「題名なんて自分で考えなさいな」
※↑はタイトルです、挑発ではありません
※連載「Uno croce nera...」の番外編
※原作後、全員生存設定
※ヒロインの性格がガラリと変わっています、注意!






ある、のどかな昼下がり。



「もぐもぐ……、! リゾットさんっ! これ、すごく美味しいですね!」


「ああ、そうだな。……名前の手料理には及ばないが。(≪幸せ≫だ……一生そうなるべきではない、得るべきではないと思っていた日々が嘘のようだ)」



バイキング式のレストランのテラス席で、穏やかな食事を取るリゾットと名前。


だが、料理に舌鼓を打つ二人の柔らかな雰囲気に反して、上空を覆うのはグレーの雲。

それでも、彼らがようやく手にしたこの≪ありきたりな幸せ≫が、二つの心をひどく晴れやかにしていた。



「名前。ドルチェも食べないか?」


「え? い、いいですよ……そんなっ」


「ふ……そう遠慮をするんじゃあない。組織が新体制になったことでオレたちの待遇も変わったんだ」



少し待っていてくれ――そう呟き皿を手に自然な流れで席を立つ彼を、彼女は慌てて引き止めようとしたが、大きな手のひらで優しく頭を撫でられてしまえば口は自然と≪黙ること≫を選んでしまう。

