somma 〜39〜(↑の続き)

※頑張るヒロイン
※最後微裏




コンコンコン



「あ?」


「ん? 誰だろ」



とある鏡の中。

今度の仕事について、ギアッチョと話し合っていたイルーゾォは突如響いたノック音に首をかしげた。


「ギアッチョ」


「……チッ、さっさと済ませろよ」




苛立たしげに足を揺らす同僚を一瞥してから、音の届いた方へ向かう。


いったい誰だろうか。

――リーダーが仕事の話でもあんのかな。もしかして……いや、あんだけ「他の奴の部屋に入るな」って言われてるんだし、名前なわけ……って――




「名前ッ!?」


おそらく浴室と思われる場所の鏡から見えたのは、何かの雑誌を胸に抱き込んだ修道服姿の少女。

その肩はいつになく上下し、眉尻もこれでもかと言うほど下がっている。


――ちょ、え……ど、どうして名前が……?



正直嬉しい。

だが、理由がわからないことには有頂天になるわけにもいかない。


今にも躍りだしそうな心を必死に抑え付けたイルーゾォは、そそくさと鏡越しの彼女を≪許可≫した。


「はぁ、はっ……ごめ、なさい……ずっと浴室に隠れているわけにもいかなくて……っ」


「いや、いいんだけどさ……大丈夫?」


「は、はい」



≪隠れる≫。

名前は今、確かにそう言った。


――プロシュートやメローネから逃げてきたのかな……それともリーダーから? いや、リーダーの場合、名前に対して怒るなんてめったにしないし……いつものセクハラか?



「オイ、イルーゾォ! テメーはいつまで待たせ……は?」


「あ、ギアッチョさん……」



背後から飛んできた声に思考を中断させる。

すると、声の主であるギアッチョはこちらへツカツカと大股で歩み寄ってきた。


浮かぶのは微かな困惑。



「……何があった」


「まだ不明。ただ、名前の様子から≪避難≫だってことは想像がつくけど」


「さっさと聞けよッ!」


「ちょ、そんな急かすなって! 名前だって言いにくそうなんだから……」



小声で交わされる会話。

お互い、珍しさゆえに動揺しているらしい。


それを感じ取った名前は、ますます申し訳なさそうに視線を落とし、ペコリと頭を下げた。



「あの、少しだけ匿っていただけませんか? お願いします……っ」


「……理由は。リゾットとの痴話喧嘩なら余所でやれよなアアア……!」


「! ギアッチョ、そこはもっと慎重に――」



歯をギシリと鳴らしてから口を開いた隣の彼に、イルーゾォが青ざめフォローを入れようとした刹那、彼女から差し出された一冊の薄い本。

向きからして、明らかに裏表紙だ。


「こ……これを、部屋で見つけてしまって」


「? ンだよ、ただの雑誌じゃ……」


ねえか。

頼むから自分を含めた仲間を巻き込んでくれるな――そういう意味を込めてギアッチョが本を受け取り、表紙へひっくり返した瞬間。



バサリ


「は? ギアッチョ、何落として……、え」



床へと落ちたそれを、慌てて拾い上げたイルーゾォが今度は絶句する番である。

二人の視線の先、そこには淫らな格好をした黒髪・童顔の少女。


しかし彼らが何より驚いたのは、豊満な体つきをした写真の彼女が、≪名前に少しだけ風貌が似ていること≫。



「実は……一番か、過激なシーンのページを開けているときに、リゾットさんが部屋へ入ってきてしまわれたんです」


「へ、へえ、それは災難だったね……ん? 名前まさか、中身も見たの!?」


「(コクン)」



なんということだ。

つまり購入の経緯は知らないが、リゾットの(モノと思われる)エロ本を読んでいるところを発見されてしまった、ということらしい。


――ええええ……そりゃ避難もしたくなるか……。


その状況と、よほど本に爽やかなイメージしか持ち合わせていなかったのか、顔を赤くしたまま黙り込んでいる同僚にため息をつき、イルーゾォは「どうしようか」と再び考え始める。


