※暗チ(リーダー中心)
※現パロ
※≪喫茶Assassinio≫です
雲の隙間から現れる陽の光。
今日は一日曇りだと、天気予報を信じてある街へやってきた名前は、小さなカバンを手にひたすら小走りを続けていた。
「あわわ……まさか太陽が出ちゃうなんて……」
≪もし一人暮らしをする予定なら、ぼくが住んでる町なんかオススメですよ。ぼくも名前に会いたいですし、今度どうですか?≫
と、昔馴染みの少年がくれた助言でこうして来たものの――このままでは、彼との待ち合わせ場所にも迎えそうにない。
足をただただ進めながら、どうにか直射日光の当たらない場所を探していると。
「あ」
そのとき視界を横切った、喫茶店らしき店。
迷っている暇はない。小さく頷いた彼女はその屋根の下へするりと身体を潜り込ませた。
「えっと……喫茶、あっさっしーにょ?」
目立つように描かれた名前。店名の意味はわからないが、どうやら予想通りカフェをやっているらしい。
ドアノブにかかった、≪CLOSE≫と刻まれた札が風で小さな音を立てる。
それをじっと見つめてから、おもむろに空を見上げた少女。
青いキャンバスには、雲一つない。
「(うう、どうしよう。ここで、少しだけ待たせてもらおうかな……)」
雨宿りならぬ日宿り。
次なる白い雲が太陽を覆うことを願いつつ、少年に携帯電話でメールを送った名前はちらりと背後の窓を一瞥した。
「……素敵なお店」
そこから窺える、洗練された内装。
ぜひ今度は入ってみたい――窓を覗き込んで、彼女は微かに胸を躍らせていた、が。
カラン
「!」
刹那、入店を知らせるドアベルが響く。
そして、少しばかり見開かれた少女の目は、自分より高いところにある赤い瞳とかち合っていた。
「ん?」
「あ……ご、ごめんなさい! 少し日差しを凌がせてもらっていたんです」
「……そうか」
現れたのは、銀の髪がふわふわと揺れる物静かな男性。
そのあまり変わることのない表情に、≪怒らせてしまっただろうか≫と思わず萎縮してしまう。
緊張と驚愕が入り交じっているのか、ひどく慌ただしい鼓動。
脳内を過ぎっていく、さまざまな思考。
「(この人のお店なのかな? そうだよね、中から出てきたってことは……って、とにかく別の場所見つけないと……!)」
このまま店の前に立っていると、言わずもがなここの迷惑になる。ペコリと会釈をした名前は、ここから離れるため一歩足を踏み出し――
ガシッ
たのだが、まるで引き止められるように右手首を掴まれた。
「……え? えっ? あの……」
「よかったら、入ってくれ」
強制的に連れられる身体。
心を塗り替えた動揺。
彼女の視界に入り込む男の横顔。
しばらくきょとんとしていた少女には、もはや前を向いて歩くことしか手段が残されていなかった。
「わあ……」
窓越しではなく、実際に虹彩を突き抜けていく景色。
思わず、名前はコーヒーの渋い香りが漂う店内や小さなカウンターを見渡してしまう。
そのきょろきょろと目線が移る可愛らしい姿を一瞥して、ふっと口元を緩ませた男は彼女を一つの個室へと案内した。
「こちらがメニューだ」
「え!? クローズってありましたけど、いいんですか……?」
「ふ……気にするな。ずっと立っているのも辛いだろう。今聞いた天気予報いわく、今日はこのまま晴れが続くらしいからな……ゆっくりしていってくれて構わない」
「(さっきはいきなりドアが開いたからビックリしちゃったけど、優しい人だなあ……)な、何から何まですみません……えっと、じゃあ≪アイスキャラメルラテ≫をお願いします」
了解の意を込めて、黒目がちの眼が少しだけ細められる。
一瞬だけ垣間見えた表情の変化に、慌てて視線を彷徨わせる少女。
トクトクと心がテンポを早めに刻む理由――それだけがわからなかった。
その後、相変わらず周りを見回していると、部屋の扉が開いたと同時にお盆を持って近付いてきた男。
「すまない、お待たせした」
