※連載「Uno croce nera...」の番外編
※リーダーと連載ヒロインの性別が入れ替わっております
※ギャグ微裏
カーテン越しの薄い光が射す、穏やかな朝。
「ん……、っ」
いつもと変わらない恋人の腕の中で、小さく身じろいだ名前。
そして、離れたくないという名残惜しさの中、≪でも起きなきゃ≫と彼女はリゾットの胸元から距離を置こうとした。
「?」
だが、何かがおかしい。
正体のわからない、あくまでも≪何か≫。漠然としたそれに寝ぼけ眼で首をかしげた少女は、ふと目の前へ手を伸ばし――
ムニ
「えっ」
柔らかな感触に瞠目する深紅。
それは、自分の身体の一部ではない。
すでに寝起きゆえの微睡みから目が覚めたのか、双眸をぱちくりさせた名前は言い様のない不安に襲われ、布団の中を覗き込んだ。
なんだか声が低い気がする――と頭の隅で思いながら。
「!?!?」
ありのまま起こったことを話すと、己の下半身にあるモノが≪生えていた≫。さらに言えば、胸の膨らみも≪ない≫。視界には、あまり見慣れない≪男の身体≫が映る。
刹那、声にならない声を上げて、彼女は布団を手に寝台を抜け出した。
「……、名前……?」
「!」
当然シーツだけが残されたベッドの上でのそりと起き上がる――屈強な身体をした男ならぬ、銀髪美女。
ふわふわと揺れる胸元あたりまで伸びた髪に、ぼんやりと開かれた黒目がちの瞳。
しなやかな裸体から必死に視線を外しつつ、髪が肩上まで短くなっている少女は確認の意を込めておずおずと口を開く。
「り、リゾットさん……ですよね?」
漂う沈黙。
しばらくして、微かにひそめられた彼の眉根。
「何を言っているんだ。……オレが、オレ以外の男に名前と朝を迎えさせると思うか?」
「え……えっと、なんと答えればいいのかわからないんです、けど」
「……まあいい。まだ起きるには早いだろう……名前、こっちにおいで」
≪来ないのなら、オレが捕まえに行くぞ≫。
そう言って、こちらへ迫ろうとする美しい女性。
自分に起こった異変に気付かぬまま、リゾットがベッドから床へ生足を着けた瞬間、ついに羞恥が頂点に達した名前は己の躯体に手繰り寄せていた布団を勢いよく彼の頭へ被せた。
「ブフッ!? ……何をするんだ名前。それに、いつの間に髪を切っ――」
「と、とにかく! リゾットさんは服を着てください……っ!」
「ベネッ! ベネェェエエエ! リーダーが、巨乳美女だって!? ハアハア、まさかこんなことが起きちゃうなんてねえ……生きててよかった! ハアハアハア!」
「うっわ……この乳、パチモンじゃねェよな?」
「ああ、そのようだが……まったく、どうなっているんだ」
おかげで肩が重くて仕方がない――辟易とした顔色で呟き、シャツで包まれた乳房を持ち上げてみせたリゾット姉さんに歓声を上げる変態(メローネ)と親父(ホルマジオ)。
その異様と言っていい光景を、苦笑気味に名前が傍観している、と。
「で〜? 髪まで短くなってさ……名前はオレたちと同じ、≪男≫になっちゃったワケ?」
「! め、メローネさん……驚かさないでくださ、ッ!」
スタンド攻撃とも思えず、リビングでくつろいでいるであろう仲間に相談を持ちかけた二人。
もちろん、艶やかなオーラを放つ肉食系女子と優しげで放っておけない気持ちにさせる草食系男子を目にして、一瞬で動揺に覆い尽くされた部屋。
だが、元より≪イベント≫で頻繁に盛り上がる暗殺チームが、ここで冷静に原因究明を実行するはずもなかった。
「確かに、肉付きがないプラス、女の子特有の柔らかさがねえなあ……ハアハア、首筋の香りは変わらず良好……ベネ!」
「え……ぁ、んっ! あの……っど、どこ触って……ぁっ」
「あはは、どこ? どこって名前のこの細ーい腰だけど? んー……ぷりっぷりのお尻を堪能できないのは残念だが、これも案外ベリッシモいいじゃあないか……! オレ、そういう趣味ないはずなんだけど、名前≪くん≫ならアリだぜッ! 新しい扉が……って、そうだ。名前は男であること自体初めてなんだし、≪トイレ≫も戸惑うよね? ね!? どうせだから、今からオレが教えてあげ――グフッ」
「『メタリカ』」
顔をあっという間に赤くした彼女の普段より平たい身体を撫で回し、なぜか息を荒げるメローネ。
当然ながら、露わになっている少女のうなじに舌を寄せようとしていた彼は、≪ベネ≫という口癖と共にカミソリを吐く。
カラン、とリビングに響き渡る金属音と倒れ込む男。
その哀れな姿を、攻撃を仕掛けた張本人は見ようともせずに、心配なのかメローネのそばでしゃがんだ名前の相変わらず華奢な肩を掴んだ。
「名前。たとえ君が今、男であってもこいつは危険な存在だ。すぐに息を吹き返すだろう……君はオレのそばを離れるんじゃあない。いいな?」
「は、はい(全体的にリゾットさんの方が、危ないと思うけど……)」
「いい子だ」
優しく撫でられる頭。小さな不安を脳内に過ぎらせながらも、彼女は温かいその手つきに柔らかな笑みを浮かべた。
一方、周りから見れば、独特の空気を醸し出す二人は≪まさに少年と、彼を諭す姉御≫。
かなりの美女ではあるものの、中身があの≪リーダー≫か――そう考えると、自然と彼らの口からは深いため息がこぼれてしまう。
「……なんだお前たち。人の顔を見てため息をつくんじゃあない」
それが自分に向けられているのだと気付いたのだろう。
少女を守るように抱き寄せたまま、彼が怪訝を赤の眼に宿すと、落胆した男のうちの一人であるホルマジオが後頭部を掻きつつ言葉を連ねていく。
「いや……なんつーかよォ。色気も、胸の大きさも申し分ねえけど、所詮リーダーだしなァ……って思ってよ」
「そうそう。オレ、正直リーダーとどう接したらいいかわかんないし、男になっても名前は名前なんだし……二人とも早く戻ってよ」
そして、彼に同意するようにコクコクと頷いたイルーゾォ。
と言っても、戻る方法が見つからないので、どうしようもできない。
名前がいたたまれなさに眉尻を下げていると、それを代弁するように、つい数秒前まで≪リゾットが女に、名前が男に≫という二つの衝撃的な事実に固まり続けていたギアッチョが、勢いよく拳をテーブルへ打ち付ける。
