ミラノの休日 in 2001
※原作後、生存設定
※日本人ヒロイン
※ほのぼの





「……ったく」


眉をひそめる姿も様になるイタリア男、プロシュート。

彼は今、国際空港にてある人物を待つために、立ち並ぶ免税店の物陰に潜んでいた。


なぜこういった経緯に男が陥ったのかと言うと――話は昨日に遡る。



「よおボス」


「プロシュート。来てもらって助かりましたよ」


以前は足を踏み入れることすらなかった、本拠地。

目の前には、元ボスを排除した上に組織の変革を導いた、ジョルノ・ジョバァーナ。


エスプレッソでもどうですか――

自分より十以上年の離れた少年が放つ威厳と余裕に、プロシュートは内心肩を竦めながら首を横へ振った。



「いや、結構だ。さっさと本題を聞かせてもらうぜ……今やギャングを率いる立場のテメーが、オレみてえな下っ端になんの用だよ」


図らずともピリピリとした室内。

それは、元は敵対の立場にあった二人が対峙しているといった理由ではない。


男がトントンと胸ポケットにある煙草の箱を叩いたことを合図に、淡々と話し始めるジョルノ。


「貴方に頼みたいことがあるんです」



仕事か。そう呟けば、すぐに少年は頷く。


「ええ、仕事ですよ。ぼくの個人的な依頼にはなってしまいますが、それなりの報酬は用意します」


直接告げようとすることからして、おそらく重要な任務だ。


こちらに委ねるその≪情報≫が、ボスである彼の弱みになるとは考えないのだろうか――いや、部下に対する信頼と自信がなければ、あえて自分を呼んだ意味がない。

脳内に過ぎっては消えていく推理を一旦止めたプロシュートは、ジョルノのその仕事とやらに耳を傾けることにした。



「明後日。一日限定で、ぼくの従姉妹の≪女磨き≫に協力してもらいたい」


「……は?」



だが、そう意を決した矢先に紡がれた≪頼みごと≫。

その内容に、予想通り目を丸くした眼前の部下を一瞥しつつ少年は話を続ける。



「彼女――名前はぼくより少し年上の女性で、明日の夜にこちらへ来る予定なんですが、かなり……か・な・り可愛いので今から心配なんです。まあ芯は強い方ですから、たとえ貴方みたいなナンパ系優男が来てもあしらえるでしょうが……って、ああ、これは別に従兄弟の欲目じゃあないですよ? 本当に≪いろいろ≫直せば可愛いんです。ただどうも、当人はさまざまな流行に疎いらしく……少女の枠から抜け出せていません」


