※妙に切なめ
ソルベとジェラートの間で眠らせてもらっていた、次の日。
「ふ、わあ〜……」
「あれっ? 名前、どうしたの? もしかして、寝不足?」
ソファで小さなあくびを噛みしめる名前の隣に、メローネが座る。
「あ、メローネさん……はい、昼寝は気持ちいいんですけど夜に眠れなくて……ふああ」
会話をしている間にも続く、彼女のあくび。
刹那、男の脳内に浮かぶのはある可能性のみ。
「ベネ! そっかそっかあ……名前、眠れないんじゃなくて≪寝かせてもらえない≫んだね!?」
「へ? どういうことですか?」
「しらばっくれても無駄だぜ! リーダーを想って一人でシたのか、それともリーダーと一線を越えグボハァッ!?」
それは突然だった。
嬉しさのあまり、ぺらぺらと話し続けていたメローネの口から飛び出すのは、カミソリの刃。
「えッ……だ、大丈夫ですか!?」
「名前、メローネは思っている以上にタフだ。気にしなくていい」
「あ、リゾットさん……おかえりなさい!」
想像はしていたが――やはり、攻撃をしかけていたのはリゾットだった。
メタリカ発動の理由もわからず、名前が真顔の彼を凝視していると、隣でゴドンという嫌な音がした。
メローネ、再起不能。
「め、メローネさん!!」
テーブルへ頭をぶつけたことで、意識を失ったらしい。
そのなんとも言えない恐ろしさに、少女が慌てて揺さぶろうとするが、彼女の白い手はリゾットに掴まれてしまった。
「大丈夫だ。じきに目を覚ます」
「……そう、ですか?」
「ああ。……それより、名前。寝不足なんて聞いてないぞ」
すでに、男はチームメイトのことを≪それより≫扱いしているが、彼に鋭く見下ろされた名前はそれどころではない。
「えっと……それは、その」
「確かに、目の下にクマができているようだな」
「っん……こしょばい、です」
そっと目元をなでられ、ピクリと肩を震わす名前。
彼女の反応ににやけそうになるが、なんとか唇を一文字に引き締めて、当たってほしくない予想を口にする。
「ここ数日、オレはアジトを空けていたが……まさかそれと関係があるのか?」
「!」
なんて自意識過剰だと、リゾットは自身を心の中で叱咤していたが、どうやら当たってしまったらしい。
「実は……イルーゾォさんの部屋で寝ること(somma 〜11〜参照)をリゾットさんに禁止されて以来、あまり眠れないんです」
そう。イルーゾォへ制裁を加えたリゾットは、名前に他の部屋へ行くこと(特に夜)を長い説教の中で禁じたのだ。
一方、禁止という事実は気にしていなかったものの、彼が最近よくアジトを空けていたことで、名前は一人でベッドに入る日々。
要するに、恥ずかしくてはっきりとは言えないが、寂しいのだ。
――昔は、そんなこと一度もなかったのに……。
慣れとは恐ろしいものである。
いや、慣れとは違う≪感情≫が彼女の心を掠めているのかもしれない。
「これでも……ひつじさんを数えてみたり、白い枕をメタリカちゃんだと思って抱きしめたり、努力はしたんですけど……眠れなくて」
「……(なんだそれは、可愛すぎるぞ)。おそらく、慢性的な睡眠不足なのだろう。今日はできるだけ早く寝た方がいい」
「はい……」
優しく頭をなでれば、なぜか不安そうに瞳を揺らす名前。
彼女がどうして、そのような表情をしたのか。
その答えを知るのは夜――リゾットが久しぶりに自分の部屋で、パソコンを触っているときだった。
カタ、カタカタカタ
室内に響く、キーボードを叩く音。
これでも、できるだけ小さな音で作業しているつもりだ。
しかし――
「……名前」
「う……ごめんなさい」
ベッドの方へ振り返れば、自分を見上げる紅い瞳と目が合ってしまった。
少女が抱えていた不安。
それは昼寝した分だけ夜が眠れない、という悪循環とも呼べるものだった。
しゅん、と小さくなった名前が諦めたように布団を被る。
だが、その数分後。
「リゾットさん……眠れません」
もう一度そちらを振り向くと、布団を両手で持ち、鼻から上だけを出している少女が見え、男の思考が停止する。
「……」
「……リゾット、さん?」
単刀直入に言おう。
名前のその動作が可愛すぎる。
正直、≪萌え≫を刺激されてしまったリゾットは理性的に危ういのだが――
もう短針は≪3≫へと傾きかけているのである。
これでは、彼女の明日にも差し支えてしまうだろう。
パタン、とパソコンを閉じた彼を見て、大きく目を見開く少女。
「い、いいんですか?」
「名前のことを放っておけるわけがない。それに……一人の夜を過ごしていたのは、オレも同じだ」
「! ……わっ」
二人では少し狭いようにも思うベッドへ入ったリゾットは、自分より幾分も小さな名前を衝動に従い、強く抱き寄せた。
――やはり、落ち着くな。
彼女とともにいるときにのみ現れる、この穏やかな気持ち。
いまだそれに名前を付けられぬまま、ここまで来てしまっているのだ。
「……眠れそうか?」
「は、い……リゾットさん、すごくあたたか、い……」
甘えるように胸元へ顔を寄せる名前。
その恥ずかしがり屋な彼女にしては珍しいともいえる行動に、身体の奥を支配する≪痺れ≫を感じながらも、男はそれを抑え付けようとしている自分に気がついた。
――……これを外せば、どうなる?
恐れているのは、≪何かが変わること≫か。
それとも、この腕の中にいる名前に嫌われてしまうことか。
――両方、なのかもしれない。
「……リゾット、さん……」
いつの間にか、考察に耽っていてしまったらしい。
「ん?」
自分を呼んだ少女に、小声で聞き返せば――
「ん……わた、し……リゾットさんが、いない、と…………」
「!」
「……すう、すう」
男に衝撃だけを残し、寝息を立て始めてしまった名前。
「……名前」
教えてくれ。君は……オレに、何を告げようとしたんだ?
その言葉を口に出さずに飲み込んだリゾットは、優しく少女の髪をなでることで、浮上するやるせない気持ちを奥へ押し込めた。
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じれったい二人が書きたかったんです。
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