※give&get『Androideに桃花を』続編
※メイドヒロイン
※甘
「……」
「……」
そこは、若い女性が集まる可愛らしい雑貨屋。
きゃっきゃっと賑やかな声が飛び交う中、無言のまま佇む男女(主人とメイド)。
名前がこの状況をどう感じているのか。それは理解し得ないが、女子ばかりの空間といたたまれなさにギアッチョは苛立ちで眉を吊り上げた。
「ッ(クソ……なんか話題出した方がいいのか? 話題……話題……、だァ――ッ! イラつく矛盾しか浮かばねえ! どうしろっつーんだよ、ボケがッ! つかこれ、傍から見りゃあデ……デートだよなァアアアッ!?)」
言わずもがな、二人は恋人同士ではない。むしろ彼は以前の桃花の件で、ようやく己の持つ気持ちが≪恋≫だと自覚したぐらいなのだ。
ではなぜここにいるのかと言うと。それは一時間ほど前に遡る。
「……あ?」
ズボンのポケットに両手を入れながら、速いスピードで歩き進める雑踏。
普段通り矛盾に対する苛立ちを胸中で呟いていた青年は、不意に眼鏡越しの視界の端を過ぎった、ふわりとなびく黒髪に瞠目した。
その少女はアジトでよく見るメイド服ではないが、確かに名前だ。
「(アイツ、あんな細っこい腕で大丈夫なのか?)」
顔色一つ変えず人ごみをすり抜けていく彼女の両肩には、ずいぶん重そうな買い物袋。
アジトに住むのは十人。食材を含めた諸々が増えてしまうのは、ある意味当然と言えば当然なのだろう。
ただひたすら仕事をこなす、真面目で努力家の少女。掠める≪心配≫の念。
――なら自分が手伝えばいい。自然と溢れ出してしまう恋情に心の中がざわつくものの、今は現状をなんとかする方が優先だと、ギアッチョは名前の傍へ音もなく近付いた。
「オイ」
「? あ、ギアッチョ様。これからお帰りです……、え?」
ヒョイ
振り返った途端、あっという間に軽くなった身体。そして左右の肩から忽然と姿を消した袋と、それらを手に持ちつつ自分の斜め前を歩き始める主人の姿に、彼女は人知れず目を丸くする。
「あの」
「クソッ……オメー、いつもこんな重てえモン持って帰ってきてんのか!? 無理すんじゃねえよ! つか誰か呼べよボケがッ!」
「……申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに――いッ」
「それ以上謝りやがったら、ぶん殴っからな」
もう殴られているのですが――とはさすがに口には出せず、一瞬だけ患部である己の頭に空いた右手を添えてから、ちょこちょこと控えめに彼の後をついていく少女。
なんで後ろにいんだ。隣に来やがれ。今日はいつもの暑苦しい服じゃねえんだな。
と、音として紡ぎたいことはたくさんあったが、男が何より聞きたかったこと。それがふと脳内に浮上し、ギアッチョはおもむろに口を開いた。
「そういや」
「はい」
「テメーはなんで、俺たちみてーなとこに来たんだ?」
なぜわざわざ日陰者と呼ばれる輩が集まった、豪華絢爛とはお世辞にも言えないアジトへ勤めに来たのか。名前は自身の惚れた欲目をなしにしても、優秀だ。仕事はもちろんのこと、言語などのコミュニケーション能力もそれなりに持ち合わせている。メイドとして仕える候補地は、さまざまな場所があったに違いない。
そらすことを一切許さないギアッチョの鋭い眼差し。それを真正面から受け止めた彼女は、少しばかり言いよどんだ。
「それは……」
「言っとくが、はぐらかすんじゃねえぞ」
「そのようなことは致しません。私は……組織で囁かれていた噂が、嘘だと思ったからです」
「……はあッ?」
少女曰く、暗殺チームに対する評価に、組織へ属した当初から疑問を抱いていたらしい。
では、実際自分たちの元に来てどう感じたのだろうか。
新たな壁に遭遇した彼が改めて尋ねてみると。どこまでも冷静な面持ちで答えが返された。
「もちろん最初は、皆様の私めに対する警戒に近い殺意で卒倒しそうになりました」
「……(マジかよ。常に無表情、っつーか淡々としてやがったぞ……?)」
「だからこそ信頼を得なければ、と思ったのです。チームの皆様は、お互いがお互いを信頼されていました」
そしてあのとき。
信頼し合っているなど――気恥ずかしい、というより痒いところに手が届かない気持ちをひしひしと味わっていた男が、不意に途切れた凛々しい声に首を捻りながら、続きを待つためさらに耳を傾ける。
周囲の喧騒を忘れてしまうほど、二人を包み込む静寂。
密かにギアッチョが覗き見た名前の瞳には、穏やかな≪追憶≫が宿っていた。
「おい名前」
「プロシュート様、いかがなさいました? エスプレッソでしたら今――」
