ですが、自分で≪姫≫って付けるなんて――そう考え、頬を赤らめる少女。

一方、さらに笑みを深めた男は、俯いたお姫様へ顔をグッと近付けます。


「ふ……やっぱ可愛いな。いいか? おやゆび姫。お前は今日からオレの弟分の嫁になる……三人で暮らすんだ」


「え? およめ、さん……?」


「ああ、そうだ。つーわけで、ちょっと待ってろよ? 今、弟分を連れてくっからな」



そう言って飛んでいってしまったイケメンガエル。しかし、嬉々とした彼とは反対に、おやゆび姫はひどく狼狽えていました。



「っ……け、結婚だなんて、どうしよう……。おうちに帰りたい……ぐす、っお母様、ぁ……」


ついに、少女は小さな手のひらで顔を覆い、ポロポロと泣き始めてしまいます。

帰りたい、でも道がわからず帰られない――頭を掠める≪覚悟≫に彼女は自ずと下唇を噛みました、が。




「オイ」


「…………え? 今、声が――」


「チッ……こっちだこっち! テメーなア、下を見ろよ……!」


「?」


下?

コテンと首をかしげながらおやゆび姫が視線を落とすと、こちらを見上げる影が。


その影――かなりイライラした様子の魚は、≪やっと気付いたか≫とおもむろに歯ぎしりをします。



「……ったく、手間かけさせやがってエエエエ!」


「あう、ごめんなさい……」


項垂れる少女。

すると、魚の彼は打って変わって苦虫を噛み潰したような顔を見せました。



「(クソッ、謝んなよ……俺が悪いみたいじゃねえか。超やりづれー……)で? ンなとこで何してんだよ。旅かア?」



本当に旅だったらどれほど気が楽でしょう。

おやゆび姫は、自分が今どのような状況にあるかを一から話し始めました。


それを聞いて男が、何を思ったのか水の中で悪態を付きます。



「ケッ。あの澄まし顔野郎の弟分に嫁ぐたァ、そりゃまた災難だな」


「あの……弟分さんとはまだお会いしていないんですが、すごいお方なんですか?」


「いや全然。問題はジジイの方だ。アイツ、気に入った奴はペロリと食っちまうらしいぜ?」



≪弟分の嫁≫。

ンなモン、どうせ半分口実だろ。


吐き捨てるように放たれた言葉に、命の危険を感じサーッと青ざめるおやゆび姫。

もちろん、≪食う≫という意味の捉え方が双方で異なっていることは言うまでもありません。



「(そ、そんなっ……カエルさんに食べられてしまうなんて……!)」


「…………、はあ。クソッ……しゃあねエ。ぜってーに動くなよ」



どういうことだろう――発言の真意を尋ねようとした瞬間、なぜか自分ごと動き出すスイレンの葉。

彼がその茎を水中で噛みちぎってくれたのだ。そう悟った少女は、徐々に遠のいていく魚に向かって大きく手を振ります。



「お魚さん! 本当に、本当にありがとうございました……!」


ホッと心を占める安堵。

花が咲き誇るように可憐な顔が綻びました。









ところが、おやゆび姫の受難はまだ始まったばかりなのです。




「ひゃあ!?」


「ハアハア……(珍しいモノが川に浮かんでるなと思ったら、まさかの女の子! 今日のオレ、ベリッシモ運イイッ!)」


しばらく少女が流れに身を任せて優雅な旅を堪能していると、不意に腹部へ腕を差し込まれ、宙に浮いた小さな身体。

どんどん遠ざかっていく己のベッドに背後を振り向けば、なぜかはあはあと息を切らす――これまたずいぶん優男なコガネムシが自分を抱きしめていました。



「っ、あの……お願いです! 離してくださいっ」


「ふふふ、ダーメ」


「え!? そんな、困ります……ッ」


「……ハアハア、ハア……ベネ! イイよ、小さなお姫様。もっと抵抗してごらん? オレが思わず手を離しちゃって、君が川にボチャンしてもいいなら、ね」


「!」


ぴたり。

落とされては一溜りもない、と暴れる腕を止めてしまうおやゆび姫。


しかし、止まったら止まったで彼の手がわきわきと動き始めます。



「ハア、ッ……フローラルな首筋の甘い香り……柔らかく滑らかな肌……真っ赤になった耳……ベネ! ベネッ!」


