※アルバイトの行方(イルーゾォ)
アルバイトが発覚した、翌日の夕暮れ時。
名前は、イルーゾォと二人で店へと向かっていた。
話は数十分前に遡る。
「名前? どこ行くの?」
「あ、イルーゾォさん……あの、店長さんへ謝りにお店へ行くんです」
「ああ……服も返しに?」
今にも玄関から出ていきそうだった少女を引き留め、イルーゾォがその腕の中を覗けば、昨夜皆の心をときめかせたあのメイド服が。
──もらっちゃえばいいのに。名前、すごく似合ってたし。
喉から出かけたそんな言葉を飲み込んで、コクンと小さく頷いた彼女に、本題を持ちかける。
「で? まさか一人で行くつもり?」
「え? は、はい……道はよく知っているので」
「……そういう意味じゃないんだけど」
「?」
本当にわからないらしい。
困ったように考え込む名前を見て、静かにため息をついたイルーゾォはおもむろに彼女の隣に立った。
「ほら、行くよ」
「え!? ちょ、イルーゾォさん……!」
そして、現在に至る。
「リーダーやプロシュートじゃあ店長に何しだすかわかんないし、ホルマジオとペッシは精神的にリタイア。ギアッチョは損害賠償求められる可能性があるし、メローネは(名前と二人きりにさせるなんて)論外。つまり、適任はオレでしょ?」
「そう、かもしれませんけど……イルーゾォさんだって忙しいのに」
「バカ。名前が心配だからやってんの……気にするんじゃねえよ」
ガシガシ。
少し乱暴だが優しい手つきで頭をなでる彼に、少女はやっといつも通りの微笑みで頷くことができた。
「なるほど、ねえ」
「ごめんなさい……本当はもっと働きたいんですけど……」
「うーん、可愛い名前ちゃんがいてくれたからおじさんも頑張れたんだけど……ま、家の事情なら仕方ないな!」
「店長さん……!」
喫茶店にて。
周りを観察しているイルーゾォの側で、名前はしばらくの間お世話になった店長と話していた。
「店員としては無理でも、ぜひ客として来てくれ!」
「はい!」
「それと、制服は名前ちゃんにあげるよ」
「「え!?」」
驚きに声を上げる男女。
店に入って以来、初めて見た男のあからさまな反応に目を見張りつつ、店長はにこにこと笑う。
「名前ちゃんの制服姿、すごく可愛かったからね……おじさんからの餞別だと思って受け取ってくれ」
「あ……ありがとうございます!」
「はは、いいんだよ…………ところで、二人は兄妹かい?」
「「え!?」」
本日二度目の驚愕。
互いに顔を見合わせて思うことは一つ。
――似てない、と思うんだけど……。
「いや、顔形は似てないけど……黒髪なのもあるし、雰囲気とかよかったから……そうか! 恋人、なんだね?」
「!?」
「こッ……(名前とオレが……?)」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせている名前と、ありとあらゆる妄想をして固まるイルーゾォ。
そんな二人を気にすることなく、店長は豪快に笑いながら口を開き続ける。
「ははは! 昨日の二人もかなり男前だったけど、名前ちゃんも隅に置けないねえ!」
「!?!? そ、そうじゃないんですってばーーっ!」
「はあ……店長、いつもあんなテンションなの? 名前、よく付き合えたね」
「いえ、普段はもっと……穏やかな方なんですけど……」
賑やかな店とは正反対な、静かな街中。
闇色に染まる道を進みながら、喧騒から解放された二人はのんびりと帰路に着こうとしていた。
「でも、店長さんとちゃんとお話ができてよかった……イルーゾォさん、ありがとうございます」
「……いいよ、別に。それにしても、まさか兄妹なんて言われるとは思わなかった」
「そうですよね……」
「まあ、オレは≪恋人≫の方がびっくりしたんだけど」
「!」
そう呟きふっと笑ってみせれば、からかわれたときのことを思い出したのか、少女の顔はまた赤くなってしまう。
可愛いな――ますます笑みを深めた彼は、おもむろに彼女へ手を伸ばし、その小さな頭をなで始めた。
「? イルーゾォさん?」
「……暇があれば、また寄ってみようぜ、あの喫茶店」
「! はい!」
できれば二人で。
この、ひそかな計画が仲間に悟られないことを願いながら、嬉しそうに歩く名前の隣でイルーゾォは大きく伸びをするのだった。
>