逢引に酔いしれた、
※クーデレヒロイン
※甘





「名前ッ! オレの一生のお願いを聞いてくれ!」


「……あんたの一生は何回あるのよ」



自室へ足を踏み入れようとした名前を引き止める、メローネの一声。

当然、冷ややかな視線が彼を貫いた。


しかし、出会い頭に胸と尻を揉むというファーストインパクトが悪かったのか、それ以降彼女に近付くたびに殴られ、蹴り飛ばされていた――そんな昔の日々を思えば、ずいぶん二人の関係も進展したと喜ぶべきなのである。



「それに、お願いってどうせロクなことじゃないんでしょ」


「ちょっとちょっと、オレを一体なんだと思ってるのさ! まあ強いて言うなら、あんたが今履いてる水色のパンティをクンカクンカした「≪ぶん殴る≫と心の中で思ったなら」ゴハッ! ……あはは、冗談だってば」


「はあ……」



とは言え、そう一筋縄では行かないのが、この男女なのだが。

鳩尾を殴られ荒い息を上げるメローネ。冗談、と呟きつつ翡翠の瞳は本気を孕んでいるのだから本当に勘弁してほしい。唇から自ずと溢れるため息。とりあえず彼の用事を早く済ませようと、話を促せば――



「オレとデートしよう! デート!」


「……は?」




妙な単語が名前の鼓膜を震わせた。


数秒の間。

互いの頭上に浮かぶクエスチョンマーク。



「ンン? もしかしてデートの意味がわからない? いいかい、名前。デートっていうのは男女が――」


「あのねえ、デートの意味ぐらいわかってるってば。私が言いたいのはそういうことじゃなくて≪あんたは突然、何訳のわからないことを言ってるの≫、っていう意味。第一、恋人同士でもないのにデートなんて」


「チッチッチッ。恋人がイチャイチャしてるだけがデートじゃあないんだぜ? って言ってもオレは、あんたにとって≪同僚≫のままで大人しくするつもりはディ・モールトないけどね!」


「……」



キラキラと輝いた双眸。

その奥に潜むのは、やはり真摯な想い。

あしらえたらいいのに――それが彼の思うツボだとわかっていても、こうしたギャップに調子は乱されるのだ。


少しだけざわついてしまう心中。自然と視線をそらしていた彼女が不意に答えを紡ぐため口を開いた。



「いいよ」


「え」


「何その顔。まさか聞き逃したわけ?」



刹那、白々と向けられる眼に男が取れるのではないかと言うほど首を横に振る。



「まさか! 名前の声はどんなときでも――たとえあんたが風呂にいても、トイレにいてもオレは一音も逃さずちゃんと聴いてるよ! ただ意外だったというかさ……」


「……、余罪の告白はまた問い質すとして。まあメローネはいろんなところ知ってそうだし、楽しめるかなって」


「ちょ、ベネ! これなんてデレ!? クールな名前もベリッシモ可愛いけど、甘いデレがついに来たのかい!? ハアハアハア、ッやっぱり外に行くのはやめて、オレの部屋で濃厚なセ――」


「黙らっしゃい。……服、着替えてくる」



恥ずかしさも相まって、少々早口で言葉を残し、部屋のドアノブを回した女。

ゆっくりでいいからね――と背中に飛んでくるアルトに近い声を聞く余裕は、もはや名前にはなかった。









「……(デートなんていつぶりだろ)」



流れる沈黙。今、自分が持っている服を並べてはみたものの、めぼしいモノがない。それは彼女が基本的に動きやすさを重視しているからで、このままの格好というのもやはり気が引ける。



「(スカートやワンピースなんて滅多に買わないから、選択肢は限られてるけど……って! な、なんであんな変態とのデートでドギマギしなきゃいけないの……!)」



脳内で広がっていく悩みを振り払うように左右へ揺らした頭。徐々に熱を持ち始めた首から上。

――もうヤケクソだ。


カシャンと音を立てて女が勢いよく手に取ったのは、クローゼットの奥にぽつりと居座るハンガー。すでに、凛とした瞳に狼狽の色はない。





十数分後。一応オシャレというモノを自身に施した名前は普段と比べて寒々しいうなじを気にしながら、バイクのそばに立ち、スマートなズボンを着こなしているメローネの元へ駆け寄った。



