夏空ランデブー
※同僚ヒロイン
※甘






夏特有の日差しが射す、久々の休日。

恋人同士であるイルーゾォと名前がその日決行したのは、ドライブデート。


ハンドルを握る男の横顔。ただまっすぐ、前を見つめるその表情を一瞥して彼女は自然と口元を緩めた。



「……ふふ」


一方、運転に集中する彼も、耳に届いた笑声の理由が気になったらしい。

どうしたの――そう一言呟きながらフロントミラーへ視線を向ければ、そこには首を小さく横に振る恋人が映っている。



「んー別に? ただ、車を運転するイルが新鮮だなあって」


「あれ、そうだっけ?」


確かに仕事時はスタンドに頼ってることもあり、珍しいと言えば珍しいのかもしれない。

そうこう考えているうちに見えてきた、駐車場のマーク。


左、右へとハンドルを切り、慣れた手つきで駐車を済ませる男。

その様子にこっそり見惚れつつ、彼女が助手席を立つ準備をしていると、すかさず運転席を下りたイルーゾォがこちらのドアを開け、手を差し伸べてきた。



「はい」


「!」


「名前?」



狐につままれたような顔をする、名前の双眸に浮かんだ驚愕。

一体どうしたんだ。おもむろに彼が首をかしげれば、その手を取りながら彼女が小さく笑みをこぼす。



「な……なんだかイル、その動作……プロシュートみたい」


「はあ? オレ別に、女たらしでも女泣かせでもないんだけど」


「あーっ! そんなこと言って……≪兄ィ≫が知ったら、すぐにグレフルされちゃうよ?」


「ゲッ、それは勘弁」



老いる自分を想像したのか、互いに顔を見合わせて笑う二人。

久しぶりのデート。それゆえの妙な緊張が消えたのだろう。しばらく笑い合った男と女は、ようやくひやりと冷気を帯びる石畳を歩き始めた。









それから、ただひたすら細々とした路地を進めば、視界に広がったのは願いが叶うという言い伝えで有名な噴水。

彼らは特段何かを叶えに来たわけでもないが、せっかくだからとやってきたのである。


しかし、やはり有名どころ。絶えることのない喧騒に、離さないよう名前の手をしっかり握ったイルーゾォがぽつり。



「うわー……やっぱり人多いな」


「そうだね……さすが観光地」



華やかな彫刻に彩られた建造物。

改めて彼女がそれを見上げていると、横に並ぶ彼が不意に己の財布から一枚の金貨を取り出した。



「? ローマにはいつでも来られるよ?」



願い事が投げた枚数によって変わる、≪まじない≫。

一枚――ローマに戻られますように。


どういうことだろう。名前がこてんと頭上にクエスチョンマークを携えれば。



「!」


突如男の手のひらに増えた、もう一枚のコイン。

これでもかと言うほど目を見開いた恋人に対し、イルーゾォは優しさと照れ臭さを交えた笑みを滲ませる。



「二枚、一緒に投げよっか」


「ッ……うん!」



二枚――大切な人と一生一緒にいられますように。


鼓膜を震わせていく、噴水の爽やかな水音。

そして、ゆっくりと彼の手に己の手を重ねた彼女は、≪せーの≫という一声と共に背後の噴水へ二枚のコインを投げるのだった。









その後、アジトからそう遠くないにも関わらず、なぜか近くの店でショッピングを始める名前。

しかも明らかに自分用ではない。≪まさか≫――脳内を過ぎった予感に男が口を開く。



「お土産、買うわけ?」


「もっちろん! みんなには、いつもお世話になってるんだから……ほら、言うでしょ? 親しき仲にも礼儀ありって!」


「……まあ、確かにそうだよな(それに、今日はあいつらにも邪魔されないし)」



彼女はチームの紅一点だ。

アジトでは、自分の鏡の中に招いているときでさえ邪魔が入る(故意的、過失的の両方含む)。


一方、まさか恋人が何気ない≪二人きり≫に安堵しているとも知らず、名前は仲間への土産に迷い続けていた。



「うーん……やっぱり食べ物、かなあ。お肉とかどう?」


「その肉を巡って、醜い争いが起こること間違いなしな気がする」


