養育者たちと、とある迷子
※幼女ヒロイン(圧倒的ひらがな率)







「……Pront?」


ある日。リビングのソファに一人腰を下ろしていたプロシュートは、突如かかってきた電話に眉をひそめる。



『あ、兄貴ぃ……』



受話器に耳を傾けてみると、鼓膜を震わせた情けない声。

その正体は、チームの生業である≪暗殺≫をまだ一度も行っていない自分の弟分――ペッシだ。


とは言え、彼は数十分前に買い出しへ向かったはずである。眉間にシワを増やした彼の周りには自然と、紫煙が漂い始めた。



「おい。何甘ったれた声出してんだ、このマンモーニがッ!」


『! ご、ごめんよ兄貴……! 実はちょっと、妙な状況になってるんす』


「……何があった」


『いや、それが……その』



まさにしどろもどろ。

目の前にある状況を詳細に話す術がないのか、それとも告白しにくいようなことを弟分がしでかしたのか。どちらにせよ、かなり短気な男が静かに答えを待つはずもなく。



「チッ……はっきりしねえな。電話越しじゃ埓があかねえ……ペッシ、今すぐ帰ってこい」


『え!? でも……』



刹那、相も変わらず食い下がろうとしたペッシの言葉を、受話器越しに容赦なく遮る兄貴分。


「いいか? オレは≪今すぐ帰ってこい≫って言ってんだ。言葉の意味、わかってるよなァ? 5分以内に帰ってこねえと――」


『ひえええ!? し、失礼しやす!』


「……、ったく」



焦燥の入り交じった声が耳を劈いた直後、流れる無機質な音。

しばらくそれを聞いてから終話ボタンに親指を寄せた彼は、深いため息と共にソファへそっと背を預けた。









10分後。

ドタドタと慌ただしい足音が近付いてきたかと思えば、勢いよく部屋の扉が開かれる。



「ッはあ、はあ……! た、ただいま帰り――ぎゃあああ!?」


「? はあ……。おいペッシ、走って帰ってきたその努力は認めるが、アジトに戻って早々騒ぐのはいただけ……」



ねえな。

最後まで男が音を紡ぐことができなかった理由。それは――




≪ついてきちまったんすか!?≫と叫ぶ弟分が映った視界の隅に、彼の足元へ強くしがみつく幼女が紛れ込んだからである。



「……(じーっ)」


「ペッシ、オメー…………ガキがいたのか」


「ちょ、誤解してるよ兄貴! この子はただ――」


「っきらきら!」




ぎゅうっ


次の瞬間、今度は自分の足元に抱きついたおそらく3、4歳の少女。

髪と顔立ちからして、アジア系だな。ペッシお前いつの間に――と妙な現実逃避の旅を少々満喫していたプロシュートは、その重みに少しばかり目を見開いた。


一方、大きな男の蒼い双眸を改めて凝視した子どもはそれを指で示しながら、ペッシの方へ振り返る。



「ぺちぺち! これ、きらきら!」


「……おい。こいつまさか、オレのことを≪きらきら≫って呼んでんじゃあねえだろうな」


「残念ながら……≪きらきら≫は兄貴を指してるみたいっす。で、オレの名前を教えたら≪ぺちぺち≫って呼ぶようになっちまって……」



引きつった頬に呼応するように、漏れ出た苦笑。

だが、ペッシの口から飛び出したある単語に無へと変わる表情。


そして刹那、眉を吊り上げたプロシュートは服越しですら見てわかるほど弛んだ弟分の腹部へ拳を打ち込んでいた。



「へぶッ!?」


「ペッシィッ! お前、今なんつった? このバンビーナに≪名前を教えた≫、だァ? オレはオメーがどういう状況でこうなったかは知らねえ。けどな、相手が誰であっても油断なんてモンはしちゃいけねえぜ。お前は早く、ギャングであるという自覚と誇りを持ちやがれ!」



十八番と言っても過言ではない、兄貴分による愛の説教。

それを楽しそうに見上げる幼女。


すると、その騒ぎに何事かと思ったのだろう。

首を捻りつつリビング前へやってきたホルマジオが、景色に違和感をもたらした≪ある一人≫へ視線を移す。



「んァ? どうしたんだよ、そいつ」



基本≪非日常≫に身を置く暗殺チームのアジト。

しかしこれ以上、仲間に事態を悟られるわけにも、名も知らぬ一般人の子どもを留めるわけにもいかない――と腹部に大ダメージを受けたペッシが「なんでもないっす」と叫ぶより先に、人がそこへ集まり始めてしまった。