料理の元へ向かう逞しい背中。それをじっと見つめながら、少女はおもむろに口元を緩ませた。



「……えへへ」


思わず溢れる、はにかみを含んだ微笑。

しかし、さすがに破顔したままではいけないと、ぺちぺちと頬を軽く叩いた名前が、再び食事に手を付けようとした――




そのとき。


突如彼女の視界に、いくつもの影ができる。



「お嬢さん、少しよろしいですか?」


「え? あの――」


「邪魔するぜ」


「?」



悠然と両隣にある椅子へ腰を下ろしたのは、原作で目にした二人組――スクアーロとティッツァーノ。

さらに、背後を振り返った少女の瞳に飛び込んだ、無表情・無言を貫くカルネの姿。


いつの間にか名前は、わけもわからず三人に囲まれていた。



「あっ……貴方たちは……親衛隊の」


「覚えていただいて光栄です。と言っても、もはや私たちには≪護衛する相手≫がいないので、その名称は正しくありませんが」


「……」


なぜ彼らがここに。

不思議そうな彼女の頭上に現れるクエスチョンマーク。

内情は詳しく知らないが、ティッツァーノの発言から新しいボス――ジョルノの親衛隊、というわけでもなさそうだ。


その心内を悟ったのだろう。少々貴方に用がありましてね――そう気品のある声色で音を紡いだ彼に、少女はこてんと首をかしげる。



「用です、か?(この方たちと私は、≪初めまして≫だよね? 一体どんなご用なんだろう……)」


「ハハ、残念。オメーは今、必死に頭ん中で考えてるみてーだけどよお……ティッツァが言ってんのはオレらのことじゃねえぜ」


「え、っと……? ではどなたが――」


「私だ」


刹那、眼前に姿を現すもう一つの影。

現状に疑問を抱く名前にとって初対面の人物が多い中で、この声だけは聞き覚えがあった。



「!」



彼女が静かに、息をのむ。


「久しぶりだな、吸血鬼」



空に立ち込める暗雲。バクバクと乱れ始めた鼓動。


基本的にどのような相手に対しても、≪無防備≫だと言っても過言ではない少女。

だが珍しく彼――チョコラータには、怯えた表情と共に少しばかりの警戒を示した。



「っ……また、実験ですか?」


「何、そう警戒するんじゃあない。もう組織に≪元ボス≫はいない……過去のことはお互い水に流そうじゃないか」



水に流す――それでいいのだろうか。

名前が表情に悩みを灯した次の瞬間、アスファルトの床からダイブスーツの男、すなわちセッコが何かを手に飛び出してくる。



「きゃっ」


「おお、セッコ! よくやったぞ! さあ、お前が持ってるものをそのまま吸血鬼に渡s――」


「うっせェェェェッ! いちいちオレに指図すんじゃねーよ! このクソチョコラータ!」


「……」



どうやらゲスと呼ばれる彼らも、護衛チームと戦う以前の関係性ではないようだ。

むしろ下克上のようなことになっていた。


この男たちが自分の元へ訪れた理由をいまだ理解しえないまま呆然と眺めていると、ふと彼女の手のひらに転がった、リボン型に包装された小さなお菓子。



「えと、これはアメ……?」


「ゴホン。世の中には、相手の顔面へ食らわせた肘鉄砲を≪仲直りの握手≫とやらにした奴もいるらしい。まあ……つまりはそういうことだ」


「仲直りとまでは言いませんが、どうやら貴方に受け取ってほしいそうですよ」


にこり微笑んだティッツァーノからもたらされる助言。

すると、こう見えてこのゲス≪気にしい≫だよな。いや、外見通りか――そう腹を抱え、ケラケラ笑うスクアーロ。


正直彼らがボス側の人間だったので複雑な想いも少しばかりはある。だが、皆こうして≪生きている≫のだから、これでいいような気もした。


刹那、少女がこぼしたのは、のほほんとした微笑み。



「ふふ、ありがとうございます……早速いただきますね」


ぺこりと会釈をしたと同時に、オレンジ色のキャンディを口に含む。

フルーツではない――味の特定はできないが、とりあえず名前の口内には甘美な味が広がった。


「んっ……ん……、美味しいです!」


「そうだろう、そうだろう! なんと言っても、≪私特製≫だからな!」



すごいだろう、と言いたげにしたり顔を見せるチョコラータ。

ところが、この時すでに、名前はそれどころではなかったのかもしれない。


彼女の視界を覆い尽くすすべての景色が、異様に歪み始めたのだ。



「……あ、れ……?」


「あ? おい、どうしたんだよ」


「っ(ダメ……すごく、眠くて……返事ができな――)」






ボフッ


チョコラータ。貴方のことですから、このオチを察していましたよ――と椅子から崩れ落ちた少女をすかさずティッツァーノが受け止める。

すると次の瞬間、男たちを突き刺した≪殺気≫。

言うまでもなくその今にも殺めてしまいそうなそれを宿したのは、名前の恋人。



「貴様らは……親衛隊……ッ!」


「なんだ、もう死のカヴァリエーレ(騎士)が帰ってきたのか。残念だ。それに私はコイツらと同類ではないんだがな……まあいい。≪この結果≫は紙面づてで我慢しようじゃないか!」


この結果。

引っかかる単語にどういう意味だ、とリゾットが≪メタリカ≫の攻撃を仕掛けるより先に、集団は眠り込む彼女を彼に預けて姿を眩ませてしまったのである。








数十分後。


ソファへ寝かせた少女を、静かに見つめる男。

その顔には普段無表情に近い分、名前と出逢ったことで再び手にした感情――≪後悔≫がはっきりと滲んでいた。



「迂闊だった。名前を一人にするべきではなかったんだ」


「リーダー……そう自分を責めんなって。特に身体にゃ異常はねえみたいだしよォ、名前もそろそろ起き――」


「……、ん……っ」


「! 名前!」


ゆっくりと開かれる美しい紅の双眸。

この瞬間を、どれほど待っていたことか。


瞳に光が戻ったリゾットは、上体を起こした彼女を早速抱きしめようと試みた――が、抱擁するために伸ばした両手からするりと避けられる。

そして一言。






「誰が、≪触っていい≫なんて言ったの?」


「え」


「!? い、今の……名前……だよな?」


これまでになく冷徹な態度に、周りを支配する動揺。


しかし彼の中では安堵が先行したのだろう。「とにかく安心した。オレはレストランに代金を払ってくる」と財布を握った男――あまりに動転して支払っていなかったようだ――は珍しく恋人を周りに任せて出て行ってしまった。

すると、すかさず少女を挟むソルジェラ。



「名前! どうしちゃったのさ!」


「いつもはリーダーに向かって温かく笑うお前が……らしくないぞ」


「…………、≪名前≫?」


「ゲッ(あんのホ○ップル……! 今の名前にいつも通り話しかけんのはヤベェんじゃねーか? しょォがねーな〜!)」



ひくり。おもむろに頬を引きつらせるホルマジオ。


残念ながら、彼の予感は的中する。俯いていた名前が、にやりとほくそ笑んだのだ。



「ふふ……呼び捨てなんていい度胸じゃない」


「えっ」


「ところで貴方たち、いつもいつもくっついてるけど……正直暑苦しいの。夏は特にね。イチャつくなら自分たちの部屋でなさい」


「あ、暑苦しい……」


「それとも、二人が一生距離を置きたくなるほど身の毛もよだつような話、聞きたい? 確か……≪罰≫と≪輪切り≫の話なんだけど――」


「「ごめんなさい」」



楽しげに笑う彼女。実際、それらの単語に連想されるものはない。

だがなぜか二人の背中を≪悪寒≫が駆け巡ったらしい。ソルベとジェラートは、自然と互いの身体を少しばかり離し、謝罪の言葉を口走っていた。


触らぬ神に祟りなし。誰もがそう思う中、得体も知れぬ少女に立ち向かったのが色男、プロシュートである。


彼は名前の隣に座りつつ、自然な流れで華奢な肩に腕を回した――



「ハッ、おい名前。どうしたっつーんだよ、敬語も忘れて……ま、ツンケンとしたお前も可愛いけど――」






ペシッ




「触らないで」



が、今の彼女には通用しないらしい。

むしろ怒っているようにも思える。


男が驚愕する一方で、少女はその風貌に似合わない冷めた視線を送っていた。



「聞こえなかった? これ以上近付かないで。貴方のスキンシップには飽き飽きしてるし、タバコの匂いも移るから。かなりキツいモノを吸ってるようだけど、何? 加齢臭でも気にしてるの?」


