謝罪のシミュレーションは頭の中で何度もした。
――心配ない。誠意を込めて謝れば、名前もわかってくれる。
グッと息をのんだリゾットは、静かに自分の部屋の扉を開けた。
「名前?」
「……どうされたんですか?」
視界には、ベッドに座り足をぷらぷらさせている少女の姿が。
しかし、顔を合わせるつもりはないのか、こちらに背を向けている。
「……」
黒に覆われた華奢な背中。
心がジワリと痛みを帯びるのを感じながら、男はベッドへ近付き――
「! リゾット、さん……?」
「名前……すまない」
そっと、彼女を後ろから抱きしめた。
ビクリ。
肩を震わせる名前。
だが、元から一つであったと言うかのように、リゾットは腕の力を強めるばかり。
「あ、あのっ」
「名前や皆に余計な心配をかけさせたくなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが……事実なんだ」
「……」
「できることならば、許してほしい。名前に許してもらえるのなら、オレは何でもしよう」
≪何でも≫なんて、そう簡単に口にするべきではない。
たとえそうわかっていても、男は彼女との日常を望んでいた。
「……何でも、ですか?」
「ああ。…………できれば、≪離れろ≫以外にしてくれないか」
「へ?」
「後は、≪接触禁止≫や≪会話禁止≫もやめてほしい……ああ、だがこれでは≪何でも≫ではなくなってしまうな」
名前から放たれる言葉を想像して、一人慌てているリゾット。
自分を強く抱き寄せたまま話し続ける彼に、少女は自然と微笑を浮かべていた。
「……ふふ。可愛いですね、リゾットさん」
「! そう言われて……嬉しい、とは感じないな」
「でも、本当のことですよ?」
「……」
男の複雑な表情を一瞥して、名前が窓へ視線を向ける。
小雨の降る薄暗い外。
うんと頷いた彼女は、相変わらず微妙な顔のリゾットを振り返り、笑いかけた。
「じゃあ、出かけましょうか」
「……名前、いったいどこへ向かっているんだ?」
「ふふ、秘密です」
春と言えども、まだ少し肌寒い。
あれよあれよとコートを着せられたリゾットは、傘を右手に少し前で歩く少女を見つめていた。
名前は傘を持っていない。
先程から自分のところへ来るよう言っているのだが、風邪をめったに引かないこともあり、久しぶりに外へ出られたことがよほど嬉しいらしい。
空を見上げてにこにこと笑う彼女に、自然と彼の頬も緩む。
――もはや天使だな……いや、妖精か? 儚げな聖女でもあるが……性交中の泣き顔は淫靡で美しくもある。その両面が、ギャップが……またイイ。
「……あの、リゾットさん」
「! どうした?」
「今、変なこと考えてたでしょ」
顔がにやけています。
名前にじっとりと凝視され、すぐさま顔の筋肉を引き締めれば、ますます紅の瞳は胡散臭そうにこちらを見るではないか。
「いや、考えていない。名前との性交を思い出していたわけが、ない」
「!? やっぱり考えていたんじゃないですか……っ! もう、先に行きます!」
「なッ、名前!」
そのときだった。
顔を真っ赤にして走り始める少女。
先には、車が行き交う大きな道。
右から猛スピードで来る、大型トラック。
――リゾット兄さん、先に行っちゃうよー!
状況が、すべてが――≪あのとき≫と一緒だった。
「――ッ!」
悲鳴。
怒声。
そのどちらをも交えた男の声が、急ブレーキの音とともに轟いた。
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