定休日の精肉店
※一般人ヒロイン






事の発端は、食に対してかなり厳しい仲間たちの叫びにあった。



「ねえリーダー」


「……どうした、メローネ」



いつもは常にハイテンションと言っても過言ではない男が、神妙な面持ちでリビングのソファで家計簿を付けるリゾットの元へ歩み寄ってくる。

正直、嫌な予感しかしない――が、無視するわけにもいかないので彼が大人しく耳を傾ける、と。



「オレッ! もうディ・モールト我慢できない!」


「最初に言う。何に我慢できねえんだ。目的語を言え、目的語を」


「チッチッ。せっかちだなあ、オレたちのリーダーは! そんなんじゃあ焦らしプレイも成立しな……いでででで。ちょっ、ハアハア、無言でさ……ハア、メタリカかますのホントやめてくれよな。いや、実はベリッシモいい……ってそうじゃなくて。だからアレだよ、アレ!」









「≪肉≫が食べたいッ!」



――やはり聞かなければよかった。表面上、顔色一つ変えない男は瞬時に思った。

そう、彼ら暗殺チームは逼迫する財政が影響し、最近はなかなか肉料理にありつけていないのだ。


しかし、食べたいと言われて≪はい≫と出すことができれば、ここまで苦労はしない。



「……」



もちろん、眼前でなぜか息を切らしながら己の応答を待つメローネを、簡単に説き伏せられるとも考えておらず――そのあたりは、さすが長年この個性派揃いな面々を一つにまとめる、≪リーダー≫を担ってきただけのことはある。


なんと返そうか。あまりにも埓が明かない場合は、武力行使に出ざるをえないかもしれない。

脳内を過ぎっていく思考と共に、瞬きを一つ。


そして、再び深い色の瞳へ蛍光灯を宿したリゾットが口を開こうとした矢先、ここぞとばかりに叫んだのは颯爽と部屋へ乗り込んできたプロシュート。



「ハン、変態! いつもは≪どうでもいいこと≫しか言わねえお前だが……今回ばかりはよく言ったッ! オメーら、この調子で畳み掛けろ! オレたちはなあ、海藻でも発酵物でもねえ! 肉が食いてえんだ!」


「そうだ! 食の暴力、野菜ばっかは許可しない!」


「お、オレ……フィレのステーキがいいっす!」


「一昨日も魚、昨日も魚、今日も魚……ってよォォオオ! 偏食にも程があんだろうが! ナメやがって、チクショウッ! これって納得行くかァ――ッ!?」


「ハハハッ、まァさすがに缶詰やサラダばっかっつーのも飽き飽きだぜ……。つーことで」





「「「「「「にーく! にーく! にーく!」」」」」」



全員がリビングに顔を出したかと思えば、高らかに繰り広げられる謎の肉コール。


――なぜこのようなときに限って、こいつらは一致団結するのだろうか。

刹那、しばらく黙って彼らの言い分を聞いていたリゾットがおもむろに頬を引きつらせて、



「お前ら……ッ」







「この≪ゼロ≫が足りない家計簿を見てからそう言え! 『メタリカ』ァッ!」



と、恒例のパワハラ(彼は制裁だと思っている)を仲間へ実行した。



だが男自身、実際にタンパク質がビタミンと比べて不足していると常々感じていたのは事実であり――



「……」


翌日。気が付けば、買い物カゴを腕にぶら下げて精肉店の前で佇む私服のリゾット。


以前訪れたときとは様変わりした景観。ずいぶん長い間訪れていなかったことで、狼狽えるのも当然と言える。

とは言え、不審者扱いされるのも困ると、緊張ゆえに喉を上下させた彼が一歩足を踏み出した、瞬間。



「いらっしゃいませ!」


「!」



アルバイトだろうか。こちらへ向かって一礼する看板娘に黒目がちの瞳を見開いた。

とは言え、自分には驚愕している暇すらない――と己を叱咤した男は、歓迎の笑みを浮かべた少女からそそくさと視線をそらす。



「……(これは)」


しかし、明らかに挙動不審のアラサーを待ち受けていたモノ。

横一列に並べられた肉は、想像以上に高価だった。


――いや待て、もしかするとオレの目がおかしくなっただけかもしれない。そうした微かな期待に引き寄せられるがまま、ショーウィンドウにへばりつくリゾット。


そして、他人の目も憚らず改めて札を凝視するが、残念ながら値段が変わることは一切ない。



「(ひ、ひき肉ですら最近はこんなに高いのか……? まあずいぶん購入してなかったこともあるからな、最近は普通なのかもしれない……だが7人分だぞ? たとえ≪一週間に一度のみ肉料理≫と決めたとしても、一ヶ月と財布が持たな――)」


「……あのー」


「!」



次の瞬間。

頭上から届いた声に、ハッと我に返った彼が顔を上げる。


すると、先程自分を穏やかな微笑で迎え入れた店員が、気遣わしげにこちらを覗き込んでいた。



「大丈夫ですか? かなり、悩んでいらっしゃるみたいですけど……」


「い、いや……。大丈――」



男の心を占めるいたたまれなさ。

脳内を掠めた≪帰宅≫の二文字に、抵抗する気も起きず従おうとした刹那。

目の前に現れたのは、上質な紙に包まれたかなり大量のひき肉。


オススメだろうか。心は揺らぐものの、買えるわけがない――もはや身に付いてしまった節約スキルに後押しされ、すぐさま断りを入れようとした、が。



「な……!?」


レジに刻まれた恐るべき≪安い≫値段。

おそらく本来の金額より、3割引きされている。



≪だがなぜ≫。珍しく動揺を双眸に浮かべたリゾットが訝しげに前方へ視線を移すと、彼女は声を潜ませて――



「店長には、秘密にしてください」


と、先程とはまた違った、茶目っ気のある可愛らしい笑顔を見せたのだ。


グサリ

そのとき、心臓を突き刺した≪何かしらの感情≫。

当然、その正体を経験したことのない彼は、ひたすら首をかしげるばかり。



「……感謝する」


「いえいえ。またのご来店お待ちしております!」





こうして、アルバイトの少女――名前によって無事肉を安く購入することができた男の率いるアジトには、ちらほら肉料理が現れるようになった。

しかし、その以前と比べてあまりにも≪頻繁≫と呼べるペースに、ふと不思議に思ったホルマジオが、なぜか精肉店へ行くときだけは自ら担当を買って出るリゾットに尋ねる。



「なァリーダー。あれ以来、肉料理が増えたのはいーんだけどよォ、あんたいつも買いに行くたんびにわくわくしてるよな? なんでだ?」


「……、そのことなんだが……」


「? おう」


「どうやら……オレは病に冒されているらしい」



はァ?

どういう意味だ、と隣で眉をひそめる男。


一方、静かに頷いたリゾットが胸に蔓延る違和感を打ち明けた途端、横からではなく遠くから笑声が沸いた。



「ギャハハハハ! ベネ! イイよ、リーダー! 最高だッ! けどそれ、病気じゃないぜ! 恋だよ、恋!」


「リーダーにも春が来た……プッ」


≪恋≫。

もっとも似合わない単語に、今も笑い転げているメローネと吹き出すイルーゾォ。


さらに、盛り上がる周りが不思議で仕方がないのか首を捻る男の元へ、ペッシが嬉しそうに駆け寄ってくる。



「そうだったんすね……リーダー! 頑張ってください!」


「頑張る……? 彼女とはまだ会ったばかりだぞ? 頑張るも何も――」


「おいおい、リゾットリゾットリゾットよ〜! 恋っつーのはな……相手を『落とす』と思ったならッ! そのときスデに行動は終わってんだよ」



つーわけで、その女さっさと射止めてこい。

クイクイと親指で玄関を示し、無茶なことを呟くプロシュート。


付け加えておくと、男たちは決してリーダーをからかっているわけではない。


その証拠に、彼らはリゾットの恋を成就させる四つの作戦を企てていた。








その一。家まで送って(送り狼にあらず)、気が利く男であることを示す。



「……名前」


「あ、こんばんは、リゾットさん。どうされたんですか?」



店の前で、にこりと微笑む名前。

数回の逢瀬によってようやく名前を知ることができたリゾットは、あくまで平常心を装いながら口を開いた。


「いや……偶然通りかかった(本当は一時間待っていた)んだが……」


「? はい」


「もう夜も遅い。……送っていこう」



返答を待ち、上がっていく心拍数。だが、彼の視界には申し訳なさそうに眉尻を下げる少女が。



「ありがとうございます! でも、実家はここ(店の隣)なので……」


なんということだろうか。


≪家が近い≫という思わぬ刺客に驚き呆然していると、静かな笑みと共に繰り出された一礼。

おやすみなさい――そう言って名前が走り去っていく。



「あ……ああ。おやす、み……」



自分一人を照らす街灯。それが、やけに虚しかった。


一の作戦、断念。








その二、花を贈る。



「名前」


「いらっしゃいませ! ふふ、今日のお夕飯用ですか?」


「……すまない。今日は買いに来たんじゃあないんだ」



優しさを意識しつつ言葉を紡げば、頭上にいくつものはてなマークを浮かべる彼女。

大人びた表情とは異なる、年相応のあどけなさにリゾットも自然と口元を緩ませ、



「受け取ってくれ」


「!」


背後に隠していた花束を名前の前へ差し出した。


少女がいつも値引きしてくれるおかげで、アジトの財政はそれなりに安定し、自分はこうして花を買うことができる。

その感謝の意味も込めた花一輪一輪に、さらに溢れる笑み。



「わあ! ……素敵」


「近くで売っていて、だな……気に入ってくれたか?」


「もちろんです! リゾットさん……前に私が話していたこと、覚えててくださったんですね! ≪店に花を飾りたい≫って!」


「……ん?」


今、聞き捨てならない――いや、聞き逃してはならない言葉があったような、なかったような。

ところが、彼がそれを確かめるより先に、名前は花束を両手に抱えて店の奥へと入ってしまう。



「……」


翌日、鮮やかさを得た店内に、まさか今更≪名前個人宛てなんだ≫とは言えず、あえなく撃沈。








その三、押してみる。




「(と聞いたはいいものの、一体何を押せばいいんだ……)」



わからない。

仲間が自分にさせたいことが、見当もつかない。


今日も今日とて真顔のリゾットが財布のファスナーをしっかり閉めながら悩みあぐねていると、少女が今しがた自分が購入したばかりの商品を渡すために近付いてきた。



「……」


「どうされました?」


「押すぞ」



えっ――きょとんとする彼女の華奢な肩を掴み、そっと後ろへ力を込める。

だが当然、二人の間に何が起きるわけでもなく。



「? これは、どういう状況なんでしょうか?」


「……すまない。何でもない」



リゾット・ネエロ。≪押してみろ≫の主旨を理解していない上に、物理的に相手の肩を押し、失敗。









その四、それでダメなら引いてみる。



「……」


「あのー、リゾットさん?」


「…………」



普段よりかなり離れた距離。

かろうじて話は通じるようだが――名前の顔には、ある種仲間の狙い通りに近い≪動揺≫が、これでもかと言うほど滲んでいた。



「ど、どうかされたんですか? 今日はなぜか遠い気がするんですけど……」


「……名前。オレは――」





「オレはお前に近付かない」


「? ええっと……せめてお釣りだけは受け取って欲しいです……お客さんをお待たせしているので」


「…………確かにそうだな」



十八番であるポーズ。

それをあっさりとやめてお釣りを受け取った彼が、後になって恋における≪押す≫と≪引く≫を理解したのは言うまでもない。


四つ目の作戦も、当然挫折。






それからと言うもの、自身だけでなく仲間にため息を吐かれるほど、続く空回り。

どこまで行っても≪平行線≫な恋に、男は妙な悟りを開き始めていた。


そしてある夜、今度こそたまたま所用で通りかかったリゾットが目にしたのは、精肉店のシャッターに貼り付けられた≪定休日≫の文字。



「……今日は休みか」



こんなときに限って、癒しも得られないのか。

珍しく悲痛に似た表情をありありと宿したまま、≪頭巾の端≫が視界を過ぎるほど彼が項垂れている――と。



「あれ、その声はリゾットさん……?」



「ッ!? 名前……」


「こんばんは。すみません、呼び止めてしま、って…………、え?」



互いの顔が街灯で認識できるほど歩み寄ってきてくれた名前の眼が、突如として見開かれる。


――正直、気付くのが遅すぎた。今、己が身に纏っているのは≪あの仕事着≫なのだ。


この形容しがたい服装を自分は結構気に入っているが、同時に一般受けしないことも把握済みだった。

終わった、オレの恋――直後の反応を予想して、もはや≪真っ白≫に尽き果てかけている男が覚悟を決めた瞬間。








「た……逞しいお身体ですね……っ/////」




――あれ。


意外すぎる反応。

まさに拍子抜けのような感覚を味わったまま、リゾットは小首をかしげる。



「そ、そうか?(引かれて、いないのだろうか……?)」


「はい。いつもはシャツを着ていらしたので、その……驚いて」



どうやら、ほうきを握った少女の目は露わになったベルト越しの筋肉へ向かっているらしい。


トレーニングしておいてよかった――と、このときほど思わされたことはない。




「ジムで鍛えていらっしゃるんですか?」


「いや、(金がないので)個人的に筋トレをしている」


「そ、そうなんだ……そっか……あの、リゾットさん!」


「なんだ?」








「私、精肉店の店員としてもっと体力を付けたくて……だから、今度鍛える秘訣を教えてもらえないでしょうか……! あ……店番のとき以外、になってしまうんです、けど」


「!? お……オレでよければ構わないが」


「っ……ありがとうございます!」



引かれなかっただけでなく、まさかデートの約束(張本人たちは自覚していない)を取り付けることができるとは――

なんたる幸運だろう。

空白から、再び色に染まり始めた心。


そして、気を抜けば薄ら笑いをこぼしてしまいそうな顔を引き締めた刹那、男の手のひらに紙一枚が乗せられた。



「じゃあ、またお待ちしてますねっ」



今日は掃除だけのつもりだったのか、あっという間に遠ざかってしまった人影。その背中を見つめつつ我に返った彼が視線を落とすと、そこには≪半割引き≫と刻まれためったにないクーポンが。

これでアジトの食生活にもよりタンパク質が増え、名前とも明らかに距離を縮めることができ――もちろん万々歳である。


少女から手渡されたそれを潰してしまわないよう、リゾットはもう片方の手で拳を作って一人喜びと安堵を噛み締めるのだった。










定休日の精肉店
平行線の先にある――思わぬ奇跡。











大変長らくお待たせいたしました!
リーダーがひたすら空回りするお話でした。
リクエストありがとうございました!
最後の最後に救済措置を取らせていただきましたが、よろしかったでしょうか?


感想&手直しのご希望がございましたら、clapもしくは〒へお願いいたします!
Grazie mille!!
polka



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