somma 〜24〜

※ヒロイン、アルバイト先にて(?)




街中に明かりが灯り始める黄昏時。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」



名前は満面の笑みで、喫茶店を訪れる客を迎えていた。



その服装は、彼女がいつも身に纏う修道服と似てはいるものの、やけにスカートの丈が短い黒いドレスと白いエプロン。


いわゆるメイド服である。




「名前ちゃん、あちらのお客様に注文を聞いてきてもらっていいかい?」


「はい!」



もし、こんな姿をリゾットに目撃されれば、心配性な彼のことだ。


何時間もの説教を始めるに決まっている。


しかし、それ以前に≪鼻からメタリカ≫という問題が発生する可能性もあるが――彼らに気付かれないよう必死になっていた少女には、そんな大惨事を予想する余裕すらなかった。



――怒られる、だろうなあ……でも、お金は貯めないといけないし……うーん。



「ねえー、そこのお姉さんー」


「! あ、ごめんなさい!」



いつの間にか、考え込んでしまっていたらしい。

ハッと我に返った名前は、慌てた様子でレジの前に立つ男の前へ駆け寄る。



「お会計ですね……えっと」


「ねえ」


「……はい?」


「お姉さんの連絡先、教えてほしいな」



きょとん。

見つめていた伝票から顔を上げて、思わず首をかしげてしまう。


どうしてそんな話になったのだろうか。



「あの……お客様、そういう話は……」


「そう固いこと言わないでさ……ほら、電話番号かメルアドでいいから」


「は、はあ……」



申し訳ないが、教えられない。

そもそも、携帯すら持っていないのだ。



だが、戸惑いを隠せない名前を気に留めることなく、男は自分の携帯を手に催促する。



「早く早く」


「ごめんなさい。私、携帯を持っていなくて」


「はは、そんな嘘つかなくてイイって」


「う、嘘じゃ――」



ないです。できれば会計を済ませて、帰ってほしい――そう思いながら口を開いた、が。



「ッ!」


突然、掴まれた左手首に驚いて、思わず閉口してしまう。



「いいから、さっさと出せって」


豹変した男。

ちらりと周りを見るが、店長はどうやらキッチンへ行っているらしい。


そして、この時間は客自体も少ない。



どうしよう――ぎらついた視線に名前がそっと俯いたそのとき。




ゴンッ



「いでッ!?」


「!」


「あ、わりー。へたくそなナンパにイラついて、つい当てちまった」



何かのビンが転がってくると同時に映ったのは、丸い帽子から覗く黒髪。



「ッ、テメー今なんつった!?」


「へたくそって言ったんだよ、へたくそッ! 嫌がる女に手ェ出して何が楽しいんだ、オメー」


「この……!」



刹那、動こうとした男の胸ぐらを、彼が勢いよく掴み上げる。


「おいおい。何が楽しいってこっちは聞いてんだよ……」


「ぐ……ッ」



ギリギリ。

顔を歪めていくナンパ男。


その早すぎる展開に、名前が一人おろおろしていると――



「ちょっと! ケンカなら余所でやってくれッ」



怒声を上げながら、現れたのは店長。




「……チッ」


次の瞬間、胸ぐらを解放された男は必死の形相で店を出て行ってしまった。


もちろん、お金は払われていない。



だが、そんなことはどうでもいいと言うかのように、店長は娘を心配するかのような表情を浮かべて駆け寄ってくる。


「大丈夫かい!?」


「は、はい……ごめんなさい。断りきれなくて……」


「いや、謝るのはおじさんの方だ。ごめんね」







「おい。オレを忘れてねーか、オッサン」


「!」


「なんだ、ミスタ。お前まだこんなとこで油売ってたのか」



ミスタ――自分の前にいるのは、やはりグイード・ミスタだ。

思わずじっと見上げていると、それに気付いた彼と視線が重なる。



「ん?」


「あ……助けていただいて、ありがとうございました……!」


「! い、いや! オレは、当然のことをしたっつーかなんつーか。手首、痛んでねーか?」


「はい!」



少しはヒリヒリするが、痕が残るほどでもない。


そう思い首を縦に振れば、なぜかそっぽを向いてしまうミスタ。



「?」


「(今までにないタイプ……これが巷で知られるヤマトナデシコか? イイ……)な、なあ!」


「どうかされましたか?」


「オレ……グイード・ミスタって名前なんだけどよ……お前の名前――」







「名前ちゃーん、ちょっと来てくれ!」


「あ、はーい!」


教えてくれ――その言葉は、少し離れたところから聞こえた声によって掻き消されてしまった。




――お……オッサンんんんッ!



名前は聞けたものの、望んでいたのはこんな形ではない。

そんな、彼の胸の内も露知らず、仕事を思い出した少女はぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい、店長が呼んでいるので……失礼させていただきます」


「お、おう」


「あ……そうでした」



たったっと小走りでレジの前から離れようとした名前。


しかし、何かを思い出したのか、くるりとミスタの方を振り向いた。





「また、ぜひお店へいらしてくださいね、ミスタさん」


「!」




店に入れば、どこででも耳にする常套句。


だが彼女――名前が口にした途端、輝いたように感じてしまう。




――ぜってー、また来よう。



ふわりと揺れる少女のスカートを見つめながら、心の中で固く誓う。


しかし、その直後≪逮捕≫されてしまったうえに、パッショーネへ入団したことで、ミスタの小さな恋は芽吹くことなくしぼんでしまうのだった。




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