quattro

※若シュート(原作時よりかなり荒くれています)
※20歳設定、いつも以上に過去捏造あり
※名も無きモブが少しばかり発生
※雰囲気として、微裏注意!






――パンッ



「ッて……」


とある小さなホテルの一室。

人の残り香が漂うベッドのそばで、乾いた音が虚しく響き渡る。


上半身裸の若い色男。その眼前には、ビビッドな色で自分を飾ったヒステリックな女。



「……」


欲を発散するだけの行為――それをつい先程まで共有していたはずの別の女は、突如ドアを蹴破って現れた女に射竦められたことで、かなり萎縮したのかそそくさと衣服を身に付け、部屋を飛び出してしまった。

とは言え、あちらとは連絡先を交換していないので、般若の顔をしたこの女のように再び現れることはないだろう。


ジンジンと少なからず痛む頬。

どこまでも白いシーツによって乱れた金を己の手でさらに乱したその男――プロシュートは、冷めた目で侵入者を見下ろした。



「……ンだよ、いきなり叩きやがって」


「そんなの当然の報いじゃない! 私という女がありながら、他のクソ豚と浮気なんて……!」


「ククッ、へえ……。お宅、ずいぶんオレの≪恋人≫気取りじゃあねえか」



深紅に彩られた口から吐き出される品のない言葉。他の女を擁護するつもりはないが、内心呆れてしまう。

一方、彼が見せた反応に初めて憤怒や怨恨、そして嫉妬ではなく≪動揺≫を露わにした女。


「は? それ……どういう、ことよ」


「都合のいいその脳みそに直接問いてえんだが、いつオレがオメーの恋人だなんて言った? こっちは、お前と恋人ごっこに洒落込んだつもりは一切ねえぞ」



静まる部屋。

もう話は済んだと言いたげに、咥えたタバコの先へ火を付ける男。


すると、怒りで唇をわなわなと震わせていた女は、キッとそれを睨みつけた。



「あんた……、覚えてないわけ? 私に愛してるって言ったじゃない! オレにはお前しかいないって! ウソだったわけ!? 最低ッ!」


不意にそちらへ移る青い双眸。


どうやら彼女の発言に違和感を抱いたらしい。

ひそめられた眉。

白煙をこぼしたプロシュートは、おもむろに首を横へ振る。



「嘘? そりゃあとんだ勘違いだ。オレはお前が望むことをして、望むことを囁いた。ただそれだけだぜ」


次の瞬間、様変わりした女の面持ちを気にすることはない。

何より――今更ではあるものの――彼には尋ねたいことがあったのだ。



「……ところでよォ、≪オメー名前は≫? 確かバルバラだったか? それともガブリエラか?」


「ッこんのくそったれ! 澄ました顔で、フザけたこと言ってんじゃないわよ!」


「っと」



――パシッ


頬を照準に飛んできた手のひら。今度は以前の光景を払拭するように、男の右手がそれを阻んでいた。

再び空気に滲んだ煙と共に溢れるのは、呆れゆえの深いため息。



