※性格が子ども、な先輩ヒロイン
※ギャグ甘
つい最近、暗殺チームへと参入したばかりの男――イルーゾォ。
自己紹介もそこそこに、彼の仕事は≪スタンド能力で仲間の一人を迎えに行く≫ことから始まった。
「(どんな奴なんだろ……)」
≪女≫とは聞いているが、その性格も容姿もわからず、逞しいとも乏しいとも言えない想像力のみで己の世界を歩き進めていく。
「(あれか……?)」
しばらくして、辿り着いた先にあった驚愕と衝撃。
今にして思えば、自分が目にしたのは壮絶なモノだったのかもしれない。
怯え一色の悲鳴が轟く薄闇。
返り血一つ浴びていない、紅一点の後ろ姿。
「命乞いなら、地獄でやってな」
響き渡った鋭い銃声。
ターゲットの事切れる音。
えげつねえなあ――鏡からそっと抜け出しながら、他人事のようにイルーゾォが今起きたことへの感想を脳内に浮かべていると。
「貴方……確か≪イルーゾォ≫だったよね?」
「!」
不意に振り返った暗殺者。
予想を超えた優美さと繊細さ。それに見取れつつ彼が頷けば、つい今しがた冷たい声を放っていた女性と同一人物とは思えないほど、彼女がにこりと微笑んだ。
「やっぱり。私は、ちょうど一年ぐらい前に入った名前。よろしくね、≪イル≫」
「は、はあ……」
「さてと。こんなところに長居したくないし、帰ろっか」
初対面で付けられた愛称。それに思わず飛び出た生返事を気にすることなく、颯爽と歩き始める名前。
定められた任務をテキパキこなす――そんな彼女に男も最初は憧れていた。
そう、≪最初≫だけは。
「イル、イル。起きて」
「……?」
ある日のこと。昼寝をしていたイルーゾォが瞼を薄ら開けると同時に見たのは、申し訳なさそうな名前とにやにやと笑うメローネの二人。
≪なんだ≫と視線だけで窺えば、相変わらず読めない翡翠を細めた彼が飄々と口を開く。
「Buon giorno、イルーゾォ。寝起きのところディ・モールト悪いんだが、今日あんたが買い出しの日だよな?」
「あー……、そうだっけ……?」
「そうそう。だから起こしたの……ごめんね?」
なるほど、彼女が眉尻を下げている理由はこれか。
わかった――そう一言呟いて、彼は買い物袋を手にソファから立ち上がった。
移動においても便利なマン・イン・ザ・ミラー。
その後、スーパーで特売の野菜を求める主婦の波に揉まれてきた男は、さっさと荷物を置いて部屋へ戻ろうとした、が。
「ぶッ! ちょ、アレなんだよ……!」
「おいおい、プロシュート! 言ってやんなって……あいつが可哀想だろォ?」
少し離れた場所で吹き出すプロシュートと宥めるホルマジオ。彼らの視線の先にいるのが自分という事実に、イルーゾォの疲労に満ちていた顔がさらにげんなりとなる。
だが、何を話しているのか気になるものは仕方がない。
彼は怪訝そうに眉をひそめつつ、年長組の元へ近付いた。
「オレの顔になんか付いてる?」
「ハハハッ、なんでもねェから気にすんな! こいつひっでェ≪笑い上戸≫なんだよ。この前も……っと、仕事があるから続きは今度な! つーわけで、行くぞ」
「クク……ッああ。……イルーゾォ、お前に一つ教えてやる。≪もう一回顔洗った方がいいぜ≫」
「? なんだよ、あいつら……」
捨て台詞のように吐き、そそくさと走り去ってしまった二人。
当然ながら、さらに疑心の念を濃くして男はぽつりと呟く。
結局答えも与えられず、胸に蔓延るもやもや。その歯の隙間に何かが挟まってなかなか取れない状況のような――言い知れぬわだかまりに苛立っていると、今度は廊下でリゾットと鉢合わせた。
すると、一瞬黒目がちの瞳を見開いたものの、すぐさま真剣な表情を取り戻した男。
「どうした。い、いめちぇんか……いいと思うぞ」
「はあ……(リーダーまでなんなんだ……それにイメチェンの言い方が、なんか若い子の言葉を頑張って覚えようとしてる≪おじさん≫みたいだし)」