「〜〜っや、ん……いや、ぁ……!」



どうにか離してほしい。

うなじや肩へ鼻を押し当てられ、彼女が懸命に身を捩った――そのときでした。




「うわあ」



明らかに放たれた棒読み。同時に、重力に引き寄せられる少女の躯体。




「へ? ――きゃあああ!?」


「あ。ゴメーン、手……離しちゃったね!」



てへぺろ。お茶目な仕草で謝るコガネムシ。

ですが、その謝罪の言葉はおやゆび姫に届くことなく、空へと消えてしまいました。









「どうしよう……。ここは……?」


見回すと、そこにあるのは緑、緑、緑。

どうやら森の奥に迷い込んでしまったようです。


しかし、現状を憂う暇もなく、ただただ逞しく生きていくしか少女には道はありません。



「(不安だけど、頑張るしかない……頑張ろう!)」


うんと頷いた彼女は、花の蜜を食料としながら、葉っぱに包まって眠るといった毎日を生き始めました。



「……」


とは言え、陽気に満ちていた世界も季節が変わり、身を凍らす冬へと変わってしまいます。

お母さんが繕ってくれたワンピースに裸足のおやゆび姫。



「くしゅんっ」


足先から冷えて、仕方がありません。

両腕を強く抱きしめつつ、ふらふらと歩く少女。


しばらくして――



「……あ」


視界に映り込んだ一つの家。

それに気付いた途端、小さな小さな彼女は弱々しくドアをノックしました。


コンコンコン


すると、扉の奥から野ネズミがひょこりと顔を出します。



「は、はい(わ……可愛い女の子だ)」


「ごめんください。あの……さ、寒さで困っていて……どうか中へ入れてもらえませんか?」


懇願で潤んだ双眸。

美しいそれを見つめてから少しの間逡巡して、「どうぞ」と恐る恐る招き入れてくれた少年。


刹那、おやゆび姫は安堵と感謝で微笑みました。



「野ネズミさん……本当にありがとうございます……っ」


「いや……き、気にしないでください……(ど、どどどうしよう! 女の子がッ、ぼくの家に! こ、こうなったら――)ボス! お電話ください、ボスぅぅう!」


「?(ぼす……?)」



最初こそ互いにぎこちなかったものの、少年少女は徐々に仲良くなっていきます。

こうして、おやゆび姫は野ねずみと一緒に小さな家で暮らすことになりました。



「あ……こんにちは」


「……邪魔する。(私のドッピオ、これはどういうことだ)」



数日後。


野ネズミさんの家よりもっと奥に居を構えるお金持ちのモグラが、少年の住まいへやって来たのです。

彼は、礼儀正しく可憐なおやゆび姫を一瞬で気に入りました。



「(……決めたぞ。私はこの娘を嫁にする。異論はないな?)」


「(え!? 確かにおやゆび姫は可愛いけど……ボス……ほ、本気ですか!?)」


「ふふ(お二人は仲がいいんだなあ……)」



それから、モグラが彼女の元へ通い詰めるようになった頃。

少女は手負いのツバメを外で発見し、慌てて彼のそばへ駆け寄ります。



「! ツバメさん! 大丈夫ですか……!?」


「うッ……君、は?」


「私はおやゆび姫……あ、動いちゃダメです!」


「……わか、た……」



南国へ渡ることで有名なツバメですが、このままでは飛ぶことできません。

助けなきゃ――心優しいおやゆび姫は、黒い艶やかな毛を持つ彼を毎日介抱し始めました。


どうか元気になってください。彼女が必死に祈りながら、鈴を転がすような声で話しかけたおかげでしょうか。

男は、見る見るうちに力を取り戻していきました。



「オレ、君を見た瞬間≪天使なのかな≫って思ったんだぜ? おやゆび姫が白いワンピースで微笑んでたから」


「……そ、そんな……大げさですよ」


「(本音なんだけどな……)」



他愛もない会話で笑顔がこぼれる日々。

ところが、ついに別れの日はやってきてしまいます。



「――おやゆび姫!」


「ツバメさん……飛べるようになったんですね! よかった……」


「うん。君のおかげだよ……本当にありがとう。それで……お礼をしたいからさ、おやゆび姫も南の国へ行こう。とてもいい所だよ?」