「おいおい。二度目は≪許してねえ≫だろ。誰が叩いていいなんて言った? え?」


「〜〜っ殺してやる……! あんたに関わる女も、あんたも、いつか絶対にブッ殺してやるんだからッ!」



一頻り金切り声を上げていた女は、自身の手首を捉える大きな手のひらを勢いよく振り払い、開きっぱなしだった入口をズンズンと通り過ぎていく。

カツカツと鳴り渡ったヒールの音。ふと薄笑いを浮かべたプロシュートが、遠ざかる露出の多い背中に声をかけた。


「ハッ! ド素人のあんたに言うのもなんだが、≪そういう宣言は行動の前にするモンじゃねえ≫ぜ……って聞こえちゃいねえか」



とんだ災難だぜ――自分が招いたと理解していても、嘆息は依然として止まらない。

タバコを灰皿に擦り付けたと同時に、身に纏う黒いシャツ。


そして、いつも止めることはしない三つものボタン。彼は淡々と身だしなみを整えながら、受付の棚に右肘を乗せる。



「正直興が醒めた。勘定」


「へいへい。……ところで、ずいぶん≪激しいベッドイン≫だったみたいだねえ」


「あァ?」



何言ってやがる――これでもかと言うほど眉根を寄せた男の元に差し出されたのは、長方形の手鏡。


自分の顔に存在する引っ掻き傷。

鋭いビンタが繰り出されたあのとき、女の爪が頬に当たったのだろう。

舌打ちが、漏れた。


「チッ。あのアマ……」








女性関係。しかし、両手をズボンのポケットに突っ込み、路地を進むプロシュートにとって辟易することがもう一つ。

それは女と別れるたびに、決まって鳴り響くコール音。胸ポケットを一瞥した彼は、最近普及したばかりの携帯電話を取り出す。


「……Pront?」


『おいおいプロシュートォ、あの女が泣きついてきたぜェ? お前に≪捨てられた≫っつってなァ。……こいつ、もらってい?』


「ああ……好きにしろよ。元々オレのモンでもなんでもねえ」


『ヒヒッ、グラーッツェ』


受話口から届く節操のない下卑た声。

金や女に目がない組織の同僚、しかも同じチームのメンバーである男に、プロシュートは一切遠慮することなく不快で顔をしかめた。


来る者拒まず、去る者追わず。生憎、整った顔と甘いボイスで女には困っていないので、彼はギブアンドテイクを信条に抱く。しかし、その相手を後々蔑むことや、未練たらしく嘆くことはしない。



「……」


相変わらず喋り続ける同僚の自慢や愚痴。それをさも聞いているかのように対応しつつ、聞き流す男。


15年ほど昔、小さくも実力のあるマフィアの一ファミリーが抗争で壊滅した。

そのボスの一人息子が目にした奪い合い。――情報には情報を。そして、命には命を。


何事においても、≪ギブアンドテイク≫。スカーフで隠した首筋の傷を引き換えに学んだそれこそ、人とできる限り馴れ合わず、死に近い場所で確かに生の道を歩いてきたプロシュートが培った世渡り術だ。その、色男だけに留まらないあたりが、時折表情に落ちる暗い影が――さらに女心を擽る所以だろう。