コースターの上に乗せられるキャラメルラテ。
しかし、届いたのはそれだけではない。
テーブルを飾ったチーズケーキ――だが伝票にはドリンク名のみが書かれていることもあって、名前が不思議そうに顔を上げれば、
「よかったら食べてくれ」
「! えへへ、ありがとうございます/////」
どうやら、サービスと呼ばれる代物らしい。
胸の奥の奥に行き渡る彼の優しさ。申し訳なさも宿るが、本当はとても嬉しい。
「……すごく美味しい」
自然と綻ぶ顔。
一口飲み、食べただけで幸せな気持ちに満たされていく。
だが何より、彼女が気になるのは甲斐甲斐しく自分によくしてくれた店の男。
疑問と不可思議で埋め尽くされる頭の中。
「(本当によかったのかな? お客さん、他にはいないみたいだし)」
少々逡巡しながら、少女は店内と自分の遮る板一枚をこっそり開いてみた――が。
カウンター越しでグラスを磨く彼と、あっという間に視線が重なってしまった。
「!」
バタン
そそくさとドアを閉めてから、紅い双眸をぱちくりさせる名前。
まさか早速目が合ってしまうとは。
「(び、びっくりした……)」
やけに渇いた喉にキャラメルラテを通した彼女だったが――今現在、太陽が燦々と輝く外へ放っぽり出されたとしても、実際困るのは自分だ。
≪甘えてもいいかもしれない≫。
「(お名前も聞けてないけど……)ありがとう、ございます」
薄いカーテンから映し出される光。
待ち合わせる予定の少年に、謝罪の連絡はすでに入れてある。
――日が暮れた頃には帰ろう。
改めて首を縦に振った少女はカバンから本を取り出し、文字を目で追い始めた。
これから、自分に何が起こるとも知らずに――
ガシャンッ
「――!?」
いつの間にか、微睡んでいたらしい。
ハッと机から顔を上げ目線を窓際へ移せば、もはや≪黒≫に近い外の景色に、まだ寝ぼけ気味の脳内を叩き起した名前はいそいそと片付けを始める。
「そ、そろそろ帰らなきゃ……そういえば」
今の音はなんだったんだろう。
カタ、とできるだけ音を立てぬよう少しだけ手前に引いた扉。
そして隙間へ目を忍ばせると――
「おいおいおい。今更逃げようったって遅すぎやしねえか?」
「(さ、さっきの人とは違う人……?)」
カウンターに立つブロンドの美男。雰囲気からして、バーも経営しているのだろうか。
しかしどちらにせよ、その場の空気が明らかに不穏だ。
「いろいろ喋ってもらわねえとなあ? オメーらがどこのどいつとか、よお」
「「ひッ、ヒィイイ!」」
「ッ……」
悲鳴を上げる二人の男。
シェイカーを手に、口端を美しく歪めたバーテンダー。
そんな彼らを囲むのは、ソファで二人の世界を築き上げている男たちや、脅迫らしき光景に加担する者。
さらには大学生らしき青年も何人か勢ぞろいしている。
「(いったい何が起きて……)」
喫茶店――と書いてあったが、何かが違う。
出ようにも出られない状況。自分を取り巻く非日常と呼ぶべきモノに、彼女がゴクリと小さく息をのんだ。
次の瞬間。
「!?」
口元を大きな手が覆った。
恐怖でドクリと粟立つ心臓。
これから自分はどうなってしまうのだろうか。
少女がただただ動けずに身体を強ばらせていると、ふと耳たぶを掠める吐息。
「しばらく大人しくしていた方がいい」
「っ……」
心を揺さぶるテノール。これは、昼間によく聞いたあの声だ。
どうして――動揺と衝撃に振り向くことすらできないでいると、彼は安心させるように言葉を紡ぎ続ける。
「安心してくれ、君に危害は加えない。……ところで、君の名前は?」
≪喋ってはいけない≫。無言の意図を悟った名前は、おずおずとカバンから名前の刻まれたカードを差し出した。
「名前か……こちらも自己紹介が遅くなった。オレはリゾットだ……リゾット・ネエロという」
「(リゾット、さん……)」
男の名前を、そっと胸中で反芻させる。
すると、彼女を後ろからますます強く抱き寄せつつ、口を開くリゾット。