「オイ! テメーら、ンなこと言ってもなんの解決にもならねーだろうがァ――ッ! つか、こういうのはなァアア、焦っても意味ねえんだよ! クソックソッ!」
「あっれー? ≪なんでワケもなく性別が入れ替わってんだよ、納得行かない≫って怒り出しそうなギアッチョが、珍しいね」
「はア? ンなモン、全然納得いかねえに決まってんだろ。……だが俺は」
チーム一強靭な生命力を誇ることもあって、いつの間にか復活したメローネがからかうように見せたにやけ顔。
すると、彼の揶揄に対して青筋を立てた男は、面倒くさそうに応えながらきょとんとする彼女の頭を鷲掴みにして――
「?」
「コイツとはこの方が接しやすい」
と、言い放った。
どういうことだろうか。
相変わらず旋毛を覆う手のひらを感覚が捉えたまま、少しばかり首を捻った少女は、無自覚の上目でギアッチョの赤い眼鏡越しの瞳を見つめる。
「えっと……ギアッチョさんは、いつもの私じゃダメですか?」
「なッ……そ、そうとは言ってねえだろうがァアア――ッ! 変な勘違いしてんじゃねえぞッ! テメーもリゾットも、元の方がいいに決まってんだろォオ……そこんとこは察しろよ! この天然ボケがッ!」
「ぶふっ(いろいろなことに困惑してる名前をフォローしたかっただけ、って言えばいいのにさ……素直じゃないなあ。ディ・モールト損してるぜ)」
それからと言うもの、こうなった原因もわからず、さすがにリゾットのそばに居続けるのも憚られた名前は、ソファにちょこんと座り右隣のペッシと現状についてのほほんと話していた。
「なんか、すげーっすよね。リーダー想像以上に……び、美人だから……驚いちまうというか、気後れしちまうというか」
「ふふ、そうですね。リゾットさん、女の人になっても素敵だなんて」
ただ、こうした状況でも仕事は容赦なくやってくる。あくまでいつも通り人選を行うリーダーと、その扱いに困っているのか苦笑気味の仲間たちを眺めて微笑む娘――否、男の子。
そんな彼女を視界に収めつつ、青年はぼんやり思う。
「(≪素敵≫かあ。リーダーの前で言ったら絶対喜ぶのに……でも名前は照れ屋だし、恥ずかしいんだろうな)」
一方、彼の思考など一切知ることなく、少女は恋人をちらりと見て、ポッと頬を赤らめた。
身長もあるのかすらりとした身体。
色っぽくも、優雅なオーラ。
表情があまり変わらないことで際立つ、高嶺の花。
「(すごく、綺麗だなあ)」
客観的に見て美人だ。
彼ならぬ彼女が外へ出かけた日には、ここは礼儀として女性に声をかける国、イタリアということもある。大変なことになるだろう。
あえて付け加えるが、これは惚れた欲目ではない。むしろ、今の自分は恋人として男の隣に並ぶことすら、萎縮するに違いない。
「……(ちら)」
気難しい顔をしているリゾットと、やはり女性である彼に興味が湧くのか浮き足立つ男たちを一瞥してから、名前は不意に己の身体を見下ろす。
その中でどうしても気になってしまう、今は盛り上がってすらいない胸元。
視線を恋人の元へ戻すと、彼のそれは、元の自分より一回り以上ボリュームがあった。
女性はその大きさがすべてではない。そうわかっていても――男性、それも恋人より胸が控えめという事実は正直複雑で。
「(私、≪女≫としてどうなんだろう……)」
図らずとも、桜色の唇から溢れ出すため息。
そのときだった。
「なーに、辛気臭え顔してんだ」
「!」
突如右から届く聞き慣れた声に、ビクリと揺れる肩。
ペッシからプロシュートへ。
いつの間にか交代した隣に驚きを表情へ滲ませてから、彼女は咄嗟に笑顔を取り繕おうとする。
「プロシュートさん……! 私、辛気臭い顔なんてしてませ――」
「ククッ、嘘付くんじゃあねえよ。名前……お前、あいつの外見に引け目感じてんだろ?」
「っ……そ、それは」
作戦失敗。そもそも、人の動きに目敏い彼に隠し事を試みる方が無謀だったのだろう。
言い淀み、静かに目を伏せた少女に≪肯定≫を悟ったのか、おもむろに腕を持ち上げ――
「わわっ!?」
わしゃわしゃと今は短い黒髪を掻き混ぜ始めた。
その感触に名前は鈴を張ったような双眸を白黒させたが、真意を問うために男をおずおずと見上げる。
するとこちらを貫く鋭い蒼には、怒りと呆れ。
「名前、名前、名前よ〜! お前は今、原因はわからねえが男なんだろうが。男に乳があるわけねえし、リゾットの一時的なモンにへこたれてどうする! つーかオメー、自分の身体にそんなに自信ねえのか? なんなら今度、オレが≪直々に≫全身隈なく測ってやるから一人で部屋に来い!」
「あ、う……えっと」
さらりとセクハラ発言と誘い文句をかましているが、そこはやはりプロシュート兄貴。
お得意のマシンガントークで、彼女に拒否させる暇をも与えない。
「それに、よーく考えてみろ。いいか? あいつのありゃあ元は≪筋肉≫なんだぜ? あんだけ鍛えてんだ……そりゃ盛り上がるだろうよ。……つまり、お前の柔らかい胸とは成分が違うってこった」
≪成分が違う≫。
確かに、言われてみればそうかもしれない。リゾットの場合、元は男性なのだから。
蔓延っていた微かな劣等感が胸から消えたようだ。少女は花が咲き誇るように顔を綻ばせた。
「……ありがとうございます、プロシュートさん。慰めてくださったんですね」
「ハン、気にすんな。オレァただ、お前の沈んだ表情より、可愛い笑顔が見たいだけだ」
ニヒルに潜む、柔らかな笑み。
そして彼はいつものごとく、名前の華奢な肩へ左腕を回そうとした――が。
「(……ちょっと待てよ、オレ)」
包む寸前で、ぴたりと止まる手のひら。
彼女は今生物学的に≪オス≫――つまり自分と同じ≪モノ≫が付いているのだ。
一方、プロシュートがまさか葛藤しているとは気付かずに、どうしたのだろうと少女は小首をかしげる。
「?」
「(今の名前は……男、なんだよな? いや……そもそもマジで男なのか?)」
確認しなければわからない。
むしろ、≪確かめたい≫。
とは言え、このままもし自分の部屋へ連れ込めば、妙な気を起こしてしまいそうだ。
いや――その≪予感≫を頭の中に過ぎらせたところで、彼は己を嘲るように薄笑いを滲ませた。