アジトでの初仕事から、二週間ほど経ったある日。
突如背後に現れたプロシュートに胸の内だけで驚きつつ彼女が声を上げた次の瞬間、コーヒーミールへ移そうとした右手首をすかさず掴まれてしまう。
「?」
「ったく……オメー、その顔じゃあわかってねえな? いいか、よく聞け。オレたちゃ……この細っこい指に大量のあかぎれ作るほど働けとは、頼んじゃいねえ」
「え……」
≪メイド≫という職に就き、しばらく経った少女が慣れない唯一のこと。今、自分は主人の一人に≪心配されている≫。
そう。ただひたすら懸命に働いて、働いて、働き続けた名前は気付かなかったのだ。
彼らの心に、自身に対する疑いなどもはや存在しないことに。
人の要求に至極機敏だった一方で、人の感情にはかなり鈍いようだ。相変わらずきょとんとしている彼女の元へメローネが近付いてきたかと思えば、渦中の指先を見下ろしてあからさまに顔をしかめた。
「うわあ、確かにディ・モールト痛そうだ。しかもココ、内出血になってるよ? ちゃんと冷やさないとね……おーいギアッチョ! あんたの氷の出番だぜ!」
「チッ、メローネの野郎……人を氷のう替わりにしやがってェエ……フザけんなよ、クソ……って、ンだその手! オイ名前! 怪我してんなら早く言いやがれッ!」
その後、少女の周りに面々がわらわらと集まり――「お前にすべてを押し付けるつもりはない」と微かに口端を上げたリゾット。
「オメーの仕事はわかってる。だがされっぱなしはオレの、いやオレらの性に合わねえ。もっとオレらを頼れよ」と叱ってくれるプロシュート。釣った魚で和食を作り労ってくれたペッシ。ハンドクリームを無言で渡してくれたイルーゾォ。ふざけているときが大半だが、飄々とした言葉とは裏腹に自分のことを心配してくれるメローネ。そして浴室に付いてこようとした彼を殴って安全を保証してくれたホルマジオ。「たまには休みなよ。はい、今日は休み!」と優しく声をかけてくれたジェラートに、無言で頭を撫でてくれたソルベ。
そして――
「次隠してみろ。俺がそれに気付いた瞬間、テメーのこと氷漬けにしてやらァアア!」
悪態をつきながらも、どこかでぶつけたのか腫れた手の甲を冷やしてくれたギアッチョ。
この人たちに受け入れられた――刹那、表情筋が乏しい名前はようやくその事実を自覚したのである。
「あー。そういうこともあったな」
「……驚きました。覚えていてくださったのですか? 些細な出来事でしたので」
「(ンなモン、忘れるわけねーだろ)」
忘れられるはずがない。
紅一点をそれぞれ独自のやり方でフォローし、仲間が離れていく最中。
そのとき、彼女の一番近くにいた彼だけがはっきりと、さらに詳しく言えば初めて耳にしたのだ。
「……ありがとう、ございます」
「!」
少女は俯き気味で表情まではわからない。
それでも確かに聞こえた。アンドロイドのように無機質ではない、年相応の、柔らかな声色を。
「(あんときから、俺はコイツのこと気になってたのかもしんねえな)」
ハッと我に返れば視線がその背を、その横顔を追い、放っておけないと思わされる。ガキみてえじゃねえか――甘酸っぱい青春のような想いに浮き足立つ自分。それに腹を立てていると、不意に斜め後ろから呼び止められた。
「ギアッチョ様」
「――あ?」
「少し、寄り道にお付き合いいただいてもよろしいでしょうか」
「……別に構わねえが」
数分後、二人が足を踏み入れたのは道の一角に佇んでいたカフェ。
人もまばらな店内の隅に向かい合って腰を下ろした途端、名前が静かに口を開く。
「申し訳ございません、付き合わせてしまって」
スプーンによって掻き混ぜたことで生まれた渦が、見る見るうちになりを潜めていく二つのエスプレッソ。
男女の間を突き抜ける沈黙。
それを引き裂くかのごとく、再び響き渡った彼女の声。
「ご迷惑だとは理解しているのですが、どうしても以前桃の枝を頂いた……ギアッチョ様?」
「……それ」
「?」
気に入らないことが一つあった。それは、ギアッチョにとっては違和感を抱くことで、今眼前で不思議そうにしている少女にとっては≪当たり前のこと≫。
「それだよそれッ! その≪様≫って奴! 元から気に食わなかったが、外出てまで付けてんじゃねェ――ッ!」
「それは……主人に対していかがなものかと」
予想通り、名前は躊躇っている。
しかし、≪様≫付けが嫌で仕方がない彼が容赦することはない。
「いいから様なしで呼べ! テメーが≪ギアッチョ様≫って呼ぶたんびに白い目で見られるこっちの身にもなりやがれ……!」
「…………、……ギアッチョさ、ん」
「!」