――避難は前提として……どうリーダーに隠し通すかだよな。

――……、……まあ、とりあえず。



「ね、名前」


「?」


「これさ……今、読んでみてもいい?」











「へっ?」


「はあアアアア!?」


目を丸くする少女と、ようやく反応を示した男。



「〜〜このムッツリがッ!」


「ムッツリじゃないから! ギアッチョも見てみろって……!」


「なッ、オレを巻き込むんじゃ」



彼が言い終わる前に、問題の雑誌を勢いよく開く。

すると――



そのページには、一糸纏わぬ姿で四つん這いになっている女性。



「あ、えと……すごい、ですよね……?」


アングルとしては、こちらへ丸みを帯びた白い臀部が向けられていた。

恥ずかしげな表情と誘うような視線。

写真に刻まれたメッセージにもあるが、まるで自分から≪入れて≫欲しいと強請っているかのようなポーズ。


「……」


「……」



名前と彼女を幾度となく見比べる。


そしてある結論に至った。

≪何よりも性質が悪いのは、隣で苦笑を漏らす少女に似ていることだ≫と。



「あはは、は……ごめん、トイレに――」


「――オイッ! テメー、この気まずい状況下で逃げようとか考えんじゃねえエエエエ!」


「いや違うって! 逃げるんじゃなくて、ある意味男という性≪サガ≫への処理だから……!」



このままでは、とにかく辛いのだ。

だが、遠回しの表現を嫌うギアッチョはただ眉根を寄せるばかり。



「性、だア? ワケわかんねえこと言ってんじゃあねえぞ! ココを出んなら、この代物ついでに捨てて来い! これ以上名前にンなモン見せとけるか、クソが!」


「わかれよ! 頼むからお前はわかってくれよ! というか、原因であるそれを持ち出してどうするんだよ!」



悲鳴に似たイルーゾォの懸命な叫び。

≪捨てて来い≫、≪無理≫――延々と続く攻防戦。


早くこの煩悩の塊のようなモノをどうにかしてくれ。

鏡の中にもかかわらず、頂点に達した苛立ちの赴くままギアッチョがホワイト・アルバムを出そうとした、そのときだった。



カツン


カツン



「!?」



足音がこちらへ近付いてくる。

歩く速度からして、おそらくリゾットだろう。

しかし、それは彼女を探して歩き回っているというより、明らかに≪この場所≫へ向かっていた。




「やばッ……と、とにかく! 名前は奥へ――」


コン

コン

コン



「!」


「……遅すぎたみてえだなア……」



ある方向から、突き刺す赤い二つの眼。

動く唇。



≪名前……出ておいで≫。

その場にいる全員が、彼が何を言っているのか――ペッシではないが――心で理解した。


「ひっ」




怖い。

とてつもなく怖い。


≪超怖い≫と謳う低レベルなホラー映画より、よほどホラーだ。


「……」


まずい。

恐怖ゆえにこの世界へ入れてしまいそうだ。


それだけは堪えねばならない――鋭いまなざしから男はつつと目をそらそうとした、が。


「い、イルーゾォさん、ギアッチョさん……ごめんなさい。ご迷惑をおかけして……っ」









「私……出ます」










無言だったが、しばらく腕を離さないでいてくれたギアッチョ。

やめておいた方がいいと、必死な形相で告げてくれたイルーゾォ。


そんな彼らに対して、何度も感謝と謝罪を口にしてから、少女はおもむろにある鏡の外側――リビングへと出てきた。

ところが、目の前には誰もいない。



「……、あれ?」


この鏡の傍で、彼は確かに待っていたはずだ。

名前がきょろきょろと視線をあらゆる所へ移し、リゾットを探していると――


「きゃっ!?」



次の瞬間、逞しい身体が自分の背を包む。

即座に振り向こうとすれば、片手で顎を掴まれ、顔をあくまで前方へ固定させられてしまった。



「捕まえた」


「り、リゾットさん」


「名前……なぜ逃げた」


「……だ、って……ぁっ」


余っているもう一方の手で鷲掴みにされた胸。

グニグニと揉まれ、修道服と下着越しでも与えられてしまう快感にビクリと肩を揺らしつつ、ただただ口ごもる。


――っ、言えない……。


織り交じっていた事実への動揺と恥ずかしさ。

その複雑さの中に、≪嫉妬≫が秘められていただなんて。



「名前、よく聞こえないぞ」


「んっ、やだ、っ触っちゃ……はぁ、ッ」


「≪やだ≫? ふむ……残念ながらそれは≪無理な話≫だ」


「ひぁ……そ、な……んん、や、っぁ」



快感を帯びる己の声。

その中には、自然と紡いでしまう≪拒絶≫。


這わされる手に身を捩らせながら、彼女はハッとした。


≪これ≫がダメなのだ。

いつも通りではいけない。



「ぁっ、はぁっ……リゾット、さん、!」


「……どうした」



刹那、腕の中でくるりと回りこちらを振り返った小柄な少女に、≪逃亡≫とは違う意図を悟った男は思わず首をかしげる。

一方名前はひそかに息をのみつつ、シャツ越しですらわかる筋骨隆々の彼の胸板へそっと両手を置いた。


そして――


「!」


「ん、……っ」



なんとか背伸びをして、稚拙だが精一杯のキスを恋人へ贈った。

そして、少女は≪普段されていること≫を必死に思い出しながら、舌先で歯列をおずおずとなぞっていく。

口端から漏れる吐息と伝う唾液。

脳に酸素が行き届かず、クラリとする意識。



「ふ……名前」


「ん、ッぁ……ふぁっ、は……、んん!?」


最初は突然のキスに驚いていたリゾットも、すぐさま主導権を奪うかのように名前の震える舌を絡め取ってしまった。




しばらくして、どちらからともなく離される唇。

淫靡な糸が、息を乱した二人を繋ぐ。


「ッ、名前……?」


「はっ、はぁ……リゾ、トさん……その、わたし……!」


「ん?」



そっと後頭部をなでられ、ドクリと跳ねる心臓。


本当は、恥ずかしくてたまらない。

だが、彼にはできれば自分だけを見ていてほしい。

写真ではなく。


そんな切なる想いを胸に、彼女は大きく息を吸い――




「…………えっち……して、ください、っ」


「!?」



押し迫る羞恥に耐え忍ぶため、きゅうと目を瞑ったのだった。



意外に長くなったので次へ
次こそ裏です



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