「(ハン、何を躊躇ってんだ、オレは。相手は名前だぜ? 男や女じゃねえ……オレがたった一人、愛してる奴であることに変わりはないじゃねえか)」
――名前は名前だ。
一人錯綜する想いを落ち着かせた男。小さく息を吐き出したプロシュートがふと視線を横へ移すと、今しがた議題の中心にあった、心の奥に紛れもなく存在する張本人が自分の顔を覗き込んできている。
「あの……プロシュートさん、大丈夫ですか?」
「……まあな。少し考え事だ……って、なんだ? オレのこと、心配してくれんのか?」
「し、しないわけないじゃないですか!」
心配するのは当然です、と唇を尖らせる名前。≪嬉しい≫――素直にそう思った。
「ククッ、ありがとな(……確かめてやろうじゃねえか。それと……さっきの変態じゃあねえが、ある意味男を知らねえ名前には部屋でいろいろと教えてやればいい。いろいろと……な)」
そのときの光景や可愛い反応を想像し、口端が歪む。
それから、不思議そうに自分を凝視する彼女と視線を重ねたまま、男が優しく、かつ強引にその肩を抱いた。
瞬間。
「何をしている……!」
恋人の身に起きていること。それを、リゾット姉さんが見逃すはずがなかったのである。
「はわ!?」
腕を引き寄せられたかと思えば、彼の胸元へボフンと音を立てて飛び込んだ。
突然のことに目を見開いた少女は、空気の薄い密室の中、なんとか息をしようと顔を上げる。
と、自分を見下ろす男の眉間にはこれでもかと言うほどシワが寄っていた。
「まったく……名前、≪オレのそばを離れるな≫と言っただろう?」
「ご、ごめんなさ……んっ、ふ……り、りぞっとさ……くる、し……っ」
ギュウギュウと口元を締め付ける、呼吸をも許さない肉付きの良いバスト。
すると、二人のなんとも言えない景色を一瞥して、プロシュートが鼻で笑ってみせる。
「ったく、お熱いこって」
「……プロシュート。お前は何度、名前にちょっかいを出す気だ」
「ハッ! わかってねえようだな、リゾット。オレは男、今は名前も男なんだぜ? お前……オレらが友情を深めるためにじゃれ合うのも許さねえつもりか? え?」
友情を深める。じゃれ合う。彼が放つ一言一句に掻き立てられていく名前への独占欲。
お前のそれは、明らかに≪友愛≫じゃあないだろう――そう言いたげにより強まった、彼女を抱きすくめる腕の力。
当然、密度の高い谷間へますます顔を押さえつけられ、苦しそうに呻く少女。
「りぞっ……りぞ、とさん! ん……もう、ちょ、と……緩め……っんん!」
途切れ途切れの声。
ところが、酸素不足で脳内が白み始めたとき、ふと覚えた≪違和感≫に名前はハッとした。
「ッ(この感じ、まさか……!)」
熱を帯びる躯体――特に、口には出せないようなある箇所がひどく熱い。
そこでようやく理解する。自分は今、鼻を擽るリゾットの香りに、神経が捉える乳房の柔らかさに、胸で包まれるというシチュエーションに反応しているのだ、と。
男性の身体は、なんて摩訶不思議なのだろうか。
動揺が心に広がると同時に、彼女の意識はもはや限界に達していた。
「はふ、っ、ぅ……ん、ぁ……も、だめ…………」
充満した二酸化炭素。脳内が、侵される。
そして少女は、落ちゆく瞼に抗うこともできず、ふっと気を失った。
一方、名前を抱き込む彼は、まさか恋人が気絶したとは思わずに眼前のライバルへ話し続ける。
「名前は確かにおしとやかで少し抜けていてオレのかけがえのない癒しで……とても可愛い。それは男になったとしても同じ……いや、男女がどうかなど関係ないな。性別がどうこうではなく、≪名前≫が控えめで愛らし――」
「なあ、リゾット」
「……なんだ。人の話を遮るんじゃあない」
「そりゃあ悪かったな。だがよお、その≪お前の≫名前が、気ィ失ってるぜ?」
プロシュートが淡々と吐き出した単語。
それにギョッとして視線を落とすと、自分の谷間で彼女がぐるぐると目を回しているではないか。
「(きゅー)」
「名前!? ど、どうしたんだ名前……!」
「……?」
目の前を埋め尽くした白――天井。
見慣れた景色に、ここが部屋なのだと察した少女はゆっくりと上体を起こした。
そして、冷静を取り戻した自身にホッと息をつきながら、先程の事件について逡巡する。
「っ、私の身体……リゾットさんの、む……胸で反応しちゃったん……だよね?」
思い出し、見る見るうちに赤面した顔。同時に思うことは一つ。
「男の人の身体って、やっぱり不思議……」
恥ずかしさを紛らわすために呟いた感想。
しばらく黙り込んだ名前が、不意に深紅の瞳を己の下半身から窓へ移した、次の瞬間だった。
「名前!」
「! リゾットさん……ごめんなさい。お仕事なのにご迷惑をおかけ――むぐっ」
言葉を遮るように、リゾットに強く抱きしめられた首から上。このままでは、先刻の二の舞になりそうだ。
「なぜ謝るんだ。君が謝る必要はない。名前……本当にすまなかった。まさか胸で窒息させてしまうとは……頭は痛くないか? この指はちゃんと一本に見えるか?」
「んっ、ぁ……それは……大丈、夫、ですけど……と、というか……現在進行形で、くるし……っ」
「! す、すまない…………ところで。先程勃ち上がっていた一物は、もう収まったんだな」
「はぁっ、はっ……、え」
ピシッ
刹那、硬直する彼女の表情。
気付かれていたなんて――さらに頬を赤らめた少女に対して、真顔を貫く彼は恋人の股座を冷静に分析している。
「ふむ、今は落ち着いているようだ。だが我慢は身体に悪い……そうだな、≪今からオレが手解きしよう≫」
「……はい?」
「恥ずかしがり屋の名前のことだ。≪初めての感覚≫に戸惑ったんだろう? まったく、困惑する君を放っておけるはずがないというのに……かくいうオレも、こうした体験が初めてであることに変わりはないんだが、≪なんとかなる≫。シてみせる。というわけで――」
オレにすべて任せてくれ。
優しくそう囁いて、安堵を自分にもたらすように男が宿した微笑み。
そっと迫る女性らしい細く婀娜やかな手。
興味ゆえか情愛ゆえか、異様に煌めいた眼差しをこちらへ向けるリゾットの腕をすかさず避けながら、名前は恐る恐る喉を震わせた。
