due







「くしゅんっ!」


その頃、当事者である名前は、自分が話題にされているとも知らずリビングに向かって歩いていた。

今日はずいぶん寝坊をしてしまったらしい。



「……うう、どうしてくしゃみが……」


閑散としたアジト。

それに疑問を抱きつつも、前に進む。


確か十時頃にリゾットが部屋に入ってきた気はするものの――なぜ起こされなかったのだろう。



「あれ……?」


電気が点いていたため、誰かいると踏んでいた少女。

しかし、これまた人気のない部屋に、とある候補が首をかしげた彼女の頭を過ぎった。



「もしかして、キッチンかな」


今はもう昼に近い。

私も手伝わなきゃ――おもむろに修道服の袖を捲る。


そして、意気込んでキッチンに足を踏み入れた途端、シンクと向き合う水色の髪が視界に映り込んだ。

刹那、気配を察知したギアッチョが、こちらを振り返り目を吊り上げた。



「ゲッ!」


「あ、ギアッチョさん、おはようございます……あの、私も――」


「く、クソ! なんで今起きてくんだよ! もう少し寝やがれッ!」


「え……ええ!?」



驚く名前をそばに、動揺で怒鳴り散らす男。

それもそのはず。

留守番をリーダー直々に引き受けた彼は、彼女のために料理を拵えはしたが、それを自分が作ったと悟られたくなかったのである。



「で、でもっ、昼食を作られているんですよね? 私も手伝います」


「〜〜ッもうできる! そこで座って待ってろ!」


「……、……はい」



しょぼん。

不満げにしながらも、渋々といった感じで服を元に戻した少女は席に座った。


だが、ギアッチョの調理に臨む姿が珍しいゆえに、細めの背中をじーっと見つめる。


するとパスタを和える器具を持ったまま、男がくるりと真っ赤な顔で振り向いた。



「ッ……見んじゃねえよ! クソがッ!」


「そんな、無茶です……」









その後、ギアッチョが恥ずかしさでキレるという事態は起こったものの、なんとか食事を終えた二人。


「ふう、ごちそうさまでした! とても美味しかったです!」


「……ンな大層なことじゃねえだろうが。……単純なやつ」



両手を胸の前で合わせながら、名前が幸せそうな笑みを見せる。

それからついと視線をそらした彼は、憎まれ口を叩きつつもその声色はひどく穏やかだった。



「じゃあ私、食器とか洗いますね」


「は? いやいい。俺がやる」


「ダメです! ギアッチョさんは休んでいてください」



立ち上がろうとする男の肩をそっと押し戻す少女。

自然と近くなった距離。


刹那、カッと顔を紅潮させたギアッチョは慌てて彼女の手から逃れ、シンクへ向かう。



「あっ、ギアッチョさん! 私がやりますっ」


「……、二人でやった方が早いだろ」


「! えへへ……はい!」


「チッ」



綻ぶ口元。

今度こそ腕捲りをして、名前は隣で不貞腐れている男にタオルを手渡した。



「あ?」


「私が洗うので、ギアッチョさん拭いてくださいね?」



念を押すような物言いに、首をかしげる。すると――



「いつも洗おうとすると、リゾットさんが≪手が荒れるからやめなさい≫って言うんです」


「……あー」


「だから今日はやります!」



キラキラと輝いた瞳。

それを見つめつつ、≪過保護すぎだろ……≫と心の中でため息をついた。


だが、同時にふと思い至る。



「オイ」


「? はい」



聞くべきか、聞かざるべきか。

いや、気になるのだ。


響く水音。

てきぱきと作業を始める彼女を一瞥して、しばらく言いよどんでいた彼はおもむろに口を開いた。



「……アイツを、リゾットを好きになった決め手はなんなんだよ」


「す、き……、……へっ!? あ、あの……!」


「なッ、何慌ててんだよ! 言っとくが、別に変な意味で聞いてんじゃねえからなアアア!?」



キッチンに動揺が溢れる。

広がっていく沈黙。


少し気まずい間ののち、赤面した顔で恐る恐る呟く少女。



「決め手……というのはあまりないんですが」


「はア!?」



次の瞬間、眼鏡越しの鋭い眼光が突き刺した。

それをなんとか堪えながら、ぽつりぽつりと想いを口にし始めた。



「えとっ……その、どこをとかではないんです……リゾットさんと出逢って過ごしていくうちに、いつの間にか……大切な方になっていました」



彼の好きなところはもちろんたくさんある。


深い想いを湛えた瞳。

無口な中にある優しさ。

自分を包んでくれる彼の心。

かけがえのない、≪ヒカリ≫。



「……」


「私……」



何も話さないギアッチョに少し申し訳なさを感じつつ、音を紡ぎ続ける。

彼らと過ごすこの時間が、大切だ。


欠かすことは決してできない。

失いたくない。



「皆さんに会えてよかった」







男は、妙な不安に襲われていた。

目の前で笑う名前には、以前から変わらない儚さがある。


しかし、今はそれ以上に――



「名前」


「! あ、ごめんなさい。答えがずれてしまいました……洗い物の続きをしないと――」


刹那、手から奪われる皿。

思わずあどけない表情を見せると、それに代わるかのようにタオルが乗せられた。



「えっ」


「やっぱお前はこれで拭いとけ。俺が洗う」


「!? そ、そんな……っ」



≪どうしてですか!?≫と迫る彼女を無視し、黙々と水道の近い場所へ入れ替わる。



「あのっ、ギアッチョさん!」


「名前」







「絶対に、死ぬんじゃねえぞ」


「――」



なぜ、自分がそんな言葉を発したのかもわからない。

リゾットのそばにいる限り、少女の命は安泰と言えるだろう。

ましてや≪絶対≫という口約束など、ここ――血塗れた世界では無意味だともわかっている。



わかっている、はずなのに。

それでも、この今己の眼前で目を丸くしている名前との日常を生きることが、名前が近くにいることが、男の中で当たり前になってしまっていた。


――クソッ、なんつーザマだ……恐怖するなんて、らしくもねェ!



