いくつもの、声が聞こえる。
深く暗い闇の中で、名前は静かにそう思った。
次に耳へと届くのは、走り回っているかのような足音。
――……そう、いえば。
朦朧とする意識。
その≪理由≫すら、わからない。
――私、いったいどうなって……。
なぜかふわりと浮き上がる身体に疑問を抱きつつ、彼女は引き寄せられるように再び瞳を閉じた。
静まり返った部屋の中で、血の気のない名前の顔を、リゾットは祈るような想いで見つめていた。
「名前……目を、覚ましてくれ」
たった二日で、やせ細ってしまった手をそっと握る。
トクン、トクン。
「ッ……」
そこから伝わる脈だけが、彼の心を安堵で満たした。
固く閉じられた瞼。
早く起きて、紅く美しいその瞳で見つめてほしい。
オレに、あの優しい微笑みを向けてほしい。
――リゾットさん。
そして、愛しくてたまらない君の声で、名を呼んで――
――……≪愛しい≫?
すとん、と胸に落ちてきた言葉。
いつからなのだろうか。
自分の中に芽生えていたその気持ちに、リゾットが人知れず動揺していると――
「……ん、っ」
「! っ名前……!」
自然と彼女の手を握る力が強くなる。
勢いよく椅子から立ち上がり、少女の顔を覗き込めば――静かにその瞼が開かれた。
「……?」
「名前ッ……わかるか?」
忙しなく問いかける彼に、周りをぐるりと見回した名前は、おもむろに唇を開いた。
「……リゾット、さん……だ、ぁ」
「ッ!」
そう呟いて、弱弱しく――だがあまりにもいつも通りに、安心しきった顔で彼女が笑おうとするから――
「……あ、れ?」
「名前……名前……!」
気が付けば、リゾットの身体は勝手に少女の細い身体を抱きしめていた。
「リゾットさん……? あの……どうしたんです、か?」
「……ッ頼む、頼むから――」
「オレの、傍にいてくれ」
切なさの入り混じった声。
耳元で聞こえるそれに目を見開いた名前は、小さく微笑んでなぜか力の入らない左手を、そっと彼の頭へと寄せた。
「……名前……?」
「リゾットさん……貴方が望んでくれる限り、私はここにいます」
「!」
できるだけ、ずっと。
たとえ、ともに≪一生≫を添い遂げることは無理でも。
貴方が生涯をまっとうするまで――
「……離してやれないぞ」
「ふふ、リゾットさんが言うと……冗談とは思えませんね」
「…………冗談じゃないからな」
見守り続けます。
「……温かい」
強く強く抱き寄せられたままの、身体。
苦しそうに、だが嬉しそうに呟く名前。
目の前にあるリゾットの肩へ頬を預けた彼女は、今ある幸せが続くように――と、一人静かに願っていた。
L'autunno di 1999
≪日常≫を取り戻す、1999年の秋。
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