「……リゾットさん」
「ん?(キラキラ)」
「私のこと。しばらく探さないでください……!」
珍しく切実な声が室内に轟いた刹那、勢いよくベッドから立ち上がった彼女が部屋を飛び出す。
「名前!?」
背後から届く自分の名前。もちろん今も走り続ける少女自身、彼と身体を重ねることは嫌いではないが――状況が状況なので、今はご遠慮願いたい。
だが、恋人にもはや溺愛と言っても過言ではないほど惚れ込む男が、名前の発言に≪はい、そうですか≫と終わるはずもないのだ。
「逃がすか」
「!?」
廊下に増える足音。振り返れば、真顔のまま徐々に近付いてくるリゾットの姿が。正直、怖くて仕方がない。
「名前……いいから足を止めるんだッ!」
「はあ、っ……止まりません! 私はリゾットさんに近付きません! あ、≪諦める≫という選択肢もあるんですよ?」
「(い、今のはまさかオレのセリフを真似したのか? まったく、なんて可愛らしいんだ……)諦める? ふ……名前、君が止まらない限り、オレは君を追い続けるぞ……たとえ≪地の果て≫まででもな」
「ひっ……リゾットさん! ふ、ふくよかな胸を揺らして走ってこないでくださいぃぃ!」
追われる≪男≫と追い回す≪女≫。
その後、暗殺チームとは思えない平和なアジトには、息を切らしつつ走る修道士の逃亡劇がしばらく見かけられたらしい。
Signore e Signori
男にとって、優先すべきは原因究明より彼女との目合い。
〜おまけ〜
それから、いろいろあったことが幸いしてか(名前にとっては災難とも言える)、無事二人は戻ることができました。
「はあ、どうなるかと思ったが……これで一安心だな」
「そうですね……元に戻ることができて安心しました。でも――」
「あの、リゾットさんはどうして、私の胸元に頭を乗せているんですか?」
ベッド上に浮かぶ二つの影。
リゾットは今、先程自分がさせたように、彼女のふくよかな胸部へ頭を寄せている。
もちろん下唇を噛んだ少女にとっては、羞恥が心中を占めているようだ。そろそろ退いてほしいです――と小さく呟いたが、恋人の感触を確かめている彼が頷くわけもない。
「ダメだ。性別が入れ替わり、さまざまなことを経験したが、やはりこちらの方がいいと思ってな……君の柔らかな胸枕を堪能しているところなんだ」
「! ううっ、せ……セクハラは……ダメ、です」
顔から火が出たかのごとく、ボンッと赤らんだ名前の白い陶器のような肌。
しかし、≪セクハラ≫と言われた男は長い髪を揺蕩わせる彼女を下から見上げ、ただただ首をかしげるばかり。
「ん? セクハラではない……オレはただ感じたことを言っただけだぞ? あと、元から成熟していた名前の胸を≪オレがさらに育てた≫と思えば、喜びも一入だ」
「なっ、〜〜そんなことまで聞いてません!」
「む……そうなのか?」
相変わらず不思議そうなリゾット。
本当に――目の前の彼はどこまで天然なのだ。
さらに赤面した少女は、≪そうだ≫と伝えるようにコクコクと大振りに頷いた。
「はいっ。そ、育てただなんて、すごく恥ずかしいです////…………それに」
そこで言葉を詰まらせた名前は、そのまましばらく口ごもっていたが、意を決したのか――
「も、もっと胸の大きい方なら……世の中にたくさんいらっしゃいます、よ?」
と音を紡ぎ出す。
自覚している小さな嫉妬。この男を恋い慕ってから、溢れて止まることのない悋気。私、また――といたたまれなさゆえにふいと顔を背けた名前。
一方、少しの間呆気に取られていたリゾットは、ハッと我に返ると同時に彼女の名を口にした。
「名前」
「っもう胸枕……いいですよね? 皆さん心配されてると思いますし、二人でリビングに戻りま――」
「させるわけないだろう」
「あ……っ」
頬に添えられた大きく無骨な手。
半強制的にそちらへ向かされた少女が見たのは、喜びと怒気の入り交じった深い色の瞳。
「名前は何か勘違いをしていないか? オレは胸の大きな女がいいんじゃあない。≪名前だから≫こそ、このバストに母性や心地よさを覚えるだけでなく、気分も高揚するんだ」
この歳でそれもどうかと思うが、君を前にすると、自然と甘えられるのかもしれないな――口元に浮かべたのは、大切に想う名前に対してしか見せない微笑。
そもそも自分は≪誰かに甘える≫といった性格ではないはずだが、彼女と出逢えたことで変わったらしい。
≪包容力≫。
それが、少女が放つ魅力の一つなのだ。だが今眼前で一層顔を紅潮させた本人はそれを自覚せずに、自分以外をもふわりと包み込んでしまうのだから本当に困ったものである。
「リゾット、さん?」
「……名前。オレは、君とこうして何気ない時間を過ごせば過ごすほど、欲深くなってしまっているようだ」
「! っ……それは、私も……私だって同じ、です」
≪一緒にいたい≫。≪いてほしい≫。
不安定な未来だとわかっていながらも願ってしまう自分は、おそらく末期なのだろう――とまさか互いが同じことを考えているとは知らずに、苦笑する二人。
しかし言わずもがな、控えめにはにかんで「私もです」と応えた名前に、リゾットが平常心を保っていられるはずもなく。
「えへへ……、……っひゃ!?」
「ふ……やはりたまらないな。この触感、か細い声、恥じらう表情……名前が可愛くて仕方がない」
「っリゾットさん……ど、どうして胸を触ってるんですか……ん! はっ、ぁ……やぁ……っ」
「≪よいではないか、よいではないか≫」←最近覚えた日本語
なぜか服越しの乳房を揉みしだく彼の手のひら。ついにその責め苦に堪え切れなくなった彼女は、微かに淫らな声を上げつつ口を開いた。
「〜〜っリゾットさん! なんだか……ちゅ、≪中年のおじさん≫みたいです……!」
「おッ!?」
これ以上の被害拡大を避けるために叫ばれた言葉。
もちろん、その発言と≪愛しい少女から≫というのも相まって、男が心に大ダメージを受けたのは言うまでもない。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
リーダーと連載ヒロインの性別が入れ替わるお話でした。
リクエストとお祝いのお言葉ありがとうございます!