「(抜け出せてねえって、15歳が言うことかよ……)で? ボス、あんたは結局オレにどうしろっつーんだ」


「……、まだ名前の話は続くんですが……まあ、いいですよ。そこで――」



ビシッ



「――もっとも身嗜みに厳しく、もっともミラノコレクションへ出演できそうな貴方に、白羽の矢が立ったわけです」



突き刺さる≪拒否は許さない≫と言いたげな視線。

正直言って、断りたい――彼がおもむろに頬を引きつらせると、それを見逃さなかったジョルノが矢継ぎ早に単語を連ね始めた。


――明後日の朝10時にホテルのエントランス前、と彼女にも指定してあるので、そこへ向かってください。詳細は、またメールにてお知らせします。

――あと、名前はフラフラ歩き回るクセがあるので……くれぐれも目を離さない方向でお願いします。



こうして、プロシュートはあれよあれよと言う間に答えを≪Si≫に強制され、現在に至るのである。



「(はあ、なんでオレが好き好んで、バンビーナの女磨きに付き合わなきゃなんねえんだ)」


とは言え、一度受けた仕事を放棄することはポリシーに反し、経済的にもあまりよろしくない。

顔をしかめている割には、男の心はすでに割り切っていた。



「(まあいい。せっかく空港まで足を運んだんだ。ボス本人がかなりそいつのレベル上げてくれたからな……その可愛い顔とやらを、拝んでやろ――)」



ちょんちょん



「あ?」


「!」


不意に服の裾を引っ張られた感覚。

首をかしげた彼が振り返ると、そこにはかなり奇抜な格好をした少女の姿が。


乱れに乱れた黒髪。

露出を出来るだけ少なくした服装。

小柄な身体より大きなリュックサック。



「(なんだこいつ。ちっこいし迷子か? いや待てよ。アジア系は見た目より大人っつーしな)」


一瞬で目に焼き付けざるを得ない彼女の外見。

更なる極めつけは、瞳の色を窺わせない瓶底メガネ。


観光客なのは大体予想が付くが、今時こういうの付けてる奴も、いんだな――驚きを越えて、妙な感心の声を胸中で吐き出したそのとき。



「あの……すみません、15番搭乗ゲートはここであってますか?」


小さな唇からおずおずと紡がれた母国語。

たどたどしい、だが想像したよりは流暢なそれに少なからず目を瞠ってから、男は首を縦に振ってやる。



「ああ。合ってるぜ」


「! ありがとうございます!」



ペコリと頭を下げ、駆けていく少女(実は二十歳を超えているのかもしれない)。

不思議な出会いもあるもんだ。


その小さな背中を視界の端で見送りながら目線を元へ戻すと、昼間よりは柔らいだ人ごみの中でも目立つ金髪に、プロシュートはにやりと笑った。


「(……従姉妹は今の便だったんだな)」


子どものように興味で沸き立つ心。

あくどい笑みを顔に浮かべた彼が、そのまままじまじとジョルノを観察していた、ら。



「(ん? さっきの観光客じゃねえか)」



ふと目に付いた人影。刹那。



「名前!」


「(…………は?)」



≪名前≫。


確かに彼はそう言った。

おいおい、どこにいるんだよ。男が訝しげに蒼い瞳を細めれば、映るボスのいつもより輝いた視線。その先には、なんと――



「ハルノ……! 久しぶり! 相変わらず細いねえ……ちゃんと食べてる?」


「そういう名前こそ、少し細すぎやしませんか? あ、そうでした。こちらでの挨拶を――」


「ちょ! それは恥ずかしいからしないでって言ったよね!?」


「郷に入っては郷に従え、ですよ。名前」



あの観光客。

つい先程認識した少女が、我らがボスと抱きしめ合い、さらにはイタリア式挨拶(両頬にキス)を拒んでいるではないか。



「(いやいや待て待て待て……!)」


ちなみに、二人が交わしているのは自分には理解できない日本語だが、なんとなく把握はできる。


再び物陰に隠れ、≪嘘だろ≫と頭を振るうプロシュート。

心を掠める、≪帰りたい≫の四文字。

とは言え、自分が強制ではあるがきちんと依頼を受けた≪仕事≫だ。



「(おっと、つい取り乱しちまった……ふっ、オレとしたことが、こんなことで動揺するとはな。そうだぜ、元々≪流行に疎い≫とは聞いてたんだ。ああそうだ。だからホルマジオじゃねえが、これもしょォが――)」








