恋愛的香辛料
※一般人ヒロイン
※ほのぼの(甘め?)




薄いピンクのワンピース。

シュシュで一つに纏めた黒髪。



「……よし」


名前は、かなりと言っていいほど鏡の前で意気込んでいた。

今日は彼女にとって初めての彼氏になる恋人と、初デートなのである。


銀にありありと映し出される、火照った顔。

トクトクと収まることを知らない、心臓の音。



「うう……(ダメだ、すごく緊張する……)」



恋人の名前はギアッチョ。

イタリアに来て間もない頃、きょろきょろと余所見をしていたせいで車に轢かれかけた自分を、彼が首根っこを掴んで助けてくれたことがきっかけだった。


男は自分のことはあまり話さず、仕事に関しては特に謎も多いが――少女の想いに変わりはない。



「(思わず弁当まで作っちゃったけど、食べてくれるかな)」


歩くたびに揺れるバスケット。

今回は爽やかな風が吹き抜く丘の上でピクニックなのだ。

しかし前日の夜、まるで遠足前の子どものように眠れないという事件が発生。


無心になろうとすればするほど、意識がはっきりと覚醒してしまい、結果として大量の料理が出来上がったらしい。

もちろん、目元にできたクマはきちんと隠してある。



「(……あ)」



人の行き交う道の中に見つけた、パーカーにシンプルなボトムス。粗雑にポケットへ突っ込まれた両手。

そして、どこからでもわかる特徴的な髪型に、ぱあっと表情を輝かせた名前は、そそくさと恋人の元へと駆け寄った。



「ぎ、ギアッチョ……!」


「!」



赤い眼鏡越しに見開かれる瞳。

うん、今日もやっぱりかっこいい――すぐに心を掠める感想は、恋人の欲目ではないはず。


恥ずかしさと嬉しさが胸中で入り交じるなか、彼女はギアッチョに向かってにこにこと微笑んだ、が。



「てッ、テメー……来んの早すぎンだよ!」


「え? でも待ち合わせの時間ちょうどだと思うんだけど……」


「な……ッとにかく! 次からは30分ぐれえ遅く来やがれ!(じゃねーと、こちとら心の準備がいんだよ……クソッ!)」


「ええっ!?」



会えたかと思えば、これまたずいぶん横暴なことを言う。

双眸をぐるぐるとさせながら、なんとか彼の言葉を理解しようとする少女。


当然だが、まさか男が照れ臭さゆえに声を張り上げているとは気付いていない。

だからこそ、名前は一人迷ってしまう。



「(ど、どうしよう……今からでもどこかカフェで時間を潰した方がいいのかも。うん、そうしよ――)」


「オイ! 誰が離れろっつったよ! テメー1人じゃうろつく野郎共にナンパされちまうだろうが……ってそうじゃねえエエエ! オラ、さっさと行くぞッ!」


「そ、そんな……あ! 待って!」



刹那、と同時にスタスタと歩き始めるギアッチョ。


それに慌てて付いて行きつつ、彼女は妙に赤くなった彼の両耳を見据えた。



「?(もしかして熱があるのかな……)」


イタリア男らしからぬ、硬派な男。

歩くスピードが違うことによって、離れては縮む距離。

小走りで少女がちらちらと一瞥する先には、重力に従ってぶら下がっている恋人の手。



「(いつか繋げますように!)」



しかし、残念ながら自ら手を握ったり、腕を組んだりすることができるほど少女に勇気があるわけではない。

今は一緒にいられるだけで幸せなのだ。

雑踏に紛れども、決して失うことのない穏やかな気持ち。


一歩前にある細めの背中をそっと見つめていると、不意に眉をひそめたギアッチョがこちらを振り返った。



「……」


「?」



その視線は、主に自分の服装――ワンピースへ向いている気がする。

しばらくして、彼は何も言うことなく再び進み出した。


だが、名前の心に見る見るうちに蔓延る不安。



「(……もしかして)」


思わず張り切って選んでしまったこれが、良くなかったのかもしれない。

先程までのポジティブシンキングはどこへやら、徐々に彼女の胸中は≪反省≫で埋め尽くされてしまう。



「(ど、どうしよう。差し当たりのないワンピースにしたのが、ダメだったのかも)」


「(いっそのことギアッチョに、どんな服が好きなの? って聞けばよかったかな……)」


「(でも、さすがにそれはおかしいよね……うーん)」

逡巡する思考。

脳内をフル稼働させても、見つからない答え。



そのときだった。







「――名前ッ!」


「はわっ!?」



突然、手首を掴まれた感触と共に後ろへ引き寄せられる身体。

目の前を横切っていく荒々しい運転の大型車。



「……」


どうやら、出会った時と同じく自分は轢かれそうだったらしい。

ありがとう――また助けてくれた隣の恋人に感謝の意を伝えようと、少女が眉尻を下げつつも笑顔を向ける、と。

男は、これでもかと言うほど目を吊り上げていた。



「オイ。ザケンじゃあねえぞ」


「ぎ、ギアッチョ……」


「テメー死ぬ気か! ここはテメーの住んでた平和な国じゃねえんだよ……ボーッとすんな! 気ィ付けろッ!」


既視感を覚えてしまう説教。

こくこくと勢いよく首を縦に振れば、名前の手首をしっかり掴んだままギアッチョは舌打ちをして、足の動きを再開させた。



「(あわわ、怒らせちゃった……気を付けないと)」


「(クソ……なんでこうも、コイツは危機感がねーんだよ。腕も細っこいしよオオ……って、そうじゃねえだろ! 何考えてんだ俺はァアアアッ!)」



しゅんと落ち込む彼女の前で、まさか彼が心内で葛藤しているとは知らずに。









「そうだ! ねえ、ギアッチョ!」