「い、いや。これはなんつーか、ポリシーっつーか」


「それに。貴方が甘いと信じきっている言葉に全員が釣られるほど、女は容易くない。さっさとその変わり映えのしない口説き、やめてくれる? しつこいのは嫌われるんだから」


「……」


なんということだろう――気が付けば、壁の隅に体操座りをするプロシュートの姿。

すぐさま落ち込んでしまった彼に興ざめしたのか、名前はそちらを一切見ることなくどうでもよさそうに口を開く。



「あら、もうへこたれちゃったわけ? 案外つまらない人。貴方みたいな≪一時間に一回鏡で自分を確かめるナルシストな勘違い男≫のプライドをズッタズタにしていくのが、すごく楽しいのに」


「!(ナルシストな勘違い男……? う、嘘だろ? オレの可愛い名前がオレにそんなこと言うわけ…………無理だ、立ち直れねえ)」



今までの、オレに向かって柔らかく微笑んでくれたあいつはどこに行ったんだ。

心臓をナイフより鋭く刺した彼女の言葉に促され、「勘違い男、勘違い男、勘違い男……」と念仏のように唱え続ける男。


その背中からは、今にも≪ズゥウウン≫という擬態語が聞こえてきそうだ。


こんなにも落ち込んでる兄貴、見たことねえ――想像もしなかった様子にもっともギョッとしたのは、当然彼の弟分ペッシだった。



「あ……兄貴ィ! ちょ、名前! どうしたんだよ! 確かに兄貴は一時間に一回鏡見てるけど、そこまで言わなくても――」


「何か?(にっこり)」


「…………いえ、何もねえっす」



すぐさまそらされた目。


ところが、素知らぬフリをしたところでもう遅い。

青年もまた、毒の標的になってしまう。



「口を開けば兄貴。兄貴、兄貴、兄貴……ほんと、いつまで経っても兄貴頼りなのね。この甘ったれマンモーニ。いい加減――」


「うわあああ、ごめんッ……いやごめんなさい! すみませんでした! もう逆らいやせん!」


ペッシ、撃沈。


さて――≪次は誰が来るのだろう≫。


艶然とした笑みを浮かべつつ少女が周りを見渡していると、不意に立ちはだかったギアッチョ。

もちろん、彼のイライラは爆発寸前である。


「ケッ、好き放題しやがって……たとえテメーでもよォ――ッ! 少しは痛い目見てもらわねえと――」


「あのねえ、貴方が暴れるせいで痛い目見てるのは壊されてる家具なんだけど。納得いかないからって、大声張り上げて、いちいちモノに当たるなんて……貴方より今の子どもの方が分別あるんじゃない? 見苦しい」


「ッ! ……クソ」



今すぐ叫んで、拳骨食らわせてェ。けどそれじゃあコイツの思惑通りだ――眼鏡越しの眼を怒りで剥き出しにした男が、とにかく堪えようと視線を落とした途端、すかさず顎を名前にクイッと取られてしまった。

ギロリ。即座に睨みつければ、そこには普段の彼女からは想像もできない、ひどく恍惚とした表情が。



「ふふ。屈服に耐える貴方の表情、イイじゃない。調教しがいがあって……好きよ」


「す……ッ! このアマッ、調子乗ってんじゃねーぞ! つかデマカセ言うんじゃねえよ、ボケがッ!」


「……本当なのに。私、貴方のそんな風に強がった瞳を見てると、もっと怯えさせてみたくなっちゃうの」


「!?(ほ、本気でヤベーぞ、コイツ……!)」


言うまでもなく危機を感じ取ったらしい。培った瞬発力で少女から距離を置くギアッチョ。


そして、ここは個人戦ではなく救援を呼ぶべきだと、死角となるキッチンの棚側に身を潜ませた彼は携帯を取る。

しばらくして出た電話の相手。それは――








「オイッ! グイード・ミスタ! 今すぐ、あのクソ医者を呼べ!」


『はあ? 突然電話かけてきて、何言ってんだオメー』



護衛チームのワキg――ゴホン。ミスタだった。

とは言え、当然彼が連絡の主旨を理解しているはずもないので、訝しげな声色がギアッチョを余計に苛立たせる。



「早くアイツ呼んで、いつもの名前に戻せってんだ、こんチクショウ! あ? 意味がわかんねえだと? わかんなくても察しろよッ! さもねェと、テメーの嫌いな4が付くモン、そっちに送り付け――「ふふ、見つけた」ンなッ!? オイやめッ――」








