※ドライブ2(ギアッチョ)
「ギアッチョさん……一つ、お願いが……」
「……ア?」
かなりお怒りだったリゾットから、メローネとともに長い説教を受けた数日後。
男が一人でいるときを狙って、名前は言いにくそうにしつつも彼に声をかけた。
「お願い? まあ、内容によるな」
「実は……夜に買い物に付き合ってほしいんです」
「……買い物だとオッ!?」
珍しい。ギアッチョは思った。
少女は皆が驚くほど物欲がない。
アジトの財政が厳しいから遠慮しているのか――と思えば、そういうわけでもないらしい。
車を出すのは構わない。
しかし、彼にはどうしても聞きたいことがあった。
「オイ」
「?」
「……なんでリゾットに頼まねえんだ」
名前命と言っても過言ではないあの男なら、きっと無表情ながらも喜んで買い物に付き合うに違いない。
それに、彼の嫉妬に巻き込まれるのはごめんだ――という意味をこめて口を開けば、彼女は少し困った様子で話し始めた。
「……以前、リゾットさんにお願いしたことはあるんですけど……」
「けど? なんだよ、ハッキリしやがれ」
「あの……いろいろなものをどんどんカートに入れてしまうんです」
「はア?」
少女の話を要約すればこうだ。
以前、リゾットと買い物へ来た名前だったが――
「名前! 服はいいのか!?」
「は、はい! 私はこれで十分ですよ?」
「……いや、足りないな」
「え!?」
服をかなり購入したり――
「名前!」
「リゾットさん? 予算を大分オーバーしていると思うんですが……」
「……名前の生活が大事だ。気にするな」
「気にします、そして目をそらさないでください! 私のものはもういいですから……っ」
現実から目を背けたり――大変だったそうだ。
「……リゾットェェ……」
「晩御飯が、お魚の缶詰めだけになってしまったときがありましたよね……あれは私のせいです。ごめんなさい……」
まったく、彼の名前に対する好意も、度が過ぎれば困ったものである。
これでまだ≪恋人≫関係ではないのだから、世の中は不思議だ、納得いかない――ギアッチョは舌打ちをしながらそう思った。
「チッ……わーった、今晩付き合ってやる」
「! いいん、ですか?」
「……ただし、30分しか待ってやらねえからな」
「十分なぐらいです! ギアッチョさん、ありがとうございます!」
安堵を滲ませる少女。
その笑顔に内心照れ臭さを覚えていた男は、このとき気が付いていなかった。
彼女が≪何≫を買いに行くのか、聞いていないことを――
夕日が完全に顔を隠した頃。
「な、な、ななな……ッ!」
「では、すぐに決めて戻りますね!」
なぜか赤面している男を置いて、駆け出す名前。
少女が入った店――それは下着屋だった。
――なんの責め苦だッ!? 俺が何したって言うんだアアアッ!?
カラフルな下着の中に囲まれている名前。
薄い色を手に取る彼女に、濃い色も似合うのでは――
「……ハッ!?」
そう声をかけようとして、思い踏みとどまる。
妙なことを考えてしまったギアッチョは、慌ててそれを振り払った。
「俺のバカ野郎オオオオオオッ!」
もちろん、自分の頭を殴り始める男に、周りが奇怪の目を向けていたのは言うまでもない。
「ごめんなさいっ! お待たせしました……ギアッチョさん?」
「……」
まるで燃え尽きたかのように黙り込むギアッチョ。
やはり、待たせてしまったことがいけなかったのだろうか。
「あの……」
「……行くぞ」
「! あ、はい!」
顔を覗き込もうとすれば、勢いよく立ち上がった彼に少女は目を丸くする。
だが、ギアッチョが歩き出したことで、もう一度口にしようとした謝罪の言葉は流れるBGMとともに消えてしまった。
「ぎ、ギアッチョさん……!」
「ンだよ」
自然と早足になる名前。
後ろでちょこちょことついてくる彼女を気にしつつ、男はこの赤い耳をどうにかしようと必死だった。
「……」
「……」
しばらく続く沈黙。
内心穏やかではない少女は、次にかける言葉を探していた、が。
「……あ」
ふと視界に映った、可愛らしい服。
しかしそれどころではない――と前を向けば、こちらを振り返るギアッチョと目が合った。
「……それ、気になんのか?」
「い、いいえ! 気にしないでくださ――」
「よろしければご試着どうですかー?」
「!」
店の前で止まっていたのがいけなかったらしい。
すかさず現れた女性店員に、戸惑いつつ断ろうとすれば――
トン
「……え」
「そこの服、試着で」
「かしこまりました! さあ、こちらへ!」
「……え、え!?」
近くで聞こえた男の声。
嬉々とした店員に連れられながら、名前はいつも通り口をへの字に曲げているギアッチョを凝視するしかなかった。
「ギアッチョさん……あの」
十数分後、紙袋を手に申し訳なさそうにする少女は、車の助手席に腰を下ろしていた。
そして、おずおずと左隣の男を見上げていると。
「……復帰祝いだとでも思って、受け取れ」
「でも……」
「テメーは大体、遠慮しすぎなんだよ」
もっと欲しいもんとか言え。
荒っぽい言葉。
だが、その裏に隠れた優しさを感じた名前は、一瞬目を見開いてから、はにかむように微笑んだ。
「はい! ありがとうございます!」
「……チッ」
「ふふ」
照れ臭いのだろう。
小さく笑った彼女の頭へ、ギアッチョはチョップ――彼の中では一番痛くない――を容赦なく落とした。
「痛っ」
「……車からほっぽりだすぞ」
「ご、ごめんなさい」
しゅんと項垂れる少女。
それを横目で見て、口端を上げた男は珍しく静かな運転を始めるのだった。
「あと」
「はい?」
「俺が服を買ったこと、アイツら……特にリゾットには言うなよ」
「……わかりました」
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