飴玉に想いを添えて
※連載「Uno croce nera...」の番外編
※暗チが先生、ヒロインちゃんが生徒の学校パラレル





人もまばらな朝の職員室。

自分の机を前に大きく伸びをしていたホルマジオは、見慣れた人影に首をかしげた。



「名字?」


「あ、ホルマジオ先生……おはようございます!」



その正体は彼のクラスの生徒、名字名前。

少女は、長時間太陽の下に出られないという事情は抱えているものの、ここまで早朝に登校するのは珍しい。


おいおいどうしたんだよ、こんな朝早くに――思わず男が目を見開けば、それに応えるように彼女がにこりと微笑みながら口を開く。



「えと、今日は私が日番なので日誌を取りに来たんです」



なるほど日直か。

そうだとしてもかなり早すぎる気も否めないが、特に意味があるわけではないのだろう。

今にも職員室を後にしそうな名前を引き止めつつ、ホームルームで配るプリントを先に渡しておくため机上を探るホルマジオ。


だが、彼はそこであることに気付いた。



「……名字お前、一日間違ってんぞ」


「え!?」


「ほらここ見てみろよ。お前は明日だろォ?」



示し出された書類。それを覗き込めば、明日の日付に刻まれている自分の名前。

もちろん、驚きで見る見るうちに瞠目する少女の瞳に、男の口から自然と苦笑が漏れる。



「ったく、おっちょこちょいめ。しょーがねェな〜〜! まァ教室ででもゆっくりしてろよ、な?」


「あはは、は……そうします」



こうして、彼女の今日は一つの≪勘違い≫から始まった。








「ん……(眠、い……)」


それからと言うもの、授業中にも関わらず時折あくびを噛み締めてしまう名前。

ちなみに、今教壇に立っているのは国語の担当教諭である、



「根掘りはわかるッ! だが葉掘りってなんだよ、葉掘りって! ハッキリしやがれ、ボケが!」


「……、すう」



ギアッチョだ。

今日も今日とて授業そっちのけで言葉の矛盾について声を荒らげているため、クラスの大半は目をカッと開いている。


しかし、約三年の付き合いで慣れてしまったのだろうか。

彼の怒声は、少女にとってどうしても子守唄に聞こえ――



「オイ名字ッ!」


「! ぎ、ギアッチョ先生……!」


だからこそ気が付くことができなかった。


微睡んでいた彼女の眼前に、般若が立っていることに。

一方、いつも以上に額へ青筋を立てた男は、言わずもがな天使の輪が浮かぶその黒い頭にチョップをかます。



「あうっ」


「テッメー……俺をナメやがって! クソッ、クソが! 授業中に寝てんじゃあねえェ――ッ!」


「ご……ごめんなさいー!」


しばらくの間教室に轟いていた悲鳴と説教。

ところが、睡魔に襲われ続ける名前にも、そっと優しく手を差し伸べる授業があった。



「名字、実験は順調?」


「イルーゾォ先生……な、なんとか」



それは科学教諭のイルーゾォによる授業である。

内容は炎色反応。


ここ最近は座学より実験が多いので、少女も普段以上に気を引き締めつつ取り組んでいた。



「空気に触れてるかどうかだから……ほら、こう傾けて」


「わあ……!」


「どう?」



一瞬にして切り替わった色。

キラキラと輝く彼女の瞳。

感嘆に満ちた声。


綺麗ですね――少々興奮気味で呟く生徒に、口元を緩ませながらそちらを向いてイルーゾォはギョッと目を見開く。



「ッ(ちょ、近……!)は、反応まだ出てない奴いるかー?」


「?」



慌てて離れてしまった男。

彼の今にも転けてしまいそうな足取りに、名前はこてんと首をかしげるのだった。











昼休み。



「きゃ!?」


「うわ……!?」