「――で? お前、本来の目的はなんだ。わざわざオレに自慢話をするほど暇じゃあねえだろ」


『あ、そうそう、それなんだけど……頼む! この前の仕事でお前、すっげー活躍しただろ? 金でもなんでも出すから、それ俺の手柄に――』


「……電波ワリーから、切るわ」



想像通りの返答に言わずもがな指が電源ボタンへ向かう。

かなり一癖二癖もある同僚だが、厄介なのは親が組織、パッショーネの幹部の一人という点だ。彼に傷一つ付けようものなら、どこへ飛ばされるかわからない。


というより、命の保証がない可能性も見え隠れしていた。



「ったく、自分の力じゃなんもできねえ、親の七光りだけで生きてるボンクラ野郎が……」



だが、プロシュートの場合、そういった相手に怯むタイプではなかった。むしろ殴らないよう、≪我慢してやっている≫ほどだ。

先程のような卑しい願いもたまに嗾けてくるが、上手く断れば突っかかってくることもない。それに組織内での移動が面倒くさい。ただそれだけである。



「あ……プロシュートさんじゃないっすか!」


「?」



携帯電話を元のポケットへ戻した彼の鼓膜を震わせる別の声。そちらへ視線を遣れば、≪チンピラ≫と世間では言われる男が走り寄ってきていた。


「どうも!」


「よォ。元気してっか。けど珍しいなァ、オメーのナワバリは確かあっちだろ」


「い、いやあ……それが――」









「嬢ちゃんやめろって! そんなところ危ねえからさあ!」


刹那、その場を支配した怒声に似た喧しい音。

よく耳をそばだてると、集まってきた少数の人によってどよめいている。


プロシュートは、男の肩越しに佇む建物と建物の細い隙間、路地裏へ懐疑を潜めた蒼い目を移した。



「なんだ? 自殺願望者でもいんのか?」


「そう、じゃないんすけど」


「……歯切れがワリーな。まあいい。オメーに聞くより、見物に行った方が早そうだ」


「え!? そんな、プロシュートさんの出る幕じゃな――」



途切れる言葉。顔に鋭い肘鉄砲がめり込んだ。

そして、うめき声と共に膝を崩した男を、彼は鋭い眼光で貫いた。


「≪出る幕≫か≪そうじゃねえ≫か。それァオレが決めるこった」


「グ、ッ……すいやせ、ん……」



謝罪の言葉を聞くと同時に、歩き出す訝しげな顔色のプロシュート。


静かに足を踏み入れれば、ガヤガヤと騒ぐ仲間たちが。

一体何があるというのか。彼らとは幾度か面識がある上になぜか慕われている。

上空へ、雨よけとして窓に設置されたひさしへ向くいくつもの目線。野次馬を作る男たちに話しかける一人の色男。



「どうした」


「あ……プロシュートさん! いや、女の子が窓のひさしに居て。あそこ三階ですぜ? 危ねえに決まってる!」


「はあ? 何してんだよ……やっぱ飛び降りる気か? ンなモン、どうせ初めての恋人にフラレたとかそういう理由だろォ? ったく、色事すら経験してねえだろうに、死ぬなんてもったいねえ。退け、オレが――」










「ふふ……大丈夫です。怖くないですよ」


「……にゃーお」



おもむろに顔を上げたプロシュートが見たモノ――それは、彼にとって予想の斜め上を超えた光景だった。

逞しくも狭い場所に立った少女が木の枝に佇む、ブルーの眼に怯えを宿す子猫に手を伸ばしていたのだ。

大体の状況は察したが、問題はその格好である。



「なんだありゃ」


「名前ちゃんですよ。えーっと、一年半ぐらい前だったかな……近くの教会に来たシスターの。まあ、修道女が教会にいること自体珍しいんすけど、どうやら住んでるらしくて。あれ、見たことありません?」


「……ねえな」


「ええ!? 意外っすね! プロシュートさんなら、もう≪手ェ出してる≫と思ったんすけど」



――なんせあんた、女という女を食い尽くしてるお人だし。

――シスターっつーああいう格式張った雰囲気、ぶち壊したくなるほどには嫌いでしょ。



横で豪快に笑う男の発言は確かに的を射ているものの、それどころではなかった。

黒い修道服とベール。透き通る白い肌。それらも相まって、外見は≪清純≫そのもの。



「にゃああ、にゃあにゃあ」


「猫さん、その枝は折れませんよ。だから怖がらないで……ね?」


「(なるほど、なァ)」



――≪自分の色に染めたい≫。

生きてきた中で、これほど渇望したことがあっただろうか。


こんなときに、と思わなくもないが、脳が理解していても感情とは抑制が効かないことも多い。プロシュートが優しげに細められた深紅の瞳をまじまじと凝視していると、不意に隣の男から声が上がる。



「名前ちゃん! 猫を助けたいのはわかるけど、オレたちが代わるから! 降りておいでよ!(にしても、下着が見えそうで見えない……!)」


「あ、皆さん……どうか心配なさらないでください。猫さん、もう少しでこっちへ来られそうですから」


にこにこと微笑み、こちらを安心させるためか不安定なひさしから手を振る名前。

そんな彼女に手を振り返している男もいるが、途中で自制に目覚めたようだ。


彼らがもう一度、危険性を訴えようとした――次の瞬間。


まるで毛玉のように小さな猫が、少女の腕の中へ飛び乗った。



「!」


「……にゃっ」


「ふふ、いい子ですね。木登りもいいですが、高いところはもう少し大人になってからするんですよ? じゃないと怪我しちゃいま――っあれ?」


「「「「「ッうわあああ!?」」」」」



子猫が無事であったゆえに気を抜いたのかもしれない。名前がその場から足を踏み外したのだ。


轟く雄々しい絶叫。


「チッ」



そして――煩わしそうに顔をしかめたプロシュートの舌打ち。








ボフンッ


衝撃が、いつまで経っても来ない。

むしろ温かく、しっかりとした感触に疑問を抱きつつ、彼女は薄らと瞼を上げる。



「? あ、れ? えと……あっ、猫さん」


「にゃあ〜」


「ぶ、無事だったんですね。よかった……」









「あのなァ、≪よかった……≫じゃねえだろうが」


「え?」



思いのほか近くから聞こえた呆れ声。おずおずと見上げれば、かち合う海をそのまま写してきたかのような美しい蒼。

しばしの間瞳をぱちくりさせた少女は、自分たちが彼に助けられたのだとようやく気が付き――



「!? ご、ごごごめんなさいっ!」


「ハン。ずいぶん慌ただしいシスターじゃねえか、おい」


「うう……お恥ずかしい限りです。あの、助けていただいてありがとうございました! お怪我はありませんか? ……えと」



大人しい子猫を抱き寄せたまま飛び退くと、勢いよく頭を下げる名前。そして、言葉を詰まらせる彼女に、≪名前を尋ねられている≫のだと悟った男は淡々と音を紡ぎ出した。


「プロシュートだ」


「!」



アスファルトを見つめた状態で瞠目する紅。

腕から猫が走り去ったと同時に、恐る恐る上体を起こせば――結われていないことによって肩の上でさらさらと揺れる、プラチナブロンド。皮肉げな表情も似合う端正な顔。ぼんやりと浮かぶ原作時の面影。少女の心に宿った、≪やはり≫と≪まさか≫という二極の感情。