「オイ! なんでアジトにガキがいんだよ、ボケがッ!」


「……誰かの妹? この状況からして、ペッシとか」


「可愛い……! 黒髪とか、ペッシの妹とは思えない遺伝子の突然変異だけど、ベリッシモ可愛いじゃん! ハアハアハア、ッねえ! オレにちょうだ――ブフッ」


「いや、どうやら違ェようだぜ? それにガチで妹なら、プロシュートも怒り心頭にゃならんだろ」



上からギアッチョ、イルーゾォ、メローネ。

とにかく変態を黙らせようとその後頭部を軽く叩いた坊主の男は、肩を竦めたまま推測を口にする。


その正しい予測に、おそらく長ゼリフを言い終えたのだろう。プロシュートがはっきりと頷きを見せた。



「ハン、ホルマジオの言う通りだ。ここに居座んのは、このバンビーナのためにもならねえからな。ちっとばかし良心は痛むが、アジトから出さねえと――」


「はい! オレ! オレに任せて!」




刹那。そう言って少女の眼前にしゃがむ、なぜか息を切らせたメローネ。話すことは一つ。



「ハアハア……こんにちは、可愛いバンビーナ。いいかい? お兄さんたちはね? ディ・モ――――ルト怖い人たちなんだ……怖いのは嫌だろ? つまり、君はおうちに帰らないといけない。わかるかな?」