渋々紡がれた自分の名前。こちらが促したにも関わらずドクリ、と慌ただしく動き始める心臓。カッと熱くなっていく頬。
大丈夫ですか。
赤く染まった顔に引っ掛かりを覚えたらしい。風邪では、と少々訝しげな彼女に、眼鏡越しの双眸を見開いた青年は慌ててそっぽを向いた。
「な、ななななんでもねえッ! 暑いだけだ! クソ、ここもっとクーラー効かせろよ!」
「?」
本当に――もう一度だけ尋ねれば、すぐさま返ってくる頷き。これ以上深入りするのも野暮だ。
「そうですか。……風邪ではないと聞き、安心いたしました」
いつからだろう。ギアッチョにだけ捉える、他の人に対するモノとはどこか違う≪安堵≫。
なぜ目の前でコーヒーを一気飲みしている彼だけなのか。理由はわからない。
いや嘘だ。もしかして、と思う節はある。
ただ、主人に対してそんな感情を抱くなんておこがましい――と名前はあえて気付かぬフリをしていた。
「……」
カチャリ、と皿にぶつかるカップの底。飲み終えた彼女が不意に窓の外へ移動させる視線。
そこから見えたのは、新しくオープンしたらしい雑貨屋。
今度、休日をいただいた時にでも行こう。そんな決意を固めてから少女が再び前に向き直ると、まっすぐな瞳とかち合う。
「あの店、気になんのか」
「い、いえ……そのようなことは決して――」
「出んぞ」
えっ。素っ頓狂な声を口にすると同時に、席を立ってしまう男。
今回主人をカフェへ誘った目的は≪お礼≫。だが、支払うつもりだった代金でさえ先を越され、内心複雑な想いを抱えながら名前は従うことにした。
「(と、コイツの気になる店に来てはみたが……こっからどうすりゃいいんだァア――ッ!?)」
そして、最初のシーンに戻るのである。
とは言えギアッチョはこういった場所へ足を運んだことはない。隣で雑貨をしげしげと眺める彼女に聞こえぬよう、彼がもどかしさゆえにこっそり歯ぎしりをした、刹那。
「可愛い……」
「!」
驚愕に開かれる眼。勢いよく首を回せば、柔らかな朱を帯びる少女の頬は少しだけ緩んでいて――
「(テンメー……普段は滅多にンな顔しねえくせに、いきなり表情変えやがってェエエエ……ちょ、調子狂うだろうがッ!)」
バクバク。落ち着くという選択肢のない鼓動。
すると、名前が自分の視線に気付いたらしい。
表情から色を焦燥と共に消した彼女は、バツが悪そうに頭を下げた。
「あ……申し訳ございません。主人の前ではしゃいでしまうなんて、私」
「ケッ! オメーな……そうやっていちいち謝んなよ。好きなモン見てテンション上がるのは当たりめーだし、別に悪いとは言ってねえだろうが。むしろ俺は……」
「? あの、後半がよく聞こえなかったのですが」
「〜〜と、とにかく! 俺のこたァ気にせず雑貨見とけ! クソッ!」
むしろ俺は、名前のそういう表情が見られてよかった。
胸から溢れたその言葉が届いてほしかったような、届かなくてホッとしたような。
黙り込んだ青年に、少女もしばらくして諦めたようだ。商品の方へとゆっくり戻った目線。
その小さな手のひらに乗っているのは、猫を象ったストラップ。それも自分たちの髪色に似た黒と水色の二匹であることを見とめて、思わず漏れた呟き。
「それ、いいな」
二人を包む一瞬の間――ギアッチョが己の失言を悟ってももう遅い。
襲い来る羞恥。だが、こちらを射抜く鈴を張ったような瞳は少なからず輝いている。
「ギアッチョさ……んは、猫お好きですか?」
「ッ……好きっつーか、アイツらが勝手に近寄ってくんだよ」
特にスタンドを発動しているとき、猫に好かれると打ち明けるわけにもいかず言葉に詰まっていると、首をかしげつつ彼女はその商品を元の場所へ戻してしまった。
「もういいのか」
「はい。ありがとうございました……お手洗いへ行ってまいりますので、店の外で少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「わーった。……あんま待たせんじゃねーぞ」
鼓膜を震わせるぶっきらぼうな物言い。
しかし、名前は彼が優しいことを申し訳程度ではあるが知っている。
左胸の下を覆う温かな気持ち。ペコリと頭を下げてから、背を向けると同時に彼女は一人微笑んだ。小走りで店の奥へ進む自分を横目に、男が≪ある行動≫を起こしているとは露とも思わずに。
それから、トイレから戻ってきた少女はひどく挙動不審だった。なぜなら、
「(ギアッチョ様は……外、だよね)」
今度こそお礼をするため。
ところがあらゆる商品で飾られた棚に駆け寄れば、なんと猫のストラップが姿を消しているではないか。サア、と血の気が引いていく。しかし――