一方その頃、よかった、よかったと安堵を声色に滲ませた野次馬が拡散していく。

それをちらりと確認してから、プロシュートは名前との距離をグッと縮めた。



「まあ好きに呼んでくれ。……それで、頭を下げてくれんのは結構だが……もうちっとそれなりの礼、してもらわねえとなァ?」


「お礼……」


「おう、礼だよ礼。じっくり時間をかけて堪能させてほしいモンだ。……どこがいい? なんなら、オメーが居候してるあの教会にでも行く――」


「あ、の。目を、瞑っていただけますか?」



背中が感じる壁の固さ。そこへ肘を当て、逃がさないと言いたげな彼の左腕。ニヒルな笑み。

一瞬息をのんだ彼女は、相手が抱える予定とは別の意図を胸に呟く。


すると、思わぬ反応に少しばかり目を見張っていた男は、しばらくしてますます口角を吊り上げた。



「ハッ、なんだ? 手始めに祈りのキスでもしてくれんのかァ? ……ふっ、いいぜ。ただし口に、だ」



刹那、大きな袖から垣間見える細い左手首を右手で掴んだプロシュートが、柔らかくも少し乾いた自分の唇に指先を添えさせる。

驚きゆえに大きく瞳を見開いた少女が己の手を慌てて離そうとしても、当然彼はそれを許さない。


「ここに、腰が抜け落ちるほど濃厚な奴をかましてみろ。神とやらのモノになったシスターさんよォ」


「えっと……」


物怖じしている数秒の間にも、やおら閉じられる瞼。

ふわりふわりと揺れた長い睫毛。


金色のそれを見つめていた名前は、ふと≪何もない≫頬を一瞥して――



「〜〜っご、ごめんなさい!」


「あ? おいッ」


「助けていただいて、本当にありがとうございました! 私はこれで失礼します……!」



男の脇の下をすり抜け、脱兎のごとく走り出した。

油断。脳内を掠めたその二文字に舌打ちをし、自然と足を進ませようとしていたプロシュートの視界に、ふと煌くものが映り込む。


「ん?」



もはや人気もない路地裏。静寂の広がるその場にしゃがむと、白に埋め尽くされたガラスの瓶が転がっていた。


「薬か? 錠剤タイプだが……って」



それを持ち上げ、首をかしげたそのとき。

鏡の代わりを成すガラスに映った、信じられない状況。

彼は基本、己の目で見たモノしか信じない。スタンドもそうだ。


もし他人からこの話を聞けば、自分はゲラゲラと笑うだろう。だが、今それを≪自分自身が体験している≫。



「傷が……消えてやがる」


微かにあったはずの、肌の痛みがない。

いつの間に――叩きつけられた、不可解な事実。


スッと蒼を細めた男は、手に持つその瓶を携帯電話が入っていない方のポケットにしまうのだった。











翌日の深夜。月影が雲の隙間から射す宵闇の下で。

表情に不安を滲ませた名前は、何かを探しているのかきょろきょろと周りを見渡していた。


「ど、どうしよう」


彼女がしゃがむ場所は先日男たちを賑やかせた路地裏。


どうやら、その付近が住処らしい。金に近い茶色の短毛を揺蕩わせながら、昨夜の猫がブーツの側面に擦り寄ってくる。

か細くにゃあと鳴く子猫に微笑み、柔らかな頭をそっとなでてから、狼狽ゆえに俯く少女。



「(あの薬がなかったら、私……っ)」


次の瞬間だった。



「探し物はこれか?」


「!」



上弦の月を背後に携え、一人の男が現れたのは。

聞き覚えのある声、姿。焦燥という感情と共に立ち上がった名前はそちらへおずおずと近付く。


「あ、貴方は……プロシュート、さん」


「よォ、名前。昨日ぶりだな。……で、この瓶なんだが」


「っそうです! 私のです……! 貴方が拾っていてくださったんですね」



ホッと胸を撫で下ろした彼女がそれを満面の笑みで受け取ろうとする。が、どこか様子がおかしい。



「ふーん……オメーの、ねえ」


「? あ、あの……?」



刹那、プロシュートは右手に握っていた瓶を、再びズボンのポケットへ収めてしまったのだ。

なぜ――ゆっくりと顔を上げた少女は、恐怖ゆえに言葉を失った。

自分を突き刺す、鋭い眼光。



「一つ質問させてもらうぜ。こりゃァ、どういうヤクだ」


「えっ? それは……その」


「おいおい、言い淀む必要はねえだろォ? 疚しいことがないならな」


「ッ」



疚しいわけでは、断じてない。


けどなんて説明すれば――躊躇う名前を、自分と壁との間に閉じ込めるように、彼が両腕を小さな顔の左右に伸ばす。

動揺、困惑、警戒。あらゆる感情に揺らいだ紅い瞳。


おずおずと俯いた途端、彼女の三半規管を支配する吐息交じりのテノール。



「最近、ここらで≪麻薬≫が広まってるらしいが、どうもそういうのは嫌いでよ……聞きてえことがある」


「や……っ」


「ふっ、安心しな。ちっとばかし≪老けてもらう≫だけだぜ。その後はテメーの答え次第っつーこった」



もちろん、答えによっては命すら危ういのだが。

口端を吊り上げた男が≪死≫から目をそらすことは決してない。少女の顔を見据えたままスタンドを出現させた。


「(グレイトフル・デ――)」



次の瞬間、その動向を追行していたからこそ、≪あること≫に気が付いたプロシュート。


名前の視線が己の背後へ向かっているのだ。

そう、いくつもの眼を湛えた自分のスタンド、≪ザ・グレイトフル・デッド≫へ――


「ッオメー、まさか……!」


「へ? あっ」



ハッと我に返った彼女が、伏し目がちを装う。だが、もう遅い。

想像以上に厚い胸板を押し返そうとする細腕を、しっかりと掴んだ大きな手。



「知ってっか? ≪直≫は素早いんだぜ……?」


「ま、待ってください! 私――」


「言い訳は聞かねえ。その可愛い顔が一瞬でシワシワになっちまうのは惜しいが、せいぜい残りの人生を……」



静かに言葉を紡いでいた刹那、突然男が発声を止めた。

周囲を覆う紫煙。


スタンド能力のそれは確かに少女の身を包んでいるが、変化が現れることはない。



「(こいつはなんで老けない?)」


綿のように柔らかそうなその肌は、今も変わらず潤ったままだ。

どういうことだ。これではまるで――



「名前、テメー……そもそも≪人間じゃねえ≫な?」


「!」


「ハン、図星か」


「……」



信じがたいが、かちりと音を立てて合わさるパズル。己の頬を指し示しつつ、紅潮した耳たぶに唇を寄せたプロシュートが囁くように話しかける。


「ここにあった傷も、オメーが何かしたんだろ。スタンドは回復系か?」


「(コクコク)」



ようやく合点がいった。

同時に、自ずと漏れる深いため息。



「(触れられる幽霊か何かは知らねえが……オレはどうやら、とんでもねえ女に出逢っちまったようだな)」


「あの、それで……信じていただけないでしょうか? これは本当に麻薬ではないんです」


「……わーった。麻薬じゃねえのは信じることにする……が、お前の正体がわかんねえことにはどうしようもねえぜ」



修道服とシャツ。密着する身体。


彼の不信を秘めた蒼色が名前を射抜く。

いまだ疑われているとは自覚しているものの、打ち明けるわけにはいかない。



「それ、は……」


「言えないってか。……まあ、これ持ったままっつーのも後味ワリーからな」



ほらよ――手渡された薬の瓶。驚愕を顔に浮かべた彼女がそれをしっかり受け取った。瞬間。



「ありがとうございま――っ、ん!?」




ズキュウウウウン

後頭部に手が添えられたかと思えば、あっという間に重なった二つの唇。

反射的だったのか、ぎゅうと目を瞑った少女に対し、その様子を胸に焼き付けるように開かれたままの双眸。


楽しげに細められたそれには、≪眼前の女への興味≫がありありと宿っている。



「ずいぶんウブな反応見せてくれんじゃねえか。クク、まさか初めてか?」


「は……ぁっ、初めてじゃ、ありません」


「……へえ」



乱れた息と共におずおずと紡がれた返答。

意外、ではあった。とは言え、今の自分たちには一切関係のないことだ。


「ふっ、過去の男に興味もクソもねえが……どうせならお前の中にあるモン、全部塗り替えてやるよ」









「ええっと。お願いですから……遠慮、させてください……」


「あァ? ったく……オメーな、こういうときは何も言わず、オレに委ね――」


「〜〜わ、私! 教会に戻らないといけないので……っあ、瓶を返していただきありがとうございました!」


「……」


はっきり言って≪おかしい奴≫だと思った。

ここまでアプローチして靡かないことももちろんだが、話をじっくりと聞かせてもらうために、あの瓶を人質として取り上げたのは自分だと言うのに。


しかしだからこそ、興味深くもある。



「名前。オメーのおかげで、オレァしばらく退屈せずに済みそうだぜ」



独りでにこぼれ落ちた言葉。

好奇。これこそが今の自分を巣食う感情だ。

慌てて離れていく名前の華奢な後ろ姿をしばし眺めていた男は、今度こそ≪追いかける≫ために足を踏み出した。





そして、不思議な修道女の隣へ並ぶと同時に、プロシュートの口からは彼女と顔を合わせたときから抱いていた疑問が一つ。



「ところでお前、何歳なんだよ。まさか17歳以下とかやめろよ? 犯罪がどうっつーことじゃねえが、さすがに――」


「(うう、まさかこんなにも早く会ってしまうなんて。しかもずいぶん怪しまれて……)え? 私、(一応)21なんですが」


「は……?(まさかの年上、だと?)」


fin.



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