uno




太陽の光が当たらないことを配慮しての、ショッピングモール。

そこで久しぶりに計画した名前とのデート。

オレは、自分で言うのもなんだが≪浮かれていた≫んだと思う。


だが――



「すっげー! なあなあ、おじちゃん! なにのんだらこんな≪きょじん≫になれんの!?」


「……(巨人……)」



なぜ今、オレは名も知れぬガキに肩車をしてやっているんだろうか。



「なーあー! ≪おじちゃん≫!」


「はあ。だからおじちゃんじゃあないと、何度言えば――」


「おねえちゃん! このおじちゃんが、おれを≪むし≫するー!」



――このガキ……!

珍しく表情に切り替わりのあるリゾット。


彼の鋭い赤が頭上を突き刺そうとするが、「無視じゃないですよ」と穏やかに少年を宥めているのほほんとした彼女によって、自然と口元は緩んでしまった。

一方、デート中にこのような状況になったこともあり、少なからず眉尻を下げていた少女。


男の子がきょろきょろと高いところから周りを見渡すのを見計らって、いつも以上に気難しい顔をした男へ声をかける。



「リゾットさん。あの、お疲れみたいですし……代わりますよ?」


「いや、大丈夫だ」


溢れる微笑み。

そう、リゾットも子どもが嫌いなわけではない。


むしろ好きな部類に入り――外見で怖がられるにせよ、しばらく経てば懐かれることも少なくはなかった。



「えー! おれ、おじちゃんじゃなくておねえちゃんにおんぶしてほしい! おんぶ! おんぶー!」


「いいからお前は自分の母親と父親を探せ。迷子の身でナンパしている場合か」


「はーい」


「……ふふ(親子みたい)」



しかし、隣で控えめな笑みを浮かべる名前が関われば別だ。


人が混雑する店内。

その隅で泣いているところを駆け寄った瞬間から、この少年は隙あらば彼女と≪お近付き≫になろうとしている。

誰にでも優しい――それは少女が持つ長所の一つだが、まさか自分に小さなライバルが誕生しようとは。



「おじちゃんおじちゃん! おねえちゃん、すっげーかわいい!」


「そうだな」


当たり前だ、と言わずもがな頷くリゾット。

すると、痛くはないが、なぜか小さな手でより強く引っ張られる髪。



「へへへ」


「……なんだ」


「きめた! おねえちゃんをおれの≪かのじょ≫にする!」


「何?」



なんということだ。この少年、生意気なだけでなく、あろうことかマセガキと来た。


一方、まさか内容がこういったモノだとは知らずに、微笑ましそうにこちらを眺める名前。

彼女の柔らかな仕草と姿をしっかりと目に焼き付けながら、彼は上を鋭く睨みつける。



「待て。この子はオレの恋人だ。お前には渡さない」


「えー!? おじちゃんの? おねえちゃんわかいし……いっぽまちがえたら≪ろりこん≫だよ?」


「……どこで覚えたんだ、そんな言葉」



舌足らずでなかなか凄まじいことを話す。

だが、自分も人のことは言えないが、さすがはイタリアーノ(5歳)。

女性を見る目はすでに備わっているらしい。


名前は確かに控えめながらも可愛らしく、さらに――そう内心で延々と惚気ていると、頭上の少年がとんでもないことを言い出した。



「おねえちゃん!」


「? どうしました?」


「こんど! おれと≪でーと≫しよ!」


「!? こらッ、どさくさにまぎれて何を言い出すかと思えば――」


「で、デートですか……?」



きょとんと丸くなる深紅の瞳。


反応が見たいのか、子どもが肩の上からそちらに向かって身を乗り出してくる。

いっそのこと、このまま振り落としてやろうか――大人としての≪矜持≫も忘れて、男の胸中にあくどい考えが過ぎったのは言うまでもない。


「ごめんなさい。それはちょっと……」


「えー!」


「……(ホッ)」



しかし、困ったように笑った少女が放った断りの返事。

それによって荒立っていた心は落ち着き、彼らがこれ以上目立つことは回避されたようだ。









「あ! まま! ぱぱ!」


そして、少年が叫んだ言葉に、ようやくリゾットの中にあった憂いは消えゆくことになった。



「よかったですね」


「うん! おねえちゃん、ありがとう! あとおじちゃんも!」


「……ああ」



まるで自分を付け加えたかのような言い草は別として、お礼を言えることはいいことだ。

