02







日没後。



日差しはないな――とリゾットがアジトの外で確認していると、少しばかりお洒落をした名前がタッタッと駆け寄ってきた。



「お待たせしてすみません……!」


「いや、気にしなくていい」



緩む唇をなんとか引き締め、照れ臭そうな彼女の手を取る。

薄闇の中、かち合う視線。


そして、その細く小さな手のひらをぎゅうと握り締めながら、二人仲良く道を歩き始めた。




「そう言えば……リゾットさんは、運転免許って持っていらっしゃるんですか?」


「ああ。さすがに運転ができないと、この仕事は難しい場合もあるからな」


「なるほど……」



横から感じる体温を胸に刻みつつ、「あれ? でも……」と首をかしげる少女。


一方、不思議そうな気持ちを交えた声色に彼も何かを悟ったらしい。



「名前?」


「あ、いえ……ただ少し意外で」



意外?

車を運転することがだろうか。


男もまた首を傾ければ、付け足すように名前が言葉を捻り出す。



「はい。あの、今までリゾットさんが運転されているところを見たことがないので、意外だったんです」


「……ふむ。これと言って理由はないが……」


「リゾットさん?」


「……」



二つの足音だけが夜の帳に響く世界に、今更だが訪れた後悔。


彼女が一人あたふたとしていると、リゾットがおもむろに口を開いた。




「だが、名前とこうして出かけるときは、使うつもりはない」


「?」










「オレは……名前と目を合わせながら、話をしたいからな」


「! えと……っ/////」


「こら。言ったそばから、顔を隠そうとするんじゃあない」



恥ずかしいという理由を把握していながらも、こちらへ目を向けさせるために柔らかな髪の間に指を差し込む。


交差する視線。

二人を包む甘いムード。


名前の瞳がそっと閉じたことを合図に、彼は引き寄せられるがまま距離を縮めた――刹那。






ぐううう



「「!」」


鳴り渡った二匹の腹の虫。

一瞬でピシリと固まった雰囲気に、今度こそ彼女は押し寄せる羞恥で目を伏せた。



「あ、うっ……ご、ごめんなさい」


「いや……オレの方こそ、なんというか……すまない」



彼らの間の空気が、張り詰めている。

微動だにできない。


だが、ふと合った目に――二人は同じタイミングで吹き出した。



「ふっ」


「……ふふ」


「名前、ピザでも食べるか」


「はい……!」



それから、どこかのレストランというわけではなく、選んだのは歩きながら食べる方式。


鼻腔を擽る香りをもたらすピザ。

熱いそれを落としてしまわないよう、両手で大切に持つ。


ただ、男が慣れた手つきで食事を進める一方で、少女は少なからず――いや、かなり苦戦していた。



「ふむ、美味い」


「はふっ、ん……そう、ですね」


「名前……火傷していないか?」



外で食べてみたい、という恋人の気持ちを尊重したものの、伸びるチーズと今も闘っている名前に心配を滲ませる。

しかし、大丈夫と言いたげに繰り出す、懸命な頷き。



「(コクコク)」


「……ならいいんだが」



いまだ訝しそうな眼差し。

それに対し微笑めば、ようやく前へ目線を戻してくれたリゾット。


だからこそ、ヒリヒリと舌先が痛みを帯びたことなど言えるはずがなかった。











「わあ……!」



その後、ゆっくりとしたペースで歩みを進めた末、ある場所に辿り着いた二人。



見上げれば、星空。

見下ろせば、街が作り上げる情景。


小さな丘に立った途端、彼女は感嘆の声を上げた。

闇を照らすようにますます明るくなった笑顔に、彼もそっと微笑を浮かべる。



「喜んでくれたようでよかった」


「えへへ、こんな素敵な夜景に会えるなんて、思いませんでした!」



すごく綺麗――恍惚を交えた呟きと共に、今も包まれた五指に力を込めた。


呼応するがごとく、握り返される手。

刹那、冬と呼ばれる季節にしては珍しく爽やかな風に、少女の夜色の髪がふわりと靡く。


それに空いているもう片方の手を伸ばすと、名前はあどけない顔で自分を見上げてきた。



「名前……」


「リゾットさん?」


「……いや、なんでもない」



えっ――と目を丸くした彼女が声を上げる間も与えずに、甘い唇を奪い去る。


重なった額。

すると、ようやく今起きたことを理解したのか、見る見るうちに赤らむ頬。



「///////」


「顔が、赤いな」



飛び出た率直な感想。

もちろん、少女は反論しようと口を動かした。



「そ、それはリゾットさんが……っ」


「オレが?」


「〜〜っきす、するから」


「(可愛い……)」



心を占める暖かな感情。

それは、名前とこうして会えたからこそ、再び顔を出したのである。

取り戻さなくていい――かつて自身を無一色にしようと努めていた頃、胸を支配していたはずの考えは、もはや跡形もない。


自分の中のあらゆる変化に苦笑と喜心を抱きつつ、男はもう一度いまだ恥ずかしそうな彼女に口付けをした。









「ふう……」



帰宅後、相変わらず静かなアジトで、シャワーを済ませた少女。

リゾットが髪をざっと整えているそばで、名前はベッドに座ったと同時にグラスに入った水を飲む。


すると――



「い……ッ」


チリッと痛みを訴えた舌先。

やはり、火傷になっていたようだ。



「! どうした!?」


「っ、いえ何も……、あっ」



心配をかけまいと慌てて誤魔化そうとした、が。

あっという間に顎を取られ、口を開けさせられてしまった。


そして、患部をその双眸に見とめた瞬間、彼はおもむろに眉を寄せる。



「赤くなっている。……いつからだ」


「それは……えっと、ピザを食べたときに、です」


「(……やはりあの時か。)名前、なぜ隠した」



ウッと詰まる息。

胸にあったのは、すぐに治るだろうという油断。

だが何より、心配性である眼前の男のことだ。


これ以上心配をかけさせたくなかった。



「……ごめんなさい」



しゅんと項垂れる姿。


彼女のそれを見つめて、頭を優しく撫でたリゾットが静かに立ち上がる。




「……とにかく、このままでは辛いだろ。口内に塗ることができる薬を探してくる」


「えっ、いいです! もう少ししたら治ります!」


すかさず彼の左腕を抱きしめることで、引き止める少女。

その視線に根負けしたのだろうか。


男は渋々といった形ではあるが、部屋の扉へ向かおうとした足を元に戻した。



「……わかった。名前がそう言うなら、従おう」


「(ホッ)……はい。それじゃあ寝ま――」


「ただし」









ドサッ



「あれっ?」


「お仕置きは、受けてもらうぞ」



次の瞬間、トンと肩を押されたと同時に捉えた背中への衝撃。

さらに、目の前にはこちらを見下ろすリゾットと、毎晩見慣れた天井。



「おし、おき……?」



緊張で上下する名前の白い喉。

露わになったか弱さに、舌なめずりをしてしまいそうになるほどの、劣情。


仲間が仕事から帰ってくるまで、まだ時間がある。


彼が口元を少しばかり歪めた一方で、彼女はようやくその思惑を悟り、瞼をぱちくりさせることしかできない。



「あの……リゾットさん、私――」


「名前。残念ながら、今日も激しくなりそうだ」


「えっ、ん……!」


触れ合った唇。

息を求めて開かれた隙間から舌を差し込まれ、それが少女のぎこちないモノを刺激した。

刹那、押し寄せていた痺れが、火傷ゆえの痛みから甘い快感へと変貌を遂げていく。



「ふ、っぁ……んんっ……、リゾットさ、ぁ、っん!」


「ッ……名前、そういう声を出すな」


「へ……? ぁっ、はぁ、ぁ……っそこ、なでちゃダメ、ぇっ」


「止まらなくなる……いや、すでに止めるつもりはない、と言った方が正しいのか……」



自然と絡み合うように重なった指。

脳を直接犯す水音と乱れた息に朦朧としながら、名前はなぜ自分が組み敷かれたのか、ということすら忘れて男に身を委ねた。









「たっだいま〜!」


日本で言う暁の頃、異様に元気の良いメローネを筆頭に、帰ってきた彼ら。

すると、キッチンには首からタオルを掲げ、上半身裸で水を含む自分たちのリーダーが。


その姿に、土産にと酒を持ったホルマジオが、からかうように口を開く。



「おいおい。リーダー、節電で暖房も効かせてねェこんな寒い中、よく裸でいられるなァ。あ、もしかして≪お取り込み後≫だったか?」


「なんだって!?(今日一日はビデオチェックだ……!)」



ハハハと笑う男と、やけにそわそわし始めた男。

さらにその後ろで寒いと唸る仲間たちに、リゾットはしばらく無言を貫いていたが、不意に口を開き――



「……お前ら」






「もう一日外出して来い」


「なんで!?」



こうして、存分に味わった二人だけの一日は、舞い戻ってきた喧騒と共にそっと幕を閉じた。





終わり



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