somma 〜43〜

※涼むための怪談
※ただし、いわゆる≪怖い話≫たるモノは書いていません




それは、涼しい風が街を包み始める≪はず≫の初秋。

今日も今日とてリビングに集まった男たちは、皆口を揃えて呟く。



「暑い」


目の前で揺らめく陽炎。

秋にしては珍しい、真夏日並みの暑さに皆が皆、動くことを放棄していた。


もう無理――堪えかねたイルーゾォが、椅子にぐでんとなりながらソファへ腰を下ろすリゾットへと声をかける。



「リィーダァー……マジで、クーラーは? クーラー付けてくれ〜」


「……それができていたら苦労はしないだろう。クーラーは壊れた。もちろん、壊れたと同時に上へ連絡は入れたが、いまだに修理費が送られてこない」


「ええええ、こういうときも上は知らんぷりかよ……じゃあギアッチョ――」


「チッ、すでにやってる」


舌打ちと共に、床から漂う冷気。

さすがホワイト・アルバム様々である。


ところが、一瞬彼らの心を癒したそれは、あっという間に水蒸気へと変わってしまった。

刹那、暴れると自分に跳ね返ってくることも顧みず、地団駄を踏むギアッチョ。


「…………、ダアアアアアッ! 出しても出しても溶けてきやがる……クソッ、クソが! この俺をなめてんのか――――ッ!?」


「ちょ、キレてェ気持ちもわかるがよォ、暴れたら余計暑くな……ってうわッ、言ってるそばから1度上がったぜ? しょォがねェな〜〜!」



すでに上半身裸のホルマジオが、苦笑を漏らす。

一方で、唯一男たちの間を駆け回っている名前から水の入ったグラスを受け取ったリゾットは、淡々と――いや、少しばかり苛立たしげに口を開いた。



「お前たち、床に寝そべるなど体温を低下させるために行動を起こすのは各々自由だが……氷袋を渡す名前の手をいちいち握るのはやめろ。……それとメローネ、この子に抱きつく気力があるなら外に飛び出してきたらどうだッ……まったく、鍛え方が足りないぞ」


「……ハンッ、そういうお前が一番ぐったりしてんじゃねえか。この筋肉野郎。≪名前に優しく介抱されてえ≫なんてなあ、ここにいる誰もがそう思ッ…………あークソ、ツッコミ入れただけで頭が沸騰しそうだ」


「あ! 兄貴……あんなとこに、スパが見えるっすよ! あははは、楽しそうだなあ……」


「ペ、ペッシさんっ!? 気をしっかり持ってください……!」



暑いにも関わらずなぜか抱き寄せようとした恋人から逃れ、名前が慌ててペッシの元へ近付く。


すると、限界に達しているのか目が虚ろだ。

せめて少しでも涼しいと感じてくれたら――パタパタと彼の顔の前で微風を送り出していると、にやにやと口元を緩めたメローネが這い寄ってきた。



「ねえ名前」


「! メローネさん」



どうしたのだろうか。

手の力を緩めることなくそちらを見つめれば、ますます笑みを深くする男。



「あんまり汗掻いてなさそうだけど、もしかして体調でも悪いのかい? それならオレが……ハア……ッ健康診断してあげるよ!(ワキワキ)」


「そう、ですか? 母国の真夏日の方が暑いんです、イタリアよりジメジメしていて。だから不調ではないですよ? 心配してくださってありがとうございます(にこ)」


「ふーん、そっか……それはそれでディ・モールト興味深いな。でもさ、こんな熱を吸収する黒い服を着て、暑くないの?」



基本、彼女はたとえ暑くとも寒くとも修道服を身に纏っている。

だからこそ、その姿が少女の健気で清純な人柄をより浮き彫りにさせるのだが――


もちろんそんなメローネの思考など気付くはずもなく、「大丈夫です」と静かに微笑んだ。


しかし。



「……」


「あ、あの……メローネさん?」


「ねえ、暑くないの?」


「えっ」



驚きに深紅の瞳を揺蕩わせる名前。

自分は今確かに肯定を示したはずなのだが、もしかすると聞こえなかったのかもしれない。


だが彼女がもう一度、先程より大きく頷けども、眼前の彼は真面目な顔をして詰め寄るばかり。



「名前、どうなんだい? 暑い? それとも暑い?」


「(あれ、選択肢になってないような……)えと、す……少し暑い、です……?」


そう言わなければ、この至近距離から解放されそうにない。

少女が疑問形で言葉を紡いだ次の瞬間、男の目はキラーンと光り輝いた。



「ベネ! 暑いんだね? 本当は服を脱ぎたいんだね? そうと決まればオレの部屋にでも行こうじゃないか! ハアハア、君のその≪白に染めたくなる≫服をすぐにでもひん剥いて――「メタリカ」ヘブッ!?」