「……確かに。他の食べ物でも同じだろうし……」


「酒は?」



いいんじゃないか――ふと思いついた案をそのまま声に出してみたが、返ってきたのは≪No≫。



「ダメだよ、みんなで楽しめるモノにしなくちゃ! イルも含めて、お酒苦手な人結構いるでしょ?」



そうだ。確かに酒が入れば、いろいろ面倒なことになるに違いない。

彼女のさりげない気遣いににやけながら、酒に弱い自分に苦笑するイルーゾォ。


仲間一人一人に別のモノを買う手もあるが、さすがに財布が悲鳴を上げるに違いない。


腕を組みしばらく悩んでいた刹那、目を輝かせた名前があるモノに向かって指を差す。



「イル! これ見て! 日本の≪マネキネコ≫だよ! 金運アップ!」


「……今、それに毎日拝み倒すオレたちの姿が頭に浮かんだんだけど」


「あはは! 実は私も……」



万事休すか――彼がそう思った矢先のこと。


二人の目に入り込んできたのは、アンティークな大皿。

かなりの料理が入れられそうだ。



「! これはどうかな!?」


「いいと思う。実用的で文句ねえし」



しかも仁義なき戦いも起こり得ない。

男の頷きを合図に、彼女はレジへそそくさと向かうことにした。









夜。涼しげな風が吹き抜ける細道の奥。

足を踏み入れたのは、一軒のバール。


名前はイタリアの喫茶店兼、酒場であるそこのカウンターで立ち飲みをしながら、右隣の恋人へ満面の笑みを浮かべていた。



「イル! 今日はすごく楽しかった……ありがとう!」


「うん、オレも」



――ああ、やっぱり好きだな。名前のこと。

自覚する恋情。


あまり口には出さないが、どこまでも楽しげな横顔をじっと見つめていると、不意に彼の視界に影が射した。


目線を斜め上へ移す。するとそこには、酔いが回っているのかヘラヘラと薄っぺらい笑みを作った男二人組が。



「へへ……オネーチャン、めちゃくちゃ可愛いねえ。どう? 今さあ……暇?」


「はい? いや、≪これっぽっちも≫暇じゃないですけど……」


「……」



うわー、ナンパか――称賛から入る典型的なタイプに、引きつってしまう男の表情筋。


そして、おそらく同じ気持ちであろう彼女がちらりと一瞥したことで、ようやくイルーゾォの存在に気が付いたらしい。

こちらを上から下まで見渡したかと思えば、男たちが蔑むように小さく鼻で笑ったではないか。



「ハハッ、コイツがオネーチャンの彼氏? 冗談だろ? こんなヒョロイのよりさ、オレたちと遊ぼうぜ〜? 絶対オレたちといた方が楽しいって!」


「ッはあ? ちょっと、イルになんてこと――」









ヒュッ





「ひィッ!?」


「! なんだよ、驚かせんじゃ……ゲッ!」


「あ、悪い。手が滑った」



――ムカつく。

――名前に手、出すなよ。



これまでにない怒り。その感情と想いが先行して、男一人の眼前へ差し向けた刃先。

常に所持しているナイフを手に、冷めた視線を宿した彼は淡々と一言呟く。


ヤバイ――その瞬間、男たちを一つの≪恐怖≫が支配した。



「クソッ……な、なななんだアイツ、≪ヤク≫でもきめてんじゃねーか!?」


「お……覚えてやがれッ!」



刹那、定番のセリフを吐いた途端、すぐさま店を出て行く二人。

なんだったんだ一体。マジで面倒くさい輩だ――しばらく走り去った背中を眺めていたイルーゾォは、辟易とした様子で深いため息を吐き出すと同時にその凶器を仕舞う。



「はー……休みの日にまでナイフ出させるなよ。けどまあ、よく恋人持ちの女にまで声かけられるな。ある意味尊敬」


「……」



ところが、いつもは打てば響くと言っていいほど返答が早い彼女から、反応が返ってこない。




「名前?」


「…………」


「(ちょ……えっ!? オレ、なんかしたっけ? してないよな? だ、だってさ、今さっきまで名前も楽しそうにしてたし……うん。)えーっと、名前さん? ごめん、何か言ってくれると嬉し――」









