≪教会≫からの帰り道、リゾットはずっと考えていた。
「……」
颯爽と、視界を通り過ぎていく景色。
緑や青の映えるそれらを眺めながら、肌が寒さを捉えた今朝のことを思い出す。
朝、隣にぬくもりがあることに、ひどく安心した自分がいた。
だが同時に、その日常がするりと手から抜け落ちてしまうこと――十二年前のような≪突然≫に、自然と≪恐怖≫を覚えた。
「名前……」
「っ、ん」
以前から存在していた独占欲。
それを――恋情と呼んでいいのだろうか。
はっきりと恋情と断言できるのならば、彼女の悲しみを帯びた目も、自分の中に蔓延る葛藤も、解決できたのだろうか。
「……いってくる」
気が付けば、すやすやと眠る少女の髪を一撫でして、私服に着替えた彼はアジトを後にしていた。
しかし、考えても考えても、答えは見つからない。
「……名前」
むしろ、浮かぶのは嫌な考えばかり。
――名前は、昨日のことをどう思っているのだろうか。
失いたくない、と言ってくれた。
その声に、瞳に、確かな想いを感じたのだ。
――ならば、この物足りなさはなんだ?
≪名前のすべてが欲しい≫なんて、抽象的な言葉では表せない。
だが、それが一番的を射ているようで――
「……着いたか」
思考とともにピタリと止まる足。
いつの間にか、見慣れた家――アジトの前まで来ていたリゾットは、よほど自分は考え事をしていたらしいと、自嘲の笑みを浮かべつつドアノブに手をかけた。
「ただいま」
漂う静寂。
それぞれの予定を脳内で反芻させながら、彼がおもむろに玄関から一歩を踏み出したそのとき。
「――っおかえりなさい……!」
「!」
覚束ない足取りで自分へ向かってくるのは、シャツだけを身に纏った名前。
変わらない笑顔。
まっすぐな瞳。
少し赤く染まった頬。
「ッ」
「リゾットさん? どうし――」
「名前……!」
次の瞬間、リゾットは今まで思い悩んでいたことも忘れて、目の前の少女を掻き抱いていた。
後頭部と背中に置かれる大きな手。
そして、紙袋から覗く黒い修道服に――彼が出かけていた理由を悟った名前は嬉しそうに微笑み、男の背へ両腕を回した。
「……リゾットさん。このままでいいので、聞いてくれますか?」
「ああ」
「……私、思ったんです。リゾットさんに甘えていたんじゃないかって」
「!? 何を言って」
そんなことはない――彼女の肩へ顔を埋めていたリゾットは、慌てて口を開こうとするが、こちらを射抜く紅い視線に押し黙ってしまう。
「いいえ、貴方の……傍に居てほしいという言葉に、私は甘えていた。だから――私も、≪お願い≫をさせてください」
「! お願い……?」
「……はい。リゾットさん――」
「私も貴方の傍に居たい。……居ても、いいですか?」
ふっと、かち合う瞳。
その少しだけ不安が入り混じった名前のそれに、男は腕の力を強めながら優しく笑った。
「……当然だ」
「! よかった……」
「まさか、オレが断るとでも思っていたのか?」
あからさまにホッとした表情を浮かべる少女の耳に囁きかければ、すぐさま首で否定を示される。
「そ、そういうわけじゃないです、けど……」
「けど?」
「っや、やっぱり不安だったんです……!」
言い当てられたのが、悔しかったのだろうか。
顔を真っ赤にして自白する名前に、自然と綻ぶ口元。
「ふっ、強がりなところも可愛いな、名前は」
「!? もうッ、茶化さないでください……!」
「茶化しているわけではないんだが…………ところで、一ついいか」
「はい?」
「どうして、そんな格好をしているんだ」
自分が感情に任せて破ってしまった修道服は、もはや糸と針で直せる領域ではなかったので処分した。
だからこそ、彼女が起きる前に服を一着もらえないか、とあの教会へ交渉しに行ったのだが――
「え? あ、えっと……他の修道服が見つからなくて……」
「見つからない?」
しゅんと項垂れて話す名前の言葉に、思わず首をかしげる。
数着はある黒いそれらを、一気に洗濯することはない。
つまり、誰かの思惑であり――
「……とにかく、部屋へ戻るぞ」
「は、はい!」
とりあえず、原因究明は後だ。
少女のこんな――そそられる姿を仲間に見られれば、たまったものではない(約一名には目撃されているが、知らぬが仏ということもある)。
改めて、自分のシャツをなんとか着ている名前を視界に収めて、リゾットは反応する心と身体を必死に抑えた。
一方、かなり焦っている彼に釣られて、彼女も走ろうと試みる、が。
「っん……」
やはり、下半身が痛い。
久しぶりに訪れた腰への刺激に、おろおろと戸惑っていると――
ひょいっ
「え……あ、あああの、リゾットさん!?」
「どうした、名前」
「な、なんで私っ、抱き上げられて――」
「? 時折しているだろう、横抱きは」
「!?」
真顔で発せられた、衝撃的な言葉。
そう。実は、リゾットが少女を横抱きしたのは、名前が意識を失っていたときなのである。
「っ、〜〜っ/////」
「……名前」
安定した両腕に困惑しつつ、ちらりと男を見上げれば――優しく細められた瞳が自分を見つめていた。
「……部屋へ戻ったら、ちゃんと話そう」
「!」
「オレが知らないことを、できれば教えてほしい」
ああ、やっぱり優しい。優しすぎるよ。
リゾットの優しさに溢れ出しそうな涙を堪えながら、コクリと頷いた名前はそっと彼の胸元へ頭を寄せたのだった。
to be continued...
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