「このままの状態になってしまうが、聞いてくれ。君には、うちの事情を知ってもらうために残ってもらった」
「(じ、事情……?)」
「名前。出るぞ」
え――そう驚くより先に、勝手に動き出す両足。
勢いよく開けられた扉。
当然、こちらへ集まるいくつもの視線。
先程情けない悲鳴を轟かせた男二人の姿は、もうなかった。
「よお、リゾット。そこにいたのか。今、うちの店に潜り込んでやがったネズミを二匹……って、まだいやがったか」
「! あ、いえ、私は……」
「ちょっとちょっと店長〜! いくらあっちのスパイだったとしても可愛い女の子なんだし……そんな風に睨んだらかわいそうじゃん。まずはオレと話そうぜ。な?」
「え……!?」
突然肩に腕を回されたかと思えば、自分の顔を覗き込んでくるアシンメトリーな髪型をしたハニーブロンドの男。
なぜか白衣の彼は今にこりと笑っているが――その翡翠の瞳だけは確かに笑っていない。
一方、怯えを表情に宿した少女を守るように、リゾットは小柄な躯体を己の腕の中へ戻す。
「この子――名前はスパイじゃあない。ましてやネズミでもない。今日やってきた、奥ゆかしく可憐な客だ」
「いや、オーナー。プロシュートが言ったネズミってのは、そのまんまの意味じゃねェぜ?」
すかさずツッコミを入れる丸坊主の男。
肩を竦めた彼からあえて視線を外した≪オーナー≫は、店にいる全員の目を見渡しながら一言言い放った。
「名前には、オレたちの協力者になってもらう」
しばらく続いた間。
気まずさの漂う空気を、もっとも早く切り裂いたのは黒髪をいくつかに結んだ青年。
「え……オーナー、マジで言ってる?」
「マジも何も、≪大マジ≫だ」
「チッ、慣れねえ言葉使ってんじゃねえよ」
オーナーの反応に、今度はテーブルに両足を乗せていたカーリーヘアの青年があからさまに舌打ちを響かせる。
≪事情≫。≪協力者≫。
さまざまな単語に不思議そうな名前の様子に気付いたのだろう。
咥えたタバコに火をつけたプロシュートが、おもむろに口を開く。
「おいリゾット。お前がどう考えて行動しようと構わねえが、そのお前の隣で≪今聞きました≫って顔してるシニョリーナに、ちゃんとこの状況を説明したのか?」
ピタリ、と何もかもを停止させる男。
しばらくして隣の彼女へ目を向けたリゾットは、静かに喉を震わせた。
「……今から話す」
「ハン、そうか。ならさっさと話せよ」
「あ、兄貴! いいんですかい?」
「いいも何も、このオーナーさんは一度言い出したら聞かねえ質じゃねえか。ペッシ、それにオメーらもよーくわかってるだろ?」
諦めと呆れの入り交じった音に、男たちが黙り込む。
そう、彼はこうと決めたら頑として動かない。
さまざまな反応が合図となったのだろう。一度首を縦に振ったリゾットは、少女を一つのテーブルへ誘導した。
「すまない。話の順番が逆転したな……実は、この店は今危機に陥っている」
「き、危機……ですか?」
「そうだ。その危機を乗り越えなければ――」
「店はなくなる」
たった一言。だが、胸に重く伸し掛ったそれが、名前を瞠目させる。
なぜ――その想いが強かったのかもしれない。
「そ、そんな……それって」
「立ち退き命令ってのがね、出てるんだよ。ここら一帯に」
刹那、ソファに身体を預けつつ、ゆっくりと話し始めた一人の男。
「つい一ヶ月ほど前、この話を打ち出してきたのは街の自治体だ」
一方で、それを受け継ぐように彼の隣にいた男が、言葉を連ねていった。
ちなみに、二人の距離がずいぶん近いことに関しては、口を挟んではならないのだろう、と彼女は一人悟っていたらしい。
「二人が言うように、立ち退きももちろん納得はいかないが……この件にはもっと根深いものがある。オレたちは自治体の奴らを影から操っている≪ある男≫を糾弾したい」
再び交じり合う赤と紅。
双眸の奥に燃え盛っている覚悟。
何をすればいいのかすらわからない。しかしそれでも名前は、
「……わかり、ました」
