反省文に、綴る
※リーダー→先生、ヒロイン→生徒です
※学校パラレル





グランドに運動部の掛け声が響き渡る夕暮れ。

その橙色の光が差し込む、ある小さな部屋には男と少女が机越しに対峙していた。



「……」


「……」



カチ、カチ


白い壁にかかった丸時計だけが、唯一音を紡ぐことを許され、時を刻んでいく。

漂う静寂。それを切り裂いたのは、カッと目を見開きながら右手をまっすぐ挙げた女子生徒、名前の方だった。



「先生、リゾット先生!」



一方、難しい顔で腕を組んだ体育教師こと、リゾット・ネエロは≪なんだ≫と視線のみで彼女の声に応対する。すると――



「リゾット先生って、何歳でしたっけ?」


「28だが」


「えっ……ええ!?」



ぱちくりと瞬きを繰り返す、鈴を張ったようなつぶらな双眸。

そのわかりやすすぎる反応に、自然と彼の眉間には一本シワが増えていた。




「28……28……28?(み、見えない……)」


「名字。今、見えないと思っただろう」



ギクリ


あからさまに少女が肩を小刻みに揺らす。

だが、図星だと正直に告白すれば、自分を突き刺すじとりとした赤い視線にどう牙を向かれるかわからない。


一瞬の隙を見て逡巡した名前は、首を横へ振りつつしらばっくれることにした。



「や、やだなあ。そんなこと微塵も思ってないですよ〜! えっと……そ、そうだ! ご結婚って、もうされてるんですか?」


「……まだ独身だが」


「独身!? 本当ですか!? よかった……先生と先生の奥さんと私の三人で、とてつもない愛憎劇が待ってるのかと思うと、正直ハラハラしてしまいましたよ……!」


「はあ……」



ため息混じりの返答。

どうやら理由はわからないが、先生はお疲れらしい――まさかその原因が自身だとは考えてすらいないであろう彼女は、ここぞとばかりに畳み掛けて質問をする。


リゾット先生とのマンツーマン。この機会を逃すわけにはいかないのだ。



「ところで、結婚願望は? ありますか?」


「……なくはないが」



つまり≪あるにはある≫。

男の回答に、「メモメモ」とどこからともなく取り出したメモ帳へ何かを書き留め始める少女。


キラキラ


言うまでもなく、名前の瞳は驚くほど大きな興味と≪もっと知りたい≫という願望で爛々と輝いていた。



「ほうほう……では、お子さんはいかほど? サッカーチーム一つ作ることが目標だったりしませんか?」


「そういった目標はない。あっても教えるつもりはないな」


「えーっ! そんなあ……リゾット先生のけちんぼ」


「……」



≪ケチ≫。

そう言われる意義を問いながら、リゾットが特に表情を変えずにいると、彼女が机から身を乗り出してくる。



「じゃあ、タイプは? 好きな女性のタイプ!」


「答える必要性が見当たらないんだが」


「見当たります! 私が参考にします!」



どう参考にするんだ――黒目がちの眼にますます広がったのは、呆れに似た感情。


一方で彼の脳内に宿る、≪タイプ≫の話。

実際、好きになった女性のタイプがタイプ、というパターンなのだが、濁したところで少女に詮索されるのもできれば避けたい。

ここはあえて、あやふやであり断定的な何かしらの単語を出そうと男は胸に決めた。



「タイプか……」


「(ドキドキ)」


「…………大和撫子だな」


「な、なんですって……? ヤマトナデシコ?」



刹那、≪無理です≫やら≪どうすればなれるんですか!?≫と悲痛の表情で頭を抱える名前。



――しかし自分が目の前の女子生徒を≪呼び出して≫から、ずいぶん長い間彼女の質疑応答が続いているが、このままでは埓が明かない。

瞬きを一つ繰り出したリゾットは、ここでようやく本題を切り出すことにした。



「ところで名字」


「とりあえず着物、かな? でも私、浴衣ですら着方わからないのに、すでに絶望的…………はいはい。なんでしょう?」








「お前はここに、何をしに来たと思っているんだ」


……。

…………。



しばらく続いた間。

そして、きょとんとした顔を見せた少女はじっと彼を凝視したまま、その答えを口遊む。



「え? 何って、リゾット先生と楽しいおしゃべりを――」


「…………」


「じょ、冗談っす!」



そう、彼らがいる部屋の名前は≪指導室≫。

このリゾット・ネエロという男は、教科として体育を担当すると同時に生徒指導教諭でもあった。