ブチッ

ツー、ツー


無機質な音。

ミスタの胸中には、不可解な気持ちだけが居残った。



「なんなんだ、あいつ……しかも変な脅しかけてくるし。……ん? つか今、聞いちゃいけねえ名前の声を聞いたような――」


「電話、どちらからですか?」


「!? ジョル……じゃなかった。ボス、突然後ろに立つんじゃねーよ」


「すみません(棒)。今、名前に呼ばれたような気がしたので……というかミスタ。ぼくのことは≪ジョジョって呼べ≫って言いましたよね? 貴方の耳、腐ってるんですか。そうですか」



ああ、減給しますよと言いたげな新ボスに対して、≪言わない≫という選択肢があるはずもなく。


ついに、自分を見下ろすその冷酷な眼差しに堪え切れなくなった彼は、内容を簡単に説明した。

すると、先程とは一変してジョルノは顔に心配の二文字を宿す。



「きっと名前に何かあったんですよ……! 何ボサッとしてるんですかミスタ、もう一回かけ直してッ!」


「はい? ちょ、待ってくれよ! あいつら大変そうだったしよォ、さすがにワリーっつーか、なんつーか……。というか今44分だし、縁起悪――」


「いいから! 貴方の≪4についての談義≫なんて興味ありません!」


かけろ、かけたくないでやいのやいのと騒ぐ男たち。

刹那、別の場所から着信音が届いた。



「あれ? 今度は僕の方にかかってきましたよ」



ポケットから携帯を取り出したフーゴに、解放されたとミスタが胸を撫で下ろす。

こちらへ近付いてくるジョルノ。

そんな二人を横目に、彼が受話器に耳を当てた瞬間――



『今すぐ助けに来い……!』


「はあ?」


イルーゾォの大声が耳を劈いた。

どうやらアジトでは、別のターゲットが決まってしまったらしい。


ひどく焦っているのか、男がもたらす早口の説明。


それに淡々と受け答えしながら、フーゴは無慈悲な反応を示す。


「へえ、そうですか。あんたお得意の≪鏡≫で逃れたらどうです」


『くッ……それができたら苦労しねえんだよ! 女王様化した名前にアジト内の鏡、全部布で塞がれて、入るにも入れない!』


「ああ、なるほど。本当不運ですね、貴方って(……いや、あのパープル・ヘイズのウイルスに感染しかけても生き延びたわけだし、ある意味幸運なのか)」


『とにかく新ボス……≪ジョジョ≫に電話代われ! というか呼べ、呼んでください! あいつがこっちに来たら、この状況もどうにかな――』









「誰とお話してるの?(にこー)」


「!」


≪オレの人生終わった≫――いつもは嬉しくて仕方がない名前の声が、今はひどく恐ろしい。

一方、おもむろに目を細めた彼女は、ただただ怯える彼を見下ろした。



「そういえば……貴方って料理が≪ド下手≫ね。どうして? 一人だけ食べ物じゃない名前だから?」


「ちょ、それ気にしてるのに! やめろよ……ハッ! いやッ、ごめ……」


「≪やめろよ≫? ≪ごめん≫? 勝手に外部とつながろうとしただけじゃなく、口答えまでして……その一言で許すと思う? たとえ貴方が今、油まみれの地べたに這いつくばっても許してあげないんだから。……ふふ、貴方の叫び声はよく聞いてるけど、今日は……たくさん鳴いてね」


「え、字が違……マジ? 冗談だよな? な? ≪イルーゾォさん大丈夫ですか!?≫っていつも駆け寄って、オレのケガを手当てしてくれる黒衣の天使、名前がこんなこと……む、むむ無理だって! タンマ! 待ってください! ダメ! 許可しな――」