倍増した疑問。
しかしそれは、立ち去る彼の大きな背を見送った直後、イルーゾォが自分の部屋に通じる鏡の前を通りかかったと同時に解決することになる。
「ん?」
両目を囲む墨で描かれたような円。
額にありありと刻まれた≪肉≫の文字。
極めつけは――左右の高い位置で結われた己の髪。
いわゆる≪ツインテール≫。
「ッぎゃああああ!?」
「むっ? この声は、もしかしなくても……」
「イル、やっと気付いたみたいだねえ」
「あははは! そっかそっか……仕掛けた張本人が忘れるところだったぜ。でもあの叫び方といい、今響いてる怒声といい、あいつの健康状態は……良好だな!」
「作戦成功! メローネ、やったね!」
リビングでハイタッチをするメローネと名前。
実は同期でもある二人にとって、新人の彼は格好の標的だった。
こうして、仕事場で決定づけられた彼女に対する凛々しいイメージは、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていったのである。
そして今。
自室で鏡を丁寧に磨くイルーゾォは、名前に背中を預けられていた。
「それでねそれでね? この前……えーっと、一週間ほど前の話!」
上記の羅列でわかると思うが、もちろん仕事中ではない。
時折、彼女は自分の元で世間話、というより身内話をしに来るのだ。
他の奴に話せばいいのに――彼の脳内を埋め尽くす考えに気付くことなく、当の本人は喉を震わせ続ける。
「私、買い出しでリーダーと街を歩いてたんだけど……そのときになぜかリーダー、誘拐犯と勘違いされちゃったみたいで!」
「へー」
「で、危うく通りかかったおまわりさんに捕まって事情聴取されるところだったの! あー、あれは笑ったなあ」
話が始まって10分。すでに辟易している男は、(一応)耳だけを背後から届く声に傾けていた。
しかし、≪そうなんだ≫やら≪ふーん≫やら適当な返事を続けていると、さすがに名前も違和感を抱くもので。
「ねえ、イル……私の話、聞いてる?」
「聞いてる」
即座の返答。
こういうときのために、用意していた答えだ。
とは言え、それでもイルーゾォのことが疑わしいのか、彼女はくりくりした双眸でじーっと自分の顔を覗き込んでくる。
「……本当に?」
うん――彼が紡いだのは、人によっては≪それも嘘だろう≫と懐疑の眼差しを向けるような肯定。
だが、その頷きに対して名前はあっという間に顔を綻ばせた。
「ならよろしい! でね? 今度はギアッチョの話なんだけど……これも面白くって!」
「……(なんというか、名前ってやっぱ単純だよな……)」
自分が聞いていると安堵した途端、続行される話。
これはあくまで予想だが、彼女は構ってほしさゆえにやって来るのだろう。
そういうところは可愛いと思わなくもない(決して本人の前では言わない)が、こうして部屋を訪れる頻度が半端じゃない。
さらに言えば、自分たちは恋人同士ではないのだ。
「任務時に、ホワイト・アルバムの姿だったこともあるのか、猫が集まってきたんだよ? もう、笑い堪えるの必死で……!」
相変わらず届く楽しげな声。
磨かれすぎてギラギラと光を放つ鏡。
ふとその手を止めた男は、おもむろに名前の方を振り向く。
「名前」
「! なになに?」
「今日、仕事ねえの?」
かち合った二人の瞳。
互いに外そうとしない視線。その最中、彼女は首を縦に振った。
「ないよ? 今日はお休み……イルとお話したかったし」
「……ふーん」
連ねられた言葉に潜む真意は何か。
脳髄に浮上した疑問を慌てて振り払いながら、イルーゾォは平然を装うように鏡に向き直る。
妙に意識してしまう背中越しの鼓動と体温。
その甘くも張り詰めた雰囲気が漂う密室で、少しばかり目線を彷徨わせた名前は本来の≪目的≫を遂げるために唇を動かし始めた。
「あのね、イル」
「なんだよ(どうせまた、身内話だろうな)」
「えっと……その、ひっじょーに申し上げにくいんだけど……」
言いにくいこと。
なんだろうか。いや、どうせいつものジョークだろう――そうした本気半分、冗談半分で彼は汚れを拭き取りつつ彼女の言葉を待つ。
すると――
「〜〜ごめん! イルが大事にしてたあの手鏡、壊しちゃった!」
「……ああ、そうなんだ。まあ誰にだってありうる話だよな…………、ごめん。今なんて?」
――なんか不吉なことが聞こえたような。
ピクリと頬を引きつらせた男がもう一度振り返れば、先程とは一変して名前は表情に反省を滲ませていた。
「イルが大切にしてたあの鏡、パリンって床に落としちゃったの……」
ホルマジオのにゃんこがいきなり近付いてきて、私驚いて――そう続けられる鏡が割れた原因。
≪てへ≫。茶目っ気を示すように、彼女が小さく舌を出す。
ブチッ――当然、イルーゾォの中に存在する堪忍袋が切れたのは、言うまでもない。
「ちょ……っ何してくれてるんだよ、お前はーッ!」
「ひい! だ、だから謝ってるのにー!」
「〜〜ッ」
両手にあった鏡を手放し、思わずガクガクと前後へ揺らしてしまう名前の身体。
しばらくして、徐々に冷静を取り戻した彼はようやくその細い肩を解放した。
「……」
「い、イル……あの」
とは言え、簡単に納得できるほど自分は聖人ではない。
燻る気持ちに逡巡していると、クイクイと袖を引っ張られる。
今度はなんだよ。
そう言いたげに、男が少々眉根を寄せながら後ろを向くと――
「それで……今日はお詫びをね、渡しに来たの」
彼女の手には、包装紙に覆われた手のひらサイズの小箱があった。
「これ、日本で有名な手鏡らしいんだ……割っちゃった奴と同じものじゃないけど、イルにピッタリだと思って」
「……」
本当にごめんね――今にも泣き出しそうな顔色で紡がれる想い。
かなり落ち込んでいるらしい。まるで自分が虐めたようだ、とバツが悪そうにそのプレゼントを受け取るイルーゾォ。
刹那、≪イル≫と名前のか細い声が自分を呼ぶ。
「またここに来てもいい?」
恐る恐る実行された確認。
その普段の彼女とは思えない弱々しさに内心狼狽えながら、彼は羞恥と動揺ゆえについと視線をそらした。
「ま、まあ……たまになら」
すると、蕾が綻んだかのように男の瞳へ飛び込んだにこやかな笑顔。
「ありがとう!」
じゃ、また――小声で一言呟いた名前が、こちらに手を振って自室を出て行く。
やはり単純だ。
そう小さな悪態をつきつつも、口元が微かに緩んでしまうのはなぜか。
「……なんだろ、妙に気恥ずかしい。名前からこういうの、もらったことなかったからかな……まあ、センスは良さそうだけ――」
ど。男が紡ごうとした最後の一文字は、音にならずに掻き消えた。
ビシリ
丁寧に開いた包装紙の奥には丸いコンパクトミラー。それはピンクで彩られた、可愛い≪おもちゃ≫。
明らかに雑貨ではない。
また嵌められた――次の瞬間、怒りで震える身体に従うまま、
「名前――――ッ!」
イルーゾォは、今頃別の笑みを浮かべているであろう彼女の名前を叫ぶのだった。
ギャップ・ギャップ
性格の意外性に振り回されるのは、一人の男。
〜おまけ〜
それから、一応プレゼントであるそれを使わないわけにもいかず、密かに利用を繰り返していたイルーゾォ。
この手鏡を贈った張本人――名前が日本で有名な、と言っていたこともあり≪周りには気付かれないだろう≫と高を括っていた。
しかし。
「ちょ! それ、ジャッポーネのアニメみたいじゃん!」
ある日、親日家と言っても過言ではないメローネに笑われたのである。
もちろん、知られたくない仲間ナンバー1の男だ。
「(ゲッ。)い……いやこれはそういうのじゃ――」
「ハン、なるほどな……いわゆる≪カワイイ≫って奴か」
だが時すでに遅し。
皮肉げに笑うプロシュートに後ろから覗き込まれ、さらに彼の顔は青ざめた。
一方、ブロンド組は本人の気がかりをよそに、言葉の応酬を重ねていく。
「で? お前が言うのは、どんなアニメなんだよ」
「んー、まあオレが知ってんのはさ、魔法少女の前身と言われてる奴だけど」
「魔法少女……!?」
言わずもがな吹き出した男。
ああ、またいじられるのか――
耳を劈く笑声に、悲哀に満ちた双眸でイルーゾォが鏡を一瞥した瞬間。
「ちょっと二人共! 何、イルいじめてんの!」
思わぬ救世主が現れた。
男たちの前に立ちはだかる先輩こと名前は、そのまま続けざまに言葉を紡ぐ。
「イルをいじめていいのは、私がいるときだけなんだから!」
「え」
ねー?
求められる同意。
にこにこと笑う彼女の背後で、腹を抱えて爆笑している二人が気になって仕方がないが――
「まあ……確かに、そうかも……はは、は」
≪他の奴より悪い気はしないし、楽しいと思ってるのかもしれない≫。
微かに肩をすくめながら、イルーゾォは一度だけ頷いて見せたのだった。
「でも私も見たい! イルの魔法少女姿!」
「……(やっぱ勘違いだな、うん)」
終わり
![](//img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
長らくお待たせいたしました!
イルーゾォと、仕事のときは真面目でふざけるときはふざける性格が子どもなヒロインのギャグ甘でした。
白雷様、リクエストありがとうございました!
少々ツンデレなイルーゾォになりましたが、いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望などございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
>
※ギャグ甘
つい最近、暗殺チームへと参入したばかりの男――イルーゾォ。
自己紹介もそこそこに、彼の仕事は≪スタンド能力で仲間の一人を迎えに行く≫ことから始まった。
「(どんな奴なんだろ……)」
≪女≫とは聞いているが、その性格も容姿もわからず、逞しいとも乏しいとも言えない想像力のみで己の世界を歩き進めていく。
「(あれか……?)」
しばらくして、辿り着いた先にあった驚愕と衝撃。
今にして思えば、自分が目にしたのは壮絶なモノだったのかもしれない。
怯え一色の悲鳴が轟く薄闇。
返り血一つ浴びていない、紅一点の後ろ姿。
「命乞いなら、地獄でやってな」
響き渡った鋭い銃声。
ターゲットの事切れる音。
えげつねえなあ――鏡からそっと抜け出しながら、他人事のようにイルーゾォが今起きたことへの感想を脳内に浮かべていると。
「貴方……確か≪イルーゾォ≫だったよね?」
「!」
不意に振り返った暗殺者。
予想を超えた優美さと繊細さ。それに見取れつつ彼が頷けば、つい今しがた冷たい声を放っていた女性と同一人物とは思えないほど、彼女がにこりと微笑んだ。
「やっぱり。私は、ちょうど一年ぐらい前に入った名前。よろしくね、≪イル≫」
「は、はあ……」
「さてと。こんなところに長居したくないし、帰ろっか」
初対面で付けられた愛称。それに思わず飛び出た生返事を気にすることなく、颯爽と歩き始める名前。
定められた任務をテキパキこなす――そんな彼女に男も最初は憧れていた。
そう、≪最初≫だけは。
「イル、イル。起きて」
「……?」
ある日のこと。昼寝をしていたイルーゾォが瞼を薄ら開けると同時に見たのは、申し訳なさそうな名前とにやにやと笑うメローネの二人。
≪なんだ≫と視線だけで窺えば、相変わらず読めない翡翠を細めた彼が飄々と口を開く。
「Buon giorno、イルーゾォ。寝起きのところディ・モールト悪いんだが、今日あんたが買い出しの日だよな?」
「あー……、そうだっけ……?」
「そうそう。だから起こしたの……ごめんね?」
なるほど、彼女が眉尻を下げている理由はこれか。
わかった――そう一言呟いて、彼は買い物袋を手にソファから立ち上がった。
移動においても便利なマン・イン・ザ・ミラー。
その後、スーパーで特売の野菜を求める主婦の波に揉まれてきた男は、さっさと荷物を置いて部屋へ戻ろうとした、が。
「ぶッ! ちょ、アレなんだよ……!」
「おいおい、プロシュート! 言ってやんなって……あいつが可哀想だろォ?」
少し離れた場所で吹き出すプロシュートと宥めるホルマジオ。彼らの視線の先にいるのが自分という事実に、イルーゾォの疲労に満ちていた顔がさらにげんなりとなる。
だが、何を話しているのか気になるものは仕方がない。
彼は怪訝そうに眉をひそめつつ、年長組の元へ近付いた。
「オレの顔になんか付いてる?」
「ハハハッ、なんでもねェから気にすんな! こいつひっでェ≪笑い上戸≫なんだよ。この前も……っと、仕事があるから続きは今度な! つーわけで、行くぞ」
「クク……ッああ。……イルーゾォ、お前に一つ教えてやる。≪もう一回顔洗った方がいいぜ≫」
「? なんだよ、あいつら……」
捨て台詞のように吐き、そそくさと走り去ってしまった二人。
当然ながら、さらに疑心の念を濃くして男はぽつりと呟く。
結局答えも与えられず、胸に蔓延るもやもや。その歯の隙間に何かが挟まってなかなか取れない状況のような――言い知れぬわだかまりに苛立っていると、今度は廊下でリゾットと鉢合わせた。
すると、一瞬黒目がちの瞳を見開いたものの、すぐさま真剣な表情を取り戻した男。
「どうした。い、いめちぇんか……いいと思うぞ」
「はあ……(リーダーまでなんなんだ……それにイメチェンの言い方が、なんか若い子の言葉を頑張って覚えようとしてる≪おじさん≫みたいだし)」
倍増した疑問。
しかしそれは、立ち去る彼の大きな背を見送った直後、イルーゾォが自分の部屋に通じる鏡の前を通りかかったと同時に解決することになる。
「ん?」
両目を囲む墨で描かれたような円。
額にありありと刻まれた≪肉≫の文字。
極めつけは――左右の高い位置で結われた己の髪。
いわゆる≪ツインテール≫。
「ッぎゃああああ!?」
「むっ? この声は、もしかしなくても……」
「イル、やっと気付いたみたいだねえ」
「あははは! そっかそっか……仕掛けた張本人が忘れるところだったぜ。でもあの叫び方といい、今響いてる怒声といい、あいつの健康状態は……良好だな!」
「作戦成功! メローネ、やったね!」
リビングでハイタッチをするメローネと名前。
実は同期でもある二人にとって、新人の彼は格好の標的だった。
こうして、仕事場で決定づけられた彼女に対する凛々しいイメージは、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていったのである。
そして今。
自室で鏡を丁寧に磨くイルーゾォは、名前に背中を預けられていた。
「それでねそれでね? この前……えーっと、一週間ほど前の話!」
上記の羅列でわかると思うが、もちろん仕事中ではない。
時折、彼女は自分の元で世間話、というより身内話をしに来るのだ。
他の奴に話せばいいのに――彼の脳内を埋め尽くす考えに気付くことなく、当の本人は喉を震わせ続ける。
「私、買い出しでリーダーと街を歩いてたんだけど……そのときになぜかリーダー、誘拐犯と勘違いされちゃったみたいで!」
「へー」
「で、危うく通りかかったおまわりさんに捕まって事情聴取されるところだったの! あー、あれは笑ったなあ」
話が始まって10分。すでに辟易している男は、(一応)耳だけを背後から届く声に傾けていた。
