「……名前」
男――ポルナレフはこれまでにないほど驚いていた。
かつて、あの≪館≫で出会った少女が、少し大人びた表情で目の前に立っているのだ。
「DIOを倒したとき……お前の姿がないと思ってはいたが……生きていて、くれたんだな」
「はい。なんとか……シスターとして、イタリアで過ごしていました」
「なるほど。それでその修道服、か」
昔とは打って変わって漆黒を身にまとう名前を見て、思わず笑みがこぼれる。
シルバーチャリオッツの剣は、すでに下ろされていた。
「……でも、ポルナレフさんは」
「ああ。すっかり隠遁生活になじんでしまったよ」
車椅子に、鋭く残った右目の傷跡。
そして再起不能のきっかけとも言える――面影のない両足。
「……っ」
それらすべてに、堪えきれなくなった少女は男の元へと駆け寄った。
「ポルナレフ、さん……ポルナレフさん、っ」
「名前……十二年も経ったというのに、まだ泣き虫なのか?」
優しく撫でられる頭。
その変わらない温かさに、ますます名前の瞳からはナミダが溢れ出してしまう。
「ッ、そう、だ……私が」
治します。治したいんです。
刹那、服の中から十字架を取り出す少女。
しかし、両手を組んだ彼女のそれは、ポルナレフの大きな手によって阻まれてしまった。
「!」
「名前。お前はわかっているはずだ……たとえ身体的時間を巻き戻せても、ここに≪ないもの≫は取り戻せない、と」
諭すように、突きつけられる事実。
その残酷だが正しい答えに名前はただ、彼の今ある傷が治るようにと、祈ることしかできなかった。
「……落ち着いたか?」
「はい……ごめんなさい。強くなりたいのに、泣いてばかりだ」
苦笑交じりにナミダを拭えば、ポルナレフはそっと首を横へ振った。
「?」
「いいや、名前は強くなった……一人では得られない、強さを」
「……!」
彼にはお見通しなのだろうか。
今、自分には大切な人たちがいることを――
「ふふ……なんだか、十二年で大人になっちゃいましたね」
「……はあッ!? 名前! オレは、あのときからタフなナイスガイで――」
「ポルナレフさん」
「――二つ、お願いしたいことがあるんです」
人々や草花、そして空を飛んでいるはずの鳥たちもが眠りにつく中、名前は帰路を進んでいた。
「……」
ふと、サングラス越しに夕日を見つめる。
日傘を握る手に力を込めながら、沈んでいく赤を凝視していた。
「帰らなきゃ」
いつの間にか止まっていた足を再び動かしつつ、傘を閉じる少女。
自分が普通でいられる夜。
少し感じた肌寒さに、早足になりながらもサングラスへ手をかけたそのとき。
「名前」
「! あ……リゾット、さん」
驚いた。
アジトはまだまだ先のはずだ。
「どうして、ここに?」
「やはり、心配だったからな」
「……もう、リゾットさんは心配性ですね」
心に広がる安堵と喜び。
微笑を浮かべ、私服姿の彼を見上げれば、赤の瞳と目が合った。
「心配性……名前限定で、そうなのかもしれないな」
ぽつりと呟くリゾット。
そして、おもむろに右手で名前の頬をなでた彼は、これでもかと言うほど眉をひそめた。
「んっ……どうか、しましたか?」
「冷たい」
「……あ、大丈夫ですよ? 風邪はめったに引きませんし――」
「そういう問題じゃない」
次の瞬間、少女の肩を包む――男のジャケット。
――リゾットさんの香り……なんだか抱きしめられてるみたい……って、何考えてるの!
その温かさやふわりと鼻を擽る香りに、自然と顔に熱が集まる。
恥ずかしさゆえか名前が俯くそばで、口元を緩めたリゾットは彼女をそっと引き寄せた。
「!」
「帰ろう、名前」
「っ……はい」
――どうか、街中の電灯が私の赤くなった顔を照らしてしまいませんように。
自分にとってはかなり大きいジャケットの端と端を両手で縫い合わせながら、少女は男のぬくもりを冷えた身体で感じていた。
L'avvenimento di un giorno
それは――ある日の出来事。
「ところで、何をしに行っていたんだ?」
「……秘密、です」
「…………」
「そ、そんな目で見つめられても、答えられませんっ!」
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