「あ?」



薫風の漂う丘の上で。

ゴソゴソとバスケットの中を漁り始めた少女に、男は訝しげな表情を見せる。


「なんだよ」


「あの、ね? お弁当っていう日本独特のお昼ご飯を作ったんだけど……食べる?」


「……」


空気に滲む無言。

増幅していく悲しい結末。


しかし、それを切り裂くようにギアッチョがそっぽを向きながら口を開いた。



「フォークでいいのか?」


「! う、うん!」



箸では食べにくいだろうと、用意していたプラスチックのフォークを彼に手渡す。

そしてライスコロッケやミラノ風カツレツといったイタリア料理と、母国お馴染みの卵焼きなどを紙皿へ均等に乗せ、おずおずと男の前に置く名前。



「えっと……召し上がれ」


「お、おう。……もぐ……、もぐ」


「どう、かな?」



鼓膜を揺さぶる咀嚼の音。彼女はただただ膝の上で両手を強く握り、恋人の返事を待つ、が。









「甘え」


「あ……甘い?」


次にギアッチョが放った言葉に、少女はぴしりと固まってしまった。

一方、カツレツにフォークを突き刺しながら、彼は矢継ぎ早に音を紡ぐ。



「これ、入ってんの塩じゃねえだろ」


「嘘!? ……ほんとだ!」


「……ったく」



なんということだろう。

塩と砂糖を間違える――という初歩的なミスを、自分は繰り広げていたらしい。

≪彼のハートと胃袋を鷲掴み≫たる結果を目指していたわけではないが、これでは掴むどころか届きすらしない。


ところが、あるモノに手を付けた瞬間、男の目の色が変わった。



「ん? これはイケる」


「あ、竜田揚げはお母さん直伝だから……!」



――って、喜んでどうするの!


とにかく、恋人がお腹を痛めてしまったら大変だ。

項垂れる自分を叱咤した名前は、お箸で竜田揚げのみをギアッチョの紙皿へ移していく。



「……何してんだよ」


「え、あ……ギアッチョはこれ気に入ってくれたんだよね? だから取り分けようと思って……」


「…………」



刹那、するりと視界から消えた、甘い料理が詰め込まれた弁当箱。

彼女の手元に残るのは、竜田揚げのみ。



「え!? ダメだよ、そっちを食べちゃ――」


「いいからお前が肉食え! オラ、甘えカツレツも入れてやる!」


「ちょっ……なんでお肉ばっかり……!」


「テメーがひょろっこいからだろうが! どんな食生活してんだよ、ボケが! 心配で仕方ね――ッ!」



怒られているのか。心配されているのか。

どちらなのか正直わからない。


無理しないで、少女がそう言えども彼は、



「俺ァ腹減ってんだよ。黙って食わせろ」


とガツガツ食事を進めるばかり。



「(えええ……気を遣ってくれるよね、多分。でも取り上げたら余計怒られそうだし。どっ、どうすれば……!)」


「……それによオオ」







「甘え。けど≪不味い≫とは言ってねえだろ」


「!」


「〜〜ッさっさと平らげちまうぞ!」



眼前で再び弁当箱を抱え、黙々とフォークを動かす男。


お世辞かもしれない。

明日、腹痛を起こした恋人から怒鳴られるかもしれない。


それでも、ギアッチョの優しさが名前には嬉しかった。



「えへへ……、うん!」


「ッ」



青空が近く感じる丘の上。

柔らかな木漏れ日と涼やかな葉音。


初心な二人の間には、心地の良い雰囲気が続いていたらしい。










恋愛的香辛料
二人で食べる料理は、いつも以上に美味しく感じる。




〜おまけ〜



「ギアッチョ。今日は楽しかった……ありがとう!」


「……まア、俺も別に悪くなかったっつーか、なんつーか……」



ゴニョゴニョと小さくなっていく音。

その肝心なところが届かない彼の言葉に、彼女はこてんと首をかしげる。



「? ギアッチョ、今なんて言ったの? よく聞こえなくて……」


「バッ……な、なな何も言ってねえよ!」


「そう?(気のせいかなあ)」



腑に落ちない様子の少女。もう一度だけ尋ねてみよう――おもむろに顔を上げた、次の瞬間だった。


「ん」


「え……?」



目の前にある、男の左手。

わけがわからず、手と顔を見比べれば、その行動が堪忍袋の緒を切ってしまったらしい。



「〜〜だァアアッ! 繋ぐのか繋がねえのかはっきりしろ!」


「っ、繋ぐ……!」


「チッ! 最初から素直に頷きやがれ!」


重なった互いの手。

徐々に伝わる、自分のモノとは異なる体温。


この高鳴ってやまない鼓動が、相手に気付かれてしまわないだろうか。



「……」


「……」


「(ギアッチョの手、ひんやりしてて気持ちいい……でも、恥ずかしい……っ)」


「(や、やっぱ小せえな……コイツの手)」


行きとは違い、横に並ぶ二つの影。

こうして、名前にとっては羞恥との戦い、ギアッチョにとっては煩悩との戦いで二人の初デートは終わりを迎えるのだった。











お待たせいたしました!
ギアッチョでほのぼのデートでした。
リクエスト、ありがとうございました!
管理人はどうしてもギアッチョを初心ッチョにしてしまう傾向があるようなんですが……いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、clapにお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



prev next

2/52

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -