due




「なァ名前」


「はい」


「ここに戻ってきてから、ずっとリーダーが≪だんまり≫なんだがよォ、デート中に何かあったのか?」



帰宅後。

普段以上に真顔なリゾットを不審に思ったホルマジオが、小声を意識しながら話しかけてくる。


次の瞬間、名前は帰途のことを思い出し――その視線はあらぬ方へ揺らいだ。



「えと……、それは、その――」


「ハッ! わかったぞ! ショッピング中に……グエッ! ちょっと、まだ何も言ってないじゃん!」


「ケッ、どうせまともなこと言えねーんだから、テメーは黙ってろ! オイ名前! さっさといつも通りに戻りやがれ! こっちが気になって仕方がねエエエエエ!」


「(要するに心配なんだな……)誰か、聞いてきてくれない? やっぱリーダーがアレだと、なんかやりづらいし」


「ハハッ、イルーゾォ。この世の中にゃ、言いだしっぺの法則っつーモンがあんだぜ?」



豪快に笑う丸坊主に対し、「無理無理!」とジェスチャーを見せるイルーゾォ。

自然と彼らの目線は、ソファで悠々とタバコを吹かす優男へと向かった。



「オメーら。オレを見て何を懇願してやがる」


「オレが行っても構わないんだけどさ、床に付いた血を掃除すんのはディ・モールト面倒だし……というわけでプロシュート! あんたが聞いてきてくれ!」


「……ハン! そういう類は、ペッシの方が向いてる。オレだったら手や足や頭がリゾットに向かって飛び出しかねねえからな……ペッシィ! 行ってこい!」



え、オレっすか――思わぬところで呼ばれた自身の名前に反応する間もなく、押し出されてしまう。

目の前には、我らがリーダー。


もうヤケクソだ。このチームに入って≪諦めること≫も覚えたペッシは、おずおずとリゾットに声をかけた。



「あの……り、リーダー」


背後で固唾をのむ男たち。

彼らからのプレッシャーをひしひしと感じながら、男の反応を待つ。


「……どうした」


「(感情で、というよりは考え事でもしてるのかな。どちらにしても目が死んでるっすよ、兄貴ィ!)い、いいいや! みんな、リーダーに何かあったのかなって……名前も心配していやす!」