少女がのんびり廊下を歩いていると、走ってきた教育実習生であるペッシと出会い頭でぶつかってしまった。


抱えていた書類が散らばる中、彼は尻餅をついた彼女にすかさず手を差し出す。



「す、すいやせん!」


「いえ……ペッシ先生、私こそごめんなさい」


「謝らないでください! 元はと言えばオレが――」






「ペッシィ! オメーはいつになったら不注意をなくせるんだッ!」



刹那、響き渡った怒声。

その張り詰めた色に震え上がったペッシ。


一方で、体育という科目にも関わらずスーツをビシッと決めたプロシュートはこちらへ近付いてから、きょとんとした表情の名前へ話しかけてきた。



「名字。悪いな、うちの弟分が……怪我はねえか?」


「(弟分……?)あ、はい。私は大丈夫です」


「ほんとに申し訳ねえっす……あ、兄貴! オレが拾いやす!」


「(兄貴?)」



不思議な互いの呼称――自ずと少女の桜色の唇は動き始める。


「あの……なぜプロシュート先生は兄貴と呼ばれているんですか?」


「! よ、よくぞ聞いてくれやした! それはっすね! 兄貴が、昔このあたり一帯を締めた――」




ボカッ



「ぎゃあッ!?」


「おいペッシ。いらねーこと話してんじゃねえよ。名字もいけねえぜ? んな可愛い顔で危ねえ橋を渡ろうとしちゃあ……男の秘密を知るにはな、それなりの覚悟が必要なんだ」


「か、覚悟ですか……?」


ゴクリ

心を占める緊張で喉を鳴らしたのは、彼女か弟分か。


いや、両方なのかもしれない。二人がただただ次の言葉を待っていると、ブロンドを少しばかり揺らしたプロシュートが綺麗に口端を吊り上げた。



「ふ……なんてな」


「え?」


名前の頭上に浮かぶはてなマーク。

その様子にますます笑みを深めた彼は、少女の肩に右手を置きながら耳元へ静かに唇を寄せる。



「……名前。お前は将来いいシニョリーナになる。オレの勘がそう告げてるからよ……楽しみにしてるぜ」


「えと……、?(どうして名前……)」


「ククッ。ペッシ、準備室戻んぞ」


「〜〜や、やっぱり兄貴はかっけーや! 一生付いていきやす……!」


より一層輝きを増す尊敬の眼差し。

そして、颯爽と立ち去る男二人。


靴音が消えていく最中、彼女だけがプロシュートの言葉を理解できずに佇んでいたらしい。







放課後。

ホームルームを終えた帰ろうとした名前だったが、保健医であるメローネに引き止められた。



「いやー、ごめんね? 保健委員でもない名前ちゃんに頼んじゃって……無理そうならいいよ?」


「いいえ、大丈夫です! まずはこれを詰め替えればいいですか?」


「うんうん! Grazie! じゃあオレはあっちで作業してるから、ディ・モールトよろしく!」



どうやら手伝いを頼まれたようだ。


クルクルクル。

用事があるわけでもないので二つ返事で頷いた少女は、消毒液を大きなボトルから小分けにし、石鹸を詰め替え、一人分として使えるよう丁寧に包帯を切り分け丸めていく。


だが、ふと窓際に視線を移した瞬間、彼女の目の色があっという間に変わった。



「(あ、ネエロ先生だ……)」


トクトクと胸の奥で音を刻み始める心臓。

名前の視界で閃く、体育教師でありサッカー部の顧問でもある想い人――リゾット・ネエロ。

しかし、あまり良くは見えない顔色と目元のクマに、心配に思った少女は一人逡巡する。



「(先生、お疲れなのかな。せめて何かできたら……って、私何考えて……!)」



生徒からの気遣い。

それはリゾットにとって余計なお世話でしかないだろうに――そう自分を叱咤して少しばかり落ち込んだ彼女が静かに目線を落とした、そのとき。



「ねえ名前ちゃん」


「! ひ……っめ、メローネ先生! どうしました!?」