こうして頷いていただろう。
「はア!? テメー、なんも考えずに言ってんじゃねえだろうなァアアア?」
「ち、違います。確かに、このお店へ来ることができたのは偶然です。でも――」
「皆さんも、ここが好きだから……立ち退き反対なんですよね?」
≪好き≫。
彼女が柔らかい笑みで放った単語に、押し黙る男たち。
ここにいる全員が全員、この場から店がなくなってほしくないのだ。
店内でさらに強まった覚悟と想いに眉尻を下げながら、少女はおずおずと言葉を紡いでいく。
「私は……今日初めてこのお店に来た新参者ですが、すごくここが好きになりました。せっかく好きになったお店がなくなってしまうなんて、悲しいんです」
「だから、もしできることがあるなら、私にも何か協力させてください」
「名前……」
本当にたまたまだが、ここに来ることができてよかった。
まっすぐ、ただまっすぐに名前が深紅の瞳を向けていると、不意に店長であるプロシュートが薄笑いを浮かべる。
「ハッ、大したお嬢ちゃんだ……街にたむろってる輩よりよっぽどキモが据わってやがる。名前は確か名前、だったな? オメーがそう言ってくれんなら、オレは大歓迎だぜ。お前みたいなシニョリーナをいろんな手使って吐かせるなんて、したかァねえしよ」
「……普段は女相手に、そのいろいろをヤってるクセに」
ボソリ、と呟いた長い髪の青年を睨めつける男。
今にも追いかけっこを始めそうなオーラ。
そんな二人を見て微笑んでいた彼女の両手を、ギュッと握るぬくもりがあった。
「名前……すまない。恩に着る。……早速だが、ここにいる全員を紹介させてほしい。まずあの坊主頭がなぜかわからないが、開店当初からずっとこの店に来ているホルマジオだ。よく破壊される店の壁を直してくれている」
「ヘヘッ、ここのコーヒーと酒が美味ェからに決まってんだろ。つーわけで、よろしくな嬢ちゃん!」
「あとは店長のプロシュート……バーの担当をしている。それとソファに座る男二人は謎の客ソルベとジェラートだ。いつの間にか客としてやってきて、いつの間にかこうして入り浸っていた」
「「よろしく」」
豪快に笑う男ことホルマジオ。
そして理由はわからないが、言葉が重なるソルベとジェラート。
一人ずつに向かって会釈をした少女は、それから他の人物にも視線を移す。
すると、再び唇を動かし始めたリゾット。
「そこの三人――ペッシ、ギアッチョは大学生、イルーゾォは専門学生だ。普段はバイトの形でここに来ている」
「よ……よろしくね」
「……チッ、協力っつってあんま気ィ張るんじゃねえぞ」
「ちょっと驚いたけど、女の子が来てくれて嬉しいかな。よろしく」
個性的な反応。それに小さく頷いた名前はあと一人の紹介を聞くために耳を傾けた。
ところが、リゾットは一切そちらに目線を移動させようとしない。
「名前、あいつは気にしなくていい」
「え? あの、どうしてですか?」
「理由は一つ。君が危ないからだ」
危ない――聞いただけではよく理解ができず、首を捻ったそのとき。
「Ciao、メローネだよ! 薬学部の院生やってまーす! え、意外? よく言われるけどさ、どこらへんが意外なのかな? ハアハア……名前ちゃん、近くにホテルがあるからそこでじーっくり聞かせ――グエッ」
彼女をひどく驚かせるマシンガントーク。
その動揺の表情にすら息を切らせていたメローネの頭を、プロシュートが後ろからシェイカーで殴ったらしい。
だがなお、≪ベネ、ベネ≫と叫ぶ彼にきょとんとしていると、そこから気をそらせるためか少女の前にある紙が裏向けで差し出された。
「これは……」
「署名用紙だ。これがオレたちの言う≪協力≫の意味になる……普通ならば危険な目に遭うことはないが、相手はあの男だ。名前、頼んだオレがこう言うのもおかしいのは自覚しているが……≪いいのか≫?」
口にされる確認の意。名前は数秒も待たずに、首を縦に振る。
すると、表情を少しばかり和らげつつ、リゾットはそっと呟いた。