「なくねえだろ! んなモン……これって納得行くか――ッ!?」


気が付いたときには、別の仲間の口癖を叫んでしまっていた。



言うまでもなく、悪目立ちする男。

当然、十メートルも満たない距離にあった二人が彼を見つけないはずもなく。



「あ、さっきの人だ!」



自ずと漏れる舌打ち――観念して、プロシュートは彼らの前に歩み寄ることにした。

すると、小首をかしげる名前を横目に、ジョルノが口端を吊り上げる。



「まさかとは思いましたが、やはり来ていたんですね。プロシュート、彼女が昨日お話した名前です」


「? 初めまして……この人、ハルノの知り合いなの?」



やはり彼女、イタリア語が流暢らしい。

彼が一応心配していた、言葉の壁はクリアしたようだ。


そのような最中、ふと何かを考える仕草を見せたボス。



「そうだ。再び来ていただくのも面倒でしょうし、もう今晩から貴方に名前を預けます」


「は?」


「えっ……?」



≪よろしくお願いしますね≫。そう一言添えたかと思えば、少年は早々とその場を立ち去ってしまった。


もちろん、初対面の二人には気まずい雰囲気が漂う。



「はは、ハルノ行っちゃった……え、っと」


「……おい」



ドスの利いた声。

それに支配された瞬間、周りに広がっていた喧騒すらもはや少女の耳には届かない。


表情を硬直させた名前は、あっという間に恐怖で肩を震わせた。



「(ひッ……めちゃくちゃ不機嫌そうだ……)は、はい! なななななんでしょう!」


「一つ、聞きてえことがあるんだがよ……」


「……(ゴクリ)」








「その見た目はなんだ、その見た目は」



え。

呆気に取られた彼女は、わけもわからぬまま恐る恐る口を開く。



「なんだ、と仰られましても……元々私、流行に疎い質でして」


「おいおいおい。バンビーナ、明日一日世話するっつーことで最初に言っとくが、それは疎いのレベルじゃあねえだろ……特にその髪ッ!」




次の瞬間、両手で鷲掴みにされる頭。



「! か、髪が何か?」


「〜〜なんだこのボサボサ! 乾燥しまくってる上に、キューティクルの欠片もねえ! 何をどうしたらこうなるんだ……ッ!」


「ちょ、わ……っ何するんですかぁああ!」


「大人しくしてろ! ……チッ、長い間蓄積してきたモンはそう直らねえか……」


わしゃわしゃ。

整えようとすればするほど、よりひどくなっていく髪。


≪黒髪≫という点はとても美しいのに――正直もったいない、と感じたプロシュートは大きく舌打ちをした。



「おいバンビーナ」


「いやだから、私には名前っていう名前が――」


「お前、ホテルはここから近かったよな?」



ぐわんぐわんと花畑が見えそうになっていた世界からようやく解放され、息も絶え絶えの少女は切り替わった話題に不審に思いつつも頷く。


「(なんで知って……)そう、ですけど」


「よし、そうとなりゃ話が早い。……行くぞ」



≪はい?≫と詳細を求める声。

だが、今このときすら焦れったいのだろう。答えを聞いた途端、彼はきょとんとする名前を引き連れてスタスタと歩き始めていた。







十数分後。



「ちょっ、いや! 誰か! 誰かーッ! この人いきなりお風呂に連れ込んで――わあ!?」


「お前は水嫌いな小型犬か! とにかく動くな! 待てったら待て、だッ! いいか、オレが≪よし≫っつーまで≪動くんじゃあねえ≫!」


「いぎゃああああ!」



ホテルのチェックインも早々と済ませた男が、動揺する彼女を浴室へ放り投げる。

そして、顔も見ぬまま身ぐるみを剥がすように少女のメガネを奪ったプロシュートは、シャワーの柄を手に取りそのボサボサの黒髪を洗い始めた。


「……」


互いに服を着たままというミスマッチ感。

最初は突然のことに浴槽を両手で掴み、うつ伏せのまま抵抗していた名前も、彼のシャンプーを泡立てていく手つきや温水に黙り込む。


眠てえのか――そう尋ねれば、小さく横に振られる首。



「あの……ちょっと、気持ちいいかもって」


「ハン、そりゃよかった」


こっちはトリマーのような気分だぜ。

そのジョークか本音かわからない言葉に、柔らかくなった気配。


自然と、彼女は初の海外で押し寄せていた不安も忘れて微笑んでいた。


それからと言うもの、濡れた髪をポフポフと拭われたかと思えばドライヤーを持ち出した男に、少女は顔を両手で隠した状態で狼狽える。



「ど、ドライヤーは髪に悪いんじゃ……」


「ドライヤーも確かにそうだが、自然乾燥もかなり痛むんだぜ?」


「えっ……そ、そうなんですか?」


「ああ、そうだ」



刹那、ブオオオオンと一室に響き渡る風音。

優しく撫ぜていく温風と手のひらに、名前はただただ身を任せていた。







その後、「しっかり疲れ取ってこいよ」と呟いたプロシュートは、ちょっとした悪戯心で彼女の瓶底メガネを手に部屋を出て行った。

しばらくして。



ドタドタドタッ


「ぷ……ぷ……プロシュートさん!」


「……お前な、入浴時間までとやかく言うつもりはねえが、ちゃんと洗ってき――」



たのか。

紡ごうとした声は、音にならずに空気へ溶ける。


メガネを外した少女。

ベタかもしれないが――ジョルノの言う通り、慌てた様子でこちらに近付いてくる名前はとても可愛らしかった。



「……」


「? あっ、メガネ」


「…………」


「あ、あの、プロシュートさん? どうして貴方が私のメガネを持ってるんですか」


