somma 〜48〜

※夏にできたあの傷について
※短め




「ん……」



とある朝。素肌を晒しているゆえか、布団の中で小さく身震いをしながら瞼を上げた名前は、自分の視界を占めるいつもとは違った光景に目を丸くした。


隣で恋人が、珍しく眠っている。

しかもうつ伏せで。


通常リゾットは、この時間帯には筋トレに励んでいることが多いのだが――デスクワークなどが重なって疲れていたのかもしれない。



「……ふふ」



眉間に皺の寄っていない、とても穏やかな寝顔。

可愛い。本人の前ではあまり言えない言葉を存分に呟く心の中。


しかし、今度こそ柔肌が捉えた肌寒さに素早くベッドを飛び出し、慌てて服を身に纏った彼女は、≪風邪引いちゃいますよ≫と彼を覆う布団の端を持ち上げて――ハッとした。



「っ、これ……」



彫刻のような裸体。

正直、何度瞳に映しても恥ずかしくてたまらないが、今はそれどころではない。



広い背中にうっすらと残った、男が生きた道を示すさまざまな傷跡。

その中にもっとも新しい――銃弾の痕を見とめて、少女は下唇を強く噛みつつ視線を落とす。



「リゾット、さん」


あの夏、自分の代わりに受けた銃傷。

恐る恐るといった手つきでそれをなぞると、周りと比べて盛り上がった皮膚の感触がより心臓を締めつけた。


心が痛くて仕方がない。でも、本当に辛かったのはリゾットさんだ――決して忘れることのない記憶に、名前は自然と両手を胸の前で組む。


そして、己のスタンドの名を呼び、すぐさま祈りを捧げようとした。



が。



「……名前」


「!」



ふと耳を劈いた寝ぼけ気味でありながら、威圧感溢れるテノール。

思わず祈りを止めてしまい、双眸を揺蕩わせた彼女がベッドへ視線を向ければ、こちらを射抜く赤い瞳とかち合う。



「何をしようとした」



勝手なことをして、怒っているのだろうか――自ずと硬直する身体。


だが、理由を話さないわけにも行かない(というより噤めどもいつか言わされるに違いない)。

観念した少女は、おずおずと口を開いた。



「あの……傷を、治したくて……」


後悔と申し訳なさを宿した恋人の眼差し。

その先にある≪傷≫を悟ったリゾットは、苦笑を滲ませつつ柔らかな名前の頬にそっと右手を寄せる。



「! え、えと……リゾットさん……?」


「名前。君が気に病む必要はない」


「そんな……っ! だって、この傷は――」



――私のせいで。


刹那、彼女がこぼそうとした≪自責≫を阻むかのように、彼は薄紅色の唇を塞いでいた。

ひやりとした部屋を包む、くぐもった声。



「んっ」


このまま自分は食べられるのではないか――と錯覚してしまうほど、男によって荒々しく貪られる口内。

口端から漏れ出す乱れた吐息。


堪え切れずに溢れたナミダが、いつまで経っても深い口付けに慣れない少女の頬を伝う。



「っはぁ、は……りぞ、とさん……はぁ、っ、ん」


「……名前。オレは、今こうして君とキスができる」



眼を潤ませたまま、目前の恋人を弱々しく睨みつける名前。

ところが、次の瞬間リゾットの口から放たれた言葉に、コテンと首をかしげた。



「? あの……、っ」


「こうして顔を真っ赤にした名前の頭を、思う存分撫でることもできる」



一体、どうしたのだろうか。

わしゃわしゃと己の髪を乱す温かな手のひらはひどく心地よいが、いかんせん理由がわからない。


彼女がますます首を傾けていると、不意に彼が自分に額を重ね合わせ――



「名前。オレは今、ここに生きている」



と優しい声色で呟いたのだ。

≪当たり前のこと≫に込められた意味。

徐々に見開かれる少女の鈴を張ったような瞳。


それを静かに至近距離で見つめながら、微笑んだ男は己の背にある傷へ手を這わせた。



「この痕は……オレにとって、名前を守ることができたという≪証≫だ」


「! 証、ですか……?」



もちろん、死んでしまっては元も子もないが――自分はちゃんと生きている。

リゾットがしっかりと頷けば、名前は泣きそうに、そして嬉しそうにはにかんだ。


しばらくして、彼の手に寄り添うように背中の傷跡へ置かれた彼女の細い指先。



「(本当だ、温かい……っ)」


確かに感じる体温。

胸をせり上がる喜びと妙な切なさ。



大切なリゾットからこの≪生≫のぬくもりを、命を、絶対に奪わせやしない。


覚悟を胸中に潜めた少女は、花が咲き誇ったかのような、柔らかな笑みを浮かべた。



「……リゾットさん」


「ん?」


「守ってくださって、本当にありがとうございました」



Prego――深い眼差しと共に返される音。

互いの想いを確かめ合って、それなりに経つと言うのに、今の二人には初々しさが漂っている。



「えへへ……」


不思議な気恥ずかしさ。それを打ち消すように名前が恋人の大きな左手をそっと両手で包み込んだ。



「今度は、私にぜひリゾットさんを守らせてくださいね」


「名前がオレを?」



彼女の口が紡いだ、思いもよらぬ言葉。

だが、紅い眼に宿る≪決意≫に本気を悟り、男は口元を緩めた。



「ふ……だがその前に名前は、自分の身を守られるようにならなければな。抵抗すらしようとせずに、本当に隙だらけだ……気を付けるんだぞ?」


宥めるような口調。

まるで自分を子供扱いしているかのようだ。


一応生きた年数では、リゾットさんより年上なのに。名前は少しばかり頬を膨らませ――



「!」


チュッ、と彼の頬に稚拙なキスを贈った。

唇を重ねる勇気は、なかなか出ない。


しかし今更になって、恥ずかしさが心に勢いよく押し寄せる。

それを察知されぬよう――彼女は男の座るベッドへ乗り上げたままじっと見上げ、



「わ、私は……相手がリゾットさんだから……その、抵抗とかしないん、ですよ?」


「ッ……(またそうやって可愛いことを)」



本音を伝えた。

すると、なぜかおもむろに右手で己の目元を覆い隠すリゾット。


その原因がまさか自分にあるとは気付かずに、少女は心配そうに彼の様子を窺う。



「リゾットさん?」


「名前……、すまない」


「? 何が、ですか?」



脈絡のない謝罪。

なぜ自分は謝られているのだろうか。


無防備にも、さらに男の元へ近付く身体。


次の瞬間あいまみえたのは、ぎらついた黒目がちの眼。



「今着たばかりであろう君の服を、すぐ≪脱がしてしまう≫ことになりそうだ」



え――瞳を白黒させるより先に、柔く強く掴まれた手首。


そして名前は、≪あっ≫と声を上げる間もなく、先程までの寝起きの表情とは一変して怪しく笑むリゾットに布団の中へ引き込まれてしまうのだった。



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