「! ……よかった、こっちはあった」
次の瞬間、安心で細められた目に留まる黒猫。水色猫は自分がいない間に誰かが購入したのだろう。その事実に寂しさが募るが、今はこちらを買うことが優先だ。
「お待たせいたしました」
「行くか」
「あ、の……ギアッチョ、さん」
「……ンだよ」
相も変わらず買い物袋を両手に、ギアッチョが怪訝と狼狽を交えた表情で振り返った、ら。
彼を待っていたのは、目下に差し出される可愛らしい小袋と名前の微かな笑顔。
「!」
「先日はありがとうございました。花びらの部分だけではありますが、今は栞として使わせてもらっています。……よろしければ、受け取ってください」
ああ、なんたる不意打ち。
再び上昇していく体温。否応なしにスピードを増す脈拍。混乱する頭と心。
彼女からのプレゼントを小刻みに震える手で受け取って、男がついに発した単語は――
「……クソッ」
「ギアッチョさ、ん? 何か不具合でも……」
「〜〜ちげーよ! テメー、俺が悩んでることあっさりと解決しやがって! 不意打ちとかフザけんなッ! どうすりゃいいか、対応に困るだろォ――ッ!?」
そう。
「え……」
ギアッチョもまた、少女へのプレゼントを買い、それをいつ渡そうか必死に考えあぐねていたのだ。
ずい、と両手に押し込められる贈り物。
言わずもがな、予想だにしなかった出来事に名前は動揺していた。
本人にそのつもりはなくとも、普段≪無表情≫と十中八九が頷くその顔には、今や喜びと申し訳なさが鮮明に現れている。
「え、あ……いっ、いけません! お礼の意味でお渡ししたのに、私めがまた頂いては――」
「いいから受け取れッ! テメーに買ったんだ。テメーが持たなきゃ意味ねえだろうがァアアアア!」
すぐさま一蹴されてしまう意見。もはや、遠慮する余地は残されていない。
そして「早く開けろ」と、彼に促された彼女は袋のテープをそっと剥がして――唇から思わずこぼす声。
「あ」
「どうした」
「いえっ。ただ驚いてしまって」
「はア? なんだよ、驚く必要がどこに……あ」
互いの手には同じストラップの≪色違い≫が。
男が黒猫で女が水色の猫。まるでペア用のモノを買ってしまったかのようだ――そう自覚すると同時に、ざわめき立ったのは二つの心臓。
今日はやはり暑いのかもしれない。雑踏の中動きもなく、言葉もなく、ギアッチョと名前は胸中に潜む≪嬉しい≫という気持ちをそれぞれ噛み締めるのだった。
青春、poco a poco
彼らの心に、暖かな風が吹き抜けていくその瞬間。
〜おまけ〜
「……アジト、帰っか」
「はい」
気まずい空気の中で届いた声と、頷き。
そこでふとギアッチョが視線を落とせば、二つあったはずの買い物袋が一つ消えている。
当然、盗まれたわけではない。男は重いそれをすかさず肩に下げた本人――名前を鋭く睨みつけた。
「オイ。それァ俺が持つっつっただろうが! なんでテメーが持ってんだッ!」
「主人に二つともお持ちいただくなんてできません。だから……袋を一つだけ、手伝っていただけますか?」
「! ……チッ」
ほんの少し、本当に少しだけ眉尻を下げた彼女が紡ぎ出した≪お願い≫。
言葉の応酬を重ねていくうちに、主人の扱いを心得てきたらしい。照れ臭さと降参を意味する白い旗。こうなってしまうと、むず痒そうに表情を歪めた彼には、舌打ちと共に荒っぽく承諾を示すしかできない。
「(クソ、人のこと丸め込みやがって……! つか、このまま帰ったらぜってーなんか言われるよな……マジで鬱陶しいぜ。……アジト近くなったら、時間差で入るか。アイツら絡むとややこしいし、特にあの変態は面倒くさいことこの上ねえからなァアア!)」
怒りから憂慮へといつの間にか切り替わった感情。
隣には相変わらず無に近い表情を帯びた横顔。だが、それは完全に≪無い≫わけではなく――今回はこの前以上に新たな一面を知ることができたのだ。今日のことは誰にも気付かせない、ともう一度少女の柔らかな笑顔を思い出しながら、青年は固い決意を胸にアスファルトの道を歩き進めていく。
しかし。
アジトへ向かう男女の背中を、偶然にも発見した男が一人。
「あれは……、ふむ」
その後。今日、ギアッチョと名前が二人並んで歩いている姿を見かけたんだが、という全員が揃ったリビングにおけるリゾットの発言――基本言葉数の少ない彼にとっては単なる会話のきっかけのつもり――によって、ギアッチョの計画は脆くも崩れ去ってしまうのだった。
すみません、大変長らくお待たせいたしました!
ギアッチョで、『Androideに桃花を』の続編でした。
むぎ様、リクエストありがとうございました!