「!」


揺らぐ胸中。

膨らんでいく好奇心。


でも――自然と、少女は頭を下げていました。



「ごめんなさい。私は、お世話になった野ネズミさんが心配で……」


「……そっか。わかった。でも、君が呼んでくれたら、オレはいつでも戻ってくるから」


気にしないで、とツバメが微笑んでくれます。

いつか南に連れて行ってもらおう。その約束を胸に、おやゆび姫は高く空を舞う彼を見送りました。






それから、季節は巡り――夏。


突如、≪着信音≫が家に響きます。



「とおるるるるるる! ボスですか!? はい、はい……ッわかりました! 伝えておきます……!」


「野ネズミさん……?」


「よ、よかったね、おやゆび姫! ボス……じゃなかった、モグラさんとの結婚が決まったよ!」


≪結婚≫。ずいぶん昔に聞いた単語に、衝撃で瞬きを繰り返す少女。

モグラのことが別段嫌いというわけではありませんが、彼に嫁ぐことは≪二度と地上に出られないこと≫を示します。


おやゆび姫は、太陽の下には出られなくとも、朗らかな日差しが大好きでした。

さらに、自分を育ててくれた優しい母と遊んだ日々、風にそよぐ花たちと過ごす日々が――



「っ……さようならお日さま……お花さんたち……お母様。私は地面の底へ行って、モグラさんと結婚します」



涙と共に漏れる感謝の想い。彼女は、ひっそりと心の中でツバメの顔を思い浮かべます。




次の瞬間、どうしたことでしょう。

突然、聞き慣れた声が上空から届きました。



「結婚なんて許可しないィィイ!」


「え!? つ、ツバメさん!」


「お待たせおやゆび姫! 今度こそ一緒に行こう!」


「あ……、はい!」



申し訳なさを抱えつつも、気が付いたときには、少女は彼の羽に掴まっていたのです。




そして、しばらく男の広い背中に乗って――大空を旅した後、辿り着いた場所はとても暖かい花の国でした。

ツバメは怪我をさせてしまわないよう、そっとおやゆび姫を花びらの元へ下ろします。


すると、



「お? こんなとこで可愛い娘ちゃんが何してんだ?」


「!」


背後から届いた声。

彼女が勢いよく振り返れば、なんと自分と同じぐらいの大きさの男性が猫に腰を据えていました。


彼は氷を溶かすような朗らかな笑顔で、少女のそばへ近付いてきます。



「ハハッ、そんな怖がらなくてもいいぜ? 俺ァここの国の王子だ……つっても、正直自分でこう紹介すんのは気が引けんだがよォ」


「実は……私も、おやゆび姫という名前で……言うのが少しだけ恥ずかしくて」


「……俺ら、結構似てるとこあっかもな」


「えへへ……そう、ですね////」


おやゆび姫のはにかんだ笑み。

胸を打つそれをじっと目に焼き付けてから、王子はおもむろに右手を差し出しました。



「? 王子様……?」


「このにゃんこ、少し暴れん坊なんだが……俺の後ろに乗ってみっか?」


「っ、ぜひ!」


強く握られた小さな手。

顔を突き合わせるたびに生まれる、恥ずかしさと嬉しさの交じった二つの微笑。


こうして、おやゆび姫と花の国の王子様は二人でさまざまな場所を旅しましたとさ。


めでたしめでたし。





――と、いうわけにもなかなか行かず。



「あ……王子様! 私、もう一度お母様に会ってお礼を言いたいんです。≪私を育ててくれてありがとう≫って」


「おっし! じゃあ行くか! 俺も挨拶してェしよ!」


「ありがとうございます……!」


「ハハッ、気にすんなって。(あー……おやゆび姫の母さんに、なんて言うかな。やっぱ「娘さんをください」、か……?)」


「(ふふ……早くお母様に会いたいな)」



幸せそうな二人に、まさかこれまで以上の――過保護な≪壁≫が待ち受けているとは、彼らはまだ予想すらしていないのでした。











連載×童話
Thumbelina
〜おやゆび姫〜



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