「ただいま〜」
「あ、おかえりなさい……っきゃ!?」
「名前ッ! どこも怪我はしていないか?」
星が瞬き始めた夜。
久々にのんびりとした時間を過ごした彼らは、リラックスした状態で帰路へと着いていた。
しかし、リビングから名前がひょっこりと顔を出した途端、リゾットの顔には安堵と焦燥が浮かぶ。
「え? け、怪我はしていませんけど……」
「そうか、よかった……セールスも来なかったか?」
「はい」
「……はああ」
深いため息。
彼のそれを耳元で聞きながら、少女はただただ首をかしげるしかなかった。
「ねえねえ、名前! 結局、三時間もの間何してたの?」
「あ、それはですね……ご案内したいんですけど……っリゾットさん、そろそろ離してもらえませんか?」
「却下だ。オレは今、まったく名前が足りていない」
「え? 足りないってどういう……んっ、腰なでちゃ……ぁっ」
ゆっくりと修道服を這う角張った手。
押し寄せては引いていく甘い痺れに、名前は顔を真っ赤にして胸板を両手で力いっぱい押す。
「っ今は、ダメで、す……ん!」
「今は? つまり、今じゃあなきゃ……いいのか?」
「!? そっ、そんなつもりで言ったんじゃ……ひゃッ」
腰から上へ下へ。
首筋を時折掠める男の吐息に、快感を呼び起こされ、このまま流されてしまいそうになる。
「名前……」
「は、ぁっ……リゾット、さん……!」
そして、いつも以上にぎゅうぎゅうと自分を強く抱く腕に戸惑っていると――
「何これッ!? でぃ、ディモールト・ベネッ!」
「ちょ、作ったの名前だよね? すごい……」
「……ウマそーじゃねえか」
リビングから大きな歓声が聞こえた。
「?」
「はぁ、っは……皆さんも、リビングへ行っていますし……ね?」
「……そうだな」
息絶え絶えにそっと彼を見上げれば、渋々と解放される身体。
だから、それに安心しきっていた名前はまさかリゾットが――夜にじっくりいただこう――と決意しているとは、考えもしなかった。
サラダ、ピザ、パスタ――とさまざまな料理が煌びやかに並ぶテーブル。
「んっまあああい!」
予想もしなかったそれらに、彼らのテンションはこれでもかと言うほど急上昇していた。
「まさか、こんなサプライズが待ってたとはなあ……お、これ美味いぜ、名前」
「ふふ、ありがとうございます。でもごめんなさい、そのためにアジトを出てもらって……プロシュートさん、ワイン飲まれますか?」
「なに、気にすんじゃあねえ。ああ、そうだな……」
フルコース、とまでは行かないがなんとか料理を作り上げた名前。
上機嫌なプロシュートの持つグラスへとワインを注ぐ少女に、ホルマジオはパスタを食しながらふと考え込む。
「でもよォ、よくこんだけの食材をいっぺんに買って……あ! まさか、バイトってこのためだったのか!?」
「はい。皆さんに満足していただけて嬉しいです!」
「そうかそうか〜……自立のためじゃあなかったんだな」
よし、なでてやろう。
そう思い手を伸ばす男の傍で、ピクリとリゾットが肩を震わせる。
「……自立? 何の話だ?」
「あ……いや、えっと! はは、それは……ッ」
「み、皆さん! そろそろ、ドルチェを食べませんか?」
再び自爆してしまいそうなホルマジオに、名前が必死に取り繕う。
「……二人とも、いったい何を隠して――」
「ドルチェだって!?」
「ケッ、ずいぶん準備がいいじゃあねえか、オイ!」
「名前のドルチェ、美味しいだろうから楽しみだな」
その二人は怪しいことこの上ないが、≪ドルチェ≫という言葉にメローネやギアッチョ、そしてイルーゾォが盛り上がったことによって、それは掻き消された。
刹那、黙り込んだリゾットの隙をつき、名前がデザートを取りに行く。
「う、うまくできたかわからないんですけど……よければ召し上がってください」
戻ってきた彼女が持つトレイの上に並ぶのは、ティラミスやパンナコッタ。
一応、イタリア料理を意識していた少女は、皆の笑顔にホッと安堵の息をこぼした、が。
――あ。
不意に、真顔で食べ進めるリゾットが気になった。
「り、リゾットさん」
「? どうした、名前」
「お料理……美味しくありませんでしたか?」
彼はもちろん、全員かなりのグルメだろうと認識していることもあり、何度か練習を重ねたうえでの今日だったのだが――口に合わなかったのかもしれない。
一方、不安そうな瞳でこちらを見つめる名前に、リゾットはハッとしながら小さく口角を上げた。
「そんなことはない。とても美味いぞ」
「! よかったあ……」
「特に、基本ドルチェは好物だからな……また作ってほしい」
「はい! もちろんです……って、そうなんですか!?」
――リゾットさんって、むしろ甘いものダメだと思ってた……。
意外と言うかのように目をぱちくりさせる少女。
だが、好物と聞けたからには、その中で何がもっとも好きなのか尋ねたくなるのが性と言うもので。
「じゃあ、今度作るときの参考のために、詳しく教えてもらえますか?」
「ふむ、そうだな…………もっと甘いものがいい」
「も、もっと甘いもの……ですか?」
それはまた抽象的なたとえだ。
顎に指を置き、名前が頭の中にあるレパートリーから必死に甘いお菓子を探していると――
グイッ
「……えっ」
突然、腕を引かれポスンと音を立てて、何か――リゾットの膝の上に乗せられてしまう。
把握しきれていない状況。
太腿から背中にしっかりと感じる、彼のぬくもり。
そして――
「んっ」
後頭部に手を回されたかと思えば、瞬きをする間に名前はリゾットと口づけを交わしていた。
数秒経ってから、焦らすように離れる唇。
すると、口内にふわりと広がった、マスカルポーネチーズとコーヒーの苦く甘い――ティラミスの味にようやくキスをされていたのだと悟る。
「っ、あ、あの……!」
動揺を色濃く残した瞳のまま、いまだ自分を抱き寄せる男をおずおずと見上げると――優しさを滲ませた目がこちらを見つめていた。
「もっと甘いもの……わかってくれたか?」
「! 〜〜っ////こ、コーヒー入れてきます……!」
思わぬ返事をもらってしまった。
これでは――何を作ればいいのかわからないではないか。
そんな彼への文句にもならない文句を頭で連ねながら、少女は羞恥で赤く染まった頬を隠そうと、脱兎のごとくキッチンへと逃げ去ってしまった。
「あれ? 名前、かなり焦ってたみたいですけど、何かあったんすかね?」
「……ふ……さて、どうだろうな」
「?」
今頃キッチンでうずくまってしまっているであろう名前を想像して、抱きしめたい――と思ったリゾットは≪手伝い≫を口実に彼女の後を追いかけるのだった。
to be continued...
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