タイトルのpoco a pocoは音楽用語で≪少しずつ≫という意味を持ち、徐々に進展していく二人をイメージしたのですが……いかがでしたでしょうか。
感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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※メイドヒロイン
※甘
「……」
「……」
そこは、若い女性が集まる可愛らしい雑貨屋。
きゃっきゃっと賑やかな声が飛び交う中、無言のまま佇む男女(主人とメイド)。
名前がこの状況をどう感じているのか。それは理解し得ないが、女子ばかりの空間といたたまれなさにギアッチョは苛立ちで眉を吊り上げた。
「ッ(クソ……なんか話題出した方がいいのか? 話題……話題……、だァ――ッ! イラつく矛盾しか浮かばねえ! どうしろっつーんだよ、ボケがッ! つかこれ、傍から見りゃあデ……デートだよなァアアアッ!?)」
言わずもがな、二人は恋人同士ではない。むしろ彼は以前の桃花の件で、ようやく己の持つ気持ちが≪恋≫だと自覚したぐらいなのだ。
ではなぜここにいるのかと言うと。それは一時間ほど前に遡る。
「……あ?」
ズボンのポケットに両手を入れながら、速いスピードで歩き進める雑踏。
普段通り矛盾に対する苛立ちを胸中で呟いていた青年は、不意に眼鏡越しの視界の端を過ぎった、ふわりとなびく黒髪に瞠目した。
その少女はアジトでよく見るメイド服ではないが、確かに名前だ。
「(アイツ、あんな細っこい腕で大丈夫なのか?)」
顔色一つ変えず人ごみをすり抜けていく彼女の両肩には、ずいぶん重そうな買い物袋。
アジトに住むのは十人。食材を含めた諸々が増えてしまうのは、ある意味当然と言えば当然なのだろう。
ただひたすら仕事をこなす、真面目で努力家の少女。掠める≪心配≫の念。
――なら自分が手伝えばいい。自然と溢れ出してしまう恋情に心の中がざわつくものの、今は現状をなんとかする方が優先だと、ギアッチョは名前の傍へ音もなく近付いた。
「オイ」
「? あ、ギアッチョ様。これからお帰りです……、え?」
ヒョイ
振り返った途端、あっという間に軽くなった身体。そして左右の肩から忽然と姿を消した袋と、それらを手に持ちつつ自分の斜め前を歩き始める主人の姿に、彼女は人知れず目を丸くする。
「あの」
「クソッ……オメー、いつもこんな重てえモン持って帰ってきてんのか!? 無理すんじゃねえよ! つか誰か呼べよボケがッ!」
「……申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに――いッ」
「それ以上謝りやがったら、ぶん殴っからな」
もう殴られているのですが――とはさすがに口には出せず、一瞬だけ患部である己の頭に空いた右手を添えてから、ちょこちょこと控えめに彼の後をついていく少女。
なんで後ろにいんだ。隣に来やがれ。今日はいつもの暑苦しい服じゃねえんだな。
と、音として紡ぎたいことはたくさんあったが、男が何より聞きたかったこと。それがふと脳内に浮上し、ギアッチョはおもむろに口を開いた。
「そういや」
「はい」
「テメーはなんで、俺たちみてーなとこに来たんだ?」
なぜわざわざ日陰者と呼ばれる輩が集まった、豪華絢爛とはお世辞にも言えないアジトへ勤めに来たのか。名前は自身の惚れた欲目をなしにしても、優秀だ。仕事はもちろんのこと、言語などのコミュニケーション能力もそれなりに持ち合わせている。メイドとして仕える候補地は、さまざまな場所があったに違いない。
そらすことを一切許さないギアッチョの鋭い眼差し。それを真正面から受け止めた彼女は、少しばかり言いよどんだ。
「それは……」
「言っとくが、はぐらかすんじゃねえぞ」
「そのようなことは致しません。私は……組織で囁かれていた噂が、嘘だと思ったからです」
「……はあッ?」
少女曰く、暗殺チームに対する評価に、組織へ属した当初から疑問を抱いていたらしい。
では、実際自分たちの元に来てどう感じたのだろうか。
新たな壁に遭遇した彼が改めて尋ねてみると。どこまでも冷静な面持ちで答えが返された。
「もちろん最初は、皆様の私めに対する警戒に近い殺意で卒倒しそうになりました」
「……(マジかよ。常に無表情、っつーか淡々としてやがったぞ……?)」
「だからこそ信頼を得なければ、と思ったのです。チームの皆様は、お互いがお互いを信頼されていました」
そしてあのとき。
信頼し合っているなど――気恥ずかしい、というより痒いところに手が届かない気持ちをひしひしと味わっていた男が、不意に途切れた凛々しい声に首を捻りながら、続きを待つためさらに耳を傾ける。
周囲の喧騒を忘れてしまうほど、二人を包み込む静寂。
