日本ではファミリーレストランと呼ばれる場所のテーブルに、三十路前の男が三人。
「……」
「……」
「……」
一人は胡散臭そうに眉をひそめ、一人は自慢の坊主頭に時折手を持っていき、そしてもう一人は――
「オレは……どうすればいい」
机の上で組んだ両手に額を乗せながら、人生で初めての≪恋愛相談≫をしようとしていた。
居心地の悪い沈黙が漂う。
財政困難を示すテーブルの閑散さ。
主語のない発言。
それにますます顔をしかめた男――プロシュートはおもむろに前を見据え、口を開いた。
「おい。出し惜しみしてねえで、はっきり言え。はっきりと!」
「……名前が」
――もはや誘導尋問じゃねェか。
隣と斜め前を一瞥して、唯一注文することを許されたコーヒーをホルマジオは黙々とすする。
すると、我慢の限界なのか片足を揺すりながら、相変わらず≪この世の終わり≫と言いたげな表情をしているリゾットを鋭く睨む優男。
「名前が?」
「名前が……名前の言うこと成すことが一つ一つ愛おしすぎて、どうすればいいのかわからない」
一瞬の≪間≫。
刹那、白い肌に青筋を立てて、勢いよくプロシュートは立ち上がった。
「……そうかよ、そりゃあ良かったな! こんな公共の場でオッサンがデレデレして、不審者扱いされんのは構わねえが、こっちまでとばっちりを受けんのはゴメンだ。オレァ帰るぜッ!」
「ちょ、ちょっと待てって! リーダーも! 真顔で冗談言うのはやめろよ……!」
「冗談? そんなわけないだろう! ホルマジオ、お前にはわからないのかッ!? 名前のあの控えめな態度と優しさに溢れながらも芯の通った言葉が!」
「あァもう! そういう意味じゃねェ! ガチでめんどくせェ天然だな、あんたは! 今ここでそういう発言すんなって言ってんだよ、しょーがねェな〜!」
今にも出ていきそうな男を引き止め、テーブル越しのリーダーを叱咤する。
が、別方向で意味を受け取ったのか熱弁を始めるリゾットに、ため息しか出てこないホルマジオ。
一方、プロシュートも徐々に怒りが収まってきたらしい。
「…………チッ」
言われなくとも、名前が可愛いのは知ってんだよ――と心の中で愚痴りながらも、ソファー状の椅子に座り直すことにした。
そして、視界の隅に見えた≪禁煙≫という単語も無視して、胸ポケットから煙草の箱を取り出す。
「お。ちょうど良かった、俺にも一本くれ」
「ん」
「グラッツェ。そういや……リーダーも昔は吸ってたよな」
天井に立ち上っていく紫煙が二つ。
自分たちがある種≪若造≫だった、あの頃。
リゾットは、その当時を思い出すかのように少しばかり目を細めた。
「そうだな。……懐かしい」
「ハハッ、あんたがまだリーダーじゃない時代だ、そりゃ懐かしいだろーよ。もう吸わねェの?」
ホルマジオが楽しげに問いかけてくる。
その質問に、≪当然≫だと静かに首を縦へ振る男。
「ああ。名前に受動喫煙などさせたくないからな」
「へえ……(何も、部屋で吸えとは言ってねェのになァ)」
「……で? リゾット、テメーほんとは何を相談してえんだよ。いつもはこういうレストランでケチるお前がコーヒーを、しかも三人分頼んだんだ……よっぽどなんだろ?」
カッと見開いた黒目がちの瞳に呆然としていると、痺れを切らしたのか、プロシュートが火を灰皿に押し付けつつ言葉を紡ぎ出した。
すると、リゾットの周りに再び漂う神妙な雰囲気。
わけもわからぬまま、二人が彼を凝視していると――
「名前にプレゼントを贈りたいんだが……何をすればいいのか、わからない」
「はあ?」
これでもかと言うほど寄せられる眉根。
≪相談事がある≫と言ってきたときは自分の耳を疑ったが、男は本気で恋愛相談をしようとしているらしい。
黙り込んだ三人に、横を通りかかった店員が一瞬頬を引きつらせたのは言うまでもない。
だが、このままというわけにも行かないだろう――と密かにため息をこぼしたプロシュートは足を組み替えてから、おもむろに唇を動かす。
「……じゃあ一つ言わせてもらうが」
「ああ。なんでも来い」
「お前、名前と出逢ってからもう二年になろうとしてんだろ? しかもあいつが嫌がらねえからってよお、昼夜一緒に過ごしておいて……むしろ名前の欲しいモンがまったく浮かばねえ方が不思議だぜ、オレは。どうせあの、物欲のねえ名前のことだ。≪何もいらない≫って言葉に今まで甘えてきたんじゃあねえのか?」
「……!」
グサッ
「まあなァ……リーダーがそういう恋愛関係の感情に疎いってのは知ってるが、本当に一度もあげたことねェの? やっぱ女の子っつー可愛い子猫ちゃんは、プレゼントに喜んでくれる子も多いしよ……意識しておいた方がいいと思うぜ?」