『ぎゃあああああ!?』


「……どうやら(電話と彼女が)切れたようです」


「はは、なんだ今の声! あいつら、ゲームでもしてんの? すっげーなあ!」


違いますよ、ナランチャ――笑う彼にあちらで起きている事態を告げるフーゴ。


――ただ事じゃなさそうだ。

しかし、電話越しの音声に多くが状況を察する中で、穏やかに笑う男がもう一人。



「声からしてなかなか楽しそうだったな! オレもぜひ混ざりたいよ」


「嘘だろブチャラティ」


さすが天然と言うべきか、なんというか。テーブルの上で足を組んだアバッキオが遠い目をする。

そんな中、少年は別の意味で意気込んでいた。



「とにかく、いつもと雰囲気は違いましたが、≪ぼくの名前≫の身に危険が迫ってることだけは理解しました!」


「おい。さらりと所有宣言してんじゃねえぞ。(アイツらに別に情もなんもねーが、さすがにこの腹黒が相手だとあっちのリーダーに同情するぜ)」


「けどよ〜! なんで、そんなことになってるんだ? スタンド攻撃?」



男の説明を理解したようだ。首を捻るナランチャに、ジョルノはなぜか角砂糖を三つ用意しつつ口を開く。



「ああ、安心してくださいナランチャ。大体察しはついています。……どうせ貴方でしょう。≪また≫名前に何かやらかしたのは」



次の瞬間、タイミングよく開かれた部屋の扉。

そこから現れたのは親衛隊の男たち。

さらに今回の事件の首謀者である、チョコラータ。


彼は壁から現れたセッコがボスから砂糖を受け取るのを一瞥しつつ、にやりと口端を吊り上げた。



「おや、気付かれたか。さすが≪ボス≫だ」


「だから≪ジョジョと呼べ≫と言えば何度……まあいいです。この際見逃しましょう。ほら、行きますよ皆さん」


「? ジョジョ、一つお聞きしたい。これから一体どこに行くというのです。……まさか」


「ゲ、マジかよ……!」


怪訝そうなティッツァーノと頬を引きつらせたスクアーロ。

相変わらず距離近えな、コイツら。あと後ろはゲスい――とあらゆる二人組を傍観したまま護衛チームも青ざめる(若干名除く)。



いざ――


「暗殺チームのアジトへ」








その頃。

桜色の唇で三日月を描いた名前は、意気消沈となった仲間の中で、唯一生き残っていたホルマジオへ目を向けていた。



「ねえ、そこの腹丸出しファッション」


「!(ヤッベ、キッチンに行ったメローネとまだ帰ってきてないリーダー以外、もう俺しか残ってねェ……!)」


「ずっと思っていたんだけど」


グサリ、グサリ。

いい意味で人畜無害な彼女から、これほどまでに責め立てられたことがあっただろうか。


いや、ない。



「オジさん、貴方毎晩毎晩お酒臭いの。しかも拷問が好きだなんて、一歩間違えなくても変態の極みじゃない。まともだって信じてたのに、案外危ない人なのね。あと猫の扱いが信じられない。……貴方も猫と同じように瓶に詰められたい?」


