※ヒロインのお願いごと
※短いです
少し肌寒くなり始めた秋の夜更け。
風音の響く外に対し、蒸気を帯びた甘やかな室内。
そこで、一糸纏わぬ白い柔肌をシーツに滑らせながら、名前は自分と同じく何も着ていない目の前のリゾットを、おずおずと見上げた。
「あの……リゾットさん」
「ん?」
暖かな反応。
ただ、静かに視線を薄闇の中で交わらせたまま、彼女はきゅっと細い両手を胸の前で握る。
「一つ、お願いをしてもいい……ですか?」
重々しく打ち明けられたお願い。
一体なんだろうか。
少女のひどく意気込んだ様子に一瞬首をかしげたものの、自分を突き刺す真摯な眼差しに彼はこくりと頷いた。
「それは構わないが……どういった内容なんだ?」
「え、えと……それは……っ」
「名前?」
刹那、頬を紅潮させた名前。
とは言え自分が言い出したという事実が急かすのか、少しばかり上体を起こした彼女は枕をいそいそと奥へ押し退け、男の真っ直ぐに伸ばさせた左腕をそこへ動かし始める。
「? 何を――」
そして次の瞬間、ぽふんと可愛らしい音を立てて、負荷がかからない程度に頭を添えたのだ。
いわゆる腕枕。
――ッ名前……!
なんて愛くるしいお願い事だ。思わぬ試みに喜びで目を見張っていると、少女ははにかみながら控えめに口を開いた。
「少しだけ、こうさせてほしくて//////……いい、ですか?」
「……ふ、もちろんだ」
長閑な空気。
交わる赤と紅。
自然と近くなった距離。
互いにはっきりと感じられる体温。
そう畏まらなくとも、いつでもオレは歓迎なんだがな――小さな苦笑と共に、リゾットが目下で流れる艶やかな黒髪をそっと撫でれば、名前は弾かれたようにブンブンと首を横へ振って否定を示す。
「ダメですっ! 毎日お願いしていたら、リゾットさんの腕が痺れちゃいます……!」
「心配しなくてもいい。毎朝、名前の寝顔を見ながら、筋トレをしているだけのことはある」
「そ、そうかもしれませんけど……って! 寝顔なんて見ないでください!」
――どうりでいつも目覚めた瞬間、リゾットさんと視線が重なると思った……。
目を剥き、気恥ずかしさで項垂れる彼女に対し、不思議そうにただただ小首をかしげる男。
「なぜだ? 可愛い恋人のさまざまな表情をオレが見なくて、誰が見る」
「こっ……そういう問題じゃなくて……ッ」
やはり不意打ちに弱いらしい。
今も少女は金魚のように口をパクパクとさせている。
だが、ひょこりと現れた睡魔が心に広がっていた羞恥を抑圧したのか、思いがけず桜色の唇からはあくびが漏れた。
すると、いたたまれなさそうに視線を落とした名前を見とめ、リゾットはふっと柔らかな笑みをこぼす。
「……そろそろ寝るか」
「えっ!? リゾットさん、その前に腕枕を――」
「名前。このまま大人しく寝なければ……今から襲っていいのだと判断してしまうぞ」
「! おおおお、おやすみなさい!(これ以上されたら、身体がもたないよ……っ//////)」
そこまで必死にならなくともいいじゃあないか――異常な慌てぶりに少なからず不満げになりつつも、自分のそばにある確かなぬくもりに強まる右腕の力。
再び閑やかな微笑を浮かべた彼は、すでに微睡み始めた彼女の額へ優しいキスを贈った。
「……おやすみ、名前。いい夢を」
「ん……」
それからしばらくして。
穏やかな寝息が頭上から届き、ごそごそと身じろぐのは――相変わらず深く抱きすくめられたままの名前。
「……(さ、さすがに眠られた、よね?)」
このままでは本当に彼の腕が痺れてしまう。
退かないと――表情にありありと焦燥を滲ませた少女は、なんとか身体を少し下へずらそうとした、が。
ぎゅうっ
「ひゃ……っ!」
「……、……名前……」
刹那、≪絶対に離さない≫と言いたげに、より一層抱き込まれてしまったのだ。
「リゾットさん……! あのっ」
「……ん」
「〜〜っ(そんな……!)」
小声で話しかけても、熟睡しているらしい。
反応がないと同時に青ざめた彼女が悟るのは、この腕枕から決して解放されないということ。
「ううっ……」
――痺れちゃったら、ごめんなさい。
そう申し訳なさそうに呟きながらも、≪リゾットに腕枕をしてほしい≫という願いが叶ったからだろうか。
ぽつりと紡ぎ出し、微かに恥じらった名前は口元を緩ませたまま静かに瞼を閉じたのだった。
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