「オレは指導のために、そして少量ではあるが反省文を書いてもらうために、学校へ菓子を持ち込んだ名字を呼んだ。そうだったな?」



≪はい……≫。ようやく本来の理由を自覚したのか、しょぼんと明らかに先程と打って変わって落ち込んでいる名前。

この話に到達するまでにかなりの時間を要したが――むしろ、「よくそこまで彼女の質問タイムに付き合っていたな」と、彼の同僚たちならば各々口にするであろう。


一方、微かに眉をひそめている男を一瞥して、さらに彼女は口ごもる。



「お菓子は……、その……だって……」


「だってもヘチマもない。名字……オレは、自分が一つや二つの菓子でその生徒を指導室へ呼び出すほど度量は狭くない、と思っている。だが――」









「この量はなんだ、この量は」



ため息をついたリゾット。その眼前には、机一面に広がるお菓子の山。

ちなみに机は幅1.5m、奥行0.8m、高さ1mの代物である。


菓子を持ってくるのにも限度があるだろう――頭の中を掠めた感想を思わずぽつりと呟けば、何を思ったのか少女が自分を宥めるように広げた両手を前後にかざした。



「ま……まあまあ。リゾット先生、落ち着いてください」


「む? オレは落ち着いているぞ」


「そうですか? 私にはそうは見えません……先生の男前フェイスに疲れの色が窺えます」



隠しきれないほど滲んだ疲労感。

それを心配した名前は、おもむろにテーブルに広がった菓子のうちの≪一つ≫を漁り出す。




「うーん。これは甘すぎるし、これは辛いし…………あっ、これオススメですよ! どうぞ、食べてみてください!」


「……ふむ、そうか。ならばいただk……わけがないだろう」



自然とこぼれたノリツッコミ。


とは言え、残念ながら彼の努力に対して称える者もツッコミを入れる者もここにはいない。

右手に握られた菓子特有の袋。

蛍光灯で反射するそれを視界に収めてから、やおら口を開く男。



「まさか今日一日でこの菓子すべてを食べ切るわけじゃああるまいし……なぜ、個別に持ってこない」



正直、こう指導するのもどうかと思うが、リゾットも菓子一つ一つに目くじらを立てるほど鬼ではない。


ところが、彼の物言いに不服があるのか、彼女は小さく頬を膨らませていた。

そして叫ぶ。



「〜〜っ食べますよ、全部! リゾット先生は知らないでしょ、女子高生の胃袋の可能性を! とってもお腹がすくんです! お弁当二つじゃ足りないんです!」



吊り上げられた眉。その表情に少なからず≪可愛い≫と感じてしまった自分を振り払いつつ、男は今聞いたばかりのことに瞠目した。



「……ちょっと待て、名字。一度確認しておきたいんだが、弁当が……二つ?」


「はい! でも、体育のときはそれでも足りなくて……お菓子を食べなきゃ身が持ちません!」


「そうか……(よく外見に変化が生じないな……)」



気が付けばそうした考えが心に住み着いていたが、セクハラ発言になりかねないので、そっと口を噤む。

それから、机上に乗った大量の袋を左右へずらしたリゾットは、静かに原稿用紙一枚を少女の前に差し出した。



「で、だ。名字。400字……厳しいなら300字でも構わない。……とにかく、書き始める努力をしてくれ」


「……はーい」



もはや力説も諦めたらしい。

大人しく紙と向き合い始めた女子生徒に、彼は改めて深い息を吐き出すのである。








部活も終了したのか、ひどく閑散とした世界。


ふとした瞬間、その空間を今度は控えめに名前が破る。



「あのー、先生先生」


「……なんだ?」


「一つ、いいですか?」



彼女の声にゆっくりと上げた顔。

そこには、自分を貫く真摯な眼差し。


よほど大事なことなのだろうか。少女の表情に重要性を見出した男が頷くと――



「リゾット先生がかっこよすぎて辛いです。私にも、ネエロの姓をください!」


「…………半分は書き上げたんだな。残り五行だ、頑張れ」



おもむろに再開する読書。「スルーですか!?」と唇を尖らせた名前から非難の声が飛ぶものの、自分にどうしろと言うのだろうか。


ちなみに、≪イタリアは夫婦別姓≫という情報を打ち明ければどう反応するのだろうか、と思わなくもないが、リゾットはあえて口には出さなかった。









しばらくして、カリカリと一定のテンポで刻まれていたはずが、突然ぴたりと止まるシャーペン。



「うぐぐ……」


「今度はどうした。腹でも痛いのか?」


「いえ、実は……私は今ジレンマに陥っているのです」



――ジレンマ?