勢いよく顔を上げれば、至近距離で微笑むメローネが。

当然、かなり驚きながらも話を聞こうと口を開く名前。


ところが、彼の視線は自分の手元へ向かっていた。



「先生?」



クルクルクルクル――動き続ける包帯に苦笑気味の白衣の男が唸る。



「うーん。頼んだオレがとやかく言うのもアレなんだけどさ……その量じゃ、一体のミイラができそうだね」


「え……、あっ!」



いつの間にここまで巻きつけていたのだろう。

羞恥でカッと頬を赤らめた少女は、焦燥を滲ませつつ眉尻を下げた。



「ご、ごめんなさい! 少し考え事をしてしまって……っ」


「あはは、気にしないでよ。名前ちゃんのおかげで助かってるんだから、オレ」


「うう……」



相変わらず申し訳なさそうな彼女の表情。

それを目にして、今にも我慢できずに≪ハアハア≫と息を切らせてしまいそうだ。


ただ、あることを尋ねるためにグッと堪え、机越しの椅子へ座り直すメローネ。



「でも今君の頭を埋め尽くしてるその考え事は、ディ・モールト気になるなあ」


「そ、そんな……大したことじゃ、なくて……その」


「ふーん……もしかして、誰かに恋でもしてるのかい?」


「! あ、え、う……っ//////」



微風に揺れる黒髪から窺える、紅潮した耳たぶ。


名前のどこまでもわかりやすい反応に、彼はにやりと薄笑いを浮かべた。



「ベネ! 名前ちゃんのその初心な反応からして……当たりみたいだね」


「〜〜っ」


「ねえ相手は誰? ここの学校の生徒かな? 同級生? 後輩? それとも――」








「オレみたいな……先生、とか?」


「!?」



夕暮れ時の影が助長させる怪しげな笑み。

それを湛えたまま顔をゆっくりと近付けてきた彼に、見開かれる鈴を張ったような双眸。

≪離れなくては≫。そう脳髄に働きかける直感。


だが――



「おっと、逃がさないぜ」


「ひゃ……っ」


「(ああっ……その反応、その表情、その声……ベリッシモ可愛いなあッ)」



話をしよう――細い手首をしっかりと掴んだまま、歪んだ男の口元がおもむろに形を作った。

メローネの脳内にいつまでも居座っているのは、言わずもがな≪手ほどき≫が記されたとされる、あの本の名前。



「ねえ名前ちゃん。ちょーっと思い出したんだけど、≪カーマスートラ≫って聞いたことあるかな?」


「? か、かーますーとら?」



初めて聞いたタイトル。

一体どういった本なのだろうか。


その単語を知らない故か、舌足らず気味で聞き返してくる少女に彼の息が上がる。



「あの……メローネ先生。そろそろ離していただけ、ないでしょうか……?」


「ダーメ。ハアハア、話はまだ終わってないんだから……そのカーマスートラはね? 古代インドの性愛論書で、日本で言う48以上の≪仕方≫が載っているらしいんだ」


「よ……っそ、それって////」


「ハアッ……どうやら聞いたことはあるみたいだね。なら話が早いや……ハアハアハア……せっかく今こうして二人きりなんだし、早速名前ちゃんと愛を深めていこ――」






ヒュンッ


ドガッ




「ブベッ!」


「メローネ先生……!?」



それは唐突だった。

どこからともなく飛んできたサッカーボールが、男の顔を直撃したのだ。


突如椅子から崩れ落ちた教員に、呆気にとられた彼女が驚愕を瞳に宿していると、



「すまない。手ならぬ足が滑ってしまったようだ」


「ね、ネエロ先生」


「名字、怪我はないか?」



ふと現れた、窓から顔を覗かせる真顔のリゾット。

発言からして彼が今の出来事に関係していることは間違いないのだが、うつ伏せのメローネには一切視線を遣ろうとしない。いつまで経っても男の黒目がちの瞳はしどろもどろな可愛い生徒に向いている。