グサグサッ
「……」
「うんうん、確かに。リーダーの場合さ、愛の告白さえもヤることヤった後だからねえ……オレからしたら≪ベリッシモ恋愛下手≫と言わざるをえないな」
グサグサグサッ
リゾットの心に三つ目のトゲが刺さったところで、三人はハタとある疑問に至った。
――最後の発言は誰がした、と。
「……ん?」
「おいおい。なんでメローネがフツーにいんだよ」
「あはっ、来ちゃった(ハート)」
まるで彼氏を驚かせようとした彼女のような仕草で、ウインクをしてみせるメローネ。
自分はこの二人しか呼んでいないはずだが――そんな考えを視線に宿すリゾットに対し、プロシュートははっきりと≪帰宅≫を促す。
「来ちゃったじゃねえよ、来ちゃったじゃ。ここはお前みたいなガキが一人で来るとこじゃあねえ、帰りな」
「……ふっふっふ、残念ながらこれが一人じゃないんだな。ほら!」
肩を竦めた彼が示した指に導かれるがまま、男たちが通路越しのテーブルへ目を移せば、
「ごちそうさまでーす」
「す、すいやせん……いただいてます」
「お前たち……」
パスタを咀嚼するイルーゾォとペッシがそこにいた。
今月も空っぽになりそうなアジトの財布に、撃沈するリゾット。
一方、これまたあることに気が付いたホルマジオは、「なァ」と視線を前に戻して呟く。
「そういや、今日まったく会ってねェけど……名前は部屋で眠ってんのか?」
「そうだ。出かけるときに起こそうかと迷ったんだが……」
震える黒く美しい睫毛。
柔らかに笑む形の良い薄紅色の唇。
心臓をガッシリと掴んで離さない寝言。
右手でそっと頬を撫でれば、嬉しそうに擦り寄ってくる姿はまさに暖を取る猫のよう。
「……オレの名前を呼ぶ名前があまりにも可愛すぎて、寝かせておくことにした。オレがベッドへ逆戻りしなかったことが奇跡だ」
「お前な……いちいちおノロケぶっこんでくんじゃねえよ」
「ん? じゃあ今、アジトにいんのは名前とギアッチョだけなのか?」
大丈夫かよ――ホルマジオの遠くなった眼差しに、初めてコーヒーに口を付けたリゾットは、静かに頷いた。
「問題ない。ギアッチョに、オレは名前との留守番を頼んだからな」
その言葉を聞いたことで、掻き消える不安。
しかし、それは思わぬところで発火し、メローネが「今のは聞き捨てならない」と隣の席からこちらのテーブルに迫って来る。
「留守番、だって!? リーダー、どうして言ってくれなかったのさ! オレがギアッチョに代わって、留守を任されたのに!」
「……お前とギアッチョでは、≪信用≫が違う(特に名前のことに関しては)」
「えー、何それ。ひっどーい! ≪いつも食事をしてる食卓で名前を食べちゃおう≫だなんて、オレ別に思ってないぜ?」
「メローネ、その発言が下げてんだって」
苦笑気味の男。
思わずメタリカしてしまいそうになる気持ちを抑えながら、リゾットは当初の目的である≪プレゼント≫について再考し始めた。
その様子を見て、実は最初から話を聞いていたイルーゾォがフォークを止め声を震わせる。
「アクセサリーとか、いいんじゃない?」
「……アクセサリー……」
「うん」
いいかもしれない――見えた微かな光。
すると、今までぶーぶーと文句を垂れていたメローネが、突然目を瞠目させた。
「そうだッ! もう指輪とか渡しちゃったらどうだい!? ほら、ジャッポーネで言う、≪給料三ヶ月分の結婚指輪≫!」
「!? け、結婚……三ヶ月分……」
「おいメローネ。キツキツの給料でよく言えんな……それに名前も、財政が危ねえってことはわかってんだ。今、たっけー指輪を貰っても、遠慮せざるを得ないだろうよ」
「(結婚、それはつまり夫婦ってことか……名前が奥さん……オレが旦那になるのか。式は挙げられなくとも、二人で幸せを誓い合って――)ッ! ……確かにそうだ、名前は遠慮するに違いない」
プロシュートによる鋭い一蹴に、ハッと妄想に近い夢から我に返る男。
「ふーん、ベネだと思ったんだけどなあ。ほら、たとえば副業を始めるとか。リーダーが困ってると名前まで悲しむと思うぜ? で、なんとかしたいと考えた名前がやむを得ず夜のお仕事を――グフッ」
「何言おうとしてんだ、オメーは。名前を妄想で汚すんじゃあねえ」
勇ましく飛ぶプロシュートの拳。
恍惚とした表情を浮かべているメローネ。
「……」
――名前……。
今頃何をしているのだろうか――いつも柔らかな微笑みを湛えて自分を迎えてくれる少女を恋しく思いながら、リゾットはそっと窓の外へ視線を移した。
>
next
1/13