ちなみにタイトルは、英語で言う「Ladies & Gentlemen」だそうです。
そしてお互いの性別が戻るまでに、リゾット姉さんがヒロインくんに一体ナニをしたのか……ご想像にお任せいたします(笑)。
感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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※リーダーと連載ヒロインの性別が入れ替わっております
※ギャグ微裏
カーテン越しの薄い光が射す、穏やかな朝。
「ん……、っ」
いつもと変わらない恋人の腕の中で、小さく身じろいだ名前。
そして、離れたくないという名残惜しさの中、≪でも起きなきゃ≫と彼女はリゾットの胸元から距離を置こうとした。
「?」
だが、何かがおかしい。
正体のわからない、あくまでも≪何か≫。漠然としたそれに寝ぼけ眼で首をかしげた少女は、ふと目の前へ手を伸ばし――
ムニ
「えっ」
柔らかな感触に瞠目する深紅。
それは、自分の身体の一部ではない。
すでに寝起きゆえの微睡みから目が覚めたのか、双眸をぱちくりさせた名前は言い様のない不安に襲われ、布団の中を覗き込んだ。
なんだか声が低い気がする――と頭の隅で思いながら。
「!?!?」
ありのまま起こったことを話すと、己の下半身にあるモノが≪生えていた≫。さらに言えば、胸の膨らみも≪ない≫。視界には、あまり見慣れない≪男の身体≫が映る。
刹那、声にならない声を上げて、彼女は布団を手に寝台を抜け出した。
「……、名前……?」
「!」
当然シーツだけが残されたベッドの上でのそりと起き上がる――屈強な身体をした男ならぬ、銀髪美女。
ふわふわと揺れる胸元あたりまで伸びた髪に、ぼんやりと開かれた黒目がちの瞳。
しなやかな裸体から必死に視線を外しつつ、髪が肩上まで短くなっている少女は確認の意を込めておずおずと口を開く。
「り、リゾットさん……ですよね?」
漂う沈黙。
しばらくして、微かにひそめられた彼の眉根。
「何を言っているんだ。……オレが、オレ以外の男に名前と朝を迎えさせると思うか?」
「え……えっと、なんと答えればいいのかわからないんです、けど」
「……まあいい。まだ起きるには早いだろう……名前、こっちにおいで」
≪来ないのなら、オレが捕まえに行くぞ≫。
そう言って、こちらへ迫ろうとする美しい女性。
自分に起こった異変に気付かぬまま、リゾットがベッドから床へ生足を着けた瞬間、ついに羞恥が頂点に達した名前は己の躯体に手繰り寄せていた布団を勢いよく彼の頭へ被せた。
「ブフッ!? ……何をするんだ名前。それに、いつの間に髪を切っ――」
「と、とにかく! リゾットさんは服を着てください……っ!」
「ベネッ! ベネェェエエエ! リーダーが、巨乳美女だって!? ハアハア、まさかこんなことが起きちゃうなんてねえ……生きててよかった! ハアハアハア!」
「うっわ……この乳、パチモンじゃねェよな?」
「ああ、そのようだが……まったく、どうなっているんだ」
おかげで肩が重くて仕方がない――辟易とした顔色で呟き、シャツで包まれた乳房を持ち上げてみせたリゾット姉さんに歓声を上げる変態(メローネ)と親父(ホルマジオ)。
その異様と言っていい光景を、苦笑気味に名前が傍観している、と。
「で〜? 髪まで短くなってさ……名前はオレたちと同じ、≪男≫になっちゃったワケ?」
「! め、メローネさん……驚かさないでくださ、ッ!」
スタンド攻撃とも思えず、リビングでくつろいでいるであろう仲間に相談を持ちかけた二人。
もちろん、艶やかなオーラを放つ肉食系女子と優しげで放っておけない気持ちにさせる草食系男子を目にして、一瞬で動揺に覆い尽くされた部屋。
だが、元より≪イベント≫で頻繁に盛り上がる暗殺チームが、ここで冷静に原因究明を実行するはずもなかった。
「確かに、肉付きがないプラス、女の子特有の柔らかさがねえなあ……ハアハア、首筋の香りは変わらず良好……ベネ!」
「え……ぁ、んっ! あの……っど、どこ触って……ぁっ」
「あはは、どこ? どこって名前のこの細ーい腰だけど? んー……ぷりっぷりのお尻を堪能できないのは残念だが、これも案外ベリッシモいいじゃあないか……! オレ、そういう趣味ないはずなんだけど、名前≪くん≫ならアリだぜッ! 新しい扉が……って、そうだ。名前は男であること自体初めてなんだし、≪トイレ≫も戸惑うよね? ね!? どうせだから、今からオレが教えてあげ――グフッ」
「『メタリカ』」
顔をあっという間に赤くした彼女の普段より平たい身体を撫で回し、なぜか息を荒げるメローネ。
当然ながら、露わになっている少女のうなじに舌を寄せようとしていた彼は、≪ベネ≫という口癖と共にカミソリを吐く。
カラン、とリビングに響き渡る金属音と倒れ込む男。
その哀れな姿を、攻撃を仕掛けた張本人は見ようともせずに、心配なのかメローネのそばでしゃがんだ名前の相変わらず華奢な肩を掴んだ。
「名前。たとえ君が今、男であってもこいつは危険な存在だ。すぐに息を吹き返すだろう……君はオレのそばを離れるんじゃあない。いいな?」
「は、はい(全体的にリゾットさんの方が、危ないと思うけど……)」
「いい子だ」
優しく撫でられる頭。小さな不安を脳内に過ぎらせながらも、彼女は温かいその手つきに柔らかな笑みを浮かべた。
一方、周りから見れば、独特の空気を醸し出す二人は≪まさに少年と、彼を諭す姉御≫。
かなりの美女ではあるものの、中身があの≪リーダー≫か――そう考えると、自然と彼らの口からは深いため息がこぼれてしまう。
「……なんだお前たち。人の顔を見てため息をつくんじゃあない」
それが自分に向けられているのだと気付いたのだろう。
少女を守るように抱き寄せたまま、彼が怪訝を赤の眼に宿すと、落胆した男のうちの一人であるホルマジオが後頭部を掻きつつ言葉を連ねていく。
「いや……なんつーかよォ。色気も、胸の大きさも申し分ねえけど、所詮リーダーだしなァ……って思ってよ」
「そうそう。オレ、正直リーダーとどう接したらいいかわかんないし、男になっても名前は名前なんだし……二人とも早く戻ってよ」
そして、彼に同意するようにコクコクと頷いたイルーゾォ。
と言っても、戻る方法が見つからないので、どうしようもできない。
