※メローネの例のお見舞い品
※短め
「んー、今日はどれを読もうかな」
ある晴れた朗らかな日。
物語からエッセイまで――さまざまな種類の本が詰まった部屋の本棚の前で、名前は迷っていた。
ちなみに、いつも彼女を抱きしめて怒られるまで離さないリゾットは、仕事の話をするためかここにはいない。
「うーん……よし」
今日はこれにしよう。
小さく頷いた少女は期待に瞳を輝かせながら、少し高い場所にある目的のモノへと手を伸ばす。
ところが。
「きゃっ!?」
その一冊を抜き取った途端、もう一冊の薄い本が床へと落ちてしまったのだ。
当然、名前は慌てた様子でしゃがみ、空いている手で掴む。
そして、こちらへ背を向けていた、本というよりは雑誌に見えるそれをするりと持ち上げ、
「え……っ?」
表紙を視界に映した刹那――彼女の中の時が止まったような気がした。
壁へ添うように寄せられた躯体。
滑らかな曲線美。
白い陶器のような美しい肌。
水に濡れ、普段とは違う色を魅せる黒髪。
こちらを射抜く扇情的なまなざし。
「……、えっと」
文字ばかりが目立つ本棚にしては珍しく、写真集だ。
それも≪大人向け≫。
「こ、これは……」
――リゾットさんの、だよね?
かなり長居させてもらっているが、ここは彼の部屋。
自己主張を始める心臓の鼓動。
こういったモノを持っているのだろうか、と思い至らなかったと言えば嘘になるが、実際目にすると当然ながら動揺してしまう。
「……」
パラリ、パラリ
地べたに座り込んでいることも忘れて、読むはずだった本を傍に置いた名前が、静かに光沢のあるページを一枚一枚捲っていく。
部屋に淡々と響く、上質な紙と紙が擦れ合う音。
しばらくして、ある結論に辿り着いた。
「……、私」
――リゾットさんを……満足、させられてないのかな……。
心を支配するのは≪一つの不安≫。
大切な彼と身体を重ねることが嫌なわけではないが、どうしても羞恥と矜恃が邪魔をする。
「……ッ」
――勉強、しよう。
決意を新たにそのまま写真集を読み進めていく。
しかし――
――自分から足を開いて……こ、こんなポーズできない……っ。
――でも、リゾットさんは好きかも、しれないんだよね。
ジレンマでぐるぐるする脳内。
これでもかと言うほど顔を真っ赤にした少女と淫らな写真たち。
そのような不釣り合いな光景がいつまで続くのか――カタッと風で窓が軋んだ矢先のことだった。
ガチャリ
「入るぞ……名前? ……あ」
「!」
男の視線の先には――もちろん、自分の手の中にある雑誌。
さらに不運なことに、今しがた開いているのはもっとも過激なポーズの箇所である。
「り、リゾットさん……!」
バッと勢いよく立ち上がる名前。
そして、扉の前で立ち往生しながら大きく目を見開いている彼と床を、彼女は交互に見つめ――
「〜〜っごめんなさい!」
「!? 名前、待て――」
「ししししばらく! 一人にさせてくださいーッ!」
脱兎のごとく、男の横をすり抜けた。
――怒っていらっしゃるかな……ううん、とりあえず今は――
≪逃げなくては≫。
今更ながら、災いの元である物を胸に抱いて飛び出したことを後悔するが、引き返す余裕はない。
「は、ぁっ、はッ……はぁ……!」
とにかく、名前は確固たる避難場所を探していた。
続く
>