※隠し事は計画的に(リゾット)
「そういえば、名前」
「? はい」
「最近、何かを隠していないか?」
「……へ!?」
パソコン、書類――と、数時間前から机と向き合い続けているリゾットの口から突如放たれた言葉に、ベッドにちょこんと座っていた名前の心臓は、これでもかと言うほど跳ねた。
「リゾットさん……ど、どうしてそう思ったんですか?」
「……この頃ほぼ毎日、夕暮れ時から二時間ほど君の姿を見かけていないからな」
「っ!?」
まさか、こんなにも早く勘ぐられてしまうとは。
近頃、ずいぶん自室で働きづめになっている彼なら、少しぐらい抜け出してもバレない――そう思っていたが、甘かったらしい。
リゾットの少女レーダーは鋭かった。
「えと、それは……その、ベランダで星を見たり、料理を練習したりしていて……」
――うう……なんだか、悪いことをしているみたい。
アルバイト。
普通の女子大生として生活していたころにはよくやっていたが、それも十数年前の話。
慣れない喫茶店での作業も、ようやく様になってきたところでの、妙な罪悪感。
しかし、男が注目したのは名前の挙動不審っぷりではなく、彼女から紡ぎ出された≪料理≫という単語だった。
「名前……火や包丁を扱うようなことをするのはやめなさいと言っているだろう」
「……もう、子ども扱いしないでくださいよ……私、一応普通に生きていたら、リゾットさんより年上なんですからっ」
唇を少しだけ尖らせて、自分を睨んでくる少女。
その――実は年上とは思えない可愛らしさににやけそうになりつつ、リゾットはわざとらしく積み上げられた書類へと視線をそらした。
「いや、子ども扱いをしているわけじゃあなくてだな……オレは名前が心配で心配でry」
「それに! 隠し事をしているのは、リゾットさんなのでは?」
「……え」
「最近、お仕事ばかりだし……家計簿を睨んでは、眉をひそめているじゃないですか……!」
そう。名前もまた、リゾットだけでなく、チーム全員の仕事がかなり増えたように感じていた。
だから、決して彼とゆっくりする暇がなくて寂しいわけでも、話をそらしたかったわけでもないのだ。
疲れが滲む男の背中へと彼女が詰め寄れば、こちらを振り返った赤い瞳と目が合う。
「……隠し事は、していない」
「本当ですか?」
「ああ」
「……(じーっ)」
怪しい。
椅子に手をかけ、グッと彼に顔を近付けていく。
すると――
チュッ
「んっ」
柔らかい感触が、唇の左端を掠めた。
「なっ……り、リゾットさん!?」
消えることのない感覚。
驚いて見開いてしまう目。
高鳴り始める心臓。
恐る恐る椅子に座る男を見下ろせば――リゾットは、口元を緩めて微笑んでいた。
「ふっ……すまない。名前の顔が、あまりにも近くてな」
「!?!? っ……か、顔冷やしてきます……!」
そう言った途端、部屋から飛び出してしまった名前。
「……さすがに、いきなり唇を奪うのは、いけなかっただろうか」
走りざまに見えた彼女の沸騰してしまいそうなほど真っ赤な顔に、心を支配するのは大きな喜びとほんの小さな後悔。
だが、これで充電ができた。
――正直に自白するならば、まったくと言うほど足りていないのだが。
減ることのない紙を一睨みして、静かにため息をつく。
「……続きをするか」
二人の心から消えた寂しさ。
だから、彼らが互いの≪隠し事≫をすっかり追求し忘れていたのは、ある意味仕方ないのかもしれない。
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