名前がいたたまれなさに眉尻を下げていると、それを代弁するように、つい数秒前まで≪リゾットが女に、名前が男に≫という二つの衝撃的な事実に固まり続けていたギアッチョが、勢いよく拳をテーブルへ打ち付ける。
「オイ! テメーら、ンなこと言ってもなんの解決にもならねーだろうがァ――ッ! つか、こういうのはなァアア、焦っても意味ねえんだよ! クソックソッ!」
「あっれー? ≪なんでワケもなく性別が入れ替わってんだよ、納得行かない≫って怒り出しそうなギアッチョが、珍しいね」
「はア? ンなモン、全然納得いかねえに決まってんだろ。……だが俺は」
チーム一強靭な生命力を誇ることもあって、いつの間にか復活したメローネがからかうように見せたにやけ顔。
すると、彼の揶揄に対して青筋を立てた男は、面倒くさそうに応えながらきょとんとする彼女の頭を鷲掴みにして――
「?」
「コイツとはこの方が接しやすい」
と、言い放った。
どういうことだろうか。
相変わらず旋毛を覆う手のひらを感覚が捉えたまま、少しばかり首を捻った少女は、無自覚の上目でギアッチョの赤い眼鏡越しの瞳を見つめる。
「えっと……ギアッチョさんは、いつもの私じゃダメですか?」
「なッ……そ、そうとは言ってねえだろうがァアア――ッ! 変な勘違いしてんじゃねえぞッ! テメーもリゾットも、元の方がいいに決まってんだろォオ……そこんとこは察しろよ! この天然ボケがッ!」
「ぶふっ(いろいろなことに困惑してる名前をフォローしたかっただけ、って言えばいいのにさ……素直じゃないなあ。ディ・モールト損してるぜ)」
それからと言うもの、こうなった原因もわからず、さすがにリゾットのそばに居続けるのも憚られた名前は、ソファにちょこんと座り右隣のペッシと現状についてのほほんと話していた。
「なんか、すげーっすよね。リーダー想像以上に……び、美人だから……驚いちまうというか、気後れしちまうというか」
「ふふ、そうですね。リゾットさん、女の人になっても素敵だなんて」
ただ、こうした状況でも仕事は容赦なくやってくる。あくまでいつも通り人選を行うリーダーと、その扱いに困っているのか苦笑気味の仲間たちを眺めて微笑む娘――否、男の子。
そんな彼女を視界に収めつつ、青年はぼんやり思う。
「(≪素敵≫かあ。リーダーの前で言ったら絶対喜ぶのに……でも名前は照れ屋だし、恥ずかしいんだろうな)」
一方、彼の思考など一切知ることなく、少女は恋人をちらりと見て、ポッと頬を赤らめた。
身長もあるのかすらりとした身体。
色っぽくも、優雅なオーラ。
表情があまり変わらないことで際立つ、高嶺の花。
「(すごく、綺麗だなあ)」
客観的に見て美人だ。
彼ならぬ彼女が外へ出かけた日には、ここは礼儀として女性に声をかける国、イタリアということもある。大変なことになるだろう。
あえて付け加えるが、これは惚れた欲目ではない。むしろ、今の自分は恋人として男の隣に並ぶことすら、萎縮するに違いない。
「……(ちら)」
気難しい顔をしているリゾットと、やはり女性である彼に興味が湧くのか浮き足立つ男たちを一瞥してから、名前は不意に己の身体を見下ろす。
その中でどうしても気になってしまう、今は盛り上がってすらいない胸元。
視線を恋人の元へ戻すと、彼のそれは、元の自分より一回り以上ボリュームがあった。
女性はその大きさがすべてではない。そうわかっていても――男性、それも恋人より胸が控えめという事実は正直複雑で。
「(私、≪女≫としてどうなんだろう……)」
図らずとも、桜色の唇から溢れ出すため息。
そのときだった。
「なーに、辛気臭え顔してんだ」
「!」
突如右から届く聞き慣れた声に、ビクリと揺れる肩。
ペッシからプロシュートへ。
いつの間にか交代した隣に驚きを表情へ滲ませてから、彼女は咄嗟に笑顔を取り繕おうとする。
「プロシュートさん……! 私、辛気臭い顔なんてしてませ――」
「ククッ、嘘付くんじゃあねえよ。名前……お前、あいつの外見に引け目感じてんだろ?」
「っ……そ、それは」
作戦失敗。そもそも、人の動きに目敏い彼に隠し事を試みる方が無謀だったのだろう。
言い淀み、静かに目を伏せた少女に≪肯定≫を悟ったのか、おもむろに腕を持ち上げ――
「わわっ!?」
わしゃわしゃと今は短い黒髪を掻き混ぜ始めた。
その感触に名前は鈴を張ったような双眸を白黒させたが、真意を問うために男をおずおずと見上げる。
するとこちらを貫く鋭い蒼には、怒りと呆れ。
「名前、名前、名前よ〜! お前は今、原因はわからねえが男なんだろうが。男に乳があるわけねえし、リゾットの一時的なモンにへこたれてどうする! つーかオメー、自分の身体にそんなに自信ねえのか? なんなら今度、オレが≪直々に≫全身隈なく測ってやるから一人で部屋に来い!」
「あ、う……えっと」
さらりとセクハラ発言と誘い文句をかましているが、そこはやはりプロシュート兄貴。
お得意のマシンガントークで、彼女に拒否させる暇をも与えない。
「それに、よーく考えてみろ。いいか? あいつのありゃあ元は≪筋肉≫なんだぜ? あんだけ鍛えてんだ……そりゃ盛り上がるだろうよ。……つまり、お前の柔らかい胸とは成分が違うってこった」
≪成分が違う≫。
確かに、言われてみればそうかもしれない。リゾットの場合、元は男性なのだから。
蔓延っていた微かな劣等感が胸から消えたようだ。少女は花が咲き誇るように顔を綻ばせた。
「……ありがとうございます、プロシュートさん。慰めてくださったんですね」
「ハン、気にすんな。オレァただ、お前の沈んだ表情より、可愛い笑顔が見たいだけだ」
ニヒルに潜む、柔らかな笑み。
そして彼はいつものごとく、名前の華奢な肩へ左腕を回そうとした――が。
「(……ちょっと待てよ、オレ)」
包む寸前で、ぴたりと止まる手のひら。
彼女は今生物学的に≪オス≫――つまり自分と同じ≪モノ≫が付いているのだ。
一方、プロシュートがまさか葛藤しているとは気付かずに、どうしたのだろうと少女は小首をかしげる。
「?」
「(今の名前は……男、なんだよな? いや……そもそもマジで男なのか?)」
確認しなければわからない。
むしろ、≪確かめたい≫。
とは言え、このままもし自分の部屋へ連れ込めば、妙な気を起こしてしまいそうだ。
いや――その≪予感≫を頭の中に過ぎらせたところで、彼は己を嘲るように薄笑いを滲ませた。