聞きたいことはたくさんあるものの、大事なのは彼の指先にある己のメガネだ。

困惑しながらも彼女は、とりあえず返してもらおうと男に向かって手を伸ばす――が。



ヒョイッ




「ちょ! 届かない! そういうイタズラ、やめてくだ――」


「やめた」


「え……?」


相変わらず高く上げられた少女の視覚補正器。何を辞めると言うのだ。やめていないではないか。

ぴょんぴょんと名前の身体が飛び跳ねるなか、プロシュートがにやりと薄い笑みを象った唇を開く。



「名前。お前、いつまで滞在する予定なんだよ」


「!(今、名前……)えっと、一週間ですけど……それより私のメガネ……!」



一週間。不足か、十分か――それを決めるのは自身の手腕次第だ。



「……返してほしいか?」


「もっちろん! 私の魂ですから!」


「そうかそうか。じゃあ名前、お前の従兄弟様に、≪プロシュートさんは私が日本に帰るその日まで女磨きに付き合います≫って連絡できるよな?」



えっ――ようやく地に着く小さな足。

突如放たれたそれに、彼女は琥珀色の目をぱちくりさせるばかり。


「どうすんだ?」



だが、元々耐え性のない彼は待ってくれない。


メガネは≪人質≫。

そうわかっていても、少女は正直に胸の内を吐露してしまった。



「いや、でも……明日だけの予定だったんですよね? なんだか悪いですよ(しかもかなりスパルタっぽいし)」


「ほーう。つまり答えはNoか。まあオレはいいぜ、オレは。ただこのメガネをポキッと――」


「うわあああああ!? ダメ! 物騒と言われる海外ですから……骨の一本や二本折られるのは覚悟していましたし、それ用の保険もバッチリですけど、メガネだけはダメ! わかりました! ハルノに電話しますから……!」


「ふっ、懸命な判断だ」



ああ、破顔した男に≪拒否≫を伝えたくとも、もう遅い。

今日の枕はかなり濡れるだろう――絶望に似た感情が心を覆い尽くしていくのを彼女は自覚した、が。



「(あ……髪、柔らかい)」



ふとクセで触れた横髪。久しぶりの感触に、トリマーになった気分だ、と先程プロシュートが口遊んだ言葉を少女は思い出す。


そうだ、明日からの日々はご主人が連れて行ってくれる≪散歩≫だと思えばいい。

人権はもちろんそのままだけど、この人のワンコになった気分で、一週間楽しもうかな。

ようやく返してもらったメガネを愛おしそうになでながら、名前は一人柔らかな笑みを滲ませたのだった。



「さて、と。問題は部屋に一つしかねえベッドだが、(今更部屋変えんのも面倒臭えし)別にこれで構わねえよな」


「!?(やっぱり無理かも……)」









ミラノの休日 in 2001
待ち受けるのは、言わずもがなドタバタな七日間。




〜おまけ〜



Prrrrr...

いくつもの書類が積み上げられた机の上に、鳴り響く着信音。


おそらく名前だ――ひたすら動かしていたペンを持つ手を止めたジョルノは、小さく笑って電話を取る。



「はい、ぼくです」


『ハルノ! あの暴くッ……ゴホン。実は、プロシュートさんが、私に付き合う時間を明日だけじゃなくて一週間欲しいって』


「ああ……(何かの拍子で、早速彼女の魅力に気付いたんですね……さすが、と言うべきでしょうか。)なるほど。≪構いませんよ≫――そう伝えてください」



イタリア語ではなく母国の言葉を勢いよく連ねる彼女。異国語だらけの空間で、きっと不安もあったのだろう。

両親とは違い、昔から本当の≪姉≫のように優しくしてくれた名前に口元を緩ませながら、彼もずいぶん使っていない日本語で応えると、≪信じられない≫と言いたげな奇声が受話口越しに上がった。



『は、ハルノ……正気なの!? 確かにプロシュートさんのシャワーは、びっくりするぐらい気持ちよかったけど! でも、この人結構暴君だし――ぎゃああああ!? ちょっ、何、人のカバン勝手に漁ってるんですかぁああッ!』


「おい名前。一週間しか滞在しねえクセに、なんで≪ミソ≫やら≪ソイソース≫やら持ってきてんのか、十秒以内に答えな。つーか、何言ってるかわかんねえよ……ん? なんだこりゃ」


『ダメダメダメダメ! それだけは……、ハッ! そうだ、ハルノと違って日本語は通じないんだった……La smetta(やめて)! って、なんでこれも効かないんだよォ――ッ!』


「(シャワー……?)はは、どうしたんですか名前。まさか、あの色気もクソもない下着まだ持って……名前?」




ツー、ツー


耳に届く無機質な音。どうやら切れたようだ。

しばらく携帯電話を見つめてから、ジョルノは通話終了のボタンへと親指を移す。



「……」


そして、気が付けば考え込むように指を組んでいた。


脳内の自分が話し合う論題は、ただ一つ。



≪一週間。寝食を共にすれば、互いに野暮な感情でも生まれるかもしれない≫。

いや、それはそれで面白いだろう。


「これは……かなり楽しい一週間になりそうだ」



ゆっくり細められた双眸。

組織内には、いつも以上に妖しくほくそ笑むボスを不運にも見かけた、部下たちの悲鳴が轟いたらしい。




終わり








お待たせいたしました!
兄貴と日本人ヒロインでほのぼのでした。
リクエストありがとうございました!
ちなみにタイトルは、かの有名な某映画から雰囲気のみお借りしております(笑)。


感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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