「お待たせ」


「んふふ、イイ……すごくイイよ……待ち合わせという、初々しいこの感じがたまらな――って」



振り返った先に佇むのは、チュールレースがあしらわれた白いノースリーブブラウス。クロスベルトのサンダルから伸びる素足。これでもかと言うほど大きく眼を見開いた彼の視界の隅で、紺のフレアスカートが風にひらめく。

膝下を露出しているのがよほど珍しいのだろう。鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔でまじまじと見つめてくる男に、彼女は居心地が悪そうに目線を彷徨わせた。



「あんまり凝視しないでほしいんだけど」


「……」


「ちょっと、メローネ? いい加減に――」









「どうしよう。すっごく可愛い」



ドキリ。

飛び跳ね、静かに速いテンポを刻み始める心音に、普段通り≪冗談はやめて≫と躱すことができない。


今、こいつはどんな表情してるんだろう――ひたすら平常心を装う女はふと視線を上げて、



「うわ……」



誠実な面持ちのまま、鼻からダラダラと大量の血を流している、という大惨事に頬を引きつらせる。

粘膜が弱い性質らしい。


まるで自分が殴った後のようだ。言わずもがな溢れる呆れゆえの一声とため息。

一方、眉根を寄せた名前からポケットティッシュを数枚受け取りつつ、朗らかに笑うメローネ。



「いやー……ファッションはもちろんだけど、オレの熱視線に堪えかねて目をそらしながらはにかむ名前を見てたら、ついつい出ちゃったぜ」


「冗談言ってる場合じゃないでしょ。≪変態だから≫ってあんたの鼻血はいつも気に留めてなかったけど……耳鼻科、行った方がいいんじゃない?」


「んー、それは難しいかなあ。誰かの言葉を借りるなら≪無駄なんだ……無駄無駄≫。これは恋の病だからさ……名前のキスでしか治せないんだよ。さあさあ、早くオレにチュ――アッ、また出てきた」


「もう……世話が焼けるんだから」



その後、一時はどうなることかと思ったものの、彼の鼻血も止まりようやく出発することができた二人。(このとき、彼女がスカートとバイクという相性の悪さを、今更ではあるが実感したのは言うまでもない)。


