――……リゾ、ト……さ、ん。
「――ッ!? 名前?」
途切れ途切れに届いた少女の声とともに、リゾットはベッドから飛び起きた。
そして、動揺を隠せないまま名前がいつも眠る場所へ手を当てるが、彼女がいたという形跡は感じられない。
――昨晩は確か、仕事のソルベとジェラートを見送ると言って……。
過る不安。
しかし、ソファで眠っている可能性もある。
「……予期せぬ事態に動揺するなんて、暗殺者にあるまじきことだな」
改めて名前の存在が自分の中で大きいのだと感じ、小さく苦笑を漏らしていると――
「ん……?」
アジト内がやけに騒々しい。
ギアッチョがキレたのだろうか。
止めなければ――そう考えつつ彼が床へと足を着けた、そのときだった。
バンッ
「オイ、リーダーッ!!!」
「……ホルマジオ、どうした。外が騒がしいようだが、いったい――」
「名前が……名前が、どこにもいねェ!」
「……名前が、いない……だと?」
告げられた真実に、頭がついてこようとしない。
そんなリゾットにホルマジオがある紙を差し出す。
≪二人と一緒に帰ります≫と書かれたそれは、名前が自らアジトを出たことを示していた。
「……ソルベとジェラートは」
「その二人が帰ってきてねェから、さらにヤバいんだよッ! アイツら、昨日の任務は終わらせたようだが……連絡が一切とれない状況だ」
苦しげに言葉を紡ぎ出す男。
それを耳で受け止めながら、彼は自分の中にある嫌な予感を拭いきれないでいた。
「……探すぞ」
「え? そりゃそうしてェとこだが……って、リーダー!?」
ホルマジオの制止も聞かず、リゾットが部屋を飛び出す。
――名前……ッ!
長く感じる廊下。
止めようとする仲間も跳ね除け、玄関のドアノブに手をかけた次の瞬間。
「待て、リゾットッ!!」
脳内を轟く怒声。
それを耳で捉えたときには、男は後ろから右肩を勢いよく掴まれていた。
「……プロシュート……離せ」
「離さねえ」
「離せと言っているんだッ!」
≪焦燥≫という感情に引き寄せられるがまま、激昂するリゾット。
それに対し、プロシュートはあくまで冷静さを帯びた瞳で男を見据えた。
「……リゾット。テメー、まだわかんねえのか! 暗殺チームのリーダーが、自らイタリア中を駆け回るつもりか? え?」
「……!」
「三人を探すな、とは言わねえ。一刻も早く見つけてえのはオレらも一緒だ。だが……テメーはここで待ってろ」
静まり返るアジト。
対峙する二人の様子を、誰もが固唾をのんで見守っていると――
「……頼む」
落ち着きを取り戻したらしい。
とても小さいが、確かに呟かれた言葉。
それににっと笑って見せたプロシュートは、もう一度目前の男の肩へと手を置き、おもむろに口を開いた。
「行くぞッ! ホルマジオとイルーゾォ……お前らは、昨日ソルベとジェラートがターゲットを始末した辺りをくまなく探せ!」
「メローネは車のあるギアッチョと北へ。ペッシ! オレたちは南だッ!」
刹那、皆が玄関を通り過ぎていく。
「オレたちに任せろ」。
一人一人が己の信頼しているチームリーダーへと声をかけて――
「……」
刻み続ける時計の音だけが、アジトを支配する。
そこでふと、男は思う。
――少し前なら、≪諦め≫ていたかもしれない、と。
暗殺が生業である以上、互いに黙認していたのだ。
自分たちはどこかで――それも、決してやすらかな場所ではないところで命を落とすのだと。
しかし、今は。
今は、≪生≫を感じ始めている。
≪死≫に触れ過ぎていたことで、葬り去っていた心。
「……名前……ッ」
頼むから、無事でいてくれ。
――そうでなければ、オレは……。
どうにかなってしまいそうだ。
一人ではスペースのありすぎるソファへと、腰を下ろす。
そして、両手を顔の前で組みそっと瞳を閉じたリゾットは、仲間からの朗報を黙々と待ち続けた。
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