「おうち……おうち……」


「そうそう。はい、わかってくれたなら回れ右しようね。あ、でも……どうしてもオレと一緒にいたいって言うなら部屋に――」








「おうち、どこ?」









「「「「「「え」」」」」」



その瞬間だった。全員の脳裏にある単語が過ぎったのは。

するといつの間に現場へやってきたのだろう。ソファに座り、押し黙っていたリゾットがぽつりと呟く。



「……迷子か」


「いや、冷静に分析してる場合じゃないだろ! どうするんだよ、この子!」



響き渡る、イルーゾォの的確なツッコミ。


確かに、帰途の道がわからないとなれば、放り出すわけにもいかない。

そこで考える仕草をしたチームのリーダーは、顔色一つ変えぬまま当たり前とも言える対応策を紡ぎ出した。



「ふむ……警察にでも届けるか」


「リーダー……、そりゃあその方法がまともだが、実際誰が届けんだ? 顔は割れてなくとも、俺らギャングなんだしよ」


「クソッ……じゃあどうすんだ」


「……」



できるならそうしたいぜと苦笑するホルマジオに、苛立ち気味のギアッチョ。

修道院か、それとも――頭の中を掠めては消えていく案。




そのとき。


ことの次第を静かに聞いていたペッシの指先を、ふと何かが掴んだ。



「ぺちぺち……いっしょ、いたい」


「!」



不安と願望。その想いを表すように強まる手の力。

俯いた幼子に眉尻を下げた彼が、小さな手のひらを握り返す姿を見ていたのだろう。瞳を閉じながら、おもむろに動かされたリゾットの唇。



「…………うちで預かるか」



次の瞬間、驚きの声は上がれど、反対意見が飛ぶことは自然となかった。


だが、そうと決まれば≪確かめなければならないこと≫がたくさんある。

まずは名前を尋ねようと、表情を先程とは一変して明るいものにしたペッシは、少女のつぶらな瞳とじっと視線を合わせる。



「君の名前は?」


「?」


「……ペッシ。その子、きょとんとしてるけど」


答えられるのだろうか。口を開いたイルーゾォを含めた全員に宿る危惧。

ところがそれは思わぬ形で――ごそごそとスカートのポケットに手を入れていた幼女が、ハンカチを取り出したことで――裏切られた。



「ハンカチ? これがどうかしたのかな」


「あ、もしかすっとよォ。端にでも名前が刺繍して……あったぜ!」



ホルマジオが利かせた機転。

ハンカチを受け取ったペッシは己の兄貴分へと近寄る。


刻まれた字を何も言わずに見つめるプロシュート。


しばらくして、一言。



「ほーう……オメーの名前は≪名前≫、か」


「ん! 名前!」


「ケッ……さっきまで名前すら言えてなかった奴が威張ってんじゃねーよ」


「! くるくる、いじわる……!」



普段のクセもあるのか、悪態をついたギアッチョに驚いたのだろう。

頬を少しばかり膨らませた少女こと名前が、彼に向かって背伸びをしつつ不満げな声を上げた。


刹那、生み出された新たなあだ名に平然と吹き出すメローネ。



「ちょ! くるくるって! 髪がくるくるだから? あはは、ベネだよ名前! ぶふふ……ッ」



その笑声にきょとんとする名前。

一方、不本意なあだ名を付けられた怒りと笑われた羞恥で顔を真っ赤にする男。



「テメッ……俺はなァ、≪くるくる≫っつー名前じゃねえ! ギアッチョだッ! ボケたこと言ってんじゃねーぞ、このガキ……!」


「ちよ……? んー、ちよ! ちよちよ!」


「ッ!? それも違ェエエエエ!」



どうやら名前の一部分を繰り返すことが好きらしい。

くるくるは脱したものの、どちらにしても心に複雑さは残る。


そうした最中、憤怒し意気消沈した同僚を横目に、今度は変態が小さな身体を抱き上げながら自分を指差した。



「名前! オレは? オレにはどんなあだ名をつけてくれるんだい?」


「んー……おめめ?」


「あはっ、このアイマスクが気になったのかな? ≪め≫を使ったあたりは近いんだけど……残念! オレの名前はメローネなんだ」


「めろーね……めろん!」



次の瞬間≪ハアハア、可愛い!≫と白く柔らかな頬へキスをしようとしたメローネ。


すると、そうはさせないとリゾットが腕から少女を取り上げ、あっけなく阻まれた彼の計画。


ちなみに、メローネからメロンへの変換に対してそのままでいいのでは――という心情がリビング全体を支配したのは言うまでもない。

とは言え名前は彼らの胸中を当然だが知るはずもなく、興味ゆえかきょろきょろと顔を動かし、ふとしたところでイルーゾォに瞳を輝かせる。



「たこさん!」


「ええ……もしかしてこの髪型? あはは、は……オレはイルーゾォだよ」


笑みと共に優しく訂正した男。

そんな彼を、幼女は≪いういう≫と呼ぶことにしたらしい。



「ぼーず!」


「ハハッ、そのまんまじゃねェか。けどワリーな……俺にはホルマジオっつー名前があんだ」


「ほる……ほるほる!」



確認を取るように、一人ずつ名前を口遊む少女。

ギアッチョ、メローネ、イルーゾォ、ホルマジオと把握した鈴を張ったような双眸が次に向かったのは、≪きらきら≫と呼ぶあの男。


当然彼も、そのままのあだ名でいるつもりはない。



「オレも訂正しとくか……プロシュートだ。オレのしつけは厳しいからな……覚悟しろよ? 名前」


「ん! ぷ、ぷろ……ぷろしゅー!」


にぱっとできる笑顔はとても可愛い。だが。


なんで≪と≫が抜けんだよ――引きつるとまではいかなくとも、苦笑いを作り出すプロシュートの頬。

一方、≪ぷろしゅー≫と覚えるために何度か繰り返した幼子は、最後に黒目がちの男を指差した。


そして一言。



「うさぎ! うさうさ!」


「…………残念だがうさぎではない。オレはリゾットという」


「りっ……り、り……りじょっと?」


「……無理はするな」



サ行とラ行はこの子にとって難しいのだろう。

が、意外に負けず嫌いなのか、なんとか彼を呼びたいと名前は必死に考え込んでいる。



「んー……んぅ……、っ! じょりじょり!」


「「「「「ブフッ!?」」」」」



思考の旅を経て辿り着いた結果。それは、じょりじょり。

まるで≪ヒゲの剃り残しみたいな表現≫と爆笑する男たち。対して、赤い目に呆れと怒気を浮かべたリゾット。


そこで発揮されるペッシの危険予知。彼は慌てた様子でリーダーの腕から少女を預かり、部屋の外へ連れ出した。




刹那。



「お前ら……。幼い少女が一生懸命付けたあだ名を笑うんじゃあない! メタリカッ!」



金属的制裁ゆえの悲鳴やうめき声。

それらは、廊下に出た彼女にも聞こえたようだ。


名前は不思議そうに首をかしげている。



「ぺちぺち! じょりじょりやみんな、どしたのー?」


「え!? いや、その……(カミソリとか針とか吐かせてるなんて言えないし……ッ!)そ、そうだプレゼント! リーダーはね、兄貴たちにカミソリをプレゼントしてるんすよ!」


