※ヒロイン、海水浴へ行く(プロシュート・リゾット寄り)
それは、真夏のある日のこと。
名前がいつでもいられるように、アジトは日光を遮断している。
もちろん、普段においても仕事上、詮索されないために≪日常感≫を作り出しているのだが。
(男九人が住んでいた時点で怪しい、というツッコミは許可しない)。
「ははッ、あの姉ちゃん、すっげーいい身体!」
「ホルマジオ……不潔」
「なんだよ、イルーゾォ! お前だって、見てんじゃねェか!」
「オレは、名前に似合うだろうなと、思っただけ」
「……このムッツリ!」
部屋から出てきた名前は、何事だろうとリビングから聞こえた声に首をかしげる。
「ムッツリってなんだよ! それなら、リーダーだって絶対そうだろ」
「む、オレか?」
「あっはっは! ムッツリーゾォに言われちゃったね! ムッツリーダー……ムッツリゾット……あはッ、こりゃ傑作だ!」
「メローネェェエエ! テメーはいちいちうっせェんだよッ!」
「ハン、そういうお前もテレビに釘付けじゃねえか。情けねえ」
「さっすが兄貴! かっけーや!」
どうやら、皆リビングに集まっているらしい。
「……名前」
「ほんとだ! 名前、おっはよー!」
「おはようございます、ソルベさんジェラートさん……あの、皆さんはいったい――」
「名前! 違うッ、誤解なんだ!!!」
「へッ!?」
ソファでいちゃつくカップルに挨拶していると、誰かに勢いよく両手を握られた。
その温かさに、彼女が慌てて前を向けば――
「リゾットさん……? 何が、誤解なんですか?」
「! それは……」
――なぜか慌ててしまった。
考え込む彼に、再び首をかしげる名前。
すると――
「名前! これだよこれ! テレビ!」
「テレビ……あ」
皆が注目している先。
そこには青い海に、白い砂浜が映っていた。
さらに言えば、楽しそうにしている水着姿の人たち。
彼らを照らすのは、当然ながら眩しそうな日差しで――
「……いいなあ」
ぽつりと呟いたはずの言葉。
しかし、それは皆に聞こえていたらしい。
静まりかえってしまった部屋に、名前は慌てて口を開く。
「……えっ、あ、ごめんなさい!」
「いや、俺たちこそ……悪ィ」
そう、彼女は太陽の元には出られないのだ。
皆がテレビをつけた張本人である、ホルマジオへじっとりとした視線を向け、彼は申し訳なさそうに謝罪を紡ぎ出す。
「あ、謝らないでください! ね?」
失言してしまった。
なんとか雰囲気は元に戻ったものの、気まずさは消えない。
――どうしよう。
「……名前」
「あ、プロシュートさん」
悩む名前の肩を、男が優しく叩く。
そして、誰にも聞こえないよう、そっと彼女の耳に囁いた。
「今晩、予定空けとけ」
「え?」
「いいな?」
有無を言わせぬ笑顔に、思わず頷いてしまう。
「……いい子だ」
ガシガシと少女の髪を掻き混ぜ、その場を立ち去っていくプロシュート。
――今晩、何があるんだろう。
名前は、不思議で不思議で仕方がなかった。
「ハン、やっぱりオレの見立てた通りだな。似合ってる」
「ありがとうございます……でも、どうして?」
その夜。
名前は彼から贈られた白いワンピースを身にまといながら、歩いていた。
「何。別にお前を食おうとしてるわけじゃねえよ。おっと、足元気をつけろよ、シニョリーナ」
「食うってそんな……わっ」
「ったく、言わんこっちゃねえ」
アジトから階段を下りていた彼女がふらつき、スマートに支えるプロシュート。
少女は今、慣れないハイヒールを履いているのだ。
いい年にもなってこけかけた自分が恥ずかしいのか、離れようとする名前に、彼は口を開く。
「黙ってオレに掴まっとけ。なんなら、横抱き……お姫様抱っこでもいいんだぜ?」
「! う……腕に掴まらせてください」
それから、慣れた手つきで車へ案内するプロシュートを見て、彼女はある種の尊敬の念を抱いてしまうのだった。
――すごいなあ。ペッシさんじゃないけど、さすがプロシュート兄貴。
「出発すんぞ……っと、その前に」
「?」
左でぽつりと呟いた彼に、どうしたのかとそちらを向けば――意外に近い端整な顔が。
細められたブルーの瞳に、心臓が小さく跳ねる。
「!? あの、え?」
「なあ、名前知ってっか? 男が女に服を贈る意味」
――意味、あるんだ。
「ふ、その顔じゃあ知らねえようだな……いいか。服を贈るってのは……それを脱がせたいって、意味なんだよ」
「え。ッ……//」
近づくプロシュートに、シートベルトをしてしまった名前は動けない。
――睫毛長いなあ……って、違う! ど、どうしよう!