「オレは……」
「君を、君がここへ来てくれる日を待っていたのかもしれない」
「!」
特に意味はないというのに、なんと心をひどく揺蕩わせる一言だろう。
自己主張を始める左胸。かあっと熱く火照る肌。
それらを悟られたくなくて、俯いた彼女は眼前の署名用紙を捲って――
顔を硬直させる。
「(……あれ? これって……)」
おかしい。
何かが――いや、これは明らかにおかしい。
一方、紙を目にして固まった少女に、リゾットは気遣うように顔をグッと近付けた。
「どうした? ……ああ、捺印がないんだな。誰かに買ってこさせよう」
「いえっ……あの、そういう意味じゃなくて……」
捺印がどうとか言うレベルではない。
しどろもどろになる名前。
首をかしげた男。
そこに、救世主とも呼べるプロシュートが現れる。
「ったく、あの変態は……いちいち世話かけさせんじゃあねえよ。……ん? ああ、もう署名して――っておまッ! これ……≪婚姻届≫じゃねえか!」
テーブルに広がった一枚の紙。
彼は状況を把握して、ようやく彼女の頬が赤らんでいる理由を悟った。
男の叫び声が響き渡ったのだろう。「なんだなんだ」と彼らの元に再び視線が集まる。
「何を言っている。これは署名用紙だ」
「バッ……カ野郎。どこをどう見たらこれが署名用紙に見えんだよ! しかもちゃっかり夫の欄にテメーの名前書きやがって。んなモン、こいつが困惑するに決まってんだろ!」
「どうしたの? もしかしてオーナー、結婚詐欺始めちゃった系?」
「いや……おそらく本気なんじゃないか? そうだろ、オーナー」
面白いことが起きそうだ、と笑うジェラートに対して、冷静に分析を始めるソルベ。
すると、リゾットはいともあっさりと認めた。
「ああ。この子と……名前と、どこかで会ったような気がするんだ」
「う、運命って奴っすか……?」
若干後退りながら、一言口遊むペッシ。
返ってくる頷き。ああ、誰かこのオーナーに≪初対面で突飛なことをするな≫と言ってやってくれ。
だが、当の本人である少女が紡ぎ出したのは、拒絶でも怒りでもなかった。
「えと……結婚は、その、まだお会いしたばかりなので……まずはお友達からではダメですか?」
「お、おいおい! いいのか? 嬢ちゃん、その発言がいっちばん相手に妙な期待をさせちまう――」
「もちろんだ……! お友達か……そうだな。最近覚えたんだが、携帯で≪あどれす≫とやらを交換しよう」
「あっちゃー。ホルマジオ、ディ・モールト残念。名前ちゃんを止めるには、数秒ほど遅かったみたいだね」
「女の子の方……名前だっけ? 名前もどっかズレてるけど、オーナーも相変わらずドの付く天然だな……っていうか、オーナーって最近メルアドのこと覚えたの!? あの人、時代遅れにもほどがあるだろ!」
ある意味お似合いと言うべきなのだろうか。
イルーゾォが遠い目をしていると、無事アドレスを交換し終えたらしい。リゾットは別の話題へと話を変える。
「ところで、名前。もし君がよければ、君にはここのメイd……ゲフン、ウェイトレスとして働いてほしい」
「ウェイトレスですか?」
「オイ、リゾット! テメー、街のことも店のこともまったく知らねェ奴にここのバイトまでさせる気か!? そういうのはよォオオ、順ってモンを踏んでからだろうが! クソックソッ!」
「ハン! バイトって称して入り浸ってる奴がナマ言ってんじゃねえよ。つかオメーら全員には、入り浸り料としてこっちが金払ってほしいもんだぜ」
キレたギアッチョに頬を引きつらせるプロシュート。店長も大変なようだ。
「えっと……どちらにしても働き口は探そうと思っていたので、皆さんがよければ働かせてください」
「すまない。本当に助かる……早速で申し訳ないんだが、住み込みで明日から働いてもらえるだろうか」
「……えっ、住み込み?」
まさか住み込みとは考えていなかったのだろう。
目をぱちくりさせる名前に対して、ペッシがそっと口を開く。