しかし、≪そうなんだ≫やら≪ふーん≫やら適当な返事を続けていると、さすがに名前も違和感を抱くもので。
「ねえ、イル……私の話、聞いてる?」
「聞いてる」
即座の返答。
こういうときのために、用意していた答えだ。
とは言え、それでもイルーゾォのことが疑わしいのか、彼女はくりくりした双眸でじーっと自分の顔を覗き込んでくる。
「……本当に?」
うん――彼が紡いだのは、人によっては≪それも嘘だろう≫と懐疑の眼差しを向けるような肯定。
だが、その頷きに対して名前はあっという間に顔を綻ばせた。
「ならよろしい! でね? 今度はギアッチョの話なんだけど……これも面白くって!」
「……(なんというか、名前ってやっぱ単純だよな……)」
自分が聞いていると安堵した途端、続行される話。
これはあくまで予想だが、彼女は構ってほしさゆえにやって来るのだろう。
そういうところは可愛いと思わなくもない(決して本人の前では言わない)が、こうして部屋を訪れる頻度が半端じゃない。
さらに言えば、自分たちは恋人同士ではないのだ。
「任務時に、ホワイト・アルバムの姿だったこともあるのか、猫が集まってきたんだよ? もう、笑い堪えるの必死で……!」
相変わらず届く楽しげな声。
磨かれすぎてギラギラと光を放つ鏡。
ふとその手を止めた男は、おもむろに名前の方を振り向く。
「名前」
「! なになに?」
「今日、仕事ねえの?」
かち合った二人の瞳。
互いに外そうとしない視線。その最中、彼女は首を縦に振った。
「ないよ? 今日はお休み……イルとお話したかったし」
「……ふーん」
連ねられた言葉に潜む真意は何か。
脳髄に浮上した疑問を慌てて振り払いながら、イルーゾォは平然を装うように鏡に向き直る。
妙に意識してしまう背中越しの鼓動と体温。
その甘くも張り詰めた雰囲気が漂う密室で、少しばかり目線を彷徨わせた名前は本来の≪目的≫を遂げるために唇を動かし始めた。
「あのね、イル」
「なんだよ(どうせまた、身内話だろうな)」
「えっと……その、ひっじょーに申し上げにくいんだけど……」
言いにくいこと。
なんだろうか。いや、どうせいつものジョークだろう――そうした本気半分、冗談半分で彼は汚れを拭き取りつつ彼女の言葉を待つ。
すると――
「〜〜ごめん! イルが大事にしてたあの手鏡、壊しちゃった!」
「……ああ、そうなんだ。まあ誰にだってありうる話だよな…………、ごめん。今なんて?」
――なんか不吉なことが聞こえたような。
ピクリと頬を引きつらせた男がもう一度振り返れば、先程とは一変して名前は表情に反省を滲ませていた。
「イルが大切にしてたあの鏡、パリンって床に落としちゃったの……」
ホルマジオのにゃんこがいきなり近付いてきて、私驚いて――そう続けられる鏡が割れた原因。
≪てへ≫。茶目っ気を示すように、彼女が小さく舌を出す。
ブチッ――当然、イルーゾォの中に存在する堪忍袋が切れたのは、言うまでもない。
「ちょ……っ何してくれてるんだよ、お前はーッ!」
「ひい! だ、だから謝ってるのにー!」
「〜〜ッ」
両手にあった鏡を手放し、思わずガクガクと前後へ揺らしてしまう名前の身体。
しばらくして、徐々に冷静を取り戻した彼はようやくその細い肩を解放した。
「……」
「い、イル……あの」
とは言え、簡単に納得できるほど自分は聖人ではない。
燻る気持ちに逡巡していると、クイクイと袖を引っ張られる。
今度はなんだよ。
そう言いたげに、男が少々眉根を寄せながら後ろを向くと――
「それで……今日はお詫びをね、渡しに来たの」
彼女の手には、包装紙に覆われた手のひらサイズの小箱があった。
「これ、日本で有名な手鏡らしいんだ……割っちゃった奴と同じものじゃないけど、イルにピッタリだと思って」
「……」
本当にごめんね――今にも泣き出しそうな顔色で紡がれる想い。