当然、その思惑が叶えられるはずもなく。

これでもかと言うほど顔をしかめたリゾットによって、メローネは瞬く間に床へと逆戻りした。


そして、心配そうに下を見つめる名前を、我が物顔で己の膝の間へと引き寄せた男。

一方でそんな彼らの寸劇を横目に、ホルマジオは再び苦笑いをしてみせる。



「けどこれはきちーな、ほんと……なんかこう、ひやーッとしたモンはねェのかァ?」


「うーん……ひやーっとね……ひやっと……ひやりと……、そうだ! オレは今ッ! ベリッシモイイ案を思いついたぜ!」


「チッ、ゴ○ブリみてーな生命力しやがって……」



刹那、バッと勢いよく顔を上げた変態。

眉をひそめたギアッチョが忌々しそうに見下ろすが、残念ながらメローネはそれで落ち込むようなタマではない。


すくっと何事もなく立ち上がった彼は、声高らかに熱気に揺らめく空気を切り裂いた。



「みんな! 今すぐ部屋を真っ暗にして、≪カイダン≫でもしようじゃないか!」


「階段? いや会談? そんなターゲットがしそうなことをなんでオレらが――」


「チッチッ、違うよイルーゾォ。オレが言ってるのはジャッポーネで有名な夏の風物詩の一つだよ」


ね、名前!