「(ハン、何を躊躇ってんだ、オレは。相手は名前だぜ? 男や女じゃねえ……オレがたった一人、愛してる奴であることに変わりはないじゃねえか)」
――名前は名前だ。
一人錯綜する想いを落ち着かせた男。小さく息を吐き出したプロシュートがふと視線を横へ移すと、今しがた議題の中心にあった、心の奥に紛れもなく存在する張本人が自分の顔を覗き込んできている。
「あの……プロシュートさん、大丈夫ですか?」
「……まあな。少し考え事だ……って、なんだ? オレのこと、心配してくれんのか?」
「し、しないわけないじゃないですか!」
心配するのは当然です、と唇を尖らせる名前。≪嬉しい≫――素直にそう思った。
「ククッ、ありがとな(……確かめてやろうじゃねえか。それと……さっきの変態じゃあねえが、ある意味男を知らねえ名前には部屋でいろいろと教えてやればいい。いろいろと……な)」
そのときの光景や可愛い反応を想像し、口端が歪む。
それから、不思議そうに自分を凝視する彼女と視線を重ねたまま、男が優しく、かつ強引にその肩を抱いた。
瞬間。
「何をしている……!」
恋人の身に起きていること。それを、リゾット姉さんが見逃すはずがなかったのである。
「はわ!?」
腕を引き寄せられたかと思えば、彼の胸元へボフンと音を立てて飛び込んだ。
突然のことに目を見開いた少女は、空気の薄い密室の中、なんとか息をしようと顔を上げる。
と、自分を見下ろす男の眉間にはこれでもかと言うほどシワが寄っていた。
「まったく……名前、≪オレのそばを離れるな≫と言っただろう?」
「ご、ごめんなさ……んっ、ふ……り、りぞっとさ……くる、し……っ」
ギュウギュウと口元を締め付ける、呼吸をも許さない肉付きの良いバスト。
すると、二人のなんとも言えない景色を一瞥して、プロシュートが鼻で笑ってみせる。
「ったく、お熱いこって」
「……プロシュート。お前は何度、名前にちょっかいを出す気だ」
「ハッ! わかってねえようだな、リゾット。オレは男、今は名前も男なんだぜ? お前……オレらが友情を深めるためにじゃれ合うのも許さねえつもりか? え?」
友情を深める。じゃれ合う。彼が放つ一言一句に掻き立てられていく名前への独占欲。
お前のそれは、明らかに≪友愛≫じゃあないだろう――そう言いたげにより強まった、彼女を抱きすくめる腕の力。
当然、密度の高い谷間へますます顔を押さえつけられ、苦しそうに呻く少女。
「りぞっ……りぞ、とさん! ん……もう、ちょ、と……緩め……っんん!」
途切れ途切れの声。
ところが、酸素不足で脳内が白み始めたとき、ふと覚えた≪違和感≫に名前はハッとした。
「ッ(この感じ、まさか……!)」
熱を帯びる躯体――特に、口には出せないようなある箇所がひどく熱い。
そこでようやく理解する。自分は今、鼻を擽るリゾットの香りに、神経が捉える乳房の柔らかさに、胸で包まれるというシチュエーションに反応しているのだ、と。
男性の身体は、なんて摩訶不思議なのだろうか。
動揺が心に広がると同時に、彼女の意識はもはや限界に達していた。
「はふ、っ、ぅ……ん、ぁ……も、だめ…………」
充満した二酸化炭素。脳内が、侵される。
そして少女は、落ちゆく瞼に抗うこともできず、ふっと気を失った。
一方、名前を抱き込む彼は、まさか恋人が気絶したとは思わずに眼前のライバルへ話し続ける。
「名前は確かにおしとやかで少し抜けていてオレのかけがえのない癒しで……とても可愛い。それは男になったとしても同じ……いや、男女がどうかなど関係ないな。性別がどうこうではなく、≪名前≫が控えめで愛らし――」
「なあ、リゾット」
「……なんだ。人の話を遮るんじゃあない」
「そりゃあ悪かったな。だがよお、その≪お前の≫名前が、気ィ失ってるぜ?」
プロシュートが淡々と吐き出した単語。
それにギョッとして視線を落とすと、自分の谷間で彼女がぐるぐると目を回しているではないか。
「(きゅー)」
「名前!? ど、どうしたんだ名前……!」
「……?」
目の前を埋め尽くした白――天井。
見慣れた景色に、ここが部屋なのだと察した少女はゆっくりと上体を起こした。
そして、冷静を取り戻した自身にホッと息をつきながら、先程の事件について逡巡する。
「っ、私の身体……リゾットさんの、む……胸で反応しちゃったん……だよね?」
思い出し、見る見るうちに赤面した顔。同時に思うことは一つ。
「男の人の身体って、やっぱり不思議……」
恥ずかしさを紛らわすために呟いた感想。
しばらく黙り込んだ名前が、不意に深紅の瞳を己の下半身から窓へ移した、次の瞬間だった。
「名前!」
「! リゾットさん……ごめんなさい。お仕事なのにご迷惑をおかけ――むぐっ」
言葉を遮るように、リゾットに強く抱きしめられた首から上。このままでは、先刻の二の舞になりそうだ。
「なぜ謝るんだ。君が謝る必要はない。名前……本当にすまなかった。まさか胸で窒息させてしまうとは……頭は痛くないか? この指はちゃんと一本に見えるか?」
「んっ、ぁ……それは……大丈、夫、ですけど……と、というか……現在進行形で、くるし……っ」
「! す、すまない…………ところで。先程勃ち上がっていた一物は、もう収まったんだな」
「はぁっ、はっ……、え」
ピシッ
刹那、硬直する彼女の表情。
気付かれていたなんて――さらに頬を赤らめた少女に対して、真顔を貫く彼は恋人の股座を冷静に分析している。
「ふむ、今は落ち着いているようだ。だが我慢は身体に悪い……そうだな、≪今からオレが手解きしよう≫」
「……はい?」
「恥ずかしがり屋の名前のことだ。≪初めての感覚≫に戸惑ったんだろう? まったく、困惑する君を放っておけるはずがないというのに……かくいうオレも、こうした体験が初めてであることに変わりはないんだが、≪なんとかなる≫。シてみせる。というわけで――」
オレにすべて任せてくれ。
優しくそう囁いて、安堵を自分にもたらすように男が宿した微笑み。
そっと迫る女性らしい細く婀娜やかな手。
興味ゆえか情愛ゆえか、異様に煌めいた眼差しをこちらへ向けるリゾットの腕をすかさず避けながら、名前は恐る恐る喉を震わせた。
「……リゾットさん」
「ん?(キラキラ)」
「私のこと。しばらく探さないでください……!」
珍しく切実な声が室内に轟いた刹那、勢いよくベッドから立ち上がった彼女が部屋を飛び出す。
「名前!?」