密かにギアッチョが覗き見た名前の瞳には、穏やかな≪追憶≫が宿っていた。
「おい名前」
「プロシュート様、いかがなさいました? エスプレッソでしたら今――」
アジトでの初仕事から、二週間ほど経ったある日。
突如背後に現れたプロシュートに胸の内だけで驚きつつ彼女が声を上げた次の瞬間、コーヒーミールへ移そうとした右手首をすかさず掴まれてしまう。
「?」
「ったく……オメー、その顔じゃあわかってねえな? いいか、よく聞け。オレたちゃ……この細っこい指に大量のあかぎれ作るほど働けとは、頼んじゃいねえ」
「え……」
≪メイド≫という職に就き、しばらく経った少女が慣れない唯一のこと。今、自分は主人の一人に≪心配されている≫。
そう。ただひたすら懸命に働いて、働いて、働き続けた名前は気付かなかったのだ。
彼らの心に、自身に対する疑いなどもはや存在しないことに。
人の要求に至極機敏だった一方で、人の感情にはかなり鈍いようだ。相変わらずきょとんとしている彼女の元へメローネが近付いてきたかと思えば、渦中の指先を見下ろしてあからさまに顔をしかめた。
「うわあ、確かにディ・モールト痛そうだ。しかもココ、内出血になってるよ? ちゃんと冷やさないとね……おーいギアッチョ! あんたの氷の出番だぜ!」
「チッ、メローネの野郎……人を氷のう替わりにしやがってェエ……フザけんなよ、クソ……って、ンだその手! オイ名前! 怪我してんなら早く言いやがれッ!」
その後、少女の周りに面々がわらわらと集まり――「お前にすべてを押し付けるつもりはない」と微かに口端を上げたリゾット。
「オメーの仕事はわかってる。だがされっぱなしはオレの、いやオレらの性に合わねえ。もっとオレらを頼れよ」と叱ってくれるプロシュート。釣った魚で和食を作り労ってくれたペッシ。ハンドクリームを無言で渡してくれたイルーゾォ。ふざけているときが大半だが、飄々とした言葉とは裏腹に自分のことを心配してくれるメローネ。そして浴室に付いてこようとした彼を殴って安全を保証してくれたホルマジオ。「たまには休みなよ。はい、今日は休み!」と優しく声をかけてくれたジェラートに、無言で頭を撫でてくれたソルベ。
そして――
「次隠してみろ。俺がそれに気付いた瞬間、テメーのこと氷漬けにしてやらァアア!」
悪態をつきながらも、どこかでぶつけたのか腫れた手の甲を冷やしてくれたギアッチョ。
この人たちに受け入れられた――刹那、表情筋が乏しい名前はようやくその事実を自覚したのである。
「あー。そういうこともあったな」
「……驚きました。覚えていてくださったのですか? 些細な出来事でしたので」
「(ンなモン、忘れるわけねーだろ)」
忘れられるはずがない。
紅一点をそれぞれ独自のやり方でフォローし、仲間が離れていく最中。
そのとき、彼女の一番近くにいた彼だけがはっきりと、さらに詳しく言えば初めて耳にしたのだ。
「……ありがとう、ございます」
「!」
少女は俯き気味で表情まではわからない。
それでも確かに聞こえた。アンドロイドのように無機質ではない、年相応の、柔らかな声色を。
「(あんときから、俺はコイツのこと気になってたのかもしんねえな)」
ハッと我に返れば視線がその背を、その横顔を追い、放っておけないと思わされる。ガキみてえじゃねえか――甘酸っぱい青春のような想いに浮き足立つ自分。それに腹を立てていると、不意に斜め後ろから呼び止められた。
「ギアッチョ様」
「――あ?」
「少し、寄り道にお付き合いいただいてもよろしいでしょうか」
「……別に構わねえが」
数分後、二人が足を踏み入れたのは道の一角に佇んでいたカフェ。
人もまばらな店内の隅に向かい合って腰を下ろした途端、名前が静かに口を開く。
「申し訳ございません、付き合わせてしまって」
スプーンによって掻き混ぜたことで生まれた渦が、見る見るうちになりを潜めていく二つのエスプレッソ。
男女の間を突き抜ける沈黙。
それを引き裂くかのごとく、再び響き渡った彼女の声。
「ご迷惑だとは理解しているのですが、どうしても以前桃の枝を頂いた……ギアッチョ様?」
「……それ」
「?」
気に入らないことが一つあった。それは、ギアッチョにとっては違和感を抱くことで、今眼前で不思議そうにしている少女にとっては≪当たり前のこと≫。
「それだよそれッ! その≪様≫って奴! 元から気に食わなかったが、外出てまで付けてんじゃねェ――ッ!」
「それは……主人に対していかがなものかと」
予想通り、名前は躊躇っている。
しかし、≪様≫付けが嫌で仕方がない彼が容赦することはない。
「いいから様なしで呼べ! テメーが≪ギアッチョ様≫って呼ぶたんびに白い目で見られるこっちの身にもなりやがれ……!」
「…………、……ギアッチョさ、ん」
「!」