そそくさと地面に足を着けた途端、嬉しそうな顔で少年は両親の元へ走り寄っていく。


ところが。




「そうだ……!」


「「?」」



なぜかわからないが、忘れ物と言いたげに戻ってきた。


さらには隣の名前を手招き、しゃがませるではないか。



「あの、どうしたんです――」




チュッ



「!」


「な……ッ!?」



刹那、彼女の口端に押し当てられた少年の唇。


目を瞑ったせいで外れたのか、それともわざとなのか。

いや、彼にとってそんな些細なことはどうでもいい。


目の前で起きた光景に男がピシリと固まっているのを横目に、子どもがにっと満面の笑みを浮かべた。



「おれ! おっきくなったら、おねえちゃんを≪およめさん≫にしたげる!」


「お嫁さん? ……ふふ、そうですね。楽しみにしてます(子どもって、可愛いなあ)」


「(名前!?)」


約束だよ――そう言って離れていく小さな後ろ姿。


子どもらしい可愛い発言。

それに破顔しつつ少女が手を振っていると、不意に右隣のリゾットの様子が気になった。



「? リゾットさん?」


喧騒を掻き消すような無言。だが、真顔を貫く彼はどこか怒っているようにも思える。



「……」


「あ、あの……どうかされ――」


「…………メタリ」


「!? ちょっ、何しようとしてるんですか……!」



メタリカの射程距離、約10メートル。

一体、このショッピングモールで何人の被害を出すつもりだ。


ひどく驚いた名前は、気が付けばおもむろに上がった男の左手を必死に止めていた。

すると、もう片方の親指が自分の口元で何かを拭うかのように、ゴシゴシと動かされ始める。



「え……んぐ、っ……リゾットさん、あの……」


「じっとしているんだ。……まさか名前は、あのガ……あの子どもと、結婚するのか?」


淡々と紡がれた質問。

その内容が鼓膜を震わせて――彼女の双眸は徐々に見開かれていった。



「え? そ、そんな……さすがにしませんよ!」


「……本当か?」


「本当です。確かに、結婚や家族になることに憧れはありますけど……そもそも、あの子と私では年の差がありすぎます」



いや、そういう問題じゃないだろ――とツッコミを入れる冷静な仲間は今ここにいない。


とりあえず≪そのつもり≫はないのか。安堵の息を漏らしていると、そっと甘え縋るように左の指先を掴まれる。

眼前には、切なげに伏せられた目。



「……、それに――」










「誓うことはできても、大切な人と一緒に年をとっていくことができないのは……悲しい、ですから」


「!」



人はいつか、どんな形であれ死を迎える。

だが、今ここで眉尻を下げる名前は違う。


多くの場合が、≪看取る側≫になる運命にあるのだ。

そこでふとリゾットの脳内を掠める考え。



――自分もまた、彼女を独りにしてしまう一人なのだろうか。


「……名前」


ふっと無意識のまま力を入れただけで、簡単に折れてしまいそうな柔く細い手。

それを優しく、強く大きな手のひらで包み込めば、ハッとしたように顔を上げた。


少なからず潤んだ紅い瞳には、こちらに対する申し訳なさが浮かんでいる。



「えへへ、ごめんなさい。こんなこと言って……今更ですよね」


「名前」


「り、リゾットさんは! ……家族について、どう思われているんですか?」



遮るように連ねられた言葉。

胸を貫く、凛とした鈴を転がすような少女の声。


「オレ、か? ……オレは」



浮かぶ理想と現実。

彼の心は、今確かに二極の狭間で揺らいでいた。


願わくば――その続きがどうしても口にできない。

自然と、小刻みに震えた喉からは≪現実論≫が飛び出す。



「今は、自分のことですら危うい状態だ。家庭を築くことは……不可能に近いだろうな」


「……そう、ですか」


それは、すでにわかりきっていた答え。

リゾットは暗殺者だ。

さらに一つのチームを率いるリーダーであり、他と比べて平穏な今でさえ自分自身のことは二の次だというのに。



「(何を、期待してしまっていたんだろう)」


複雑な想いによって、互いに合わせることのできない顔。

どちらからともなく歩き出した二人の前には、ひどく静かな道が続いていた。




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