「! 名前が……?」


ペッシの最後の切り札、恋人の名前を出すこと。

実際、当の本人はチラチラと心配そうにリゾットを見つめているのだから、効果は抜群だ。


しばらくして、彼はぽつりぽつりと打ち明け始めた。



「……実は今日、名前に」


「(やっぱすげえや、名前の名前出すだけでこんなにオーラが……)名前に?」



これで解決。そう信じ、早くもペッシがホッと息を吐く。






「迷子の子どもがキスをした」



だが次の瞬間、彼だけでなくリビング全体が凍りついた。

一番最初に反応を示したのは、タバコを口端で咥えたままこれまでにないほど眉根を寄せたプロシュートである。


「なんだと……?」


「え。ちょっと、冗談だよね?」


次々に硬直していた意識を覚醒させ、各々に呟く彼ら。それを――




「……冗談だと思うか?」


冗談ならどれだけ良かったか。そう、リゾットはバッサリと切り捨てた。

当然、いくつもの瞳がこちらを突き刺し、狼狽えつつもフォローを入れようとする少女。



「え、えっと……キス、というよりは接触と言った方が正しいかもしれないんです、けど」


「つまり、されたんだな」


「!」



名前、墓穴を掘る。


やっぱ無防備すぎんだよ――彼女の頭を小突いたプロシュートの瞳孔はかなり開いていた。

そして、そのガキはどこにいる、と尋ねる彼に顔色一つ変えず言葉を紡ぐ男。



「確か、ショッピングモールの後は近くのテーマパークへ行くと言っていたな」


「テーマパークだな? よしわかった……おい暇人ども、ちょっくら≪遊びに行くぞ≫」


襟を整える兄貴。その隙間から覗いた≪拳銃≫が鈍く光る。

何がなんだかよくわからないが――とりあえず押し寄せた嫌な予感に、少女の顔が青ざめた。



「明らかに遊びに行く体勢じゃないじゃないですか! お願いです! 皆さん、早まらないでください……!」


もちろん、懇願を大いに含めた叫びがアジトに轟いたのは言うまでもない。








電気も消し、青白い月光だけがカーテン越しに入り込む世界。

ベッドの脇に腰掛けたリゾットは、相変わらず何か考える仕草をしている。


いたたまれずに名前が本棚のそばで佇んでいると、ふと彼が口を開いた。



「名前」


音となって生まれた己の名前。

それに胸の奥底が熱くなるのを感じながら、彼女は男のそばへおずおずと歩み寄る。



「リゾットさん? あの、何かあり――きゃっ」



ボフン

刹那、ベッド上に寄り添う二つの影。


突然腕を掴まれ、抱き寄せられた少女が胸元で目をぱちくりさせていると、リゾットの深い赤とかち合った。


「お腹は、すいていないか?」


「え? い、いえ! 大丈夫ですよ……?」


「……」


「〜〜あ、う……、……少しだけ」



やはり彼に≪遠慮≫は通じない。

正直に打ち明ければ、月明かりに照らされた端整な顔が近付いてくる。


「……っ」



しかし、その唇と唇が触れ合う直前で、なぜか男の動きが止まった。



「?」


「その前に……一ついいだろうか」


「ど、どうぞ」


至近距離が恥ずかしくてたまらない。

ところが、身を捩ろうとする名前の腰をすかさず捕まえつつ、リゾットはそっと囁きかける。


それは、なかなか聞くに聞けなかったこと。



「名前は、どういった経緯で今の体質になったんだ?」


「!」


どのようにして、≪吸血鬼≫になったのか。

彼が知りたいことを察した彼女は、思わず視線を揺蕩わせていた。



「っそれは……あの、吸血鬼の方の血を……体内に、入れ、られて」



恐る恐るといった様子で話す少女の頬を、優しく撫でる。


名前を吸血鬼へ変えた吸血鬼。

その存在も、性別も気になるところだが、今は違う感情が男の胸中を覆い尽くした。


あまりにも安易な考え。だが昼間から考え抜いて見つけたそれが、もっとも≪彼女を独りにしない方法≫であるような気がして――額を寄せ、リゾットは自嘲の笑みを滲ませながら、溢れゆく想いの一片を紡ぐ。