渋々紡がれた自分の名前。こちらが促したにも関わらずドクリ、と慌ただしく動き始める心臓。カッと熱くなっていく頬。
大丈夫ですか。
赤く染まった顔に引っ掛かりを覚えたらしい。風邪では、と少々訝しげな彼女に、眼鏡越しの双眸を見開いた青年は慌ててそっぽを向いた。
「な、ななななんでもねえッ! 暑いだけだ! クソ、ここもっとクーラー効かせろよ!」
「?」
本当に――もう一度だけ尋ねれば、すぐさま返ってくる頷き。これ以上深入りするのも野暮だ。
「そうですか。……風邪ではないと聞き、安心いたしました」
いつからだろう。ギアッチョにだけ捉える、他の人に対するモノとはどこか違う≪安堵≫。
なぜ目の前でコーヒーを一気飲みしている彼だけなのか。理由はわからない。
いや嘘だ。もしかして、と思う節はある。
ただ、主人に対してそんな感情を抱くなんておこがましい――と名前はあえて気付かぬフリをしていた。
「……」
カチャリ、と皿にぶつかるカップの底。飲み終えた彼女が不意に窓の外へ移動させる視線。
そこから見えたのは、新しくオープンしたらしい雑貨屋。
今度、休日をいただいた時にでも行こう。そんな決意を固めてから少女が再び前に向き直ると、まっすぐな瞳とかち合う。
「あの店、気になんのか」
「い、いえ……そのようなことは決して――」
「出んぞ」
えっ。素っ頓狂な声を口にすると同時に、席を立ってしまう男。
今回主人をカフェへ誘った目的は≪お礼≫。だが、支払うつもりだった代金でさえ先を越され、内心複雑な想いを抱えながら名前は従うことにした。
「(と、コイツの気になる店に来てはみたが……こっからどうすりゃいいんだァア――ッ!?)」
そして、最初のシーンに戻るのである。
とは言えギアッチョはこういった場所へ足を運んだことはない。隣で雑貨をしげしげと眺める彼女に聞こえぬよう、彼がもどかしさゆえにこっそり歯ぎしりをした、刹那。
「可愛い……」
「!」
驚愕に開かれる眼。勢いよく首を回せば、柔らかな朱を帯びる少女の頬は少しだけ緩んでいて――
「(テンメー……普段は滅多にンな顔しねえくせに、いきなり表情変えやがってェエエエ……ちょ、調子狂うだろうがッ!)」
バクバク。落ち着くという選択肢のない鼓動。
すると、名前が自分の視線に気付いたらしい。
表情から色を焦燥と共に消した彼女は、バツが悪そうに頭を下げた。
「あ……申し訳ございません。主人の前ではしゃいでしまうなんて、私」
「ケッ! オメーな……そうやっていちいち謝んなよ。好きなモン見てテンション上がるのは当たりめーだし、別に悪いとは言ってねえだろうが。むしろ俺は……」
「? あの、後半がよく聞こえなかったのですが」
「〜〜と、とにかく! 俺のこたァ気にせず雑貨見とけ! クソッ!」
むしろ俺は、名前のそういう表情が見られてよかった。
胸から溢れたその言葉が届いてほしかったような、届かなくてホッとしたような。
黙り込んだ青年に、少女もしばらくして諦めたようだ。商品の方へとゆっくり戻った目線。
その小さな手のひらに乗っているのは、猫を象ったストラップ。それも自分たちの髪色に似た黒と水色の二匹であることを見とめて、思わず漏れた呟き。
「それ、いいな」
二人を包む一瞬の間――ギアッチョが己の失言を悟ってももう遅い。
襲い来る羞恥。だが、こちらを射抜く鈴を張ったような瞳は少なからず輝いている。
「ギアッチョさ……んは、猫お好きですか?」
「ッ……好きっつーか、アイツらが勝手に近寄ってくんだよ」
特にスタンドを発動しているとき、猫に好かれると打ち明けるわけにもいかず言葉に詰まっていると、首をかしげつつ彼女はその商品を元の場所へ戻してしまった。
「もういいのか」
「はい。ありがとうございました……お手洗いへ行ってまいりますので、店の外で少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「わーった。……あんま待たせんじゃねーぞ」
鼓膜を震わせるぶっきらぼうな物言い。
しかし、名前は彼が優しいことを申し訳程度ではあるが知っている。
左胸の下を覆う温かな気持ち。ペコリと頭を下げてから、背を向けると同時に彼女は一人微笑んだ。小走りで店の奥へ進む自分を横目に、男が≪ある行動≫を起こしているとは露とも思わずに。
それから、トイレから戻ってきた少女はひどく挙動不審だった。なぜなら、
「(ギアッチョ様は……外、だよね)」
今度こそお礼をするため。
ところがあらゆる商品で飾られた棚に駆け寄れば、なんと猫のストラップが姿を消しているではないか。サア、と血の気が引いていく。しかし――
「! ……よかった、こっちはあった」
次の瞬間、安心で細められた目に留まる黒猫。水色猫は自分がいない間に誰かが購入したのだろう。その事実に寂しさが募るが、今はこちらを買うことが優先だ。