爽やかな風が女の華奢な肩を優しくすり抜けていく中、しばらくして辿り着いた目的地近くの駐車場。

ところが、≪いざ歩こう≫となったときに限って、なぜか差し出された男の左手。



「はい」


「この手は何?」



疑問と共に目をそちらへ移せば、メローネはあくまで真剣な眼差しをしていた。

まさか――手袋をしていないそれと彼を交互に見つめつつ、一人ひどく戸惑う名前。




「で、デートだからってそんなことまでしなくても……」


「んもう、そう言わずにさ。理屈はナシだぜ! 早く! 早く!」


「……、……っ」



少しの間宙を彷徨い、ついに男の手のひらに収まった白く細い彼女の手。


すると次の瞬間、より離れがたくするためか、あれよあれよと指が絡め取られたのだ。

当然、女はギョッと瞠目するが、口を開く暇もなく身体を引き寄せられ足が勝手に前へ進み始める。



「ちょっ、ちょっと! 恋人繋ぎなんて聞いてない……!」


「いいじゃん。はぐれたりなんてしたら、せっかくの楽しさも半減だし、イイだろ〜?」


「〜〜ッ」


「(あは、照れてる照れてる。ホント可愛いなあ……ま、もし名前が迷子になっても匂いで見つけられるけどね)」



苦虫を噛み潰したかのような表情。とは言え、このままメローネに訴えかけても埒があかないので、名前は大人しく付いていくことにした。


そこで不意に周りを見渡して、あることに気が付いた――街にいる多くの女性からメローネに熱視線が注がれているのである。

彼女の胸中を占めたのは驚愕と疑心。さらに右隣の端正な横顔を、彼に悟られぬようこっそりと観察する女の双眸。



「(なぜかモテるのよねえ……ド変態なのに)」



一度溢れ出したら、滝のように止まることはない思考。


「(まあ、話してみたら意外に理知的だし、目鼻立ちもいいし……ド変態だけど)」



まさに≪残念なイケメン≫を形容した姿と言っても過言ではないだろう。


ただただ静かに考え込んでいると、それまでまっすぐ向かっていた男の足が突然前触れもなく止まり、横を示した。


どうしたのだ――メローネの目線をすぐさま追えば、そこにはディスプレイに男女の衣服を着用したマネキンが配置された、それなりに値が張りそうな服屋が。

こてんと首をかしげた女は、微風に揺蕩うハニーブロンドを眺めながら口を開く。



「メローネ、服買うの?」


「え? 何言ってるのさ。ここにはあんたの服を選びに来たんだぜ?」


「私の……?」


なぜ。

そんな疑問詞が名前を襲うが、彼の腕は思いのほか力強く、あっという間に店内へ連れ込まれてしまった。



「ベネ! ベネ! ……ディ・モールト良いぞ! んんーッ、だがこの服も捨てがたい!」


「そ、そんなに合わせなくていいから。これ全部買うわけじゃないんでしょ?」



それにいつ着るのよ。

こうしてズボン以外を選んでいることが、ただでさえ珍しいのだ。男の手に掲げられるフェミニンなシフォンスカートやミニスカート、そしてワンピースに対して無意識のまま漏れた一言。


刹那、気恥ずかしそうに俯く彼女を見とめた翡翠が、食えない笑みと共に細められ――



「名前に任せるけど……できれば、またこうやってデートするときに着てくれよ」


「!」


「よし。買おうッ! ハアハア……オレの薦めた服が名前のそのしなやかで柔らかい全身を包み込むなんて……ああッ、脱がせたい! 想像するだけで股間が……!」



脇目も振らず叫ばれた傍迷惑な宣言。選んだ服を両手に持ち、腰をクネクネさせてレジへ迫るメローネに、店員が苦笑しつつ後退っている。


「(また? また、って……)」



ぐるぐると掻き乱される心。当惑する頭。自分は想像以上に、調子を狂わされているようだ。

とりあえず、ガラ空きだった彼の腹部に拳をめり込ませ謝罪を述べた彼女は、≪今日暑い≫と手のひらで顔の近くを仰ぐことしかできなかった。











一悶着あったものの、無事買い物を終え、ショップを後にした男女。そんな彼らは今、道中でジェラートを食している。

おいしい――鼻腔を擽る香りと甘すぎない風味に自然と綻ぶ女の顔。しかし何が引き金となったのかは理解しがたいが、隣でまた男が息を荒げ始めたではないか。


訝しげな眼で貫くと、変態はますます恍惚とした色を浮かべた。



「アイスにかぶりつく、ベネ。ハアッ、ハアハア……ついでにオレのアレもレロレロして――」


「ぜッッッたい嫌」


「えー!? つれないなあ、もう」


「つれる、つれないの問題じゃない。むしろ了承されると信じてた方がおかしいでしょ」



淡々と放った冷静なツッコミ。

だがその裏腹に潜むのは、服を三着買ってもらったにも関わらず、まだメローネに感謝を伝えられずにいることへの後悔。



「(タイミング逃しちゃったな……このまま言わないってわけにもいかないし)」


「じゃあさじゃあさ、オレがディ・モールト美人な女とデートしてる場面を見かけたら名前はどう思う?」


「は?」



唐突な質問に疑念を抱きつつも、素直に状況を脳内へ宿してみる。


「(こいつの隣に? 美女が……)」



ありえない、とは言い切れない。

復唱することになるが、右隣から顔を覗き込んでくる彼は一応≪イケメン≫の部類に入るのだから。

考えれば考えるほど、モヤモヤと心を覆う、あまり好感を持つことができない霧。


しばらくして、伏し目がちの名前がぽつりと音を紡いだ。



「なんだろ。……少し、嫌……かも」


「! 今日はなんてイイ日なんだッ! 名前がヤキモチ……! 夕飯までにアジトに帰るつもりだったけどやっぱりやめた! このままホテルに直ゴハァッ!」



ゴキリ、と顎の骨を軋ませるアッパー。男の思惑は、儚くも一瞬の間に切り捨てられた。


「ヤキモチなんかじゃない。それと、いつも思うんだけど……メローネはちゃんと考えてから発言して。朝に帰ったら間違いなく詮索されるでしょうが。特に酒飲みのおっさん二人に」



プラチナブロンドと丸刈りのからかうような薄い笑みを思い浮かべて、彼女が憤怒と憂慮で青ざめる。


不貞腐れた女をしげしげと見つめるメローネ。オレは別にいいんだけどなあ、見せつけたいし――と呟けば、また羞恥ゆえの言葉が飛び出すのだろうか。

名前の、クールでありながらもコロコロと変わる表情が好きだ。



「わかった、わかったよ。今日だけは仕方なく、ホントに仕方なーく諦めるから……次、行こうぜ」


「うん。(次……って、どこに行くんだろ)」










目的地を知らされていない不安。相手が初対面の女の手を舐める変態ということもあり、グッと息をのんだ彼女は思わず構えた、が。

次に彼が立ち止まったのは、二人がある程度見知った場所、映画館だ。



「メローネ、何か見たいものでもあるの?」


「いやあ? ここで決めるつもりだったんだよ」


「……」



なんという適当さ。


計画性があるのやらないのやら。とは言え、自分の想像が外れたことに女は安堵の息を吐きつつ肩を竦めたが――ふと視界を掠めた『小魚物語』という文字にカッと目を見開いた。

話題沸騰中のそれは、少年と偶然家にやってきた熱帯魚の友情を描く、実話を元にした作品なのである。

ときめく心。普段名前は「≪全伊が泣いた≫? ハッ、嘘でしょ」と強がることも多いが、実はこういった系統にかなり弱い。



「アクションかー、うわッ! この悪役プロシュートにすっげー似てる! んっんー、ラブコメもあるのか」


「(どうしよう、あれが見たいなんて言ったら絶対からかわれる。で……でもやっぱり見たい……!)……メローネ」


「あは、こういうぶっ飛んだ奴も面白いかもなあ。――」


「メローネ」




クイ、と摘まみ引く服の袖。「あれがいい」と男に希望を打ち明ければ、にんまりと動いた口端に彼女は悟る。



「(ハメられた……ッ)」



言い知れぬ悔しさが湧き上がるものの、その映画を見ることに決まったのだからよしとしよう。

映画館特有の暗闇。互いの手にはドリンク。定番のポップコーンは財政的に厳しいので控えたのだ。


しかしそんなことより、温もりを掴んでいない手のひらに寂しさを覚えていたメローネは、自分が今置かれている状況の方が不思議でたまらなかった。



「ねえ。どうして一つ席を空けるのさ」


「あんた、絶対何かするでしょ」


言葉の応酬を重ねる二人を隔てた赤い生地の座席が一つ。もちろん、セクハラに対する警戒もある。

だが、なんと言っても――女はできる限り泣き顔を見られたくないのだ。



「はは、まさかそんな。いくらオレでも≪暗闇に紛れて太腿をさわさわしよう≫なんて思ってないよ。太腿触って、快楽に必死に堪える姿を観察して、最終的には我慢ができなくなった名前を近くのトイレに連れ込もうだなんて、これっぽっちも思ってないって!」


「(最低だ……)」


「ぐふふふ、というわけで――」








「隙アリッ!」


「なっ」



まさに瞬息の間。一席分、縮まった二人の距離。

当然ながら、驚愕に瞳を揺らしていた名前はおもむろに眉を吊り上げた。



「ちょっと、勝手に席詰めてこな」


「しーッ! そろそろ映画が始まるみたいだよ」


「うぐ……」



視界の隅で動き始めたスクリーンにもはや黙らざるをえない。


どうか、今日だけは涙腺が緩みませんように。

慌てて閉口した彼女は、祈りに似た想いと共に身体を前へ向ける。









が、案の定。



「ぐす……っ、ぅ……、ひっく」


二時間後、アジトへの帰途につく女は、映画の切なさと美しさにひたすら泣きじゃくっていた。

ポロポロと瞳から零れ落ちる涙。舐めたい――と彼の胸中を即座に過ぎった感情、すなわち興奮をなんとか抑えて漏らす苦笑。



「ちょっと〜頼むから泣き止んでくれない? あんたが泣くことは予想してたし、街中で勃っちゃうほどベリッシモ可愛いんだけどさ……これだとオレが泣かせてるみたいじゃあないか」


「ん……窃盗、盗撮、その他諸々。警察には全部話してあげるから。ッぐす、そのまま拘置所にでもぶち込んでもらえば……っ」


「あは、ひどいなあ。むしろオレが名前にぶち込み――おっと、失礼」


「……」



号泣中と言えども、名前は名前。やはり声より手足が先に飛び出る。


とてもいい話だった。あらゆるシーンを何度も振り返りつつ、ハンカチを掴んだ指先に力を込めている、と。

目前につと現れた、薄いブルーのハンドタオル。



「え?」


「ハンカチ、涙でぐしゃぐしゃだぜ? これも使いなよ」



確かに自分の持つ布切れはひどく湿っているが――こんなときに優しくするなんて、反則ではないだろうか。

なぜか見覚えのあるそれを、どこで目撃したのか思い出せぬまま口元に寄せた彼女は、くぐもった声で感謝の気持ちを紡ぐ。



「っ……ありが、と……。あと服も、大事にする」


「Prego! あ、それ洗わなくていいから! 直接オレに返してくれ! 名前の涙が染み込んだハンドタオル……すごく、ベリッシモ……イイ」


「(ほんと、変態じゃなかったらかっこいいのに)」



だが、変態じみた発言や行動を取らないメローネは≪メローネ≫ではない。むしろ嫌悪感すら抱いてしまうのはなぜだろう。

そんな疑問が脳髄に到達するものの、感情に従って発してしまえば男が調子に乗ることは目に見えているので、女はグッと言葉を喉に押し止めた。




ちなみに。


右手で包むそのシンプルなハンドタオルが、メローネによって名前のタンスから盗まれてしばらく経っている代物という事実は、知らぬが仏なのかもしれない。











逢引に酔いしれた、
男と女のとある昼下がり。




〜おまけ〜



「たっだいま〜!」


「……ただいま」



アジトに劈いた、テンションに落差のある二つの声。

いつも通り帰宅した仲間を突き刺す、あらゆる感情を帯びた視線。しかし、なぜか脳内を過る違和感。今日に限って、彼らの多くがにやにやと笑っているのだ。


小さく首をかしげた名前は、男たちの目線の先を追ってようやくわかった。

心地よいぬくもりに失念していた――握り締められたままの右手。しかも恋人繋ぎ。



「あ……!」


「ディ・モールト、ベネ! すっかり忘れてたよ……でもこれでオレたち、公認のカップルだぜ!? ハァハァ……どう? 今日からオレの部屋で生活する? ベッドも一つにしちゃう? いいかい、名前。初夜というのは楽しんで進めなくちゃあならな――」


「ちょっと、一人で勝手に盛り上がらない」



本当にやめてほしい。それは、メローネと恋仲になるということより、仲間の面白がるような表情やヒューヒューと囃し立てる声が苦手なのだが――本人はまだ己の胸中を自覚していないらしい。

隣で喋り続ける彼を一蹴し、彼女がおもむろに顔をしかめると、これまた薄い笑みを浮かべたプロシュートがこちらに近付いてくる。



「ハン! よりによって変態を選ぶなんてな。まあ名前にもやっと春が……って」



揶揄に込められた祝福。ところが、彼が突然話を止めて女の目元を凝視した。

朱を帯びた白い柔肌。決して照れているわけではない。


男女関係において多くの別れを告げ、告げられてきた男はよく理解している。これが涙ゆえのモノだと。



「……おいメローネ。ちょっとツラ貸せ」


「あはっ、真剣な顔してどうしたのさ。なんならツラだけじゃあなくて全身……ってあれー? ちょっと待って。なんでオレ、ギラギラの殺意と銃口を向けられてるワケ?」


「お前、こいつにナニしやがった。ロシアンルーレットで、大量の≪ワサビ≫が入った寿司食ってもまったく泣かねえ名前がこんなに目ェ腫らしてんだ……五秒以内に答えな。早くしねえと、この拳銃がテメーの口ん中で火を噴くぜ」


「んン? ……ああ! 違う違う、誤解してるぜプロシュート。名前の泣き顔には別の理由があって、あんたが考えてるようなことは≪まだ≫シてな――ブベネッ!」



次の瞬間、二人の手が離れると同時に、屋内という環境も省みず放たれた銃声。

それを咄嗟に避けながら、攻撃されることが嬉しいのかハアハアと悦に入っている変態。



ブロンド組の交戦を煽る者、加勢する者、静観する者。

一方、顔色を一切変えることなく書類の整理を淡々と進めるリゾットや、オロオロと状況を見守るペッシと同じく傍観者に徹した名前がふと視線を下方へ移す。そこには――



「(メローネが買ってくれた服、あんまり着ないのももったいないし……アジトの中でも着ようかな)」


床にそっと置かれた紙袋の隙間から覗く、スカートやワンピースの裾。

思わずこぼれた微笑み。だが、表情筋の活躍にハッと我に返った彼女は、いつの間にか緩んでしまっていた口元を慌てて引き締めるのだった。












大変長らくお待たせいたしました!
メローネとクーデレヒロインで、甘めの私服デートでした。
ノア様、リクエストありがとうございました!
ヒロインも実は満更ではないという雰囲気を目指したのですが……いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、ぜひお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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