思わず目を瞑ってしまった、そのとき。
「させるかッ!!!」
「っ、え!?」
「チッ、うちの車に隠れるたあ、いい度胸じゃねえか! リゾット!」
後ろから突如現れたのは、私服姿のリゾット。
どうやら、メタリカで姿を眩ませていたらしい。
「プロシュート……名前に何か話していると思えばこういうことか」
「ああ、いわゆる夜のデートだ。お父さんはさっさとアジトへ帰りな」
「誰がお前のお父さんだ! 名前、そのワンピースすごく似合っている」
「え? ありがとう、ございます?」
なぜここで自分に話を振ってくるのだろう。
二人の言い争いに困り果てていると、プロシュートがハンと鼻で笑った。
「男と女のデートを邪魔するなんて、父親ぐらいしかいねえだろうが。まさか、ついてくる気じゃねえだろうなあ?」
「そのまさかだ! 大丈夫、戸締りはホルマジオに押し付け……じゃない、頼んでおいたからな」
――ホルマジオさん、なんだかごめんなさい。
口論は続いているものの、中止という選択はないらしい。
数分後には、三人を乗せた車は走り出していた。
「わあ……!」
「どうだ、名前。昼とは違うムードがあんだろ、海ってーのは」
感嘆の声を上げる少女の目の前には、ひどく静かな海。
夜の空と同じ色をするそれに、名前は終始笑顔だ。
――ったく、瞳をあんな輝かせて……可愛いバンビーナだ。まあ、二人っきりだったら最高なんだけどよ……。
「なんだ、オレを見て。お菓子ならもうないぞ」
「いらねえよ! つーか、夜の遠足だとか言って、お前が菓子を持ってきてたことの方が驚きだッ!」
これが本当に、暗殺チームのリーダーなのだろうか。
そう思ってしまうほど、隣に立つリゾットは天然だった。
「あの! 少しだけ、海に足を浸けてみても……いいですか?」
こちらへ向かって叫ぶ彼女の手には、ハイヒールが。
――もう、入る気満々じゃねえか。
「名前! あまり遠くに行くんじゃあないぞ!」
「はーい!」
「……リゾット、本当に父親みたくなってんぞ」
引き気味で話すプロシュートの言葉は、海風によって吹き飛ばされてしまった。
「しかし……たまにはいいものだな」
「ん?」
「こうしていると、≪仕事≫という名の日常から切り離された気分になる」
「……まあな。でもよ」
煙草に火をつけ、静かに咥える。
そのまま空を仰ぎ見たプロシュートは、にっと笑って見せた。
「名前がいる日常は……悪かねえんだろ?」
「! ……そうだな。というより、最高だ」
「……」
――コイツ、ここまで思ってて、なんで気づいてねえんだろ。
あまりにも鈍感すぎると心の中でため息をつけば、隣から声が届く。
「そろそろ戻るか。これでも、アジトを管理しているのはオレだからな」
「……お前だけ帰れよ。オレは名前とホテルに行くから」
「……」
「ハン、そんな睨むんじゃねえ。冗談だ冗談……だから、メタリカはやめろ」
本当に冗談が通じない。
煙草を消した彼は、おもむろに立ち上がり、水と戯れているであろう少女を探す。
「……プロシュート」
「あ?」
「オレは……このチームの待遇を変えてみせる。そして……名前を守る」
想像もしなかった彼の想い。
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で隣を見るが、リゾットの表情は真剣そのものだ。
「……ったく、柄にもねえことを言うかと思えば……安心しろよ。あいつら全員、同じ気持ちだ」
「そうか」
ザアアと響くさざ波。
今度はチームで来るのもいいかもしれない。
ふとそう思ったプロシュートは、自分らしくないとまた笑うのだった。
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