「お待たせいたしました」
「行くか」
「あ、の……ギアッチョ、さん」
「……ンだよ」
相も変わらず買い物袋を両手に、ギアッチョが怪訝と狼狽を交えた表情で振り返った、ら。
彼を待っていたのは、目下に差し出される可愛らしい小袋と名前の微かな笑顔。
「!」
「先日はありがとうございました。花びらの部分だけではありますが、今は栞として使わせてもらっています。……よろしければ、受け取ってください」
ああ、なんたる不意打ち。
再び上昇していく体温。否応なしにスピードを増す脈拍。混乱する頭と心。
彼女からのプレゼントを小刻みに震える手で受け取って、男がついに発した単語は――
「……クソッ」
「ギアッチョさ、ん? 何か不具合でも……」
「〜〜ちげーよ! テメー、俺が悩んでることあっさりと解決しやがって! 不意打ちとかフザけんなッ! どうすりゃいいか、対応に困るだろォ――ッ!?」
そう。
「え……」
ギアッチョもまた、少女へのプレゼントを買い、それをいつ渡そうか必死に考えあぐねていたのだ。
ずい、と両手に押し込められる贈り物。
言わずもがな、予想だにしなかった出来事に名前は動揺していた。
本人にそのつもりはなくとも、普段≪無表情≫と十中八九が頷くその顔には、今や喜びと申し訳なさが鮮明に現れている。
「え、あ……いっ、いけません! お礼の意味でお渡ししたのに、私めがまた頂いては――」
「いいから受け取れッ! テメーに買ったんだ。テメーが持たなきゃ意味ねえだろうがァアアアア!」
すぐさま一蹴されてしまう意見。もはや、遠慮する余地は残されていない。
そして「早く開けろ」と、彼に促された彼女は袋のテープをそっと剥がして――唇から思わずこぼす声。
「あ」
「どうした」
「いえっ。ただ驚いてしまって」
「はア? なんだよ、驚く必要がどこに……あ」
互いの手には同じストラップの≪色違い≫が。
男が黒猫で女が水色の猫。まるでペア用のモノを買ってしまったかのようだ――そう自覚すると同時に、ざわめき立ったのは二つの心臓。
今日はやはり暑いのかもしれない。雑踏の中動きもなく、言葉もなく、ギアッチョと名前は胸中に潜む≪嬉しい≫という気持ちをそれぞれ噛み締めるのだった。
青春、poco a poco
彼らの心に、暖かな風が吹き抜けていくその瞬間。
〜おまけ〜
「……アジト、帰っか」
「はい」
気まずい空気の中で届いた声と、頷き。
そこでふとギアッチョが視線を落とせば、二つあったはずの買い物袋が一つ消えている。
当然、盗まれたわけではない。男は重いそれをすかさず肩に下げた本人――名前を鋭く睨みつけた。
「オイ。それァ俺が持つっつっただろうが! なんでテメーが持ってんだッ!」
「主人に二つともお持ちいただくなんてできません。だから……袋を一つだけ、手伝っていただけますか?」
「! ……チッ」
ほんの少し、本当に少しだけ眉尻を下げた彼女が紡ぎ出した≪お願い≫。
言葉の応酬を重ねていくうちに、主人の扱いを心得てきたらしい。照れ臭さと降参を意味する白い旗。こうなってしまうと、むず痒そうに表情を歪めた彼には、舌打ちと共に荒っぽく承諾を示すしかできない。
「(クソ、人のこと丸め込みやがって……! つか、このまま帰ったらぜってーなんか言われるよな……マジで鬱陶しいぜ。……アジト近くなったら、時間差で入るか。アイツら絡むとややこしいし、特にあの変態は面倒くさいことこの上ねえからなァアア!)」
怒りから憂慮へといつの間にか切り替わった感情。
隣には相変わらず無に近い表情を帯びた横顔。だが、それは完全に≪無い≫わけではなく――今回はこの前以上に新たな一面を知ることができたのだ。今日のことは誰にも気付かせない、ともう一度少女の柔らかな笑顔を思い出しながら、青年は固い決意を胸にアスファルトの道を歩き進めていく。
しかし。
アジトへ向かう男女の背中を、偶然にも発見した男が一人。
「あれは……、ふむ」
その後。今日、ギアッチョと名前が二人並んで歩いている姿を見かけたんだが、という全員が揃ったリビングにおけるリゾットの発言――基本言葉数の少ない彼にとっては単なる会話のきっかけのつもり――によって、ギアッチョの計画は脆くも崩れ去ってしまうのだった。
すみません、大変長らくお待たせいたしました!
ギアッチョで、『Androideに桃花を』の続編でした。
むぎ様、リクエストありがとうございました!
タイトルのpoco a pocoは音楽用語で≪少しずつ≫という意味を持ち、徐々に進展していく二人をイメージしたのですが……いかがでしたでしょうか。
感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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