男はただただ堪えようと頷きを貫くが、どうやら素直だとあまり楽しくないらしい。

彼女の辛辣な物言いは続く。



「ところで、スタンドのくだる、くだらないを気にしているけど、猫を瓶に詰めてるあたり実に≪くだらない≫。……さっきから頷いてばかりだけど、反省してる?」


「し……してます。すみません、ガチですみません」


「そう。わかってるならさっさと猫に謝ってきなさい。もちろん≪土下座≫でね」



もはや従わざるをえない。

正座から立ち上がった彼は、足が痺れているのか、フラフラとした覚束無い足取りで部屋へ帰っていった。


情けない後ろ姿に≪ふふ≫、と微笑をこぼす少女。その笑顔は可愛らしいのだが、いつもの見た目に反して想像以上の猛毒を吐くのでなかなか注意が必要である。

喋る者は誰もいなくなった室内で、暇を持て余す名前。すると、キッチンから一人の刺客がお盆を手にやってきた。



「まあまあ……これでも飲んで落ち着いてよ、名前≪様≫!」


「……様?」


ぴくりと動く眉根。

一方、その表情にすら息を荒げるメローネは、バチコンとお茶目なウィンクを飛ばす。


彼はこういったことに関して、異常に学習能力が高い。



「呼び捨てはダメって聞いたからね……オレは≪名前様≫って呼ぶことにしたんだ!」


「あ、そう」


「(興味なさげな返答、冷めた眼差し、素っ気ない態度……ディ・モールト、ベネ……!)と、そうじゃなかった。はいどうぞ!」



そう言って差し出されたのは、湯気の溢れるマグカップ。

中身は緑茶――しかも玉露のようだ。


そういえば頂き物で貰ったっけ、と少女は内心思い出しながら、カップの縁に口を付けた。





が。



「熱い、苦い」



バシャッ


刹那、冷めた双眸の名前が緑茶を男へ勢いよくかけたことで、ソファに液体が飛び散る。
(※よい子はマネしないでください)。


当然ながら、これでもかと言うほど吊り上がる彼女の眉。



「玉露は60℃が主流! 玉露特有の甘みが大事なのに、苦みを出してしまう熱湯なんて言語道断! そんなこともわからないの?」


「いや、ごめん! 本当にごめん! 日本語で何か書いてはいたけど、まさかそんなこだわりがあるとは知らな――」


「なら今覚えて。その変態じみた服で覆われた身体にしっかり刻み付けなさい」



部屋を漂う、ホワイト・アルバムも驚くほどの冷ややかさ。

だがこの扱いこそが、変態にとってはたまらなかった。



「〜〜ッ勃った! 勃ったよ名前様! ハアハアハアッ……君のあまりのサドっぷりにオレの息子がた――」


「≪気持ち悪い≫。そう言ったのが聞こえなかった? あと、その荒い息もうるさいから、しばらく息しないで」



少女の言いつけ通り、メローネが黙り込む。

それをアピールしようとする彼を完全にスルーして、濡れたソファにはいられないと立ち上がる名前。


ちょうどそのときだった。


外出したリゾットが「ただいま」という一声と共に、帰宅したのは。



「(にたり)……ちょうどいいところに」


ある計画を胸に、恋人を大人しく待つ。

そして、自分に向かって彼が顔を綻ばせるや否や、彼女は歪む唇から音を紡いだ。


命令はただ一つ。



「ねえ。私の椅子になってくれるよね? 返答は≪はい≫しか受け付けないけど」


「!? なん、だと……?」


衝撃一色になる男の表情。

こういうときに限って天然は発動されないらしい。



「ッ名前。さすがにそれは人権的に問題があるんじゃあないか?」


「ふーん……≪アラサー≫、貴方も口答え?」


「あ、あらさー……」



温度が下がっていく少女の眼差し。一方で、リゾットがカタコトになる辺も、二人を隔てる世代の壁と言っていいだろう。


「そうアラサー。さっきの坊主にも言ったけど、もう≪オジさん≫じゃない。……なのに毎日毎日、盛りの付いた犬のようにがっついてくるのどうにかしたら? 本当に大人げない」


「うぐッ」


「しかもエロ親父のように、にやにやと口元を歪ませたかと思えば見境なく鼻血を出して……貴方の頭はいつまで、≪思春期真っ只中≫でいるつもりなんだか」


「それは名前が…………、なんでもない」



いつも可愛いから。

そう本音を呟こうとしたものの、じとりと睨まれ撃沈。


しかし、このまま名前から言葉攻めを受ければ、自分のライフは恋人の可愛さと受けたショックのせめぎ合いでゼロになるに違いない。


ついに彼は堪え切れずに了承の声を上げた。


「わ、わかった! 君の望み通り、椅子になろう」


「……なるんじゃなくて、≪椅子にならせてください≫……でしょう?」


「!」


言い知れぬ服従感。

大抵は男が、主導権を握っているだけのことはある。


ならせてください――小さくもはっきりと聞こえた低音に、少女は再び笑みを浮かべた。


「ふふ、懸命な判断ね。せっかくだし、もう少し甚振りたかった気もするけど……足が疲れちゃった。早く四つん這いになりなさい」



無言のまま、床であることも顧みず従うリゾット。

その姿をじっくり眺めてから、名前は大きな背中に腰を下ろす、が。



「高い。もっと腰を下げて」


「……はい」


「今度は低い」


「ッす……すまない……いや、すみません」


ようやく得た定位置。

さすが≪ゴリラ≫や≪ムキムキ≫と呼ばれるリーダー。


彼女を背に乗せても筋肉が苦痛に震えることは一切ないが、彼には一つ気になることがあった。



「名前……君に乗られるのは構わないんだが、この状態はいつまで続く――」


「ちょっと。椅子は喋らないはずだけど」



自覚が足りないようね――こちらを覗き込む恋人。

そのひどく加虐的な笑みに、男はただただ押し黙る。


抜群な居心地と安定感。


自然と、リゾットの頭には少女の細く白い手が伸びた。


「ふふ、そうそう。大人しく椅子になってくれれば私も怒らないんだから。いい子いい子」


「ッ!」


あ、リーダーなんとも言えない表情してる――優しくなでられる嬉しさと複雑さ。

そんな二人をメローネが口を閉じたまま察していると、不意に名前と視線が交わる。



「ねえ、そこの変態」


「……(なんだい!?)」


「あのねえ、いつまで黙ってるつもり? あそこの隅でさっきから泣いてる、勘違い男さんが棚に隠した高級ワイン。それを今すぐ持ってきてほしいの。あとカプレーゼ(トマトとモッツァレラチーズのサラダ)もね」