不意に同意を求められた少女はビクリと肩を震わせつつ、集まった視線へ目を向ける。



「あ、えっと……はい」


「名前?」



どこかぎこちないような。

密着した恋人からの気遣うような眼差し――を背中に感じてはいたが、彼女も今更言えるはずがなかった。


吸血鬼であるという恐怖に似た≪不安≫によって、特に雷などは気にすることがなくなった名前(と言っても、リゾットはそれを口実に抱きしめてくるのだが)。


ところが、先天性――元から苦手なモノは別だ。



「(うう……どうしよう。でも、皆さん盛り上がってるみたいだし……)」


「あの……名前。顔色悪いけど、大丈夫っすか? もしかしてこういうの苦手なんじゃ――」


「ッ! だ、大丈夫です! 少しでも涼めるなら善は急げですっ……始めましょう!」



少し回復してきたのか、こちらを窺うペッシに笑いかけ、開始を促す。



「(こ、怖くない……だって私が言うのもなんだけど、お化けは架空の存在なんだし……っうん)」


部屋に広がり始める暗がり。

周りが色めき立つ一方で、怖くない、怖くない――彼女一人が己の心に言い聞かせ続けていた。

だが、その意気込みは恐怖の前にあっという間に立ち消え、終日少女は後悔することになる。









雰囲気作りということで、真ん中にロウソクを囲み円になった彼ら。

ちなみに、その代物をどこからともなく持ってきた張本人はなぜか異様に喜々としていた。



「ロウソクねえ……拷問というよりハードなSMとかにベリッシモ使えそうだな。ねッ、ホルマジオ」


「おいおい。変態のオメーと一緒にしてくれんなよ、これは正真正銘の拷問用だ」


つーわけで、始めっか。

肩を竦めたホルマジオの一声に、皆が暗闇の中頷き、一人目がゆっくりと口を開く。






とは言え、イタリアーノの彼らが≪怪談≫を知っているはずもなく、都市伝説がその割を占めていた。


名前もおずおずとなけなしの知識を口にはしたが、緊迫した空気を作り出すことはできず――強いて言うなら、その場を和めてしまったのは言うまでもない。



「おい、メローネ。これ効いてんのか? まったく暑さが消えねえぞ」


「あははプロシュート、そう焦んないでよ……イケメンが台無しだぜ? けどさ、みんなももう少し怖い話はないの?」


「ちょ、そんな無茶言うなよ」



今日初めて聞いたんだぞ、その怪談ってやつ――慌てて反論したイルーゾォに「だろうねえ」と頷くメローネ。

次は、彼の番だ。


この調子なら大丈夫かも――内心ホッと胸をなで下ろしながら、少女が前を見据えると。



「いや実はね、こういう日もあるかと思ってとっておきの話を用意しておいたんだ!」


「え」


「ケッ……そんなに言うならこのクソ暑い室温を下げてみろよ、できるモンならなアアア」


「ふむ、では話してみろ」



心を占める絶望。

簡単にGOサインを出したリゾットに抱き込まれた彼女とペッシの二人だけが、ひどくざわめく嫌な予感に青ざめていた。






「と、いうわけだ。どう? 身も心も凍ったかい?」


話し終えたことで、やりきった顔をする彼にギアッチョが一蹴する。


「全然」


「えー、かなり自信あったんだけどなあ……名前は?」



どうやら、顔色一つ変えていない男が多いことから、≪怖い≫と思える話ではなかったらしい。

しかし、少女にとっては違う。




「名前はどうだった? やっぱり≪すっごく≫怖かったよね? ね?」


「! そっ、そう言われると……えっと……ああああのっ! ペッシさんはどうでした?」


「お、オレっすか? オレは……」



いまだ暗い世界の中で、困惑しているであろうペッシの返答を待った。

いつもの名前ならば、暗闇でも目が利くので実行された≪ある行動≫にも気付いていただろう。


そう、気が動転していなければ――








「――わッ!」


「ひゃあっ!?」



右耳に突如劈いた声。

悲鳴を上げた彼女は、慌てて後ろのリゾットにぎゅうと抱きついた。


「! ……メローネ、あまり名前をいじめるな」


「あはは、ごめんごめん。どうしてもいじめたくなっちゃうんだよねえ」


「はあ……名前、大丈夫か?」



コクコクと頷く気配。

ゲシゲシと周りに蹴られ始めた変態。


それすら気に止めることもできずに、少女は心臓に落ち着きを取り戻そうとただただ必死になっていた。









ようやく暑さが身を引いた秋の夜。

暗闇に煌く紅い双眸。


「……(ど、どうしよう……眠れない)」



何度眠ろうとしても、それができない。

だが起き続けていると、生理的な問題も出てくる。


こんなときに限ってトイレに行きたいなんて――しばらく眉根を寄せていたが、ついに意を決したらしい。

お化けなんて出ない、出ない。再び暗示をかけながら、名前はベッドからムクリと上体を起こした、が。



「名前」


「! り、リゾットさんっ、起きて――」


「どこへ行くんだ」



こちらを貫く視線。

それにたじろぎつつ、彼女はおずおずと口を開いた。



「お……お手洗いに……」



すると、自分と同じく起き上がったリゾットに、目を丸くする少女。



「オレも行こう。君が心配だ」


「え? あの、私一人で行けますよ?」


「……名前、無理はするな。昼間の話が、堪えているんだろう?」


「あ……、はい」



やはりお見通しだったのか――恥ずかしそうに視線を落とした名前の頭をなでる。

そして、彼は「行くぞ」と廊下に出ることを促した。








しばらくして、一人浴室に足を踏み入れる名前。



「り、リゾットさんっ」


「ん?」


「えと……絶対に、ここにいてくださいね?」



ナミダで潤む瞳。

それをじっと見つめた男は、柔らかな表情で頷いた。


閉じられる扉。



「……」


まさか名前があんなにも怖がるとは――新たな可愛さに実は心打たれていたリゾット。

だからこそ、つい先程まで残っていた誠実さは瞬く間に≪悪戯心≫へと変わってしまう。






「(い、いない……お化けはいません……!)」



一方で鏡や浴槽に目を向けることなく、焦った様子で彼女は用事を済ませていた。

だが、ふと不安になる。


板越しの彼は気配を消すのが上手い。

そのせいだとわかっていても――



「り……リゾット、さん?」



室内に響くか細い声。


反応が、ない。



「〜〜っ!?」


慌てて廊下へ飛び出す。

ところが、やはり男の姿がない。


肥大する不安。



「リゾットさん……あのっ、できれば返事を……!」


紡ぎ出した名前は虚しく広がるばかり。

どうしよう――己の身体を抱きしめながら、少女がひどく心細そうに嗚咽を漏らした刹那。






トンッ



「ッきゃああ!?」


「お、落ち着け名前! オレだ!」



突然、肩を掴まれ自ずと溢れる悲鳴。

そのあまりの動揺っぷりにイタズラを仕掛けた――メタリカで姿を消していたリゾットも、とてつもなく慌てた。



「あ……あ、あの、っリゾットさん……い、今までどこに」


「……すまない。どこにも行っていない」


「え? もしかして……わざと、なんですか?」



返ってきた肯定。


「そう……ですか」


すると、目を伏せてから淡々と歩き出す名前。

だが、なぜか進む方向が違う。



「名前? そっちはオレの部屋じゃ――」


「……、意地悪なリゾットさんなんて、知りませんっ! 今日は……どなたかの部屋に泊めてもらいます!」


「なッ、名前!? 待ってくれ名前……本当にすまなかった……!」


「(ふいっ)」



廊下に鳴り響くテノール。

素知らぬ顔で足を動かす少女。


その夜、リゾットは図らずとも≪土下座≫という日本語を、身を以て覚えることになったらしい。



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