※クリスマスです
「え……お仕事、ですか?」
12月23日。
リゾットから聞かされたのは、クリスマスイブに仕事が入ってしまった、というものだった。
「ああ……すまない。その日はできれば避けたかったのだが、そうも行かなくてな」
「……」
残念ではない――と言えば嘘になる。
クリスマスという世間が賑わうイベントだからと言って、何かが変わるわけでもない、が。
彼と一緒に過ごすことができれば、それでよかったのだ。
「名前……」
どうやら、落ち込みを表情に出してしまっていたらしい。
それに気付きハッと我に返った少女は、心配そうに顔を覗き込んでくる、男の両手をそっと自分のもので包んだ。
「リゾットさん……気をつけて、帰ってきてくださいね? 私、待ってます」
「!」
リゾットは、聖夜も≪暗殺≫を行なう。
応援とまではできなくとも温かく見送り、疲れを滲ませて帰ってくるであろう彼の帰りを静かに迎えたい――それが彼女の願いだった。
一方、微かな温度を手の甲に感じながら、目を見開いていた男。
そして、目の前で微笑む名前の放った言葉が、脳髄に到達した途端、
「きゃ……っ!?」
押し寄せた感情――喜び――に従うがまま、なんとしてでも守りたい小柄な身体を抱きしめていた。
自分の覆った心地の良い体温。
一瞬、きょとんとした少女は、しばらくしてからおずおずとリゾットを見上げる。
「あ、えと……リゾットさん……?」
「……なるべく早く帰る。そうしたら、二人でゆっくり過ごそう」
「! はいっ!」
そして、12月24日の午後。
仕事に向かう彼を笑顔で送り出したものの、やはり寂しい気持ちを抱き、しゅんと項垂れてしまう名前。
「……」
――外はすごく寒そう……リゾットさん、大丈夫かな……。
時折、窓越しに揺れている木の葉へ視線を移しながら、彼女は皆へのクリスマスプレゼントである≪ビスコッティ≫を小袋に詰め、赤と緑のリボンでラッピングしていた。
そのとき。
「なあに、ため息ついてんの!」
「ひゃっ」
捉えたのは、胸を鷲掴まれた感触。
それに肩を跳ねさせつつ、慌てて背後を振り返れば――満面の笑みを浮かべるメローネが。
「メローネさん……(びっくりした……)」
「あは、ごめんごめん。名前があまりにも落ち込んでるみたいだからさ……元気付けようと思って」
「! そうだったんですね……ありがとうございま……っぁ」
図星とも呼べる言葉に、少女がお礼を言おうと口を開く。
しかし、それはいまだバストを包み込んでいた手のひらによって阻まれてしまう。
そうだ、これを忘れていた。
「っ、メローネさん……やめて、ください……んっ、や、ぁ!」
「ほんと名前は騙されやすいなあ……ダメだぜ? 男の≪元気付ける≫や≪慰める≫を信用しちゃ」
耳元でわざとらしく吐息を交ぜ、囁かれながら、バラバラと動かされる五指。
ふと、それらがゆっくりと上――修道服の襟に向かって添わされた刹那――
「〜〜っダメです!」
ドカッ
「うぐっ!?」
名前は男のみぞおちに、パンチを繰り出していた。
普段の彼ならば避けられるものも、不意打ちにはさすがに対応しきれなかったらしい。
「ベネ」と悦に浸った顔をして床に倒れているメローネを、真っ赤な表情で席から立ち上がった少女が見下ろしながら、しばらく考え込んで一つの小包を近付ける。
「ハア……名前、いいパンチができるように、なったね……ハア……って、これは?」
「皆さんにクリスマスプレゼントです……ごめんなさい、これしかできなくて」
そう呟きつつ眉尻を下げた彼女に、バッと起き上がった彼はすぐさま首を横へ振った。
「ディモールト・ベネッ! 嬉しいよ……グラッツェ!!」
「ふふ、どういたしまして」
「……そうだな。このお礼に、一ついいモノをあげよう!」
「い、いいもの、ですか?」
頭上にはてなマークを浮かべた名前。
そんな彼女に対して、メローネはただ事ではない――明らかに悪どい笑みを見せたのだった。
「……ふう、ただいま」
足を踏み込めば、静まり返ったアジト。
想像した以上に時間がかかってしまった。
――名前もさすがに眠っているだろう……いや、寝ていなかったら≪お仕置き≫だな。
起きていてほしいという残念な気持ち。
この時間まで起きていたら、寝不足になるという心配の気持ち。
織り交じったその二つを心に留めながら、自室のドアノブを回すと――
「……ん?」
視界を覆い尽くす暗闇。
おかしい。
瞬時にそう思った。
自慢ではないが、名前は自分を待つため、いつもは電気をつけたまま眠っている。
「まさか」
――誰かの部屋に連れ込まれたのか!?