「え? いいのかい? いつもの名前様は酒を遠慮して――」


「口答えはちゃんと仕事をしてから言って。ほら、貴方も行く」



急かすように、彼女がパッと椅子から腰を上げた。

どうやら彼は料理係の意味で派遣されるようだ。


膝と手に付いた汚れを払った男がキッチンへ赴けば、いつの間にか精神的に復活したペッシたちが話し合いの場を開いているではないか。



「ど、どうしよう!? 兄貴もすげえ凹んじまってるし……今の名前に酒なんて、絶対≪鬼に金棒≫っすよ!」


「いちいち狼狽えてんじゃねえぞ、オイッ! 大体≪鬼に金棒≫ってよォ――ッ! って、ん? 鬼に金棒は別にいいのか……クソッ! 調子が出ねえ!」


「ふう……お前ら、落ち着け。こうなった原因はあの医者にあるとわかっているんだ。……それに――」









「オレは……今回の件で、養豚場の豚でも見るかのような冷たい目が通常運転の名前も……≪イイ≫、と思った。ツンとした彼女も可愛い」


「「「「「「「……」」」」」」」



一歩ならず二歩以上、後退った周り。

彼らの意見は、発言者と一人を除いて一致していた。

お前は今、なぜ頬を朱に染めている――と。


一方、少女の口調や仕草を脳内で振り返っているリゾットに対し、≪変態の村へようこそ!≫と歓迎を示すように両手をバッと広げるメローネ。



「リーダー……! ついにあんたも目覚めたんだね!? ハアハア、恋人のあんたが言うなら話は早いよ! 今こそ、名前様をボンデージ姿にして鞭を持たせ――」






「ちょっとそこ。何突っ立ってるの? 早く持ってきてって言ったはずだけど。……全員、≪きついお仕置き≫が必要なようね」


「「「「「(お仕置き……!? 何それ気にな――じゃねえ!)は、はい! ただいまァーッ!」」」」」



恐怖ゆえに戦慄する男たちに、言うまでもなく悦に入る。

――そう、その表情がたまらないの。


右手を柔らかな頬に寄せうっとりとした名前は、カプレーゼの乗る皿を手にこちらへ戻ってきたリゾットを、再び椅子になるよう呼び止めるのだった。









「題名なんて自分で考えなさいな」
そのとき、響き渡ったチャイムの音にますます彼女の口角が上がった。




〜おまけ〜



翌朝。

漏れるあくびを噛み締めながら、名前は廊下を歩いていた。


「ふあ……(ううっ、頭が痛い……昨日はいきなり意識が遠退いて、それから何が……)あ、ペッシさん。おはようございます」


「! お、おおおおはよう! ――じゃなかったッ! おはようございやす、名前様……! 昨日はご指導ありがとうございましたァアッ!」


「?(さ、≪様≫?)」



まるで舎弟のようにお辞儀をして、すかさず立ち去ってしまうペッシ。

一体どうしたのだろうか。


不思議そうに首をかしげた刹那、彼女の視界に映り込むイルーゾォの姿。



「おはようございます、イルーゾォさん」


「ひィッ! ま、マジでごめんなさい! もうしません! 命令違反しませんから、言葉攻めは許可しないィィイ……!」


「命令違反? 言葉、攻め……? あ、ホルマジオさん。イルーゾォさんのご様子が――」


「すみません知りません猫様今までひどい飼い方してすみませんというかくだらないスタンドで本当にすみません」



ただ声をかけただけだと言うのに、ホルマジオは自分に向かって土下座をし始める。さらに、息が続くのかと心配になるほど言葉を並べたかと思えば、逃亡。

他にも、ギアッチョには話しかける前に脱兎のごとくソファの後ろへ隠れられ、いつも朝一番にスキンシップを図ってくるはずのプロシュートにはずっと頭を下げられる始末。ちなみにソルジェラは部屋から出てきていない。