「もし。オレも、君と≪同じ≫だったら、ここまで悩む必要はなかったかもしれないな」


「え……?」



同じ。それはつまり。

彼の心内を悟った途端、見る見るうちに少女の眉はひそめられていき――




ガンッ



「ぐッ!?」



一旦顔を離した名前はその次の瞬間、己の額を男のそれへ打ち付けていた。


しかし、悲しきかな。不意打ちとはなったものの、痛みはやわな彼女の方が鋭く感じ取ってしまう。



「〜〜っ」


「ッ、一体どうしたんだ。名前、ずいぶん痛そうだが――んぐ」



とは言え、自分も負けていられない。

苦痛に顔を歪めつつも、喋ろうとしたリゾットの声を阻むように両手で頬を挟んだ。


そして、俯いた少女は本人ができる精一杯の暴言を吐露し始めた。



「バカ……リゾットさんのバカっ、バカっ、バカ……!」


「……名前? な、なぜ泣くんだ」


「リゾットさんが! おかしなこと……ぐすっ、言うからです!」



驚かされたと同時に、ひどく衝撃的だった彼の言葉。

たとえ今頼まれたとしても、自分は決して首を縦に振らないだろう。



「≪もし≫だなんて仮定、リゾットさんらしくありません!」


なぜなら――



「私は……っ! 大切な……大好きな人に、この苦しみは絶対に味わってほしくないんです!」


苦しみとは、この≪吸血衝動≫だけではない。

痛覚はあれど、傷が消えてしまうことだってそうだ。


下唇を噛んだ名前は、男の少しだけ赤くなった額にそっと指先を添えた。


「っ……」



傷付きやすく、治りにくい――人間という生き物。


だからこそ、互いを癒したいと思える。

だからこそ、寄り添い合える。

だからこそ、心を通わせられる。



だからこそ、人は脆く強い。



挙げ始めたらキリのない答えを表すように、零れゆくいくつもの雫。


「名前……すまない。本当にすまなかった。先程の発言は冗談……ではなく本気に近かったが、君を泣かせるつもりはなかったんだ」


「っ、そこは嘘でも、≪冗談だ≫って言ってください……!」



彼女が目元を赤く腫らしている。

その表情に、その儚さに胸がひどく締め付けられ、堪らずに少女のすべてを包み込もうとその小さな身体を抱き寄せたリゾット。

狼狽に交じった、宥めるような声色。



「名前……た、頼む。もう泣き止んでくれ……名前に泣かれるとオレはどうすればいいのかわからない……」


身体を重ねているときは別になるが、彼は名前のナミダにめっぽう弱い。

笑顔とはまた違った意味で、心臓に悪いのだ。


だが、こうして笑い泣く彼女と共にいたい。共に、≪生≫を感じていたい――改めて己の想いを認識した、そのとき。


男の心に蔓延っていた≪モヤ≫が、突如晴れた。



「……そうか。オレは、嘘を付いていたんだな」


「?」



刹那、嗚咽を止めた少女がこちらを見上げてくる。

そのきょとんとした表情に、リゾットは顔を綻ばせながら言葉を続けた。


「自分の心に、オレは嘘を付いたんだ」



どういうことだろうか。彼の逞しい胸板に埋めたまま、名前は小首をかしげる。


「うそ、ですか……?」


「ああ。家庭を築くことに対して、≪不可能に近い≫と言ったな」


「(コク)」









「本当は……オレの心は、その1パーセントにも満たない≪可能性≫を信じたい――いや、信じているんだ」




「いつか……名前と穏やかな家庭を築きたい、と」


「!」


彼女と出逢って加わった一つの望み。

もちろんそれは、世間で謳われる≪普通≫とは異なるだろう。


さらに――この将来にはどこまでも保証がない。



「オレの言う≪いつか≫は、あまりにも不安定だ」


「リゾットさん……」


「だが――」









「名前。そのいつかが来たときには、≪Si≫と答えてくれるか?」


紅い眼がこれでもかと言うほど大きく見開かれた。


少女のわかりやすい反応に、男は表情を緩めると同時に今一度心へ刻み付ける決意。


自分たちに付き纏う現状を変えるために――企てるそれは決して正義とは呼べない、信念。

しかし、その意志はある一つの≪覚悟≫となって燃え広がる。



「〜〜っ」


再び溢れ出るナミダ。

当然ながらギョッとしたリゾットに、名前は何度も頷きながら勢いよく彼の首に腕を回すのだった。









Essere una famiglia
「叶えたい」。そう望むことは罪ではないはず。



抱擁を交わして、どれほどの時間が経ったのだろうか。


互いのぬくもりを確かめ合っていると、不意にガタッと外で物音がした。

そして――


ズザアアア



「「「「「「うわああああッ」」」」」」


「み、皆さん……?」


「……はあ。お前たち、扉の前でゴソゴソしているかと思えば……何をしている」


どうやらリゾットは気付いていたらしい。

羞恥で離れようとする名前を逃がさぬよう腕の力を強めていると、ペッシが弁明するように口を開く。



「い、いや……二人の様子がおかしかったんで、気になっちまったというか……」


「チッ! 言っとくが、俺はちげーからな! たまたま通りかかっただけだ!」


「ぶ……! 二人が別れるかも、ってなったときに一番焦ってたのはどこのどいつだよ」


「! 何バラしてんだ、この鏡野郎オオオオオ!」


「まァまァ、落ち着けってお前ら。とりあえず一件落着みてェだし、よかったじゃねーか」


狭い部屋に大人数。

夜に似合わぬ騒々しさ。


そもそもなぜ破局という話になっているんだ――脳内にすら過ぎらないその単語に彼が顔をしかめていると、はにかんだ彼女と視線が重なった。



「リゾットさん」


「ん?」



どうかしたのか、そう尋ねれば少女はゆっくりと首を横へ振る。



「いえ。ただ……私にはもう、素敵な家族がいたんだなって」


「……、ふむ。ずいぶん騒がしく、問題児だらけだがな」


「えへへ、そうですね。でも、毎日が楽しくて大好きです……!」


嬉しそうに破顔した名前。

その可愛らしさに、男がどさくさに紛れて口付けを試みた刹那、自分の腕から柔らかな感触が消えた。


「ふ、家族とは可愛いこと言ってくれんじゃねえか。で? 名前はどいつを旦那に選ぶつもりだ?」


「えっ? あの、そういう意味じゃ――」


「ちょっとちょっとー! 何抜け駆けしちゃってんのさ! オレ、パードレがいい! それでそれで! 名前と子づ――ベネッ!」


「変態は黙ってな」


困惑する彼女をそばに繰り広げられる、当人にとっては奇妙な争い。


とは言え、少女には食事が待っている。

そして、その後に続く自分との甘く濃厚な時間も。

無論、恋人を奪われたリゾットは、体内でざわめく己のスタンドを呼び――



「お前ら……さっさと部屋から出て行け! メタリカァア!」


響き渡った怒声と悲鳴、そしてうめき声に名前は一人苦笑を漏らしたのだとか。



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