そう、リゾットは変態をまるで元から≪存在していない≫かのように扱っているのだ。


先生を放っておくわけにはいかない。でも一人では運べない――困り顔をした名前はおずおずと校舎外の彼を見つめた。


「先生。あの、メローネ先生が……」


「そいつのことは気にするな。いずれ起き上がる。それより、変態が目覚める前に名字はそこを出るんだ」


「え!? で、でも……私ここでまだ仕事があって」


「……、ふむ」



少女が打ち明けた途端、考える仕草を見せる男。

さらに一瞬の間の後、窓際から姿を消したかと思えば、ピシャンとスライド式の扉を開けて保健室へ入ってきたのだ。



そして一言。



「オレも手伝おう」



え、いいですよ――彼女が慌てて遠慮するより先に、リゾットは包帯を扱い始める。

もちろん、名前は改めて声を上げようとするが、彼の動きは止まりそうにない。


諦めるしかないらしい。


作業する二人を包む穏やかな空気。




「ところで、君は保健委員ではないはずだが、なぜメローネの手伝いを?」


「えっと、理由はわからないんですけど……先生から直接ご指名いただいたんです」



次の瞬間、黒へと切り替わる男の纏うオーラ。

と言っても、少女にはその≪理由≫がわからなかった。


再び静寂が続き――ついに片が付いた仕事。



「ネエロ先生のおかげで早く終わりました! ありがとうございます……!」


「ふ……オレではなく名字、君が一生懸命やった結果だ。ご苦労だったな」


「! そ、そんな……っ」



≪私は何も≫。彼女が首を横に振りながら否定しようと口を開いた次の瞬間。



「頑張ったご褒美だ」


「え……、っ!」



そっと握らされる何か。

手のひらの中でクシャリと鳴ったそれに、正体を確かめることも忘れて名前がリゾットを見上げる、と。



「他の生徒には秘密だからな」


≪秘密≫。彼の口から飛び出た思わぬ言葉に、嬉しさと動揺の入り交じった笑顔で少女は何度も頷いた。



「……ふ」


では気を付けて帰るんだぞ――優しく囁いて、ぽふんと頭に添えた温もり。

そして、男は少しだけ顔を綻ばせてから保健室を出て行く。


遠のく足音。しばらく立ち竦んでいた彼女は、下校時間を知らせるチャイムにハッと我に返った。



「//////……そ、そうだ」


先生は何をくださったんだろう。

恐る恐る手を開いてみると――飴玉、特にその≪味≫にこれでもかと言うほど丸くなる目。



「いちごミルク味……」


意外すぎる。

かなり意外だが、もしかすると先生は甘党なのだろうか。


食べていいかな――しばらく考える素振りを見せた名前は、意を決してキャンディーを口内へ放り込んだ。


すると、広がっていく甘酸っぱい味。



「ん……えへへ、美味しい//////」


照れ臭さではにかんだ笑み。

いつまでも落ち着くことを知らない鼓動。


終息する見込みのない淡い恋心に、眉尻を下げつつ少女は小さな包装紙を握り締めた両手をそっと胸元に寄せるのだった。









飴玉に想いを添えて
彼のギャップは無限大のようです。




〜おまけ〜



翌朝。


「おはよーさん」


「……ホルマジオか。お前は朝から元気だな」


「おいおい。俺だってなァ、歓迎会の後とかはひでェんだ……って、んなこと張り合ってる場合じゃなくてよォ」


ガシガシと後頭部を掻くホルマジオ。

そして彼は、こちらに小さな袋を差し出しつつ再び口を開いた。



「俺の可愛い生徒からだぜ」



どういうことだろうか。

わけもわからずさらに眉間に皺を残すリゾット。


一方、これ以上語ることはないと言いたげに男が彼の肩を叩く。



「つーわけで、お前を心配してる可愛い子ちゃんがいるってことを忘れずにな。あと、寝不足には気を付けろよ、≪ネエロ先生≫!」


「? ああ」



直感的に珍しいと思った。

なぜかわからない。

わからないが、同僚だけでなく生徒ですら、自分を≪リゾット≫と口にすることが多いのだ。


強いて言うなら意中の彼女は≪ネエロ先生≫と呼ぶが――



「! そうだ、この中身を……、ッ!?」



刹那、深い色の瞳が見る見るうちに瞠目する。


袋に入っていたのは、コーヒー味の飴玉。

ネエロ先生へ――小さなメモに刻まれた文字。この筆跡には見覚えがあった。



「〜〜ッ(まさか名前が? いや、確かにオレは名前の笑顔見たさ故にあの飴玉を渡しはしたが……。クッ、なんていじらしいんだ……!)」



この喜びをどこへぶつければいいのかわからない。

教室にいるであろう名前を今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られながら、それを机上で俯くことでなんとか落ち着かせる。



「……なあイルーゾォ。何悶えてんだ、あいつ」


「…………さあ? 間違えて辛いモノでも食べたんじゃない?」



当然、ちょうど職員室へ入ってきたプロシュートとイルーゾォに怪奇な目で見られていたとは、一人欲望と格闘していたリゾットは知る由もない。




終わり








長らくお待たせいたしました!
暗チと連載ヒロインちゃんで学校パラレルでした。
リクエストありがとうございました!
安定のリーダー落ちということで、学パロでも相変わらず溺愛な雰囲気になってしまいましたが……いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、clapや〒にてお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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