かなり落ち込んでいるらしい。まるで自分が虐めたようだ、とバツが悪そうにそのプレゼントを受け取るイルーゾォ。
刹那、≪イル≫と名前のか細い声が自分を呼ぶ。
「またここに来てもいい?」
恐る恐る実行された確認。
その普段の彼女とは思えない弱々しさに内心狼狽えながら、彼は羞恥と動揺ゆえについと視線をそらした。
「ま、まあ……たまになら」
すると、蕾が綻んだかのように男の瞳へ飛び込んだにこやかな笑顔。
「ありがとう!」
じゃ、また――小声で一言呟いた名前が、こちらに手を振って自室を出て行く。
やはり単純だ。
そう小さな悪態をつきつつも、口元が微かに緩んでしまうのはなぜか。
「……なんだろ、妙に気恥ずかしい。名前からこういうの、もらったことなかったからかな……まあ、センスは良さそうだけ――」
ど。男が紡ごうとした最後の一文字は、音にならずに掻き消えた。
ビシリ
丁寧に開いた包装紙の奥には丸いコンパクトミラー。それはピンクで彩られた、可愛い≪おもちゃ≫。
明らかに雑貨ではない。
また嵌められた――次の瞬間、怒りで震える身体に従うまま、
「名前――――ッ!」
イルーゾォは、今頃別の笑みを浮かべているであろう彼女の名前を叫ぶのだった。
ギャップ・ギャップ
性格の意外性に振り回されるのは、一人の男。
〜おまけ〜
それから、一応プレゼントであるそれを使わないわけにもいかず、密かに利用を繰り返していたイルーゾォ。
この手鏡を贈った張本人――名前が日本で有名な、と言っていたこともあり≪周りには気付かれないだろう≫と高を括っていた。
しかし。
「ちょ! それ、ジャッポーネのアニメみたいじゃん!」
ある日、親日家と言っても過言ではないメローネに笑われたのである。
もちろん、知られたくない仲間ナンバー1の男だ。
「(ゲッ。)い……いやこれはそういうのじゃ――」
「ハン、なるほどな……いわゆる≪カワイイ≫って奴か」
だが時すでに遅し。
皮肉げに笑うプロシュートに後ろから覗き込まれ、さらに彼の顔は青ざめた。
一方、ブロンド組は本人の気がかりをよそに、言葉の応酬を重ねていく。
「で? お前が言うのは、どんなアニメなんだよ」
「んー、まあオレが知ってんのはさ、魔法少女の前身と言われてる奴だけど」
「魔法少女……!?」
言わずもがな吹き出した男。
ああ、またいじられるのか――
耳を劈く笑声に、悲哀に満ちた双眸でイルーゾォが鏡を一瞥した瞬間。
「ちょっと二人共! 何、イルいじめてんの!」
思わぬ救世主が現れた。
男たちの前に立ちはだかる先輩こと名前は、そのまま続けざまに言葉を紡ぐ。
「イルをいじめていいのは、私がいるときだけなんだから!」
「え」
ねー?
求められる同意。
にこにこと笑う彼女の背後で、腹を抱えて爆笑している二人が気になって仕方がないが――
「まあ……確かに、そうかも……はは、は」
≪他の奴より悪い気はしないし、楽しいと思ってるのかもしれない≫。
微かに肩をすくめながら、イルーゾォは一度だけ頷いて見せたのだった。
「でも私も見たい! イルの魔法少女姿!」
「……(やっぱ勘違いだな、うん)」
終わり
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
長らくお待たせいたしました!
イルーゾォと、仕事のときは真面目でふざけるときはふざける性格が子どもなヒロインのギャグ甘でした。
白雷様、リクエストありがとうございました!
少々ツンデレなイルーゾォになりましたが、いかがでしたでしょうか?
感想&手直しのご希望などございましたら、お願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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