「? ぷれぜんと……そっかあ」



≪名前もぷれぜんと! したい!≫と笑い、こちらを見つめるどこまでも純粋無垢な瞳に、痛む良心。

こんなことが毎日続くだろうなあ――ペッシは、幕を開けた幼女との奇妙な共同生活に、希望と心労を入り交じらせたため息を一人こぼすのだった。









養育者たちと、とある迷子
舞い込んだのは、彼らにとってさらなる非日常。




〜おまけ〜



「……そういやよォ」



リゾットの頭巾できゃっきゃっと遊ぶ幼女。

その可愛らしい笑顔をぼんやり眺めていたホルマジオは、ふと思い至ったことを口にした。



「風呂って、誰が入れんだ? 一人じゃ無理だろ」


「「「「「……」」」」」



≪そういえば≫。

想像もしなかった来客者、そしてついには居候となった少女に対して動揺が続いたことで、今ようやく気が付いたらしい。


確かに一人で入浴させるわけには行かない。かと言って――そう各自が逡巡ゆえに視線を彷徨わせていると、不意にどこからともなく右手が挙がる。



「はいはーい! みんな困ってるみたいだし、ここはオレが――グエッ!?」


「ハン! 元からオメーは論外だ。少し黙ってろ」


「ふふふ、黙らないぜ! オレはね、プロシュート! お風呂場という名の無法地帯で名前に触れて、幼女特有のぷにぷに肌を満喫した――ブベネッ!」


「メローネ……」



次の瞬間、額に青筋を立てたプロシュートによって足蹴にされる変態ことメローネ。

しかし、彼がそう簡単に意気消沈するはずもなく、恍惚としたそれをもっとも近くで目撃したペッシの顔には憐憫の眼差しが浮かんでいた。



「あー……こうなったら、本人に指名でもしてもらうか? メローネ以外で」


「そうだな。名前、選んでくれるか? 同時に、そろそろ頭巾を返してもらえると嬉しいんだが」


「?」



転がしたり、広げたり、被ったり。

独特の布地と飾りを堪能していた名前は、顔を覗き込んできたリゾットとホルマジオにこてんと首をかしげる。


どうやら話をまったく聞いていなかったようだ。


すると、遊びに夢中だったしそりゃそうだよな――と一人納得したイルーゾォが幼子へゆっくり話しかける。



「名前。お風呂なんだけど、オレたちの中で誰と入りたい?」


「おふろ……」


合点がいったのだろう。

唇から、そっと紡がれた単語。


それに男たちが首を縦に振ってみせれば、少女は全員の顔を大きな瞳で見渡し――





「ゲッ」


人差し指は、ギアッチョを示していた。



「え……ちょ、名前本気なの!? オレはどう? オレと一緒に入ろ――ゴフッ」


「ん! ちよちよ! きょうは、ちよちよがいい!」


「プッ……子猫ちゃん本人のご指名ならしょーがねェな。風呂は≪ちよちよ≫に任せよーぜ」



本日何度目かすらわからなくなってしまうぐらい、再び壁際へ殴り飛ばされた変態。そちらへ一切目を向けることなくホルマジオがもたらしたからかい交じりの物言いに、眼鏡越しの瞳は自然と怒りにぎらつく。

そして、短気な性格を自覚していないほど自分はバカじゃあない――そう胸中で悪態をついた彼の元に居座るのは、≪どうにか回避したい≫という想い。そこで目ざとく見つけたのが、幼女の持つ頭巾を眺める我らがリーダーだ。



「〜〜ッオイリゾット! 確かガキ、好きだったよなァアア!? だったら、テメーがコイツを風呂に――」








「頼んだぞ、ギアッチョ。くれぐれもホワイト・アルバムを発動させないように」


「!? そこはテメー持ち前の天然さで任されろよ……!」



冷静かつ淡々と≪No≫を口にしたリゾット。

作戦失敗。

もはや諦めるしか、道は残っていないらしい。


刹那、とことこと小さな歩幅でこちらへ近寄ってきた幼女を男はじとりと睨みつける(本人はこれでも柔らかめにしているつもり)。



「クソッ、なんで俺が……オイ名前! 風呂ン中で暴れやがったら、水張った浴槽に即沈めっからなァ――ッ!?」


「ん! 名前、あばれない!」


「……ケッ! 返事だけは威勢がいいじゃねえか。おし、早速風呂場に行ってテメーを泡だらけにしてやるぜ……覚悟しやがれ、ボケが!」


「やたーっ! あわ! ちよちよと、あわあわ!」



後ろを気遣いながら、浴場へスタスタと自分のペースで向かうギアッチョ。

一方、まるでニワトリを追うひよこのように、ちょこちょこと彼の背後をついていく名前。


そんな二人の姿を見て――



「……結構ノリ気じゃん」



ぽつりと呟かれたイルーゾォの言葉に、仲間全員が頷いたのは言うまでもない。











大変長らくお待たせいたしました!
暗チと幼女のお話でした。
リクエストありがとうございました!
今回は≪邂逅編≫といった雰囲気なので、もし続きのリクエストがございましたら喜んでry……すみません。


感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



prev next

26/52

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -