「泣かないで」
悲哀と慈愛。それを滲ませた彼女の言葉に、柄にもなく≪動揺≫した。
「! なぜ――」
彼は一切瞳から雫を落としていない。
涙腺も緩んでいない。
だが、名前には――リゾットが心の奥で泣いているように見えた。
「……大丈夫です」
そして、先程と同じ言葉をそっと口にする。
皆さんは――貴方は私が必ず、あの悲しい未来から抜け出させてみせる。
未来を変えれば、どうなるかわからない。
自分は、≪彼の隣≫にいられなくなってしまうのかもしれない。
それでも。
たとえそうだとしても――
「名前……!」
「ん、……っ、ひぁああ!」
貴方が生きていること――それが私の≪幸せ≫なのです。
揺さぶられる腰。
最奥を貫く彼の熱。
クラリとし始める脳髄。
「は、っ、はぁっ、リゾット、さ……ぁああっ」
「く、ッ……、は」
今や離れてしまった彼女の手のひらと同じように、自分を包む柔らかく熱い肉璧。
膝裏を肩に乗せ、ナカを強く打ちつけながら、嬌声を上げる名前の両手を取る。
「ぁっ、んん……っは」
「……首に腕を回してくれ」
「! ん……っぁ」
より深くなった挿入に驚いたのだろう。
すかさず抱きつき、縋り付くように自分の首元へ額を寄せた少女に、リゾットはますます腰を動かすスピードを速める。
「ひぁっ、あっ、あっ……はげしっ、やあ……ッ!」
緩急をつけて膣内を掻き混ぜれば、さらに高くなる喘ぎ声。
昼間には似合わない経過音に重なる、愛液の飛び散る音。
「は、ぁっ……名前ッ」
≪泣かないで≫と彼女は言った。
――それは……名前もだろう?
自分の頬を優しく包み、その言葉を紡ぎ出した名前。
そのとき、自分自身がどんな顔をしていたかも知らずに――
「ぁっ、リゾ、トさ……わたしっ、わたし……や、ぁあああっ!」
何が、誰が――君を苦しめている?
「……くッ」
ドッと溢れ出す白濁液を吐き出しながら、リゾットは震える名前を強く、強く抱きしめていた。
「……いッ」
「すまない。激しくしすぎたな」
「〜〜っ///そういうこと、言わないでください」
「? 事実だと思うんだが……」
「! それでもです!!」
ようやく荒い息が整った頃、昨晩とは違い意識を保つことができた名前は素肌のまま彼に包まれていた。
「……わかった。そこまで言うなら、考えておこう」
「か、考えるんじゃなくて、そうしてください……っ」
一方、恥ずかしさで紅潮する少女に対して、リゾットはこの≪幸せ≫を噛みしめていた。
「……名前」
「もうっ、早く服を着たいのに……はい?」
「オレは今、とても幸せだ」
「!」
見る見るうちに開かれる瞳。
その、揺らぐ紅にふっと口元を緩めたリゾットは、抱き寄せる手に力を込めつつ話を続ける。
「……この幸せを手放したくない」
「だから、名前……君を苦しめるものを、オレは消し去りたい」
「っ……」
「……約束してほしい。何かに悩み苦しんだときは、決して隠すことなく、オレに打ち明けると」
「それは、リゾットさんだって同じです」
「……え?」
胸元から届いた声。
彼が驚いて下を向けば、涙で潤んだ瞳がこちらを見ていた。
「リゾットさんも……約束をしてください。絶対に、一人で抱えないと」
「!」
「私じゃなくてもいいんです。皆さん優しいですから……でも、誰にも言わないのは、なしです」
いいですか?
拒否はさせない――というかのように睨む名前に呆気にとられていたリゾットは、返事の代わりに少女の額へと口づけた。
「っ、リゾットさ――」
「そこは自分に相談しろ、じゃないのか」
「え?」
「……名前は全体的に遠慮しすぎなんだ」
奥ゆかしさ。
それは少女の長所でもあるが、もっと甘えてもいいのだ。
もちろん、前提として≪自分だけ≫に甘えてほしいのだが。
「わかった。約束する」
「……私も約束します。指切りでもしますか?」
「指切り? ……いいかもしれないな」
差し出される白く細い名前の小指。
それを自分のモノで絡みとれば、自然とこぼれる笑み。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーら……」
楽しげな少女の歌声に聞きほれていたリゾットは、突如切れたそれに首をかしげる。
「……名前、どうした?」
「いえ……針千本はどうかな、と思いまして」
「確かに」
針千本というわけにもいかない。
実際、メタリカならやってのけてしまうのだから、そこが恐ろしいところでもある。
しばらく二人で考え込み――ふとあることを思いついた男。
「……濃厚な」
「?」
「濃厚なキス百回はどうだろうか」
「へ……!?」
リゾットは、どうしてこう――怪しい方向に行くのだろうか。
眉尻を下げている名前に気が付いたのか、彼がふむと考え直す。
「……これが無理なら、もっと約束を破りたくなくなるような、激しい行為を――」
「!? い、いいですっ! き……キスにしましょう!」
「? いいのか?」
ブンブンと首を縦に振れば、嬉しそうに笑む男。
その本当に少しだけ綻ぶ顔に自分は弱いのだから、困ったものだ――名前はそっとため息をこぼした。
「では、名前がもしオレに悩みを打ち明けなかったら、≪濃厚な≫キス百回だな」
「どうしてそこを強調するんですか……はい。リゾットさんも、一人で抱え込んだらき、キス百回ですからね」
「……濃厚なのがミソなんだが」
「〜〜っわかりました、濃厚なキス百回ですからね?」
しっかりと絡まった――小指と小指。
すべての答えを見つけられたわけではない。
互いが気付けていない互いの想い、気付こうとしていない自身の想いもある。
そして、彼らの中にあるそれをまだ、相手に伝えられていないのだ。
しかし。
「……まあ、たとえ約束を破らなくとも、濃厚なものはするだろうがな」
「? 何か言いました?」
「いや、気にしなくていい。それより……寒いだろう。もっとこっちに来るんだ」
ギュウウッ
「んっ……こ、これ以上近付けませんよ……っ」
だがそれでも、あられもない姿のまま微笑み合った二人は、確かに≪幸せ≫を共有していた。
Il futuro gentile
それが、≪二人のもの≫でありますように。
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