「そういえば名前は、家ってどこにあるんすか?」
「隣町です。今日は今住んでる家に帰ろうかなって思っていました。こちらでは、まだ探してもいません」
苦笑交じりに返ってきた回答。
まさに≪絶好の機会≫。
黒目がちの瞳を輝かせたリゾットは、もう一度小さな両手を自分のモノで包み込んだ。
「そうか、それはちょうどよかったかもしれない」
「? そうなんですか?」
「ああ。実は、この店の裏側がオレの家なんだ。名前、君はそこに住ん――」
「言わせるかッ!」
ドカッ
その日、彼女は初めて≪飛び蹴り≫というモノを目にした。長い脚を有効に使ったプロシュートは、吹っ飛んだオーナーをまるで養豚場の豚を見るような眼差しで見下ろす。
「ったく……一つ屋根の下で、こいつにナニする気だこの変態野郎! あれか? 家賃の代わりに≪ピーッ≫やら≪ピーッ≫やら、名前にさせるってか!? ええ!?」
規制音の内容に関しては、皆様の思考にお委ねしたい。彼が鼻息荒く怒りを露わにすると、ギアッチョが嘲笑うように口端を吊り上げた。
「ケッ! 店長さんよォ――ッ、テメーの頭の方がよっぽどキテんじゃねえか、オイ。オーナーであるリゾットがンなこと考えてるわけ――」
「……イイ、かもしれない」
「ねえだろ……って、考えてんのかよッ!」
口元を手の甲で拭いつつ、のそりと起き上がったリゾットの放った言葉。
店内に飛び交うツッコミや笑声。
これまでにない喧騒。困惑した少女は、おずおずと近くで一人酒を嗜んでいたメローネに近寄る。
「えと……ここはいつも賑やかなんですか?」
「そうだよ、いっつもあんな感じ。かなり騒がしいけどみんなにとって、ここが半分家みたいなもんだからさ……守りたいんだよね」
ふざけ気味の口調とは反対に、覚悟が窺える翡翠の視線。
じっと、それを横から名前が見つめていると、彼は先程とは一変してにやりと笑った。
「で? 住み込みにするの?」
「い、いえ……帰ります。リゾットさんのお家に住ませてもらうなんてさすがに申し訳ないです、し」
「だよねえ……でも家帰るってのも時間的に危ないんじゃない? 今から家探すのも無理だろうし……そうだ、ホテルよりは遠いけどまあまあ近いからオレん家来る?」
思わぬ誘い。とは言え、これではリゾットと同じだと彼女は頭を振るう。
「め、メローネさんのお家ですか? ダメですよ、そんな……」
「あはは、遠慮ならしなくていいって! オレと君の方がオーナーより年の差ないし……うん、ベリッシモいい案! あとどうせならさ、名前ちゃんにはオレの恋人兼いろんな≪おクスリ≫の実験台になってほし――」
「調子に乗ってんじゃあねえぞ、おいッ!」
「いい加減にしろ、メローネ!」
「ブベネッ!?」
つい今しがたまで口論を繰り広げていたリゾットとプロシュートによって、床へと転がるメローネ。
しかしやはり、その表情は恍惚としていた。
「名前! 遠慮する必要はない……家賃を心配しているのかもしれないが、君に払わせるつもりはない」
「え、っと……それはさすがに申し訳ないといいますか……」
「だから、その発言が危ねえっつってんだろうがッ! おい名前、あの変態じゃあねえが、どうせならオレん家来い!」
「そんな……ええ!?」
さらに広がる混乱。
≪大概にしろ≫ともっとも短気なギアッチョが二人の間に割って入ったことで、状況はますます悪化していく。
素知らぬ顔のイルーゾォと慌てるペッシ。相変わらず笑ったままのホルマジオに二人の世界を作り上げたソルジェラ。
そんな彼らを一人ずつ一瞥して、優しく微笑む少女。
「ふふ(大変だけど、楽しくなりそうだなあ……)」
わいわいがやがやとマイペースを貫く九人。
その後、結局名前が誰の家に住み込み、さらに喫茶Assassinioがどうなったのかは――また別のお話。
fin.
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