そうとなれば、のんびりはしていられない。
とにかく着替えよう――燃え上がり始めた怒りに導かれるまま、リゾットがスイッチを押した、次の瞬間。
「めっ、メリークリスマス!」
「!?」
目の前に現れたのは、小さな袋を自分に向ける名前。
しかし、問題は別にあった。
――こ、これは……!
黒髪を包んだ白と赤の三角帽子。
人工灯に照らされた白い二つの膨らみ。
惜しげもなく曝け出された谷間、鎖骨、肩、腕。
ブーツとふわふわのスカートの間から覗くすらりとした太腿。
「おかえりなさい! リゾットさん」
「……」
サンタコスプレをした恋人。
しばらくその威力と衝撃に固まっていた彼は、おもむろに照れ臭そうな少女へ近付く。
「名前……どうしたんだ、それは」
「えっと、実は≪リゾットさんが喜ぶもの≫として、メローネさんにいただいたんです」
「……メローネ、だと?」
彼女に嗾けたことを怒るべきか、喜ぶとまではいかなくとも感謝すべきか。
一方、男のなんとも言えない、複雑そうな表情に不安を感じたらしい。
つつつとリゾットの前に立った彼女が、そっとプレゼントを後ろへ隠しながら、視線を落とした。
「……この服装……ダメ、でしたか?」
「!? そんなはずないだろう! 可愛いに決まっている」
「でも……、んっ」
すると、黒ではなく赤を纏う躯体を包まれ、くぐもった声を出してしまう。
だが、ますます強められる力に、名前も誘われるように彼の背中へ腕を回した。
「名前」
「どうしたんですか?」
「……ありがとう」
「え?」
「嬉しいんだ……オレにとって名前がこうして迎えてくれることが、最高のプレゼントだ」
ありがとう。
もう一度、紅潮した少女の耳にテノールを届けた男は、するりと先程隠されたプレゼントを手に取る。
「あっ」と言いたげな彼女に微笑んでから、その袋を破いてしまわないように開けた。
「……ビスコッティか」
「見よう見まねで作ってみたんです、けど」
「ふむ、美味そうだ……不安になる必要はない」
なでなで。
後頭部に優しく置かれた大きな手のひら。
それにドキリとしつつ顔を上げれば、
「ん、っ……リゾット、さん」
刹那、リゾットの唇が自分のそれに触れた。
身長に差のある赤と紅が、引き寄せられるようにかち合う。
部屋に広がるビスコッティの甘い香り。
どこまでも穏やかで、いつまでも心地よい雰囲気。
そして、彼は視線を名前からそらすことなく、ゆっくりと口を開き――
「メリークリスマス、名前」
随分紡いでいなかった、祝いの言葉を最愛の人へ捧げた。
「! リゾットさんの口からその言葉が聴けるなんて、思いもしませんでした」
「? それはどういう意味なんだ? ……まあ、いい。今日は名前サンタと話がしたい」
「っ、本当はもう着替えたいんですけど……今日だけ、ですからね?」
溢れる二つの微笑み。
それをこぼしながら、何度も唇を重ねる。
表と言える世界が寝静まる中で、二人は幸せに満ちた時を過ごすのだった。
「……ところで、名前はこんな時間まで起きていてくれたのか?」
「え? そう、ですけど……」
「……」
「り、リゾットさん? 私、何か――」
「嬉しいことだが……お仕置き、だな」
「きゃあ!?」
その後、聖夜に限ってサービス満点だった名前がリゾットと何があったのか――それは彼らのみが知ることである。
終わり
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遅ればせながらメリークリスマスです!
そして、安定のオチになってしまいましたが、これからも二人をよろしくお願いします!
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