「……かっこいい」


「え」


「今のイル……すごく、すっごくかっこよかったよ! あんな失礼な奴ら、すぐに殴ってやろうって思ってたのに、イルがあまりにもかっこいいから忘れちゃった!」


「殴るって……え、あ……いや……その……なんていうか、照れるからやめろよ」



まさかこうした形で、≪かっこいい≫という言葉を聞けるとは考えもしなかったのだろう。

かなり不意打ちに弱い彼が、焦燥を滲ませつつ慌てて顔を背けた。


しかし、本音しか口にしていない名前は、ただただ首をひねるばかり。



「え? 照れる必要ないよ! 私、本当に惚れ直しちゃったんだから!」


「……、だからそういう褒め言葉は…………ああ、もう」


次の瞬間、桃の紅茶が入った恋人のグラスを奪い、飲み干してしまう男。

カラン、と微かに響いた氷の音。



「あー!? ちょ、私のピーチティー! なんで!?」


「なんか……(妙に顔が)熱くなったから。オレの温かい奴だし。……別にいいだろ? 間接キス以上のこと、結構してるしさ」


「か……っ!」



相変わらず不満があったのだろう。文句を紡ごうとした彼女の唇を遮る、ライト・キス。



「な?」


そして、可愛らしいリップ音を立てると、平然と距離を元へ戻したイルーゾォがこちらに同意を求めてくる。

だが、突然すぎる口付けに驚かされた名前はそれどころではない。



「〜〜っ////」


もはや夏の暑さで参っていると言うのに、さらに熱くなる頬。

こういうこと(キスなど)をさらりとやってのけてしまうあたり、やはり目の前の彼も≪シニョーレ≫なのだ。


イタリア男、恐るべし。



「はぐらかすなんて、ずるい……!」


唯一彼女が口にできたのは、得意げな恋人に対する精一杯の恨み言。

≪ずるい、ずるい≫と照れ隠しにその単語を連呼する名前を見据えながら、カウンターに頬杖をついたイルーゾォは、上機嫌で口元を綻ばせるのだった。










夏空ランデブー
向き合うたび、微笑み合うたびに二人は恋をする。




〜おまけ〜



「あ」


「どうしたの? イル……、あ」



ふと声を上げた恋人に、そちらを覗き込む。

すると、彼が持つ携帯のディスプレイには、≪着信≫の二文字が。


誰かなどわかりきっていた。



「あちゃー」


「呼び出しかな」


「うん。たぶんそうだよ……って、何してるの?」


「え? 電源切ってるんだけど」


男のあっけらかんとした声と共に黒くなっていく画面。

一方、珍しく強気な対応に名前は目を丸くしながらイルーゾォに問いかける。



「電源って……いいの?」


「いいだろ、別に。まだ≪今日≫は終わってねえし」


「ええっ? そう言ってくれて私は嬉しいけど、正直後が怖――」



そのときだった。


ブブブ、と今度は自分のポケットの中で震えた携帯。

おそらく先程彼に電話をかけた、リーダーだろう。


確信に近い相手の無表情を思い浮かべて、あからさまに彼女が肩を揺らす。



「!(どうしよう、出た方がいいかな? でも、出たら出たで、リーダーならぬパードレから≪門限過ぎてるんだから早く帰ってきなさい≫とかなんとか、娘に厳しいお父さんみたく言われそうだし……)」



まだ帰れない――そう、断りだけでも入れておこうか。

ついに意を決したのか、しばらく逡巡していた少女はついに携帯を取り出した、が。


「あ……」



スルリ

≪あっ≫と音を紡ぐ間もなく、それは隣の恋人に奪われてしまう。


そして、男が無言でカウンターに並べた二つの携帯を視界に収めて、狼狽える名前。



「……」


「い、イル! あの、ごめん! 出るべきか迷っちゃって――」


「名前」








「もう少しだけ、いいよな?」


「! 〜〜っもちろん!」



当然ながら、心にさまざまな不安は残るが――≪後のことはそのときに考えよう≫。

とある夜中のバール。そこには、まるで悪戯を企てているかのような、茶目っ気のある笑みを浮かべた二人がいたらしい。










長らくお待たせいたしました!
珍しく誰にも邪魔されないイルーゾォとヒロインの二人きり甘でした。
結雪様、リクエストありがとうございました!
私なりにかっこいいイルーゾォを目指したつもりなのですが、いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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