その普段らしからぬ反応に自然と少女の心を襲う孤独感。


少々戸惑われたが、ついに意を決したのだろう。名前は一握りの勇気を胸に、恐る恐る避難のためかキッチンに集まる彼らへ喉を震わせた。



「あの……皆さん」


「「「「ッ! は、はいィイ!」」」」


「(すごく怯えて……)私、昨日皆さんに何かしてしまったんでしょうか……?」


轟く悲鳴と返答。

やっぱり――落ち込んだ彼女がしゅん、と項垂れる。



「ごめんなさい、実は何も覚えてなくて……でもっ――」









「皆さんといつも通りに話すことができないのは……すごく寂しい、です」


小さく呟いた、伏せ目がちの紅一点。

後悔ゆえか下唇を噛むその慎ましやかな少女に、昨日男たちを戦々恐々とさせた加虐心旺盛の面影は一切ない。


潤む深紅の瞳。その瞬間、各々の心に≪ガッシャーン≫と音が響いた。



「名前ーッ! オレたちこそ、ごめん! ちょーっと≪いろいろ≫あってね、ディ・モールト悦んで……ゲフン、困惑してたんだ。女王様な君もよかったけど、ありのままの君がベリッシモイイ! 遠慮なく名前にハアハアさせてもらうよ! というわけで早速なんだけど、今晩のおかずのために君の今履いてるパンティーをオレにちょうだ――「ホワイト・アルバム!」ブベネッ」


「いろいろ……?」


「ああ、そうだ。いろいろあったんだ。いろいろ。……つーかやっぱりよォ、ゴ○ブリを見るような目じゃあなく、そのまっすぐな瞳でオレを見上げるオメーが一番だな……。いいか、名前。今から抱きしめんぞ!? ≪一時間に一回鏡で自分を確かめるナルシストな勘違い男≫のオレが、お前を強く抱きしめっからな……!」


「へ? ぷ、プロシュートさん。いつも突然されてるのに、今日はどうして確認を――ひゃっ」



刹那、叫んだプロシュートの腕の中へあっという間に包み込まれる名前。

ふわりと鼻腔を擽った煙草の香り。衝撃でわたわたと身を捩るも、立ち直った彼には効かない(むしろ胸に溢れる情愛を助長させるばかり)。


たまんねえ――ふと耳を劈いた鮮やかなテノールに、彼女は頬をほんのり羞恥に赤らめ、萎縮してしまう。


しかし、男にとってもっとも幸せな時間もそう長くは続かない。少女の恋人兼セ○ムが鬼の形相でやってきたのだ。



「おいおい。マジでタイミング悪いな……リゾット、お前って奴は。もうちょっと名前を堪能させてくれても――」


「御託はいい。プロシュート」


「……チッ」


舌打ちと共に解放される身体。

すると間髪を容れず近付いてくるリゾットに、名前はちょこちょこと歩み寄った。



「名前」


「えと、リゾットさんもごめんなさい……私――」


「謝らなくていい。あのとき、安易に君の傍を離れたオレが悪いんだ……本当にすまなかった」


「そ、そんな」



――でも本当に、昨日私は皆さんに何をしてしまったんですか?

ここまで全員からはぐらかされたような気がしていた彼女は、申し訳なさそうに眉尻を下げる彼の言い分を否定しつつ口を開こうとした、が。








男が吐き出した次の言葉によって、それどころではなくなってしまうのだ。



「ところで、もう≪オレ≫は≪君の椅子≫にならなくていいのか?」


「……はい?(リゾットさんが、椅子……?)」



どういうことだろう。

きょとんと目を丸くする少女をそばに、リゾットは頬を緩ませたまま己の心情を打ち明けていく。



「普段、腕立て伏せをするオレの背中に乗ることをあれほど遠慮していた名前が、進んでオレを四つん這いにさせるとは……かなり新鮮だった」


「(よッ、よよ四つん這い? 私……が?)え、あの……リゾットさん、話がよく見えな――」


「どうせなら踏み台になってもいいぞ? いや、違った。≪踏み台にならせてください≫……だったな」



なぜ敬語に言い直す必要があるのか――わからない。

名前が唯一把握できたのは、昨日、自身がとんでもないことをしでかしたということだけ。

狼狽えている間にも、彼の期待を帯びた深い眼差しがひたすら彼女を突き刺していた。


とは言え、こういうときは当たり障りのない返答をするに限る。



「えっと……お願いですから、遠慮させてください……っ」



何をしてしまったのか、本当は知りたい。

だが少女がおずおずと話を持ちかけた途端、彼らは顔面蒼白になり、首をブンブンと横に振るばかりで誰も教えてはくれない。


その後、度々自分の椅子や足置きになることを望む恋人に対して、頭上にたくさんのはてなマークを浮かべた名前が、ただただ困惑する日々がしばらく続いたのだった。






終わり






すみません、大変長らくお待たせいたしました!
チョコラータ先生の怪しい薬によって超絶Sに変貌した連載ヒロインが暗チの悪いところを切り捨てていく、護衛&親衛と仲のいい平和なお話でした。
リクエストありがとうございました!
ヒロインちゃんを超絶Sにできていたか(というより女王様?)……不安はありますが、捧げさせていただきます^^


感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



prev next

31/52

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -