somma 〜8〜

※ヒロイン、海水浴へ行く(プロシュート・リゾット寄り)




それは、真夏のある日のこと。


名前がいつでもいられるように、アジトは日光を遮断している。


もちろん、普段においても仕事上、詮索されないために≪日常感≫を作り出しているのだが。
(男九人が住んでいた時点で怪しい、というツッコミは許可しない)。





「ははッ、あの姉ちゃん、すっげーいい身体!」


「ホルマジオ……不潔」


「なんだよ、イルーゾォ! お前だって、見てんじゃねェか!」


「オレは、名前に似合うだろうなと、思っただけ」


「……このムッツリ!」




部屋から出てきた名前は、何事だろうとリビングから聞こえた声に首をかしげる。


「ムッツリってなんだよ! それなら、リーダーだって絶対そうだろ」


「む、オレか?」


「あっはっは! ムッツリーゾォに言われちゃったね! ムッツリーダー……ムッツリゾット……あはッ、こりゃ傑作だ!」


「メローネェェエエ! テメーはいちいちうっせェんだよッ!」


「ハン、そういうお前もテレビに釘付けじゃねえか。情けねえ」


「さっすが兄貴! かっけーや!」


どうやら、皆リビングに集まっているらしい。



「……名前」


「ほんとだ! 名前、おっはよー!」


「おはようございます、ソルベさんジェラートさん……あの、皆さんはいったい――」


「名前! 違うッ、誤解なんだ!!!」


「へッ!?」



ソファでいちゃつくカップルに挨拶していると、誰かに勢いよく両手を握られた。


その温かさに、彼女が慌てて前を向けば――



「リゾットさん……? 何が、誤解なんですか?」


「! それは……」


――なぜか慌ててしまった。


考え込む彼に、再び首をかしげる名前。


すると――



「名前! これだよこれ! テレビ!」


「テレビ……あ」


皆が注目している先。


そこには青い海に、白い砂浜が映っていた。


さらに言えば、楽しそうにしている水着姿の人たち。


彼らを照らすのは、当然ながら眩しそうな日差しで――



「……いいなあ」


ぽつりと呟いたはずの言葉。



しかし、それは皆に聞こえていたらしい。


静まりかえってしまった部屋に、名前は慌てて口を開く。


「……えっ、あ、ごめんなさい!」


「いや、俺たちこそ……悪ィ」


そう、彼女は太陽の元には出られないのだ。


皆がテレビをつけた張本人である、ホルマジオへじっとりとした視線を向け、彼は申し訳なさそうに謝罪を紡ぎ出す。


「あ、謝らないでください! ね?」


失言してしまった。


なんとか雰囲気は元に戻ったものの、気まずさは消えない。


――どうしよう。


「……名前」


「あ、プロシュートさん」


悩む名前の肩を、男が優しく叩く。


そして、誰にも聞こえないよう、そっと彼女の耳に囁いた。


「今晩、予定空けとけ」


「え?」


「いいな?」


有無を言わせぬ笑顔に、思わず頷いてしまう。


「……いい子だ」


ガシガシと少女の髪を掻き混ぜ、その場を立ち去っていくプロシュート。


――今晩、何があるんだろう。


名前は、不思議で不思議で仕方がなかった。










「ハン、やっぱりオレの見立てた通りだな。似合ってる」


「ありがとうございます……でも、どうして?」


その夜。


名前は彼から贈られた白いワンピースを身にまといながら、歩いていた。



「何。別にお前を食おうとしてるわけじゃねえよ。おっと、足元気をつけろよ、シニョリーナ」


「食うってそんな……わっ」


「ったく、言わんこっちゃねえ」



アジトから階段を下りていた彼女がふらつき、スマートに支えるプロシュート。


少女は今、慣れないハイヒールを履いているのだ。


いい年にもなってこけかけた自分が恥ずかしいのか、離れようとする名前に、彼は口を開く。


「黙ってオレに掴まっとけ。なんなら、横抱き……お姫様抱っこでもいいんだぜ?」


「! う……腕に掴まらせてください」




それから、慣れた手つきで車へ案内するプロシュートを見て、彼女はある種の尊敬の念を抱いてしまうのだった。


――すごいなあ。ペッシさんじゃないけど、さすがプロシュート兄貴。


「出発すんぞ……っと、その前に」


「?」


左でぽつりと呟いた彼に、どうしたのかとそちらを向けば――意外に近い端整な顔が。


細められたブルーの瞳に、心臓が小さく跳ねる。


「!? あの、え?」


「なあ、名前知ってっか? 男が女に服を贈る意味」


――意味、あるんだ。


「ふ、その顔じゃあ知らねえようだな……いいか。服を贈るってのは……それを脱がせたいって、意味なんだよ」


「え。ッ……//」


近づくプロシュートに、シートベルトをしてしまった名前は動けない。


――睫毛長いなあ……って、違う! ど、どうしよう!


思わず目を瞑ってしまった、そのとき。






「させるかッ!!!」


「っ、え!?」


「チッ、うちの車に隠れるたあ、いい度胸じゃねえか! リゾット!」


後ろから突如現れたのは、私服姿のリゾット。


どうやら、メタリカで姿を眩ませていたらしい。



「プロシュート……名前に何か話していると思えばこういうことか」


「ああ、いわゆる夜のデートだ。お父さんはさっさとアジトへ帰りな」


「誰がお前のお父さんだ! 名前、そのワンピースすごく似合っている」


「え? ありがとう、ございます?」


なぜここで自分に話を振ってくるのだろう。


二人の言い争いに困り果てていると、プロシュートがハンと鼻で笑った。


「男と女のデートを邪魔するなんて、父親ぐらいしかいねえだろうが。まさか、ついてくる気じゃねえだろうなあ?」


「そのまさかだ! 大丈夫、戸締りはホルマジオに押し付け……じゃない、頼んでおいたからな」


――ホルマジオさん、なんだかごめんなさい。



口論は続いているものの、中止という選択はないらしい。


数分後には、三人を乗せた車は走り出していた。










「わあ……!」


「どうだ、名前。昼とは違うムードがあんだろ、海ってーのは」


感嘆の声を上げる少女の目の前には、ひどく静かな海。


夜の空と同じ色をするそれに、名前は終始笑顔だ。


――ったく、瞳をあんな輝かせて……可愛いバンビーナだ。まあ、二人っきりだったら最高なんだけどよ……。



「なんだ、オレを見て。お菓子ならもうないぞ」


「いらねえよ! つーか、夜の遠足だとか言って、お前が菓子を持ってきてたことの方が驚きだッ!」


これが本当に、暗殺チームのリーダーなのだろうか。


そう思ってしまうほど、隣に立つリゾットは天然だった。



「あの! 少しだけ、海に足を浸けてみても……いいですか?」


こちらへ向かって叫ぶ彼女の手には、ハイヒールが。


――もう、入る気満々じゃねえか。



「名前! あまり遠くに行くんじゃあないぞ!」


「はーい!」


「……リゾット、本当に父親みたくなってんぞ」


引き気味で話すプロシュートの言葉は、海風によって吹き飛ばされてしまった。



「しかし……たまにはいいものだな」


「ん?」


「こうしていると、≪仕事≫という名の日常から切り離された気分になる」


「……まあな。でもよ」


煙草に火をつけ、静かに咥える。


そのまま空を仰ぎ見たプロシュートは、にっと笑って見せた。


「名前がいる日常は……悪かねえんだろ?」


「! ……そうだな。というより、最高だ」


「……」


――コイツ、ここまで思ってて、なんで気づいてねえんだろ。


あまりにも鈍感すぎると心の中でため息をつけば、隣から声が届く。


「そろそろ戻るか。これでも、アジトを管理しているのはオレだからな」


「……お前だけ帰れよ。オレは名前とホテルに行くから」


「……」


「ハン、そんな睨むんじゃねえ。冗談だ冗談……だから、メタリカはやめろ」



本当に冗談が通じない。


煙草を消した彼は、おもむろに立ち上がり、水と戯れているであろう少女を探す。



「……プロシュート」


「あ?」


「オレは……このチームの待遇を変えてみせる。そして……名前を守る」


想像もしなかった彼の想い。


鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で隣を見るが、リゾットの表情は真剣そのものだ。


「……ったく、柄にもねえことを言うかと思えば……安心しろよ。あいつら全員、同じ気持ちだ」


「そうか」




ザアアと響くさざ波。


今度はチームで来るのもいいかもしれない。



ふとそう思ったプロシュートは、自分らしくないとまた笑うのだった。




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