uno




二人で入った部屋は、とても暖かく感じた。



「……下ろすぞ」


「ん……っありがとうございます」



白の広がるベッドへそっと下ろされる。


刹那、少女の身体を包む柔らかな触感。


そして、腰を覆っていた小さな痛みが消えたことで、名前はようやくリゾットの首に回していた腕をするりと取ることができた。



「名前」



無理はするな――そう言うかのように、自分の名を呼び隣に腰を下ろす男。

その声色は、やはり優しい。


「……大丈夫です」


「だが」


「リゾットさんと、話がしたいですから……」



だから、このままで。

微笑む彼女の胸の内を悟ったのだろう。


心配を瞳に滲ませていた彼は静かに頷き、自分とは比にならないほどか細い身体を優しく抱き寄せた。


「! あ、あの」


「心配するな。無理に寝かせたりしない……だが、こうしていてもいいか?」


「……はい///」



耳が捉える心音。

それを自身の胸に刻みつけながら、名前はおもむろに話を切り出した。



「……少しだけ、思い出したんです。組織にいたときのことを」


「!」


「でも……っ、それは、ソルベさんジェラートさんのことじゃなくて、私の……私の身体のことでした」



思い出せるのなら、別のこと――二人の安否を思い出したかった。

悲哀に満ちた深紅の目を伏せる少女。

そんな彼女の頭を胸に引き寄せながら、リゾットはぽつりと言葉を紡ぎ出す。



「……名前の身体が……どうしたと言うんだ?」


「っ……ある薬を投入されました」


「クスリ……?」



浮上するいくつもの嫌な予感。

ずいぶん前から、組織では≪麻薬≫が取引されている。


たとえ、そのモノ自体ではなくとも、何かが名前の身体を蝕んでいるのではないか。


彼女を守れなかった事実――それがリゾットの心をひどく締め付けた。


一方、顔をしかめた彼を不安げに見上げる少女。



「……リゾットさん?」


「! すまない。続きを……ゆっくりでいい。続きを聞かせてくれ」


何をやっているのだ、自分は。

名前を不安にさせては、意味がないだろう。



心の中で自分を叱咤する。


そして、安心させるように口元を緩めれば、名前も意を決したのか自分の中にある≪異変≫について話し始めた。


「…………血が、前より欲しくなってしまったんです」


「……血を?」


「はい。それも、無意識に人を殺しかけるまでに」



できるだけ、淡々と呟く。


そうしなければ――血の気を失ったいくつもの顔を思い出し、気が狂ってしまいそうだった。


――人でありたい。たとえ太陽のある場所には出られなくても、普通に過ごしたい……そう思っていたのに。



突きつけられた絶望。

胸を支配する焦燥。

離れたくない――という切なる想い。



「ごめんなさい……っリゾットさんとの約束を、私……!」


いくつもの感情に覆い尽くされて、それを破ってしまった。


自然と溢れ出す何かの水。


切ない。苦しい。

彼との約束を忘れたことなど、一度もないのに――




「……名前」


「っ」


「……顔を、上げてくれないか」


「!」



無理だ。リゾットは優しい。

だからこそ、ナミダで彼の心を留める――それだけはしたくなかった。


額を逞しい胸元に預けながら、小さく首を振る。


「……」

しかし、彼女の反応をリゾットも予測していたのだろう。


「名前」


「ッ、あ……」

捕らえられた頬。


刹那、顔を少々強引に上げさせられた名前が見たのは――





「まったく。バカだな、名前は」


少しだけ怒りの表情を浮かべたリゾットだった。



「え……? んっ」


「もちろん約束は大事だ。だが……」



ここに、名前が居てくれるなら、それでいい。




「!」


そっと彼の親指に掬われる、自分のナミダ。

止まることを知らない彼女のそれに苦笑を交じらせたリゾットは、今度は自嘲を瞳に滲ませた。


「……そうなんだ。名前が居てくれたら、それでいいんだ」


「? リゾット……さん?」








「だが、なぜだろうな。……リスクを持ってしてでも、名前にはオレの血を、オレだけを見つめていてほしい」


「――」


「その矛盾した二つの想いに、ケリをつけられない」



そうだ。彼女が傍に居てくれるだけでいいのなら――昨晩の出来事は起こりえなかった。


――オレは、名前を自分だけのモノにしたいのか……?


わからない。いや、本当はわかっているはずだ。



しかし――暗殺者としての自分、裏の世界に居る自分、感情を捨て去った自分がそれを嘲笑いながら引き留める。


――名前を本当に≪こんな世界≫に閉じ込めていいのか?

――そもそも、自分が触れていい存在なのか?

――≪あの子≫みたいに、また大切なものを作って失いたいのか?



「リゾットさん……」


「……名前。今すぐに、オレの血を飲んでほしい」



目を大きく見開く少女。それもそうだ。

今、自分は彼女から≪吸血≫の危険性を耳にしたばかりなのだから。


だが、やめる気はない。



「で、でも……っ」


「止まらなくなっても構わない。オレが、止めてみせる」



そう言って、自分の舌を傷つけるリゾット。

名前はその行動に、彼が先程告げた想いに、混乱することしかできなかった。


――どうして。



男の独占欲に似た想い。


それはまるで――




「……わかり、ました」





自分が抱えているのと同じ――≪恋慕≫ではないか。



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