「……ふふ」


「ッ! テメーなアアアア! こっちは本気でッ」


「わかっています」



怒りを表しながらそちらを向けば、≪覚悟≫の瞳が。

彼女はどこまでも真っ直ぐに笑っている。


「ありがとうございます、ギアッチョさん。やっぱり貴方は……優しい方ですね」


「! 〜〜チッ」



押し寄せた羞恥。

やはり、言わなければよかった。


心を後悔で埋め尽くしながら、何を思ったわけではないが彼が不意にキッチンの入口へ視線を移した――瞬間。



「……」


「……」



黒目がちの双眸が、こちらを影から見つめていた。

――なんで声かけねえんだよ……。



「? あ、リゾットさん、おかえりなさい!」


動かなくなったギアッチョに少女も気付いたらしい。

にこりと微笑むと、いつもの挨拶を交わす。


すると、リゾットは静かにこちらへ近付いてきた。



「ただいま。名前……少しいいだろうか」


「え? 構いませんが……」



二人分ということもあり、ちょうど洗い物は終わったが、どこか様子がおかしい。

手をポンポンとタオルで拭き、彼と向き直る。



「……」


「あ、あの……?」


「(……ここを出て行きてえ)」



何も言わず、ただただこちらを温かな眼差しで凝視する男に、名前が首をかしげた刹那――


「え?」


「これを、受け取ってくれないか」



右手で差し出された、縦長の小箱。

言われるがまま、それをおずおずと受け取る。


意外に軽い。



「り、リゾットさん……あの、これ……」


「名前。君に似合うと思って買ったんだ」


「!」


震える心。

かち合う瞳。


開封を促され、そろりそろりと包装紙を外した。

そして、箱の中から現れたのは、



「っ、綺麗」


薄紫色の特徴的なガクが花の周りにあしらわれた髪飾り。



「その花はブーゲンビリアと言って、オレの故郷に……よく咲いている花なんだ」


「リゾットさんの、ふるさと」


小さな呟きに、コクリと頷く。

あれから結局、これと言ったモノが見つからず、途方に暮れかけていたとき、リゾットは自分にとって懐かしい花を発見した。


故郷へ戻ること、それはできはしない。

しかし、目の前でナミダを浮かべる愛しい少女に、身に着けてほしい――そう願った。



「……ありがとうございます……っ」


「オレが付けても、いいか?」


「はいっ」



箱からそっと髪飾りを取り出し、美しい黒髪に添える。

そのまま彼女の左頬を優しくなでれば、恥ずかしそうな笑みが溢れた。



「えへへ……//////」


「……名前」


手のひらが捉える雫。

ゆっくりと閉じられた瞼。

トクトクと速まっていく鼓動。

離したくない――という切なる想い。


名前の風を纏う髪で揺れる花弁に誘われるがまま、彼はゆっくりと顔を寄せ――



「おい、そろそろギアッチョが限界そうだからやめてやれよ」


「「!」」





たが、突然聞こえたプロシュートの声に、二人はぴたりと止まってしまった。

確かに、居た堪れない様子のギアッチョは顔を真っ赤にしている。


「〜〜っあ、えっと……ごめんなさい……!」



すぐさま恋人と距離を取り、頭を下げた少女。

とは言え、なかなか視線は合わない。


どうしようもできずに彼女がおろおろとしていると、先程自分たちに制止をかけた男が近付いてきた。

そして、心を引き寄せられる黒に浮かぶ薄紫に、にやりと口端を吊り上げる。



「なるほどな。ブーゲンビリアか」


「! はい……!」


「ハン、リゾット。お前にしちゃあいいセンスしてんじゃねえか。花言葉もぴったりだ」


「……花言葉、ですか?」



なんだろう――そう思い、プロシュートを見上げれば、意味深な笑みを向けられてしまった。

一方、そんな彼を睨めつけるリゾット。



「プロシュート。その話はいい」


「ふっ……はいはい。…………後で調べてみろよ」


「は、はいっ(確かに気になる……)」



言うつもりはないのか、すぐにギアッチョのフォローに回ってしまった彼の言葉に従おうと、名前は小さく決心する。

何かと興味を持つことが多い、彼女らしい行動だった。





さらに言えば、それを起こすスピードが早い。


「えっと……ブーゲンビリアの花言葉……」



彼が浴室へ行った隙を狙い、カチカチと検索を続ける。

すると――


「あ……」


やはり情報社会は素晴らしい。

一分も経たずに出てきたページを見つめれば、花言葉は二つ記されていた。



一つは、情熱。


もう一つは――



「名前……いいと言ったのに、見たな?」


「っ! あ……////」



耳を掠めた吐息。

それにびくりと肩を揺らすと、風呂上がりのリゾットがパソコンに向かう自分を見下ろしている。


だが、今はそれどころではない。



「〜〜っリゾットさん!」



ぎゅうっ


「!」


「この髪飾り……絶対に、絶対に大切にします……!」


「……ああ」



強く腰部に抱きついてきた少女。

その衝撃と喜びに、少しばかり目を見開いていた男は、彼女のはにかんだ微笑みにただただ口元を緩め、いつの間にか名前の後頭部と背へそっと両手を回していた。










L'autunno di 2000
もう一つの花言葉。
それは、≪貴方は魅力に満ち溢れている≫。



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