詳細を尋ねるように彼が首をかしげれば、彼女は神妙な面持ちでこくりと頷く。



「はい……反省文を終わらせて早く帰らないと、読みたくて仕方がない漫画が読めない。……でもっ! リゾット先生ともう少し一緒にいたい気持ちもあるのです!」



意気揚々と語られる告白。

もちろん、彼は反応に困っていた。


≪一緒にいたい≫、か。だからと言ってそれは指導室でなくともいいだろう――そう考えあぐねている、と。



「というわけで!」


「ん?」





「私のこと、一度でいいので名前で呼んでください!」


再び輝く少女のどこまでもまっすぐな瞳。

反省文は、残り3行。


またしても、可愛らしいお願いだと受け取ってしまった自分自身。


それに今日何度目の苦笑いを口元に宿してから、男は深い色の双眸を名前へ向けた。



「名前を呼べば、書き終えるのか?」


「バッチリです! むしろベネです!」



ベネ。その言葉にどこぞの変態保健医を思い出しながら――おそらく、保健室であの男と関わっているうちに覚えたのだろう――首をゆっくりと縦に振る。



「……わかった」



そして頷きと共に、右手が彼女の小さな頭に伸ばされ――


ぽふっ



「――名前。今度からは、気を付けるように」


「!? はわわわわ……」


「いいな?」



念を押すリゾットに対して慌てて了承を身体で表現し、喜びを噛み締めるように俯いた少女は、そそくさとペンを持つ手を動かし始めた。

スラスラスラ


その後、ものの数秒で反省文を完成させた名前に、≪今までの時間はなんだったんだ≫と内心彼が思ったのは言うまでもない。









反省文に、綴る
隠すことのできない恋慕の念。




〜おまけ〜



「おっつかれ〜! ……ん? んんッ?」


「どうした、人の机を覗き込んで」



突如響き渡る、活力に満ちた声。

今日の仕事を終え職員室へ足を踏み入れたメローネは、ブロンドを揺らしながら同僚の机上に置かれた原稿用紙をおもむろに人差し指で示した。



「これ、反省文?」


「そうだが」


「……ラブレターじゃなくて?」


「?」



≪ラブレター≫。

それは、告白における一つの伝達手段である。


だが、なぜそのようなモノと反省文を間違えたのか、ついに頭だけでなく目までおかしくなったのか、とリゾットが胸中で自覚なしの悪態を付けば、グイッと眼前に寄せられた一枚の紙。



「ほら、ここここ。一行一行の一文字目を、右から読んでみてよ」


「……せ、ん、せ、い、を、お、し、た、い、し、て……、……」


「≪先生をお慕いしております≫だってさ! なんかいつものイメージと違うな。いわゆる大和撫子っぽいというか……でもユニークで面白いッ! ベネ! あの子――名前の健康状態は、良好だ……にしても。モテる男はディ・モールト辛いねえ」



じゃッ、おっ先〜!

そう言いたいことを吐き出すだけ吐き出したかと思えば、挨拶もそこそこに反省文をこちらへ預け颯爽と部屋から姿を消す男。


当然ながら、机を前に一人佇む彼から溢れるのは、ため息。


まさかこうした≪仕掛け≫があるとは考えもしなかった――これを短時間で書き上げた名前にある種の才能を感じつつ、男は両手の中に収まったその小さな恋文をもう一度見据えた。



「……、まったく」


≪改めて指導だな≫。

静かにそう紡ぎ出したなぜか少しばかり楽しげな己の声色に、リゾットは苦笑を顔に浮かべながら、スケジュール帳を開きただ黙々と明日の放課後の予定を確認するのだった。











大変長らくお待たせいたしました!
リーダーが先生、ヒロインが生徒の学校パラレルでした。
リクエストありがとうございました!
かなり天真爛漫タイプのヒロインになりましたが、いかがでしたでしょうか?


感想&手直しのご希望がもしございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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