背後から届く自分の名前。もちろん今も走り続ける少女自身、彼と身体を重ねることは嫌いではないが――状況が状況なので、今はご遠慮願いたい。
だが、恋人にもはや溺愛と言っても過言ではないほど惚れ込む男が、名前の発言に≪はい、そうですか≫と終わるはずもないのだ。
「逃がすか」
「!?」
廊下に増える足音。振り返れば、真顔のまま徐々に近付いてくるリゾットの姿が。正直、怖くて仕方がない。
「名前……いいから足を止めるんだッ!」
「はあ、っ……止まりません! 私はリゾットさんに近付きません! あ、≪諦める≫という選択肢もあるんですよ?」
「(い、今のはまさかオレのセリフを真似したのか? まったく、なんて可愛らしいんだ……)諦める? ふ……名前、君が止まらない限り、オレは君を追い続けるぞ……たとえ≪地の果て≫まででもな」
「ひっ……リゾットさん! ふ、ふくよかな胸を揺らして走ってこないでくださいぃぃ!」
追われる≪男≫と追い回す≪女≫。
その後、暗殺チームとは思えない平和なアジトには、息を切らしつつ走る修道士の逃亡劇がしばらく見かけられたらしい。
Signore e Signori
男にとって、優先すべきは原因究明より彼女との目合い。
〜おまけ〜
それから、いろいろあったことが幸いしてか(名前にとっては災難とも言える)、無事二人は戻ることができました。
「はあ、どうなるかと思ったが……これで一安心だな」
「そうですね……元に戻ることができて安心しました。でも――」
「あの、リゾットさんはどうして、私の胸元に頭を乗せているんですか?」
ベッド上に浮かぶ二つの影。
リゾットは今、先程自分がさせたように、彼女のふくよかな胸部へ頭を寄せている。
もちろん下唇を噛んだ少女にとっては、羞恥が心中を占めているようだ。そろそろ退いてほしいです――と小さく呟いたが、恋人の感触を確かめている彼が頷くわけもない。
「ダメだ。性別が入れ替わり、さまざまなことを経験したが、やはりこちらの方がいいと思ってな……君の柔らかな胸枕を堪能しているところなんだ」
「! ううっ、せ……セクハラは……ダメ、です」
顔から火が出たかのごとく、ボンッと赤らんだ名前の白い陶器のような肌。
しかし、≪セクハラ≫と言われた男は長い髪を揺蕩わせる彼女を下から見上げ、ただただ首をかしげるばかり。
「ん? セクハラではない……オレはただ感じたことを言っただけだぞ? あと、元から成熟していた名前の胸を≪オレがさらに育てた≫と思えば、喜びも一入だ」
「なっ、〜〜そんなことまで聞いてません!」
「む……そうなのか?」
相変わらず不思議そうなリゾット。
本当に――目の前の彼はどこまで天然なのだ。
さらに赤面した少女は、≪そうだ≫と伝えるようにコクコクと大振りに頷いた。
「はいっ。そ、育てただなんて、すごく恥ずかしいです////…………それに」
そこで言葉を詰まらせた名前は、そのまましばらく口ごもっていたが、意を決したのか――
「も、もっと胸の大きい方なら……世の中にたくさんいらっしゃいます、よ?」
と音を紡ぎ出す。
自覚している小さな嫉妬。この男を恋い慕ってから、溢れて止まることのない悋気。私、また――といたたまれなさゆえにふいと顔を背けた名前。
一方、少しの間呆気に取られていたリゾットは、ハッと我に返ると同時に彼女の名を口にした。
「名前」
「っもう胸枕……いいですよね? 皆さん心配されてると思いますし、二人でリビングに戻りま――」
「させるわけないだろう」
「あ……っ」
頬に添えられた大きく無骨な手。
半強制的にそちらへ向かされた少女が見たのは、喜びと怒気の入り交じった深い色の瞳。
「名前は何か勘違いをしていないか? オレは胸の大きな女がいいんじゃあない。≪名前だから≫こそ、このバストに母性や心地よさを覚えるだけでなく、気分も高揚するんだ」
この歳でそれもどうかと思うが、君を前にすると、自然と甘えられるのかもしれないな――口元に浮かべたのは、大切に想う名前に対してしか見せない微笑。
そもそも自分は≪誰かに甘える≫といった性格ではないはずだが、彼女と出逢えたことで変わったらしい。
≪包容力≫。
それが、少女が放つ魅力の一つなのだ。だが今眼前で一層顔を紅潮させた本人はそれを自覚せずに、自分以外をもふわりと包み込んでしまうのだから本当に困ったものである。
「リゾット、さん?」
「……名前。オレは、君とこうして何気ない時間を過ごせば過ごすほど、欲深くなってしまっているようだ」
「! っ……それは、私も……私だって同じ、です」
≪一緒にいたい≫。≪いてほしい≫。
不安定な未来だとわかっていながらも願ってしまう自分は、おそらく末期なのだろう――とまさか互いが同じことを考えているとは知らずに、苦笑する二人。
しかし言わずもがな、控えめにはにかんで「私もです」と応えた名前に、リゾットが平常心を保っていられるはずもなく。
「えへへ……、……っひゃ!?」
「ふ……やはりたまらないな。この触感、か細い声、恥じらう表情……名前が可愛くて仕方がない」
「っリゾットさん……ど、どうして胸を触ってるんですか……ん! はっ、ぁ……やぁ……っ」
「≪よいではないか、よいではないか≫」←最近覚えた日本語
なぜか服越しの乳房を揉みしだく彼の手のひら。ついにその責め苦に堪え切れなくなった彼女は、微かに淫らな声を上げつつ口を開いた。
「〜〜っリゾットさん! なんだか……ちゅ、≪中年のおじさん≫みたいです……!」
「おッ!?」
これ以上の被害拡大を避けるために叫ばれた言葉。
もちろん、その発言と≪愛しい少女から≫というのも相まって、男が心に大ダメージを受けたのは言うまでもない。
![](http://img.mobilerz.net/sozai/1616_w.gif)
大変長らくお待たせいたしました!
リーダーと連載ヒロインの性別が入れ替わるお話でした。
リクエストとお祝いのお言葉ありがとうございます!
ちなみにタイトルは、英語で言う「Ladies & Gentlemen」だそうです。
そしてお互いの性別が戻るまでに、リゾット姉さんがヒロインくんに一体ナニをしたのか……ご想像にお任せいたします(笑)。
感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka
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